魔術と魔法
イリシウス伯爵家。
魔物と人間の領域の境目、辺境に居を構える彼ら。
イリシウス家は強い。
一族の者は皆が剣の達人である。そんな辺境の地の警備を任せられているのが彼らである。
イルシウス家からは何人もの騎士団長、英傑が輩出され数々の武勲をあげている。
それ故に、イリシウス家の大広間には数多くの名剣が飾ってあり中には伝説級の物も存在する。
オレの目の前に聳え立つ光の柱。
鮮やかに発色する虹色のそれは迫り来る業火を搔き消す。
オレはその光景の美しさに見惚れていた。
それは黒づくめの彼らも同じようでお互いに微動だにしない。
そんな中、彼女だけは違った。
ハピアは臆する事なく虹の中心へと向かっていく。その所作に流麗な優雅さを感じてしまう。
美しい。綺麗だ。
ハピアがまるで顕現した虹の女神かの様に思えてしまう。
ハピアが虹の中へ姿を消す。
そして光が収束していく。
やがて光はある一点へと吸い込まれた。
虹の光彩を放つ白銀の刃へと。
ハピアが剣を振り、光の中から姿を現わす。
『どうでしたか?』
へ……?
ハピアからの声。どうとは?何のことだろう?
『カッコ良いとか綺麗とか、可愛いとか。どうでしたか?』
え……。あぁ!!凄いカッコ良かったです!虹も綺麗でした!
『何故、敬語……。言葉も風情がありませんわね』
ごめんごめん!けど凄かったな!虹の女神様かと思ったぞ!
『あら。女神だなんて……、そこまで褒められると照れますわね』
ハピアが嬉しそうに答える。どうやら女神がキラーワードだった様だ。
そんなやり取りをしている内に黒づくめの奴らが正気を取り戻し叫ぶ。
「貴様!!今何をした!?その手に持っている剣は何だ!?何故貴様の様な小娘がそんな物を持っている!」
ハピアが持つ剣。それは彼女がオレを助けに来た時に持っていたのと同じ物だ。
「この剣は我がイリシウス家に代々伝わる一振り。虹の光剣アルカンシエル。
そしてイリシウス伯爵の娘である私が継承し、その権限において召喚魔術を行いこの剣を呼び寄せたのです」
ハピアが冷静に言い放つ。
マジか、あの剣そんなに凄い物だったんだ。呼んだだけであんな事になるとか。もう全部あの剣で良いんじゃないか?
そしてそれを聞いた黒づくめはメチャメチャ狼狽えている。
それもそうだろう。あんな大層な代物を持っているって事は間違いなくイリシウス家の人間だ。それにこれだけの無礼を働いたのだから焦るのも無理はない。
「皆の者!狼狽えるな!ハッタリだ!!今の光景は何かの間違い!トリックだ!!まだ諦めるんじゃない!」
おいおいおいおい。お前が一番狼狽えてただろうが。てゆーか今の光景をどうやってトリックって思い込んだんだ。
どうしてそうなる?
お前らご自慢のファイアボールはトリックで消される様なショボい物だとでも言うつもりなのか?
「ふふ、今のは少々油断したが。もう騙されんぞ!我らが扱う研究成果マギア!それは誰にも渡さん!」
え、いや、別に良いです。欲しくないです。興味ないです。
ハピアを見ると顔が死んでいる。呆れて無言を貫いている。
「刮目するが良い。今のは我らが油断してトリックを使う隙もあっただろうが、次はそうもいかんぞ!我らが次に使うのは、もう一つのマギア!合体魔法だ!」
な!?何が違うと言うんだ……!
「魔術は魔法陣が必要であり世界に漂う精霊の力を借りる。
その為に覚えてさえしまえば扱いは簡単だ。だが通常は魔法陣を描く時間が掛かる」
うん、だから早く撃つよう改善したのがさっきのなんだよね。
「更に大きな効果を出す為には専用の大型魔法陣が必要であり、多種多様な事象を起こすには同じく多種多様な魔法陣を組まなければならない!」
あぁ……。すっごい前にハピアに聞いた気がする。人の殆どは魔法の才能が無いから魔術を勉強するんだっけかな。
だからハピアが使うのは全て魔術だった筈だ。
魔法なら念じるだけで速く走ったり体洗ったり、大体出来るのに魔術って大変だなーとか以前思った気がする。
「だが魔法は違う!魔法は思うがままに世界を変える力がある!それは才ある者にしか叶わず。その魔力が小さければ相応の小さな種火を出すのがやっとだろう」
おいおい、そんなにオレを褒めるなよ。たしかにオレは天才的魔法使いの素質があるが。
「そして我ら魔術団はある指導者を得て真理へと辿り着いた!我らは遂に合体魔法を完成させたのだ!これは通常の魔法とは一線を画す威力を誇る!!」
そうなのか?まあ一人でやるより強いってだけなのでは……。それよりも指導者って誰だ?もしかして怪しげな魔族だったりするのか?
だとしたらキャロの手掛かりになるかも知れない。
「誰なんですの?その指導者とは」
ナイスだハピア!オレが聞きたかった事を聞いてくれる!
「答える義理は無い!」
じゃあ最初から言うなよ!!ずっとベラベラベラベラ喋っといて何そこだけ渋ってんだよ!
「だが冥土の土産に教えてやろう!」
あ、教えてくれるんですね。てゆーか冥土の土産さっきの太陽モドキファイヤーの時も言いましたよね。
「我らが合体魔法の力を!!」
そっちかよおおお!!いらねーよ!!欲しい情報はそこじゃねーんだよおおお!!
「よろしいですわ。貴方達を倒して屋敷に乗り込みます。そして指導者に直接お会いする事にしましょう」
そうだな、それが良い。
この陰キャ魔法オタクに聞いてもロクな答えが返って来ないんだから、そうするしかあるまい。
「おのれえええ!!我らを侮るとは小娘!もう許さんぞ!」
最初から許す気無いだろうに何を言っているんだ。
彼らが突進してくる。
しかも突っ込んでくるのかよ!遠くから魔法撃ってろよ!!剣持ってる相手に突っ込むなんて……。いや、ヤケクソなんだな。見ると涙を浮かべている者もいる。
メチャメチャ強そう且つ伯爵令嬢である事がほぼ、というか確定している相手に突っ込むなど死を覚悟してしまったのか。こんなところで……。
しかし、合体魔法か。
魔法に必要なのはイメージだ。イメージが明確で無ければそれは発動しない。
複数人数で同じイメージを共有するなんて双子でも不可能な筈だ。必ずやイメージの齟齬が生じてしまうだろう。
仮に事前に相談しておいて、せーので声合わせてタイミングばっちりだったとしてもそうやって撃った魔法に意味などあるのだろうか?
魔術から見た魔法の利点は主に早さだ。
せっかく魔法陣を描く手間が無いというのに声を揃えて〜なんてノンビリしていては意味が無いだろう。
威力だってよほどの魔力を持ってなきゃ魔術使った方がマシってレベルだと聞く。
やっぱオレって凄いな。威力ある魔法バンバン撃てちゃってるもんな。
「彼らの説明癖が感染りましたか?」
ぬ、いかんいかん。あんな変なやつらの真似をしたらオレまでバカになってしまう。
それよりハピア、あの人たちどうするんだ?殺さないよな?
「当然でしょう。彼らも領民なのですから。手加減しますし峰打ちで倒しますわ」
あ、その持ってる剣って峰あるんだ。
よくよく見ると確かに剣は片刃だ。そしてこの剣おかしい。手元に銃の引き金みたいのが見える。そんで柄の底部分に穴が空いている。
……剣なんて詳しく無いけど壊れやすそうだな。
「あら?先ほど貴方が怖がっていた魔術を防いだのはこの剣ですわよ?」
そうだった。なら耐久性に心配はいらないな。じゃあ安心して任せられる。彼らの事は頼んだ。
「貴方もやるんですのよ。せっかくだから修行の成果を見せてください」
えぇ〜、だってこれくらいなら絶対オレいらないじゃん〜。
この時オレは勘違いをしていた。
彼らの言動のせいだろうか。
合体魔法の力量を見誤っていた。