森の覇者
オレは森の覇者だ。いや、この愛犬ボディは女の子だから正確にはお姫様。プリンセスだ。
自己の持つ最大限の力を解放した結果がコレだ。
空は快晴。森に住む水の妖精、風の精霊達が陽気な音楽を奏でる。
ジャズ風だな。似合わないがまあ良い。
何もせずとも森の魔物仲間たちが、木の実やらのフルーツを献上してくれる。
「キュウキュイ(お嬢さん、フルーツはいかが?)」
こんな風にな。リンゴの様な木の実を差し出す小リスの姿。
「わんわん(ありがとうリス婆ちゃん。一口サイズだと嬉しいな)」
『ワガママですわね』
ハピアか。仕方ないだろう、オレの口は小ちゃいんだから。
そう思うや否や振り下ろされる豪腕。婆ちゃんが素早く飛び退いて、リンゴが砕かれる。
飛び散る果汁。
「ガオォゥ(はいよ、お嬢ちゃん)」
リンゴを砕いた猛獣がオレへと果実を差し出す。
「わふぅ(あ、ありがとう……。虎のオバさん)」
一口サイズのリンゴへと口を伸ばす。
だが口が届かない。いつの間にかオレの後ろ足が大地に埋もれ、拘束されている。
「キュウキュウ(食べ終わったら魔法の練習だからねぇ)」
「わふっ(わかってるよ。待ては良いから、早く食べさせて)」
リス婆ちゃんは大地魔法の先生だ。婆ちゃんは大地を自在に操り、危険な魔物を駆逐出来る。
オレもいつか婆ちゃんみたいになる。
『なるんですの? 貴方の魔法は転ばせるのが精一杯ですのに』
ハピア、もうすぐだ。絶対もうすぐ整地以外の何かが出来る気がする。
「ガオ(いや婆さま待ってくれ。お嬢さんに今日教えるのは私の筈だ)」
オレの背後から聞こえる唸り声。この声は、虎のおじさんか。
全身に葉っぱを貼り付けた様な虎。種類は違うがオバさんの番らしい。
「ガオガオ(お嬢さんもそろそろ、自分で食べ物を確保出来るようにならないとね)」
おじさんはそう言って近くにある木に触れる。
虎の前脚から木に伝わる魔力の流れ。
もう長いこと魔法の練習をした。魔力の流れを見るなんて楽勝だ。
『魔力の操作はまだまだですけどね』
ハピア、慣れの問題だ。オレがこの世界に生まれて僅か二年なんだぞ。
お前が二才の時なんてバブバブ言ってただけだろう?
『その頃には剣を振ってたそうですわ』
ハピア、ホントに貴族のお嬢様なんだよな?
そんな事を言う間にも、虎オジが触れる木は見る見る内に成長する。
そしてその枝に大量の果実を実らせる。
その果実をリス婆ちゃんが無数の石飛礫を飛ばし、地面へと撃ち落とす。
木を操る魔法か。イメージが湧かなすぎて全然コツが掴めないんだよな。
突如、獣の咆哮。その場にいる全員の動きが止まり、静寂が訪れる。
オレの目の前に獣の死体が投げ込まれる。
鮮血に染まった身体が視界に入り、オレに吐き気を催させる。
だが皆が見ているのは死体を投げ込んだ存在。
剣狼。かつてオレが炎の魔法で燃やし喰らった奴の仲間。オレの聖なる結界を一撃で破壊した張本人。
「ガウァ(君の為に美味しそうな肉を取ってきた。食事はどうだい? お嬢さん)」
剣狼は笑顔と共にキラリと牙を覗かせる。
「わん(バロウ、いつも言ってるだろ。オレは血生臭い肉を食べる趣味は無いんだ)」
「ガァウ(何故だ? 君は私の友を美味しそうに食べたじゃないか)」
森の魔物たちを統べる長である剣狼、バロウがオレへと体を擦り寄せてくる。
もふもふの体は悪くないがオレの心は男子高校生なんだ。男同士でそーゆー真似はやめてほしい。
「わふっ(あいつは何故か格別に美味しかったんだ)」
そう。最初に食べた狼肉は極上ステーキを超える味わいだった。
だがそれ以降に献上された肉は、血生臭いやら獣臭いやら食べられた物じゃなかった。
「キュイキュイ(バロウや、その辺にしときなさい。恨みがましく聞こえるよ)」
婆ちゃん、その通りだ。もっと言ってやれ。
「ガァァゥ(そんなつもりは無い。捕食し、捕食されるのも自然の摂理。弱肉強食という奴だ。私は恨んでなどいないさ)」
「わん?(うーん、ごめんな?)」
「ガウ(いや、奴も本望だったろう。君の様な可憐な妖精に恋の炎で燃やされるのならば)」
『盛大な勘違いですわね』
あぁ。まさか一匹目の剣狼の言葉が、オレへの口説き文句だったなんてな。
そしてコイツらオレが生まれた瞬間から、影でコッソリ見ていたなんて全く気付かなかった。
そして友を殺したオレを恨まず、仲間として受け入れてくれた事にこの上なく感謝している。
オレが、オレの姿が世界一可愛い愛犬ボディのおかげで助かった。
バロウが狼の癖に、小型犬ラブなヘンタイのおかげで助かってしまった。
「ガオォ(バロウ、お嬢さんの食事は充分だ。それより魔法の練習だ、このままじゃ彼女が独り立ち出来ないぞ)」
そう、虎オジの言う通り。オレはこの世界を旅したい、冒険に出たいのだ。
『転生した愛犬に会う為ですの?』
あぁ。オレがこんな姿で転生したのも、何かの運命だ。きっと愛犬も、何処かで生まれ変わってる筈だ。
その為にも強くならねば!
『いるのでしょうか』
い、いるよ! 多分! まったく……、何てこと言うんだこの子は……。
「ガオゥ(けどアンタ、森の外の世界は危険だよ? 冒険者が魔物を狩る為にウロウロしてるし)」
虎オバさんがオレの頭を撫でる。心配してくれるんだな、けど。
「わんわん!(大丈夫! その為に強くなるんだ!)」
「キュウ(お嬢ちゃんなら可愛いし、きっと人間とも上手くやれるよ)」
サンキュー、リス婆ちゃん。オレには誇らしげな気品溢れるパピヨンの可愛さがある!
『魔法を使えるところを見せなければ、大丈夫ですわね。多分』
まあ心配すべきはエンカウントした途端にBGM変わったり、オレのモンスター名とHPゲージ見えたりしないと良いんだが。
最悪は仲間にしたそうにウルウル見つめるとしよう。
「ガウゥ(お嬢さんと離れるのは寂しいが……。それが君の選ぶ道なら! このバロウ! 君の為に尽力しよう!)」
バロウが尾の先についた剣を掲げ咆哮する。カッコ良いな。
「わふっ(じゃあ目の前の血生臭い獣肉を片付けといてくれ)」
オレは剣狼を尻目に、虎オジとの訓練に没頭するのだった。