不吉の真相
オレは眠っている。
ハピアの腕に抱かれ眠っている。
……嘘だ。眠ってなんかいない。
だいたい眠っていたら今こうして考えることなど出来ない。
だが先ほどの事が恥ずかしくてオレはハピアの顔を見ることが出来ない。
心を読まれるのも嫌なので出来るだけ心を閉ざして寝たフリを続ける。
「やっとアリスに会えましたわね!」
ハピアが嬉しそうに話しかけてくる、がオレは返事をしない。
くっ、何故オレが14歳の小娘相手にこんなに照れなければ……!オレはもう前世含めて20年生きているんだぞ!
「アリス、寝たフリはもうよろしいですわ。ココを出て屋敷に帰りますわよ」
気付かれていたか、そして切り替え早いな!
それにしてもお屋敷か、さっきの大立ち回りが凄すぎてお嬢様だと言うことを忘れていた。
オレは彼女の大きな黒目を見つめる。
ハピアは外見上は年齢通りの中学生くらいにしか見えないと言うのにどうなっている。
この世界の人間は身体の構造が違うんだろうか。
……オレも小型犬の見た目とは思えない体力だし人のことは言えないか。
「えぇ、ここは危険ですもの。のんびりしてられませんわ」
口では素っ気ないが彼女はオレに悪戯っぽい笑みを向けてくる。
まったく……。完全にからかわれてるな。
彼女を見てふと思う。
彼女のクリクリお目々も、ふわふわのツインテールのシルエットも。何処かで見たような気がする……?
「とにかく!歩きましょう!」
そう言われてオレの思考は止まり、その考えに同意する。こうして止まっていては、いつまた魔物の軍勢が襲い掛かって来るかわかったものではない。
だが……。
「キャロの事ですわね。心配ありませんわ。歩きながら説明いたします」
そうだ。ぶっちゃけ進化してからのオレは増長し過ぎて本来の目的を忘れていた。
うおおんキャロごめんなぁ!!そして恥ずかしい!!
黒い炎を纏った闇の獣だとか闇魔法とか語ってた自分が恥ずかしくて堪らない!
おおおん!さっき自分のこと二十才って言っておきながらその直前までメチャメチャ中二病発症してたああぁぁあぁぁ!!!!
はぁー、はぁー。
ハピア、もう大丈夫だ続けてくれ。
「は、はい。で!では続けますわね!」
あれ?ハピアさん引いてる?引いちゃってますかー?おーい。
「とにかく!お話の前にコレを」
そう言ってハピアが立ち止まりオレに向き、手を差し出す。
何だ?お手か?やってほしいのか?
「違いますわよ!手の上にある物です!」
んー?これは。宝石……?いや、気付いてしまった。
うわああぁぁぉ!!オレの目玉だぁーーっ!!!!
なんでハピアがこんなもん持ってるんだ!!何て物を見せてくれる!!
自分で自分の目玉を見るなんてとんだホラーだ!!
「ココへ来る途中に盗賊に出会ったので頂戴しました」
何だって!?え、じゃああの男はどうなったんだ?……もしかしてヤッちゃーー。
「軽くお仕置きしただけですわよ?」
お仕置き……!一体どんなーー。いや、やっぱりいい。聞きたくない。
それより、まあ何ていうか。
ハピア、取り返してくれてありがとうな。
「いえ、どういたしまして」
彼女が微笑む。
けどオレはもういいよ。新しい……、目があるし。ハピアが気持ち悪くなければ御守りにでもしといてくれ。
「え……」
あ、ハピアが絶句した。
やっぱキモいか。目玉だもんなぁ……。捨てても良いぞ?
「ありがたく受け取りますわ!!」
そう言って彼女はキラキラと目を輝かせる。
そ、そんなに欲しかったのか……。まあ女の子は光り物が好きだしな。うん、そういう事にしとこう。
「話を戻しましょう。キャロの件ですが」
ホントに切り替え早いな!!え!嘘でしょ?これが普通なの?
「今は話すべきことが山ほどあるので我慢してくださいな」
たしかに色々と話したい事がある。ありすぎて困る。これが前世だったらファミレスのドリンクバーだけで何時間も粘るところだ。
「キャロがいる教会がですね。私の家の者に調べさせたのですが……、どうやらあの町のあの場所に教会なんて無い様なんです」
へ……?いや、でもあそこで普通に生活してたけど……。
「貴方が会ったマッドハートという魔族。彼が言うには教会のシスターは魔族だと言っていたでしょう」
いや言ってたけど、それでなんで教会が無くなるんだ?
「鈍いですわね、最初から教会なんて無かったんですわ。化かされていたのかそれとも撤去したのか……。いずれにせよ、もうあそこにキャロはいませんわ」
え!ちょっと待ってくれ!それじゃ困る!キャロをあの女から救わないと!
「わかっていますわ、少しは最後まで人の話をお聞きなさい」
むぅ。それを聞いて口を噤む。そしてハピアが語り始める。
現状唯一の手掛かりはマッドハートのみなこと。
今も手掛かりを求め屋敷の者が捜査中ということ。
そしてマッドハートに会う今ある手段はこのダンジョンを超えるしか無いこと。
しかし今の弱さじゃあの扉を超えられないということ。
超える為にはレベルを上げ、進化しなければならないこと。
オレもハピアもお互いが強くならなければならないこと。
……多いな。要は強くなって出直せって事か。
オレは思案する。
一刻も早くキャロを救わなければ、だが……。
「急がば回れ、ですわよ」
その言葉に不本意ながら同意せざるを得ない。さっき死にかけていたオレを助けてくれたのはハピアだ。
ここは大人しく従おう。
「それからもう一つ」
なんだ?まだあったのか。勿体ぶらずに言ってくれ。
「先ほども言いましたが、貴方、真っ黒ですわよ?」
何の話だ?オレは白黒パピヨンな筈だ。
そう思ったオレにハピアが再び手を差し出す。
鏡?なんだ、鏡見ろってか?
オレは鏡を覗き込む。
そして絶句する。
そこに映ったものは黒。一面の黒。
な!?何故だああぉぁぁあぁぁー!!!!オレの可愛い愛犬が!愛する我が子の姿があぁぁあ!!
顔の白い模様も! 茶色の眉毛も! 胸元のふさふさも! オレの宝石の瞳ですら! その全てが黒く染まっているだとおおぉぉ!!!!
「やっぱり気付いてなかったんですのね」
呆然と立ち尽くすオレにハピアが話しかける。
何故だぁ……。おぉん、おぉぉん。
オレは悲しみの声を上げる。
「進化が原因でしょうね、真っ黒な光の進化が」
アレか……。黒い光の進化。たしかに、何かおかしいと思ってはいたんだよな。
オレが以前見たバロウ達の進化と全然違った。
メッチャ禍々しかったわ……。
やっぱアレか?負の感情持って進化しちゃったから失敗だったのか?
「強くはなっている様ですし、一概に失敗とは言えませんが……。まあ貴方からしたらそうですわね」
はぁ〜。マジかぁ……。ショックだ……。
落ち込むオレを尻目にハピアがコートのポケットをゴソゴソと探る。
なんだ?何か探してるのか?
ハピアは何も言わずにある物を取り出す。
そ!それはっ!?オレにとって憎っくき悪魔のツールだ!やめろぉ!それをオレに向けるんじゃない。
オレは地面をゴロゴロと転がり駄々を捏ねるがハピアは聞き入れてくれない。
「キャロが貴方を疑った事の真実がこれですわ」
オレはピタリと動きを止めハピアを見つめた。