弱き魔物
オレは弱かった。
だが強くなった。
それでもオレは、恐ろしい程に弱かった。
オレはダンジョンの先を目指し奥へ奥へと進む。
力を蓄えながら。魔力、体力を消耗以上に蓄えながらオレは進んで行く。
やがて通路は広がって行き、とても大きな部屋に出た。床は石畳みになっている。奥には巨大な扉があり、その両端には2対の石像が見える。
一つは翼の生えた獅子の姿。もう片方は、やはり同じ様に翼を生やしているが姿が違う。
禍々しい角が生えその顔は激昂しているかの様に歪んでいる。
悍ましい姿。
だが所詮は石像、などと思ったりはしない。
恐らくあの扉の奥にボスでも待ち構えていて、二体の石像はさしずめ扉を守る門番といったところか。
ガーゴイルか。魂を持った石像。オレは距離を保ったまま攻略法を考える。
石の身体は硬いだろう。
木偶如きじゃ倒せない。風も利くとは思えない。水の刃でも作るか。
少し前まではイメージ不足でいまいち創造し難かったがウォーターカットと言う技術を聞いた事がある。
そのイメージを掛け合わせる。足りないイメージはダンジョンを超えたことで強くなった魔力で補う。
いや……。もっと良い方法を思いついた。
オレは笑う。
そしてガーゴイルへと近付いていく。
木偶は下がらせた。役に立たないんだ。せめて後ろでも見張らせておこう。
今のオレに隙など無い。
やがて石像達は動き出す。声を発さずに咆哮する。
来た者の恐怖を与える演出だろうか。 だが無駄だ。 オレは臆さない。
二対のガーゴイルがオレ目掛け突進を始める。
オレはそれを後方に飛び退いて回避する。
右に左に、下がる。
避ける。 避ける。 避ける。
オレは部屋の隅に追い詰められてしまった。
ガーゴイルが獲物を捕らえて笑うかの様にゆっくりと近付いて来る。
途端、その石の体が激しく揺れる。
一度だけでは無い。
二度、三度。幾たびも揺すられ、やがてその体は倒れ込む。
オレは笑う。
ガーゴイルの背後に並び立つ獣の群れを見て。
オレが操作する獣たち。オレは植物しか操れないのだろうか?
答えは否だ。いや、出来ないと思い込んでいた。
水や風、土に肉体を持たせるなど不可能だと。仮に出来たところでそれは酷く脆いだろう。木の方がマシだろうと。
たしかに木偶には木偶の利点がある。オレの魔力がある限り成長させ続け、その再生能力はほぼ無限だ。
だが木も無敵ではない。
石の身体を持つガーゴイル相手には強度が保たず、ぶつかり合っても奴らにダメージは与えられないだろう。
今オレが使っているのは大地魔法。大地を自在に操り揺るがす魔法。
オレはガーゴイルの攻撃を避けながら魔力を込め続けた。
石壁へと。石で出来た地面へと。魔力を込める。
次第に石はオレの意のままに姿を変えた。
オレは新たなガーゴイルを創造したのだ。
数は二対の奴らとは比べ物にならない。
オレは勝利を確信する。
オレの下僕たちがガーゴイルを囲む。
笑いが込み上げてくる。
この構図はオレが初めてこの世界に来て味わった最初の絶望に似ている。
懐かしい。
ガーゴイルも恐怖を感じるのだろうか?
オレは笑い、思い出す。
獣に囲まれ、脅える事しか出来なかったオレ。
そしてオレを救ってくれたバロウ。
バロウ。森の仲間たち。
そこまで思考し考えるのをやめる。
思い出す事に、懐かしむ事に意味なんて無い。
オレは石の人形に命令を下す。
石の獣たちはガーゴイルに襲い掛かる。
石と石がぶつかり合いガーゴイルの身体が削られていく。
そうだ、ガーゴイルを倒したら次からこの魔法を使う時、彼らをガーゴイルと呼ぼう。
ガーゴイルの命だけでなく名も奪う。
楽しいじゃないか。
オレは勝利を確信し微笑む。
瞬間、ガーゴイル達が一体の獣を天井へと叩きつける。
なんだ?まだそんな元気があったのか。
オレは狼狽えない。
勝利を確信しただ見つめるだけだ。
だがガーゴイルの反撃は止まらない。
二度、三度。何度も天井への攻撃を繰り返す。
何だ?何をしている?
次第に天井にヒビが入る。
そうか、勝てないと踏んで瓦礫を落として自分諸共に侵入者を屠るつもりか。
だが無駄だ。オレには防御結界がある。
落石程度で破れる様なヤワな物じゃない。
石どもが纏めて潰れた頃にのんびりと大地魔法で瓦礫を退かし、奥へと進ませてもらおう。
オレは自分の勝利を疑わない。
嗚呼、素晴らしい。
これが強くなるという事。
これが進化の強さ。
オレは求める物を手にする事が出来た。
そしてオレはこの先もずっと。
求める物を欲しいまま手にしてみせよう。
だからガーゴイル。お前たちはココでくたばれ。
お前らもオレの糧にしてやろう。
ガーゴイルが天井へと攻撃を加える。ついにその天井が崩壊する。
オレは笑った。
崩壊した天井が瓦礫となって降り注ぎオレの下僕諸共にガーゴイルを叩き潰す。
オレだけが生き残る。強靭な石の体を持つ奴らが死に、オレだけが生き残る。
そう笑った刹那、オレの体が横っ飛びになる。
オレは瓦礫の残る地面へと転がる。
障壁を纏っていたからダメージは無い。
何だ?まだガーゴイル達が生きていたのか?
天井の崩落によって土煙が舞っていて視界が効かない。
ええい!鬱陶しい!!
オレは突風を巻き起こし煙を払う。
視界がクリアになる。
そこに見えていた者は魔物の軍勢。
トロル、オーガ、サイクロプス、ミノタウルス、ナーガ、ギガース、スライム、ゴースト、グール、インプ、オーク、ゴブリン、グレムリン、ゾンビ、スケルトン、ミイラ。
ココに来るまでに遭遇した魔物全てがそこに集っている。
馬鹿な!!何だこれは!!
ありえない……。何故こんな事が起こる。
その答えは出ない。
だが確かなのは瓦礫の崩落と共にオレの人形は死に絶え、オレの敵が大量に溢れ出たという事実。
くそ! くそ! くそ! くそ!!
オレは怒りを露わにする。
ガーゴイルめ!とんだ置き土産を残していきやがった!!
オレがそう思うと積まれた瓦礫が動き出す。
おい!? 嘘だろ! そんな、やめろ。 やめてくれ!!
オレの心に恐怖が広がっていく。
やがて瓦礫の下から現れる姿。
オレの不安は的中してしまった。
ガーゴイルは死んではいなかった。同じ石の身体であってもオレの作り出した人形とは強度が違ったのだ。
オレは言葉を発せない。
恐怖で心臓が震え呼吸が荒くなる。
どうすればいい。どうすれば。
恐怖が頭を覆い尽くし思考が麻痺して何も考える事が出来ない。
ダメだ、考えろ!!
再び木偶を作るか。ダメだ、アレを一から作るには集中する必要がある上に時間が掛かる。
その上一体ずつチマチマ出したところでこの大軍の前には多勢に無勢だ。
逃げるか。ダメだ、入り口からは離れているし足場は悪い。魔物が多すぎて間を縫うことすら出来ないだろう。
どうする!! どうするんだ!!
オレは考える。
だが魔物たちは待つことはしない。
奴らはオレを敵と見定めると一気呵成に押し寄せて来る。
オレは障壁をより強く張り、奴らの攻撃を弾く。
しかし奴らの攻撃は止まらない。
くそ!!なんでだ!!どうしてこうなった!!
そこまで考えて気付く。
オレは、また後悔をしている。
今の状況はあの時と同じだ。
逃げる事も出来ず、ただ防御を固め。立ち尽くす。
オレは、このまま終わるのか?
オレの頬を涙が伝う。
嫌だ。死にたくない。まだオレには、やらなきゃいけない事があるんだ!!
嫌だ……、助けてくれ……。
誰か。
オレはハッと気付く。
おい!木偶ども!オレを助けろ!!
入り口に木偶を控えさせていた筈だ。
オレはそちらを見やる。
だが期待虚しく彼らは既に魔物たちに蹂躙された後だった。
その光景を見て。オレの心を絶望が覆い尽くしていく。
オレも、あんな風に壊されるのか……?
嫌だ。 嫌だ。 嫌だ。 嫌だ!!
誰か!誰でも良い!!助けてくれ!!
バロウ!! キャロ!! ハピア!!
バロウ!ホントは生きてるんだろ!?
あの時みたいに影から眺めてるんだろう?すぐに森に戻らなかったのは悪いと思ってる!だから!だから今すぐ助けに来てくれ!!
醜い。オレはなんて醜い。
キャロ!言ったよな!?ずっと一緒だって!最初に会った時みたいに、オレを救ってくれよ!
オレの心は醜悪だ。
ハピア!どうしてずっと何も言わない!いつだってオレを見守ってくれたじゃないか!!
もう嫌だ。
オレは思考を止め目の前の魔物を見据える。
風の刃を創造し、魔物へ向け飛ばす。
飛ばす。 飛ばす。 飛ばす。 飛ばす。
しかし奴らの命が減る気配は無い。
次々と後続が現れオレの魔力を、オレの精神を削り取っていく。
やがて風の刃は弱まり魔物一匹倒す事すら困難になる。
オレを守る障壁が弱まり、ところどころに綻びが出来ていく。
その綻びを突いて拳がオレの体を襲う。
オレは跳ね飛ばされる。
終わりだ。オレはもう、いや、とっくにゲームオーバーだ。
いつから? 冒険者に襲われた時? キャロに捨てられた時? シスターに会ってしまった時? お婆ちゃんが殺された時? 村で拒絶された時? バロウ達を見捨てて逃げた時?
もう、嫌だ……。
オレは目を閉じ、死を覚悟する。
魔物達がオレへと突進している。もう終わりだ。
どうしてオレは生きている?新しい人生で良いことなど一つも無かった。
「本当にそう思うのですか?」
当然だ。オレは不幸な目にばかり合う。何故だ?オレが何をしたと言うんだ。
「えぇ、とても辛いと思います」
なら、もう良いじゃないか。終わらせてくれ。
「いいえ、それは許しません」
何故だ!良いだろう!?これまでどんな苦しみを味わい敗北しても諦めなかったんだ!!
一度くらい諦めさせてくれ!!
「諦めることはありません」
何故……、そこまで考え気付く。
魔物の軍勢はどうした?どうしてまだ襲って来ない?とっくに死んでいても良い筈だ。
オレは更に気付く。
オレは誰と会話している?これは……、ハピアの声?だがいつもより鮮明に、いつもより近く感じる。
「何故と問われれば……」
オレは顔を上げる。
「それは私がココにいるからですわ」
そこには力強く剣を振るう少女の姿があった。




