訪問者
何の前触れもなく、突然扉が開く。
あまりにも突然だった為か、オレもキャロも反応が遅れてしまう。
「こんにちはぁ、本日はご愁傷様です〜。さぁさぁ不幸な娘さん、もう心配ありませんよ〜。今日からあなたも私の家族ですから〜」
扉から入ってきたのは一人の若い女だった。
何だ……この女は?
香を焚いた時のむせ返りそうな甘い匂い、オレが犬だから余計に強く感じるのだろうか。
人の不幸に対して間延びした声。黒い格好……。シスターか?何にせよ第一印象でわかる。オレはコイツが嫌いだ。
オレは食事を中断し女を警戒する。
「おやおやぁ?まだショックが抜けていない様ですね〜。でも大丈夫。あなたは我が孤児院で共に暮らすのです。神のご加護があります。あなたは救われるのです」
芝居掛かった口調。輝く金髪を揺らしキャロへと近付いてくる。
宗教の勧誘か?悪いが間に合っている。お前の様な女は、キャロに近付くんじゃない!
「わん!わん!(キャロに怪しい事してみろ。お前の指を噛み切ってやる!本気だからな!)」
「あらぁ〜?可愛いワンちゃんですねぇ〜。けどそんなに怒った顔しちゃせっかくの顔が台無しですよ〜」
女がその豊満な体をくねらせオレへと手を伸ばす。
瞬間、オレに悪寒が走る。普段なら喜んでデレデレするところだが何かがおかしい……。抵抗したいが声が出ない。体が震えるのを感じている。オレは、怯えているのか?
女の手がオレの体に触れる。
彼女はオレの体を撫で回すが身動き一つ出来ず震えることしか出来ない。
「お姉さん、私は救われるの?」
キャロ!信じちゃダメだ!こんな怪しい奴の言うことなんて聞くな!
「えぇ、えぇ。あなたは神の使いである私が、お救い致しますから〜。どうぞご安心を」
女は恭しく礼のポーズを取る。
こんなの演技だ!
そう強く思う。だが徐々に、彼女への嫌悪感が薄れていく。
「アリス。私たち助かるんだよ。もう大丈夫……」
疲れ切ったキャロの声。
キャロ……。そうだよな。小さな女の子と犬だけじゃ、生きていけないもんな。
孤児院か、助かった。
オレの心に安堵が広がっていく。彼女に対する嫌悪感はオレの気にしすぎだったみたいだ。
きっとショックで色々と疲れていたんだろう。
「わん(吠えてごめんなさい)」
オレは女に詫び、首を垂れる。
「えぇ、えぇ。大丈夫ですとも〜。神は全てをお許しなさるのですから〜」
大振りな動作で手を広げる。
その胸へとキャロが飛び込んで行く。寂しかったんだろう。だが、そんな心の傷も彼女の包容力が癒してくれるだろう。
オレなんかよりずっと優れた家族、彼女は神の御使いだ。
「おぉ〜。よしよし、おかわいそうに。さぁ、我が家へと帰りましょ〜。私の名はハート。あなたたちの家族であり母です。よろしくお願いします〜。キャロさん、アリスさん」
ニコリと笑う彼女の声がとても優しく聞こえる。ハートはキャロを撫で、部屋を後にする。
オレはそれに着いていく。緩みきった思考で、彼女たちへと追従する。
検問所を出ると馬車が止まっていた。
「では、これに乗って帰りましょうねぇ。町に着いたらすぐに我が家ですよ〜。それまでグッスリとおやすみなさい」
馬車に乗ると、キャロは女の言葉通りグッスリと眠ってしまう。
安らかな寝顔をしている。今朝までの苦悩した様子とは大違いだ。
その姿を見て安心した俺にも睡魔がやってくる。オレはキャロに身体を預ける。
そして心優しい彼女、ハートに見守られながら、オレは眠った。