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帰還

 もはや足は棒の様だが、オレの心は軽やかだった。


 オレは駆ける。


 馬に跨る兵たちを先導する様、吠えながら駆け抜ける。


 オレは速い。

 馬のサラブレッドなんかの最高速度は80キロ程だったろうか。この世界の馬がどの程度速いか知らないが、それを超える速度でオレは走る。


 この速さなら行ける。


 良かった。 もう何も心配する事は無い。 むしろ早く着きすぎてまだ野盗が来ていないなんて事になるかも知れない。


 良かった。

 助けを求めたら『金も出ないのに命がけで戦うなんて馬鹿げてるぜ!』などとゲスい事を言う兵じゃなくて本当に良かった。


「わん!わん!(もうすぐ着くぜ!キャロの助けを、オレの助けを聞き入れてくれてありがとう!!)」


 いやー、お婆ちゃんの言った通り、オレたちヒーローになっちゃうなー。とりあえず貢ぎ物は毎日お肉を要求しよう。

 そうだ!野盗を撃退したら明日はパーティをしよう!もちろん主賓はキャロだ。

 オレ?マスコットに決まってるだろ!


『ずいぶんと楽しそうですわね』


 そりゃそうだ!助けを呼べたんだもんな!これもハピアが検問所の存在を教えてくれたおかげだ!


『えぇ、あなたを救う為に必死に地図を調べましたのよ?』


 マジか!そんなに頑張ってくれてたんだ!ありがとう、心の底からありがとう!!

 そうだ!何だったら撃退パーティにハピアも招待しようか?お嬢様が満足できるような豪勢なのじゃ無いだろうけど、キャロとお婆ちゃんにハピアを紹介したいんだ!


『あら嬉しいことを言いますのね。では、考えておきましょう』


 ハピアが笑う。きっと彼女は来てくれるだろう。そう思うとオレの心はより浮き上がった。


 走り続けると村の方角に明かりが見えた。


 ココからでも見えるのか!もーすぐじゃん!雨も止んできてるしオレの心も軽い、キャロを迎えに行ったらグッスリと寝よう。


 近付くにつれ明かりが大きくなる。

 あれ? なんか随分と明るいな。 もしかして野盗がもう来てるのか!? 今まさに村人たちが応戦してるんだろうか?


 不安が膨らみ始め足を早め、馬と兵を鼓舞する様に吠える。


 大丈夫だよな?お婆ちゃんは戦ったりしないで隠れてる筈だ。

 大丈夫。村は無事だ。そう自分に言い聞かせる。


 だがオレの祈りが届く事はなかった。


 村に辿り着いたオレが見たものは、地獄だった。


 家々は赤く燃え、人々は逃げまどう。辺り一帯から耳を裂く断末魔が幾重にも聞こえる。そして地獄に棲む餓鬼の様な野盗たちが、逃げる村人たちを次々に殺す。

 燃える炎だけではなく地面にも紅が広がっていく。


 辺りには死体が転がっている。

 腹を裂かれ内臓を散らす者や首を刎ねられた物がいくつも転がっている。

 そしてそんな死体たちには何度も踏み潰された様な跡もある。


 村人たちを憎いと思っていたが、ここまでする事は無いだろう。


 オレはその光景を見て立ち尽くしてしまう。


 背後から兵たちの雄叫びが聞こえ、盗賊に向け突進する。


 そこから先は、あまり覚えていない。


 周囲に飛び交う悲鳴や怒号が消え去った頃。


 オレは気付き、キャロの家へと走る。


 キャロの家は村の端にある。だから盗賊たちも狙ってなくてまだ生きている筈だ。

 そうだ。そうに決まってる!


 オレがキャロの家を見つけ燃やされていない事に安堵する。

 だが入口へと向かうと玄関の扉は空いていた。


 お婆ちゃんってば、こんな時に扉閉め忘れるなんてドジっ子だなぁ。……そんな訳あるかよ。


 キャロが村の人に頼んで作ってくれた、オレ用のドア。それを使うまでもなくオレは家へと入る。

 家の中は灯りが無く暗かった。夜も遅いし当然だ。


「わん(お婆ちゃん?)」


「わん(お婆ちゃんいるー?)」


 オレは軽快な声を出す。


 普段通りの声。


 いつも通りに呼べば、いつもと同じ返事が返ってくる。


 そんな気がした。


 ふと窓から月明かりが差し込み、部屋を照らす。照らされた先に人影が見える。


 違う。


 これはお婆ちゃんじゃない。


 きっと違う人だ。


 お婆ちゃんは他の人の家に隠れてるんだろう。


 ……そんな訳無いのはわかっている。


 お婆ちゃんはオレのせいで村人から避けられていた。そんなお婆ちゃんが村の誰かと一緒に隠れてる訳が無い。


 そしてオレは、倒れた人影の顔を覗く。


 そこには、よく見知った優しい寝顔があった。


 だが寝ているとは思えない。


 その身体は冷え切り、血に濡れた服の上には。


 鉄錆のついた剣が深々と、胸に突き刺さっていたから。


 オレは、何も言えなかった。


 体を擦り付け、頬を舐め、じっと見つめていたが、目を覚ますことはなかった。


 お婆ちゃんの亡骸を見て、ただひたすらに涙を流した。


 その後、オレは変わり果てた村を歩いた。


 お婆ちゃんの亡骸は衛兵が埋葬してくれた。

 衛兵はお婆ちゃんのペンダントを外すとオレの首に掛けてくれた。


 形見なんだろう。お前の主人に届けてやれと。


 そう言われたオレは小さく返事をし、頭を下げた。


 生き残った村人はいなかった。オレが着いた時にはもう殆どが殺されていたらしい。


 村はオレとキャロの思い出の場所だ。


 だが目の前にある焼け跡からは、何の思い出も浮かばなかった。

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