どこか遠くの伯爵令嬢
眼前で燃え続ける狼。
突然目の前で起こる超常現象。だが今のオレにはそれ以上に気になる事がある。
頭の中で勝手に喋る声だ。
『勝手に、とは失礼ですわね。貴方が勝手に私の中で喋っているのですわ』
マジか、この声ってお互いに聞こえちゃってるんだ。てゆーか誰なんだお前は。
『お前だなんて……、本当に失礼な方ですのね。私はイリシウス伯爵の娘、ハピア・イリシウスですわ』
伯爵の娘……。なんか痛い子だな。だが名乗られた以上はオレも名乗るべきだろう。
オレは……、オレは? オレの名前、何だっけ? やばい、全く思い出せない。犬の名は? 家族は? え、やばいやばいやばい。
記憶喪失? いやけど日本の高校生だったのは覚えてる。
けど今のオレは……。
暫しの沈黙、そしてハピアへと回答する。
今の僕は犬です。
『そんな訳は無いでしょう』
きっぱりと告げられる言葉。
いや、中身は人なんだけど外見がラブリー小型犬っていうか世界一可愛いっていうか。
『魔物かしら? 私と会話してるのも何らかのスキルでしょうし』
ダメだ。全く思考が追いつかない。何、何だって? 今このお嬢様何て言った? 魔物? こんな可愛いワンちゃんを魔物呼ばわりするだと? ファンタジー世界かよ。スキル? ゲームかよ。
そこまで思って気付く。
いや……、オレそういえばスキルゲットしてるわ。さっき起きた時にスキルを授与とか言われた気がする。
これは……、まさか……。
頭の中で導き出される答え。
流行りの異世界転生、という奴なのでは……?
さっき突然狼が燃えたのとか魔法っぽいし、ハピアさんは伯爵令嬢とか言ってるし……。オレ犬だし。
けど愛犬の姿で生まれ変わっちゃったの? しかも異世界に飛んじゃったの?
無理じゃん。死んじゃうよ。
魔物とかいる世界で小型犬生き残れないよ。野犬とは違うんだぞ!? てゆーか野犬でも無理だろ!!
『ですから貴方は魔物でしょう? スキルも無意識で使ってる様ですし』
ちげーよ!! 自慢の可愛い小型犬だよ! スキルってアレか。会話しちゃってるのとか狼燃やしちゃったりとかか。
『えぇ、恐らくスキルと魔法ですわね』
スキル……。記憶を呼び起こす。
何だ? 何かしらスキルを貰った筈だ……。思い出せオレ。
死の間際に聞こえた言葉。
ーースキル『以心伝心』を授与ーー
コレか? コレのせいか? オンオフの切り替えはどうするんですか?
説明書をください。オレは買ったゲームの説明書読む派なんです。帰りの電車の中でパッケージ開けちゃうんですお願いします。
愛犬と会いたいって願っていたのに、オレ自身が愛犬になったり、何処の誰かもわからないお嬢様と以心伝心なんてクレーム物ですよ?
『何を訳のわからないことを……。』
オレはハピアを無視し、記憶のサルベージを続ける。
ーースキル『ラピスラズリの魔眼』を獲得ーー
思い出したぞ! オレは魔眼を手に入れている!! ……何ですかそれは?
ラピスラズリ、愛犬とお揃いで買った誕生石の御守りだな。肌身離さず持ち歩き、オレが死んだ時も形見として握りしめていた。
そういえば自分の顔見た時に目がキラキラしてたな。
それで……? 何が出来るんでしょうか。
『魔眼……、凄そうですわね。少し調べて来ますわ。それと、狼さんがそろそろ焼けたんではなくって?』
あ、うん。ありがとう。ハピアは声だけじゃなくてオレの見てる物も見えるんだな。
『えぇ見えますわ。早く召し上がらないと冷めますわよ?』
オレの目の前には炎が鎮火し、コンガリと焼き上がった狼の丸焼きソテー。
だが待ってくれ。コレをオレが食べる? 正気か?
沸き上がる忌避感と倫理観。それも当然だ。前世で犬飼ってたんだぞ? 同じイヌ科の生物を加工した状態じゃなくて形そのままで食えるか?
しかし焼き上がった香ばしい香りと滴る脂が、そんな考えを霧散させる。
気が付いたらオレは焼き肉に向かって駆け出し、牙を突き立てていた。
う、美味い!! 程よくレアな感じで炙られている! その肉はとろける程柔らかく噛めば噛むほどに肉汁が溢れてくる!
野生の狼なんて売られている和牛肉に比べたら、大した事ないだろうなんて考えはすぐに吹き飛んだ。
食べた事もないほど上質な炙り狼ステーキを、これでもかと腹に詰め込む。
食べ終わった頃にハピアが戻ってきた。案外早かったな。
それにしてもオレの体より明らかに巨大な狼が、どうやって我が愛玩ボディに収まってしまったのか。
きっと加熱して萎んだんだろう。そういう事にしよう。
『貴方の特徴から察するに……。ジュエルビースト、瞳に宝石を宿した獣型魔物の希少種。これですわね』
オレってレアなんだ? けど間違っているぞハピア。オレは獣じゃないし魔物じゃない。愛玩犬だ、パピヨンだ。
けど魔物だとしたら……。やっぱ狩られちゃうのかな? 冒険者とかハンターとかに。
『冒険者、その様な輩もいますわね。戦う力の無い者にとって、魔物は脅威ですもの』
マジか、いるんだ……。オレこの世界で上手くやっていけるのかな。
ハピアは続ける。
『ラピスラズリの魔眼。夢によって未来を見通したり、聖なる気を操る力を持つ。冬の夜空の瞳。そう書いてありますわね』
何だ? ハピアは攻略本か何か読んでるのだろうか。伯爵令嬢って言ってたしな。さぞ広い図書室でもあるんだろうな。
未来視、気を操る……。どうやるんだ……?
『結界を張るとか身体の怪我を治すとか、魔力を込めながらイメージすれば出来るのでは? 魔物ですし』
魔力を……、込める……? どうやって……。
『さっき炎の魔法を使ったではありませんか。私の魔術の邪魔をしながら』
そっか、狼燃やしたのってオレの魔法だったのか。てゆーか邪魔しちゃってた?
『えぇ、それはもう。私が集中して魔術を詠唱していたのに貴方の声が突然割り込んで来ましたわね。
先生との初めての魔術実践でしたのに失敗に終わりましたわ』
マジかゴメン。けどアレだね。
聞きかじっただけのオレは成功したのにハピアは失敗しちゃったんだね。ぷーくすくす。
『別に貴方を見捨てても、私の心は痛みませんのよ?』
ごめんなさいハピア様許してください。貴方だけが頼りなんです。一人にしないで下さい。
『仕方ありませんわね。困ってる方を見過ごせませんもの』
わーい、ありがとー! ハピアちゃんは良い子だね!
『えぇ、ですが。あのレベルの魔法が使える貴方なら、冒険者でも何でも簡単に蹴散らせるでしょうに』
ちげーよ!! 撃退がしたいんじゃないの! 上手いこと仲良くして行きたいんだよ!
くっそ、絶対に世界中に愛犬の可愛さを認めさせてやる。
だがそんなやり取りも長くは続かなかった。
感じる気配。
微かに聞こえる息遣い、そして獣の臭い。オレでは無い獣が、周囲に潜んでいる。
そのことに気付いた時には、周囲のほとんどを包囲されていた。