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冷たい体

 人間。かつてそうだったもの。


 人間。森を焼き払った者。


 人間。支えてくれた人。


 人間。暖かく迎えてくれた人。


 人間。大切な人を傷付けた者。


 人間。オレの大切な人。




 豪雨の中を走る。

 雨の粒は大きく、痛みを感じるほど強く吹き付ける。空気は冷え体から熱が失われていく。

 夜の闇が覆い尽くした暗い道を走る。吠えながら走る。夜目の効かない親友を先導するように。


 遠く離れた視界に建物が映る。


『あれです!アレが検問所です!』


 ようやく、辿り着いた。

 オレは一層力を込めて地面を蹴る。


 瞬間、後ろで何かが倒れた音がする。

 キャロだ。オレは急ぎ彼女のもとへ駆け寄る。転倒したのだ。加速したオレを見て慌ててしまったのだろう。


 見ると足から血を流している。治癒魔法をかけるが塞がらない。傷が深すぎる。この足では走れないだろう。


 どうする……。どうすれば……。


「アリス。ごめんね。本当にごめん」


 キャロが涙ながらに謝罪する。

 違う。悪いのはオレだ。不用意に加速したオレのせいだ。だが今はそんな事を考えている場合ではない。


 どうする?


 閃き、オレの頭に浮かぶ一つの手段。


 決して賢いとも妙案とも言えないが今オレに思い付くのはコレしかない。


 オレは道の端にある木に向け、思い切り背中を叩きつける。

 鈍痛。これじゃダメだ。もっと違うやり方で。

 オレは木に突進し体を鋭く擦り付ける。


 まだ足りない。


「アリス!何やってるの!!」


 キャロが叫ぶ。止めるようオレに訴えるが、今はこれしか思いつかない。


 オレは木に突進を繰り返し、体から血を流す。


 血が流れた事を確認するとキャロのスカートを少しだけ破り切れ端を口に咥える。


 よし。支度は出来た。


「アリス……?」


「わん!(今からオレだけで検問所に向かう。衛兵さんを連れて戻るからキャロはココで待っててくれ)」


「アリスだけじゃ言葉がーー」


 その為の怪我と服の切れ端だ。

 ただ事じゃないアピールが出来れば何でも良い。少しでも衛兵が慌ててくれるように演出するんだ。

 あとは引っ張ってアリスの所まで連れてくるだけだ。


「わおん!(キャロは木陰で雨宿りしてて!すぐ迎えに来るから!)」


 オレはそう告げて走り出す。


 ただでさえ寒空の下ずぶ濡れで走り冷え切ったとこで流血したオレの体はブルブルと震えているが、それでも走る。

 要するに血が流れて派手に見えれば良いんだ。だからそれ以外のところは出来るだけ治して走る。


『馬鹿ですわね』


 何とでも言え! オレはキャロを、お婆ちゃんを守るためなら何だってするって決めたんだ! ちょっと死にそうなくらい気にするかよ!!


 オレは走り、徐々に建物が近付いてくる。入り口の所に兵が二人立っているのが確認できる。


 オレは大きく息を吸い、咥えた布が落ちない様に吠え叫ぶ。


「わんわんわんわん!!!!(おらおら助けを呼びに来たぞおおおお!!大騒ぎじゃ!コッチ見ろコッチー!!)」


 兵がオレに気付き警戒して武器を構える。


「わんわんわん!!(そうじゃねーよ!怪我人がいるんだよ!!)」


 攻撃されない様、兵の少し手前で止まり倒れこむ。


 おらぁ、助けろぉ。瀕死の小型犬やぞぉ。一人の兵が警戒を解き近付いてくる。


 オラ!靴噛んで引っ張ってやるからコッチに来やがれえぇぇぇ!!


「おい、それ野犬か?なんか様子がおかしいぞ」


 それえええええ! 合ってるよー! 正解だよ! お兄さん!!


 ほれほれ上等なネックレスかけてるよー! スカートの切れ端持ってるよー! 血だらけだよー!


 だから早く助けんかい!!


「もしかして誰かが怪我をして犬に助けを呼ばせたんじゃ……」


 ビンゴオォォオォ!! お兄さんやるじゃん!! さてはジェスチャーゲームとか得意だな!!

 こうして見ると中々のイケメンで盛り上げ隊長の様な顔をしている。


 こっちだぁ!コッチに来るんだぁー!!


 オレは兵たちを先導し、必死に吠えつつキャロのもとまで案内する。


 助かった。これで村は助かる。

 オレが待っている筈のキャロのところへ近付いた頃、兵を置いて駆け出す。


 ん?様子がおかしい。人影が小さい様な。


 キャロが、倒れていた。

 真っ青な顔色。その目は閉じ、怪我した足からは血が流れ続け身体は冷え切っていた。


 オレは叫ぶ。力の限り叫ぶ。


 早く助けに来てくれ。このままじゃ死んじまう。嫌だ。オレの親友をこんなところで失いたくない。まだオレの前世分も生きていない小さな女の子が死ぬなんて納得できるわけがない。


 兵たちがキャロへと駆け寄る。


「この子……、まだ息がある!まだ間に合う。医務室へ連れて行くぞ!」


そうだ。頼む。キャロを助けてくれ。


 体を翻し検問所へと急ぐ。

 キャロを抱き抱える兵の背中を、オレは目一杯追い風で押した。


 早く。早く。早く。


 検問所へはすぐに辿り着きキャロは医務室へと運ばれた。


 キャロは助かるのか?

 だが心配はそれだけではない。このままキャロが目覚めなければ村に助けを呼ぶ事は出来ず、キャロだけでなくお婆ちゃんや村人たちも死ぬ事になる。


 オレは祈る。キャロの無事を。村がまだ襲われていない事を。


 くそ、こんな事ならこの世界の文字を勉強しておくんだった。

 そうすれば土魔法を使って文字を書いて助けだって呼べたのに。

 そんな事を考えても森の魔物たちは文字なんて知らなかったし、村でも識字率は高くなかった。

 だいたい今さらそんなの後の祭りだ。


 だが後悔の念は止まらない。


 どれほど、こうしただろうか。医務室の扉が開き中から男が姿を現わす。


 キャロは?オレは男を気にも留めず扉の中へと押し入る。


 キャロ!


 見るとキャロはベッドに横たわっている。


「わんわんわんわん!!(キャロ!目を覚ませ!村がピンチなんだ!お願いだから目を開けてくれ!!」


 オレはキャロに飛びついて今まで舐めた事もない手や頬を舐める。

 頼む。起きろ。起きてくれ。


 後ろから身体を掴まれ持ち上げられる。

 誰だ!離せ!キャロを起こさなきゃならないんだ!!


「飼い主が心配なのはわかるけど大丈夫だ。ちゃんと治療はしたし眠ってるだけだ」


 オレを掴む男の言葉を聞きオレは安堵する。だが直後に恐怖が襲う。

 それでも今、目を覚まさなきゃ村が襲われちまうんだ!頼む。起きてくれ!


 オレは祈り吠える。


「ぁ……」


 キャロ!  少し声を発した! 目が覚めたのか!


「あの……」


 オレは男の手を振り払いキャロのもとへ近付く。


「君、目を覚ましたのか。今は無理せず休みなさい」


「私の……、村を、助けてください。野盗に、襲われているんです」


 キャロがか細い声で絶え絶えに、しかしハッキリと助けを求める。

 良かった……。これで皆助かる……。


 キャロにはココで休んでいてもらおう。


「わん(よく頑張ったねキャロ。君はここで休んで後は任せて)」


 オレがそう告げるとキャロは意識を手放し再び眠りに就いた。

 オレにはまだやるべき事が残されている。衛兵たちを先導して村まで連れて行かなければならない。


 オレは既に背中の怪我も塞ぎ、息は整えた。魔力も底を尽きかけているが追い風を起こす程度ならまだまだ大丈夫だ。


 大丈夫。まだ間に合う。あの村を助けられる。

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