幸せを守る為に
走る。走る。走る。
後悔しない為に。
もう二度と失わない様に。
オレはキャロと共に山へ向かっている。
お婆ちゃんが元気の無いキャロの為にピクニックを提案したのだ。
お婆ちゃんはオレの言葉がわからない筈なのにオレの気持ちがわかるのだ。
不思議な人だ。
彼女はとても優しい。愛する孫娘の為にお金など無い筈なのに、キャロの為に、キャロの好物ばかり詰め込んだお弁当を作ってくれた。
キャロが好きな物はオレも好きだ。
お婆ちゃんはキャロのお弁当と同じ物をオレにも持たせてくれた。
そうしてオレはキャロと共に歩いている。オレはキャロの周りをグルグルと回りながら進む。彼女に元気になってほしい。そう願いながら。
キャロは少しだけ笑顔になる。もっと笑顔になってほしい。キャロが笑顔ならそれだけでオレは幸せだから。
キャロが小さな声で歌う。オレはそれに合わせて声をあげる。
キャロが笑ってくれる。
少しずつ元気を取り戻すキャロ。
山の丘へと着いたオレたちは、美味しいお弁当を食べ、沢山遊んだ。
花を摘んだり、キャロが投げた枝を拾いに行ったり。
一度だけ投げた枝を口で上手いこと投げ返してみたが、キャロが取れないのでやめた。
キャロが摘んだ花で冠を作った。キャロの分とオレの分。二つの冠を作ってオレに被せてくれた。お揃いだ。今の可愛らしいオレたちをハピアやバロウ達にも見せてやりたい。
楽しかった。村での事なんて忘れてオレたちは楽しんだ。
日が傾き始める。そろそろ帰らないと着くまでに日が暮れてしまう。オレはキャロにそう告げたが、キャロはオレの思っていた事と違うことを言った。
「アリス。このまま山を超えて、どこか遠くの村へ行かない?」
最初は冗談かと思った。そう出来たらどんなに幸せかと。
しかし村にお婆ちゃんを一人残す訳にはいかない。そう思ったんだ。
けどキャロは本気だった。
お婆ちゃんが心配だと何度も説得した。
しかしキャロは譲らなかった。
自分たちがいない方がお婆ちゃんは楽に暮らせると。
そんな事お婆ちゃんは望んでいない筈だ。
だが同じ様なことを考えたことあったオレは、キャロを説得する事が出来ずに根負けしてしまった。
ほとぼりが冷めたら、なるべく早く村に帰ろう。何かお土産でも持って行けばお婆ちゃんもそんなに怒らないさ。
オレがもっと強くなれば良いかも知れない。村人たちもオレに手出し出来ないとわかれば今よりもマシになるかも知れない。
そんな事を考えながら、キャロと山道を歩く。
キャロが言うには山を越えたところにすぐ村があるらしい。オレもそこに村があるのは聞いた事がある。
そこの村とコチラの村はあまり交流が無い様だが、その方が好都合だ。
それなら悪い噂が広まってる事も無いだろう。
日が傾き夕暮れとなる。
オレとキャロは進む。だが子供の足はそんなに強くない。
オレがキャロに休むことを提案すると、すぐに受け入れてくれた。
木に持たれ座り込むキャロ。
オレはキャロの体温が下がらない様に体を寄せる。
ふと、灯りが目に入る。
松明。人だ!人がいるということは村は近くなんだ!
オレは喜びキャロに伝え、二人で灯りへと歩いていく。
だが様子がおかしい事に気付く。
ボサボサの無精ヒゲを生やした、不潔で怪しい風体。
おそらく何日も風呂に入っていないだろう臭いを感じる。
キャロが小さく悲鳴をあげる。
「野盗……。」
キャロの呟きが聞こえた。
野盗だって?アレがそうなのか。なら近付くのは得策じゃない。オレとキャロは息を殺し、木々の影に隠れながらやり過ごそうとする。
野盗に視線をやるとその先からもう一つ灯りが近付いて来るのがわかる。
仲間だろうか?このままココにいて良いのか?見つかってしまうのでは。様々な思考が頭を過ぎる。
どうやら野盗の仲間だったらしい。
小声だが彼らの声が聞こえる。オレの耳は良い。彼らの声も聞き漏らすことは無い。
「あの村も取るもん無くなってきたな」
「あぁ、元々大した宝も無かったけど食い物もロクに取れなくなったな」
「けどよ、頭のアニキが言ってたぜ。この山を越えた村には宝石が山ほどあるってな」
「おい、それ本当かよ」
「あぁ、なんでもそこの村の女どもは大人からガキに至るまで皆、首から宝石をぶら下げてるらしいぜ。アニキが旅の行商人に聞いたから間違いねえらしい」
その言葉に息を飲む。
野盗がオレたちの村の話をしている。という事はつまり遠くない内に来る可能性があるって事だ。
男たちは会話を続ける。
「今日の夜にこの山を出て出発だ。夜明け前の村人どもがぐっすり眠ってる間に村を襲う」
「村中の奴が宝石持ってんだもんなぁ、そりゃ皆殺しだよなぁ」
「馬鹿か、若い女は殺さねぇんだからな?覚えとけよ」
今、何て言った?
今日の夜って言ったか?若い女以外は皆殺し?
男たちが笑っている。オレが聞き間違えをする筈がない。しかし頭はそれを否定し、聞き間違えであって欲しいと祈る。体の震えが止まらない。
やがて野盗たちがこの場から遠くなっていく。
キャロが安心したのか脱力し座り込む。
「ねぇ、あの人たち。何を喋っていたの?」
オレが野盗たちの会話を聞いていた事がわかるのだろう、キャロが尋ねてくる。
オレは答えた。
今夜オレたちの村が襲われること。そして婆ちゃんが、殺されてしまうかも知れないということを。
「そんな……」
キャロはそう言うと、村に向け走り出した。
それに追従する。
村の事は知らないが、お婆ちゃんの危機を放って置けない。
オレはキャロと共に走った。
大切な人を失わないために。