再会
暖かい。
静かな息遣いが聞こえる。オレのすぐ近く。等間隔の安らかな寝息。ふわふわとした毛の感触。
バロウ。
森の皆が迎えに来てくれたのか?その考えに至り意識が少しずつ目を覚ます。
中々目が開かない。オレンジ色の暖かな光を感じる。
匂いがする。甘い香り。果物……? 違う。嗅ぎ慣れた様な匂い。
ようやく目が慣れてきた。期待に胸を膨らませ、ゆっくりと目を開く。
麦色の黄色い髪が視界に入る。
バロウでは無い。その事実に落胆するも思考を続ける。
黄色……。虎のおばさん?いや、こんなに長い髪じゃなかったし何より彼女は進化して毛色が変わった筈だ。
じゃあ、一体……?
未だ筋肉痛の取れない体を少しずつ動かす。
「あら、起きたのかい?」
オレが向く方とは反対側から声がする。この声、喋り方。……ばあちゃん?
リスのばあちゃんか?勝ったんだな!?オレは再び慣れ親んだ声を聞いて嬉しくなる。
身体の痛みも気にせず声の方を見る。
「娘があなたを連れてきてビックリしたよ。ずいぶんとボロボロだけど、美人さんだねぇ」
……誰だ!?このお婆さんは誰だ!
オレの意識は一気に覚醒する。
何だ?ババ違いか?
てゆーか今、美人さんって言った?美人さんって言った?
いやー、やっぱりどんなにボロボロでもわかる人にはわかっちゃうんだなー!いやー照れる照れる。
そうやって困惑するオレの前にコトリと底の浅い皿が置かれる。
「良かったらお飲みよ。庶民のミルクがお嬢さんの口に合うかわからないけどねぇ」
ミルク。あの甘い匂いはホットミルクだったのか……。オレは少しずつ体を動かし皿の中身を覗き見る。
湯気を燻らせる乳白色の液体は、ほんのりと甘い香りを放ちオレの喉を鳴らせる。
オレは我慢出来ずにホットミルクへと口をやり飢えた犬の様に喉へと流し込む。……今のオレは飢えた犬そのものだったな。
犬に牛乳はダメな気もしたけど、牛じゃなくて山羊とかかも知れない。そもそも魔物だから多分セーフだろう。
一心不乱にミルクを飲み、瞬く間に皿を空にしてしまう。
「おやおや、よっぽどお腹が空いてたんだねぇ。おかわり、いるかい?」
「わおん♪」
優しいばあちゃんと空腹が満たされた喜びで思わず上機嫌な返事をしてしまう。声がリスばあちゃんに似ていたのもあったんだろう。
オレは再びミルクを温め始める彼女の側に座り、尻尾を振り振り息を荒くする。
辺りを見回すとリビングもベッドもキッチンも同室にしては小さめな部屋だ。生活するには困らないだろう。
この世界ではこれくらいが普通なのかな?
そういえばさっき娘とか言っていたな。もしかしてさっきの金髪の子か?
『ええ、その金髪の彼女が虐められている貴方を助け、この家で休ませたのですわ』
ハピア!そこまで見れてたんだ!
てゆーことは、その子命の恩人じゃん!ひょおーー!感謝感謝!!
「あ!ワンちゃん起きてるーー!!」
ぬ!金髪ちゃんが目覚めた!身体はまだ痛むが感謝の意を全身で表現せねば!
「わん!わん!(ありがとう!助けてくれてありがとう!君もお婆ちゃんも優しいね!)」
「うんうん!お婆ちゃんすっごく優しいの!これからはあなたも一緒に暮らすんだよー!」
マジか!これからオレここの子になるんだ!やったぜ!こんな良い家に拾われるなんて!素晴らしい!!
「おはようキャロ。あなたもホットミルク飲むかい?」
そう言ってオレの側に再びミルク皿を置く。
この子はキャロって言うのかー、明るく優しいこの子にピッタリだな!
ウェーブのかかった金髪にふっくらホッペが可愛い美少女だ!
よろしくキャロちゃん!
「お婆ちゃんおはよー!私もこの子と同じの飲む飲むー!」
そう言ってキャロちゃんは元気よくテーブルに着く。
オレは再びホットミルクをペロペロと舐め始める。美味しい!美味しい!優しさを感じる!
「わん!(二日間何も食べてなかったからおいちー!)」
思わず叫んでしまう。
「お婆ちゃん!この子二日も何も食べてなかったんだって!」
「おやおや、それはまた可哀想に。あなた大変だったんだねぇ」
そーなんだよ!もう空腹で空腹で、何度も死ぬかと思ったんだよー!
…………え?
『聞こえてますわね』
え……、この子オレの言葉わかるの?なんで? ホントに?
「……わん(キャロちゃん言葉わかるのー?)」
「うんうん!わかるよー!」
マジか…………。もしや!キャロちゃんってオレの愛犬が転生した姿!?
そうだ!そう考えると納得だ!優しいし美少女だし言葉わかるし!
『ずいぶんと早い決めつけですのね』
絶対そうだって!間違いないよ!
「わんわん!(キャロちゃん!オレたち出会えたの運命だったんだね!)」
「ん?そうだねー!あなたと会えて嬉しいよー!」
キャロちゃんは笑顔でホットミルクを受け取り、その満面の笑みをオレへと向ける。
可愛い。
オレは愛情表現としてキャロちゃんの足に頭を擦り付ける。
キャロちゃんはくすぐったそうにするが嫌そうな素振りを見せない。
「キャロや、ご飯を食べたらその子の体を洗っておやり。服が泥だらけになっちゃうよ」
お婆ちゃんがケラケラと笑いパンやスープをテーブルに並べて行く。
あ、オレ体汚れたまんまだったわ。やっば……。
「わん(お洋服汚してごめんね?)」
「大丈夫!後でピッカピカに洗ってあげるからね!」
天使かよ。何度でも言うが天使かよ。
許されたオレはその泥だらけの体を目一杯擦り付けるのだった。