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子ブタ聖女と呼ばれていますが、いつか役者になってみせます!! 作者:羽田遼亮
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やがて女優となる少女

 己が子ブタであると思い知ったアリス。

 相棒のカーバンクルに事実を告げられたアリスであるが、すぐに立ち直ると、よいしょ、と壁の隙間から芝居小屋をのぞき込んでいた。

カーバンクルに皮肉を言われても、現実を受け入れても、なお芝居を見続けるのはある意味、才能であろうか。

 カーバンクルは呆れながら言う。

「君は女優になるのを諦めたんじゃないの? 現実を知って」

「しっ! 黙って、今、いいところなの」

 アリスは強い口調で言った。

 自分が子ブタのような容姿をしているのは自覚したが、それでも女優になるのを諦めたわけではない。仮になれないとしても、それと演劇を鑑賞するしないは別の話である。

 この村は辺鄙な村、旅回りの劇団がやってくるなど、そうそうあることではないのだ。

 その少ないチャンスを逃すなど、演劇フェチを自称するものにはありえないことだった。

 アリスは役者の一挙手一投足に注視する。
 役者の台詞、すべてを記憶する。
 じいっと凝視し、この芝居を脳裏に焼き付ける。

 こうしておけば、しばらく劇団がやってこなくても耐えられる。夜中、この劇を思い出し、脳内で再生させれば、アリスはまたお芝居の世界に行ける。作家や役者たちが作り出した夢の世界の住人になれるのだ。

 アリスはにこにこと笑顔で芝居を楽しんだ。

 その姿を見てカーバンクルはため息を浮かべるが、お芝居が終わりにさしかかった頃、望まぬ客が現れた。

 望まぬ客は、芝居に夢中になるアリスの首をひょいとつまむと、猫のように持ち上げる。

 ちょっとぽっちゃり目のアリスを片手で持ち上げるとはなにものであろうか。
 疑問に思ったが、男は名乗るよりも先にアリスを侮辱する。

「この糞ガキ! 俺たちの芝居をただで見るとは! 不逞野郎だ」

 アリスは手足をじたばたさせながら、抗議する。

「や、野郎じゃないもん! 女の子だもん!」

 その言葉を聞き、男はあらためてアリスを見つめると、豪快に笑った。

「たしかによく見れば女の子じゃないか。いや、雌かな。オーク族の娘か」

「ち、違うもん、人間だもん」

「人間か、それが本当ならばちゃんとお代は払いな」

「……うう、それはできません」

「じゃあ、人間じゃないな。ブタ小屋へ帰りな」

 男はそう言うと、アリスを草むらに放り投げた。

「ぶ、ぶひー!」

 ごでん、とお尻を強打するアリス。
 アリスは抗議する。

「あなたはどんな権利でわたしの邪魔をするの!」

「俺はこの劇団、『銀色航路』の大道具兼もぎりのザムドってもんだ。この劇団の正当な権利を行使させてもらっているに過ぎない」

「わたしが演劇を見る権利は?」

「金さえ払えば文句をいわないよ」

「それは無理。だってわたし、お金持ってないもの」

「じゃあ、見せられないな。こっちも生活がかかっているんでね」

「待って! わたしは将来、大女優になるの。そうしたら後払いで払うから、今は見逃して」

 その言葉を聞いたザムドは首をひねる。アリスの言葉を理解できないようだ。

「はて、今、子ブタがなにか人の言葉を話したようだが」

「もう一度言うわ! わたし、アリス・フローネはいつか大女優になるの。お金はそのとき払うから今、劇を見せて! 何倍にもして返すから」

 ザムドは真剣な目でアリスの瞳を見つめると、3秒ほど耐え、その後、大きな口を開けて笑い声を漏らした。

「はっはっは! お前が大女優だと!? 笑わせてくれる」

「人を笑わせるのも女優に必要な才能よ! ザムドさん、あなたは小さな苗木を見て、巨木にはならないと馬鹿にしてるのよ」

「苗木がすべて巨木になるわけではないだろ」

「そうかもしれない。でも、巨木になるかもしれない」

「たしかにそうだが」

 ザムドは己のあごに手を添え、考え始めるが、それでも答えは変わらなかったようだ。

「その胆力、気に入ったが、それでもできないものはできないね。お嬢ちゃんにはわからないだろうが、劇を作るのは金がいるんだ。観客から金を徴収しないと次の演目を作れないんだよ」

 ザムドはそう言い切ると、最後は優しげな声で言った。

「だからお嬢ちゃんには見せられない。悪いな」

「…………」

 アリスはしばし沈黙するが、それでも諦められなかった。なんとか説得しようと、とあることをやってみせた。

 それは、先ほど見ていた芝居をそのまま再現するのである。
 アリスはその目に、その耳に焼き付けた芝居を披露した。
 ひとりで主役、脇役、敵役、そしてヒロイン、すべてを演じてみせた。

(……わたしのこの才能に気がついて)

 そう願いをかけながら。
 アリスの必死の思いが通じたのだろうか。
 ザムドは神妙な面持ちになるとアリスの演劇をこう評した。

「市場に売られる前のブタが必死に演技して出荷をまぬがれようとしているみたいだったぜ」

「ぶ、ブタ!?」

 ぶ、ぶひー! である。
 アリスは、がくり、と両膝をつく。

「わたしの渾身の演技がブタみたいだなんて……」

「いや、落ち込むなよ。良い意味でブタっていったんだよ」

 ブタに良いも悪いもあるのだろうか。そう思ったが、アリスは諦めることにした。
 この場でいくら説得しても劇の続きは見られない、そう悟ったのだ。
 アリスはカーバンクルのカーくんを肩に乗せると、とぼとぼと歩いていった。
 我が家である神殿へと。

 途中、名残惜しげに芝居小屋を見返したが、すでにザムドはトンカチで木の柵を補修していた。

「……これでもう二度と芝居を見れないかも」

 そう思ったアリスの目にひとしずくの涙が流れた。




 女優を夢みる少女が落胆していた頃、芝居小屋の裏にいるザムドに話しかける人物がいた。

 その人物が現れるとザムドは作業を中断し、直立不動となる。
 ザムドの前に現れたのは、この劇団の主催社であった。

 かつてこの国の宝と謳われた大女優、多くの女優や俳優を育てた名伯楽。演劇界の重鎮で、この世界に身を置くものならばその名を知らぬものはいないほどの存在だ。

 ザムドも幼き頃、彼女の圧倒的な演技力、それに存在感に魅了され、演劇の道を目指した経緯がある。結局は俳優には向かず、こうして大道具を作る職人となったが、それでもなお、彼女、「ベアトリクス・アマーチャ」は憧れの存在であり、尊敬の対象であった。

 会えばいまだにたたずまいを正さずにはいられなかった。
 そんな敬愛する上司が話しかけてきた。なに用だろうか。
 ザムドはいぶかしむが、彼女の用件は単純なものであった。

「今、あなたが話していた娘、あの子は誰?」

「あの娘ですか? 子ブタのような」

「そう、あのまるまると太った娘よ」

「あの娘はですね――」


 ザムドは少女との出逢い、詳細をすべて話す。
 ベアトリクスは真剣な面持ちで耳を傾けた。


「――なるほどね。それであの子はあなたの前で演技をしていたのね」

「はい、酷い演技でしたが」

「酷い演技? あなたはそう思ったの?」

「はい、酷いと思いました。まるで子ブタが踊っているようでした」

「ならばあなたの目は節穴ね。あの子は才能の塊よ」

「才能の塊? あの娘が?」

「ええ、そうよ。あの子はあの長丁場の台詞を一文字たりともミスせず、そらんじてみせた。なんの訓練も積んでいない娘がよ。そんなことができる役者がうちの劇団にいて?」

「前に一度見た劇なのかも」

「この劇は初めて演じるものよ。あなた、忘れたの?」

「……そういえば」

 つまり、あの少女、アリスはたったの一回、一度目にしただけの劇をすべて記憶したということか。その台詞から動作まですべてを。

「あ、ありえるのか、そんなこと……?」

 今さらながらにアリスの演技を思い出したザムド、背中に冷たいものが走る。

「あの子は天才よ、ザムド。あの子は女優になりたい、たしかにそう言ったのよね? ならばその願い、叶えてあげましょう」

「まさか、ベアトリクス様、あの娘を弟子入りさせるのですか?」

「才能がそこにあれば育ててみたくなるのが演技者のさが。ましてやその才能が自分を遙かに凌駕するものだとしたら……」

 ベアトリクスはそう口にすると夜空を見上げた。
 そこには夜空に輝く銀色の星があった。演劇の女神が守護したもう星である。

 ベアトリクスがその星を見た瞬間、その星がひときわ大きく輝いたような気がした。
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