6話 コスモスの少女
ールグは思わず返事をするのを、忘れていたー
正確に言えば "返事が出来ないほど愛らしく見惚れた" だが。
そんな呆然としているルグを見ておかしくなったのか眉を下げて、彼女は口元に手を当て微笑んだ。
「すみません。 こんな時に笑うべきじゃないことは分かっているのですが、つい」
「あ、いえ俺こそこんな間抜けな顔して......」
ここにきて初めての言葉のやり取り。
ルグなりにはっきりと話したつもりだったのだが、予想以上に声が裏返りお得意のボソボソ喋りになっていまう。
「あら、こんな事している場合ではありませんでした。 あそこにいるドラゴンをどうにか......」
気が動転し声が細くなるルグとは裏腹に優しくもはっきりとした口調で彼女は片目からドロドロの緑の液体を未だに流し、
息が荒くなっているドラゴンを指差した。
ドラゴンは先ほどの攻撃で頭に血がのぼったのか、目をギラギラと光らせ口から生えた剣のような牙を生やして二人を見下ろしていた。
「俺はとりあえず逃げる方が得策だと思うぞ。 俺も足がこの通り折れたみたいだしあんたも逃げた方がいいと思う」
ルグのとっさの判断にその少女はルグの折れてしまった足を見つめ、少し考えた後にルグの方に視線を合わせ。
「分かりました」
と、凛とした表情で頷いた。
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「な、なんとか逃げてこれましたね」
と、息切れ切れに額に汗を流しながら彼女はスカートに付いた泥をパタパタとはたいていた。
汗でさえも美しいと思いながら、またもやルグが見惚れているとその視線に気づいたのか、彼女は
「どうしたんですか? 顔が赤いですけど走り過ぎました? 」
と、ルグの顔の目の前に顔を持っていく。
あどけない表情の少女のまさかの行動に先ほどに以上に顔を赤らめたルグは顔の前で両手を振りまくった。
「い、いやいや最近運動してるつもりなんだけどやっぱりしてなさ過ぎたのかなー。 あはは」
「まぁ。 リンゴみたいですよ」
またもや口元に手を当てコスモスのように微笑む。
夜風が彼女の美しい金髪をしなやかに揺らしていた。
その表情にまた彼女の微笑みビームをくらいそうになったルグは話題を変えるべく、話題を探そうと目を泳がせると、彼女に話しかけた。
「そ、そういえばあんたの名前ってなんなんだ?」
我ながら当たり前の事を聞いたなと恥ずかしくなり、別の意味で顔を朱に染めた。
それを聞いた少女は挨拶をするべくふんわりと姿勢を正し、ルグの方に向き直ると優しく語りかけるような声で、
「私の名前はエフィ。 とある事情で王都からこちらを訪問していましたの。 ところであなたは?」
と、目に希望を宿しルグに語りかけた。
「俺の名前はルグだ。 よろしく、エフィ。 ところであんたのそのとある事情とは? 」
「......それはお伝えする事が出来ません。 これは私の、私だけの使命です。 人の力を借りてするものでは無いと分かっていますので」
申し訳なさそうに視線を逸らしながらエフィは呟いた。
「一人じゃ出来ないことも複数でなら出来ることがあるってバジルも言ってたぞ。 俺が力になれる事ならなんでもする」
思ったより決めゼリフを言え、満足気なルグをバサリと切るように
「すみません。 この探し物は自分で成し遂げたいのです。ルグには祈って待っててほしい。ということぐらいです」
と言い放った。
バサリと切れたのはかなりショックだったが、それよりも "ルグ" と名前を呼ばれた事の嬉しさの方が勝っていた。
「そ、そうか......すまない。
ところで王都へは何で来たんだ?」
「馬で参りました。 そちらには印を付けていますし、こちらに来る際に安全な場所の木に括り付けています」
と、エフィがその場所を指差そうとした瞬間であった。
また、あの悪夢がはじまろうとしていた。
ゴゴゴゴゴゴっと激しい木のなぎ倒される音と共についさっきまで片目を抉られ悶絶していたあのドラゴンがさっきの勢いそのままに二人の前に現れた。
間一髪入れずにドラゴンはその白いゴツゴツした岩のような体をクネらさせると二人の方めがけ進撃を初める。
「危ない!」
とっさにエフィの体を抱き抱え、折れてしまった足を庇いながらルグはドラゴンの攻撃を交わす。
これで一件落着と思いきや、諦めの悪いドラゴンは次はルグの体の何倍もある腕を力一杯あげるとエフィを抱き抱えたままのルグをめがけて振り下ろした。
「これはマズイな......」
額に冷たい汗をかきながらルグは呟いた。
そして、抱き抱えられたまま不安そうな顔をしたエフィ。
「エフィ!」
「は、はい!」
「すまない!」
「......へ?」
そうルグは言い放つと疑問の色を残したままのエフィを林の方へぶん投げた。
エフィが無傷である事を願いながらルグはドラゴンの攻撃を直で受けてしまった。
「ーっ」
ドラゴンの攻撃はルグの腹と頭を傷つける。
腹は内臓の方を抉られたのだろうが痛みを感じている暇は無く、頭がは血が滴り落ち視界が歪んだ。
「これは、なかなか効いたかも」
と、血が服に染み出してきた腹を右手で押さえドラゴンを必死に睨みつける。
攻撃が効いたことを嬉しく思うかのようにドラゴンは空の方を向き、空気が震えるような叫び声をあげた。
「チッ、面倒くさい。 このままじゃ......」
軽く舌打ちをしたルグを嘲笑うかのようにドラゴンは今までルグの方を見下ろしていた目線を林の方に向けると、
「お......お前まさか......」
ルグはドラゴンの視線の方に目をやると、頭を打ったのか頭に手を当て顔を歪めたエフィがいた。
ドラゴンは獲物を見つけた喜びでまた、雄叫びをあげると進撃を開始。
それに気づいたエフィは絶望で、動けずにいた。
「これなら一か八かだ」
決心を固めたルグはエフィに向かって一直線のドラゴンより早く着きたいの一心で走り出した。
とは、いってもルグはドラゴンから飛び降りた際に片足を骨折し、攻撃を受けて頭と腹からは流血している。
早く走れない事に苛立ちながらルグは自分の老体に鞭を打つと
「間に合えーっ!」
と、やっとの思いでドラゴンより早くエフィの元に着いた。
「エフィ怪我はないか。 先ほどはすまなかった」
「大丈夫です! 私のことは気にせずに!」
しかし、ドラゴンはもう二人の目の前でその大きい瞳で睨みつけ、突進してきた。
「これじゃ二人で道連れだ」
と、ルグは目に輝きを無くしたがふいにある人物の顔が浮かび上がる。
「ーバジリア......」
自分はずっと側にいたかったのに自分の我儘で人間の体を手に入れたルグを一つも責める事無く、それにバジリアなりの別れをしてくれた。
それなのにこんな始めで命を絶つのはごめんだとルグは正直に思った。
「ルグー!」
バジリアの無邪気な笑顔が脳裏に焼き付いてる。
「俺は......俺はこんなところで死ねない!」
再びに目に生気を取り戻したルグは残りの自分の力を全て使い切るほどの気力で右手をドラゴンの方に向けた。
ーパキンッー
と、軽やかな砕ける音が聞こえると思うと激しい風と共にルグの手からは無数の光の結晶が形を成してドラゴンの前に立ち塞がっていた。