4話 揺るがない気持ち
「ーなんで、じぃさんあんた俺の声が聞こえるんだ?」
心底驚いた様子でルグは壊れ、粉々になった扉に腕を組み堂々とした表情の年寄りを見つめていた。
「お、おいおいルグの声が聞こえるのは今までアタシだけだったぞ!」
驚いた様子のルグとは違い、英雄を見るかのようなキラキラとした目でその年寄りを見ている。
当の年寄りはというと、白髪交じりの黒髪で肩上にまで伸びた髪に口元には無造作に生えた髭が伸びきったままで放置されていた。
顔の所々に深く刻まれた皺は、彼の長い年月の苦労や思い出が詰め込まれているように見え、その顔のほとんどを隠す白い大きなローブを着ていた。
「おぬしら......」
ゆっくりと口を開いたのは誰でもない静かな佇まいの年寄りだった。
「ここに来るのは転生を望むもののみ。ここに来たというのはそういう案件なのだろう。それに、ワシのミシオンのトラップを防ぎよった。なかなかいないぞ。
それにワシの予想ではそこのお嬢さんの中にいる彼はお嬢さん自身に棲みついたミシオンなんじゃろう?」
「あら、お嬢さんなんてお爺さん見る目あるじゃない」
「バジル、お前馬鹿か」
「ルグは見る目がないのよ。 まだまだお子ちゃまなのよ。 大人になればアタシの良さも分かるってもんだ」
「すまんが俺はお前より生きているぞ。 それにお前を好くやつの良さが分からないな」
「ルグってば、天邪鬼」
大袈裟に頬に両手を当て腰をクネクネさせ、照れポーズをとるバジリア。
中にいるルグはというと、笑うも呆れるともなくじっとりとバジリアを見つめていた。
「お二人さんワシの話を聞いておったか?」
「「え、なんだっけ? もう一回」」
恐る恐る聞いた年寄りの言葉をバッサリと切った2人の言葉に頭が痛くなり後ろによろめいた年寄りは、間一髪のところで柱に捕まると深く息を吸った。
「じゃから、お嬢さんのミシオンはその中にいる彼なんだろう?」
さっきより少し声のトーンをあげ必死に伝えようとする年寄りを見て面白くなったのか、バジリアは大きい口をいっぱい開けて言い放った。
「お爺さんの勘は鋭いなぁ。 正解だよ。 何十年も前に知り合ってそっからずっと一緒に居て、戦場もずっと」
「戦場...... 褐色の良い肌に焦げた金髪......」
いきなり黙り込みなにかを考え出した年寄りに次はルグが声をかけた。
「じぃさんどうした? 色んな意味で話の通じな過ぎる俺たちに頭痛か?」
「頭痛はまぁ合っている事は合っているな。 じゃがワシの聞きたい事は......」
「聞きたい事は?」
年寄りはゆっくりと瞼を閉じ、数秒なにかを考え出したのちにまたゆっくり目を開け
「まさか、伝説の英雄女騎士のバジリア・フロステルか?」
と、半分不安と半分期待の籠った目で見つめてきた。
「まぁ、 アタシ達はそういう感じだね」
「だな」
かなりアッサリとした返事にまたよろめく老人だったが、慣れたのかすぐに立ち直り二人の方をじっと見つめ、
「おぬしらのミシオン(使命)はまだまだ消えないという事じゃな」
と、誰に言うでもなく静かに呟いた。
オーガストと名乗るその年寄りは二人を招き入れると、「こんなものしかなくてすまない」と、きちんと二人分の紅茶を出してきた。
暖かい蒸気がゆったりとバジリアの顔に潤いを与えてきた。
外はすっかり暗くなり星や月も出始めている時間になる。
「さて、では始めるか」
と、息つく間もなくオーガストが言うと二人を手招きし奥の部屋に連れて行ってくれた。
しかし、その部屋を見た二人は声にならない声を出す事になった。
天井が低い部屋に無数に吊り下げられた白い死体のようなものがあり、下にも塊になったそれが辺りを覆い尽くしていた。
足や手が毟られたような死体や、腹の中からもうすでに年月が経ち、干からびてしまった腸が溢れ出していた。
中には目が溶け出し歯が抜け落ちたものまであった。
バジリアは口から得体の知れないものが出そうなのを必死で両手で押さえ耐えるのがやっとだった。
先ほどの暖かい部屋とは違い、寒いだけとはまた違ったそこから冷えるような風が吹く部屋だった。
「おい、バジルあそこ」
自分の事に手一杯で周りが見れていなかったバジリアの意識を冷ますようにルグが語りかけた"あそこ"とは、
薄暗い部屋の奥にあるベッドのような木造りの長方形の箱であった。
バジリアが今にも崩れ落ちそうな足で恐る恐る近づく。
「ーひっ」
次は目を両手で押さえる。
その木彫りの箱には赤黒い血が染み付いており、生臭い匂いが辺りに充満していた。
「アタシ今まで何人もの人を倒してきたけどこういう系は何十年経っても苦手なの」
涙目になりながら足をジタバタさせるバジリアをなだめるように、
先ほどまで後ろで一部始終を見ていたオーガストは
「大丈夫じゃ、 すぐに慣れる。 さ、早く君の中にいる彼を出してくれないか?」
「出すってどうやってぇ?」
出来るだけ優しく語りかけたオーガストをよそに涙声になりながらオーガストを見つめるバジリア。
「右手をワシに出してくれるだけで良い」
さぁ、っと両手を差し出し催促するオーガスト。
その行動に反応したのかバジリアは右手をオーガストに差し出す。
すると、オーガストはバジリアの手を優しく包み混むと二人の手の中が鮮やかに輝きだした。
そのままオーガストがその光を取り出し、ゆっくりと手のひらからその光を解放してやるとその光は薄暗い部屋を瞬く間に照らし出すと、
「俺だぞ、俺俺」
と声を聞くだけで嬉しそうなのが伝わるほど元気な声で語りかける。
「え、ルグ?」
と、驚き目をパチクリさせるバジリア。
そんな二人の声も聞かなような素振りでオーガストはルグに近づく。
「お前さんはさっきまで下に転がったり天井から吊るされた肉塊を見ただろう。 あれはワシの転生に失敗した者たちの末路じゃ。 全員が全員成功するとは限らない。むしろ、そちらの方が少ないほどじゃぞ。それでもおぬしは自分の使命を信じるんじゃな?」
「俺の気持ちは何回じぃさんにそう言われても揺るがないけどな」
「困った子よ」
困ったように眉を下げ微笑んだオーガストは、こっちだ、というようにそこの木造りの箱へと案内する。
ずっと箱には寄り付かなかったバジリアも今回こそは小走りで寄ってきて、
「死んだら、死んででも連れもどしに行くから」
と決意の決まった目でルグを見た。
木彫りの箱の上には先ほどまで無かった雪の結晶ほど白いマネキンが静かに横たわっていた。
「ーさてと」
オーガストがマネキンの上にはすっと立つとその生命の無いマネキンの心臓部分にルグを当てるとルグの光がマネキンに吸い込まれていく。
と、その瞬間に全身に無数の大きい足の沢山生えた虫のようなものが駆け巡り、その後を追うように鋭いナイフが、体を裂くような痛みに襲われた。
「ーーーーっっっ!!」
あまりの痛みに悶える暇もなかった。
腹の底から何かの塊のようなものが上にのしのしと上がってくるのが分かる。
壮絶な痛みの中、その感覚だけはずっとあった。
腸がグチャグチャに混ぜられたように気分が悪くなり、吐き気に襲われるが、吐こうにも痛みが邪魔をして吐けない。
やがて、その塊は喉の方に行く。
駆け回る虫も塊と共に今度は頭の方に行く。
頭が膨れ上がり今にも破裂しそうなほどの痛み。
ーーーーーーブチンーーーーーー
その音を聞いたときにはルグは意識を失っていた。