2話 素直じゃない
ー俺はアフターライフを送るー
そう言い放ったルグはそれ以来黙り込んでしまった。
そこから何秒かの沈黙。
2人ともなにも喋ることなくただ、夕焼けのどこかノスタルジックな風が2人の身体を包み込み溶けていった。
その時間が何秒あったのかはたまた何分あったのか、しばらくの間の後
バジリアは口角を引きつらせながら思い切り上げ、
手をパンと軽く叩くと、
「そうだよな! そろそろアタシのババアの老体に入ってるのも嫌だろうなと思ってた頃だったんだ。 すぐにでも、ピッチピチでかわいこちゃんの体にも入り込んじゃいなよ。」
「いや そうじゃない。 そうじゃないんだ」
予想外の反応にバジリアはあんぐりと口を開け
「は?」
と答えるのが精一杯だった。
それを聞いたルグは笑っても良いのかと探るような笑いで、
「ハハッ俺からは見えないけどかなり無様な顔なんだろうな。 早くお前の顔を正面から見てみたいわ」
と、言葉を選ぶように語りかけた。
そして、そのまま語り続け、
「バジル、お前が言っているのはお前と出会った時みたいに人の身体に入り込んで生活するってことだろ? 俺がしたいのは人の身体に入り込むことじゃない。 俺が俺自身になるって事だ。 俺が自分の身体を自分で持ちたい」
「いや、ちょっと待てルグ。 それって事は転生をするって事か?」
「うん、 まぁそういう事になるな」
常に冷静にモノを言うルグに対して"転生"という言葉を聞いたバジリアは比較的細めの目を最大限に開けた。
「ルグ、 それってどういう事かお前が一番分かってる事だよな!? 転生っていう事はお前に命の危機が、迫るかもしれないんだぞ!? 転生って簡単に言うが、する方法はどれも転生対象者に危険が伴うし、成功するとも限らない。 実質本当に転生出来たのは一握りだけだぞ!?」
呼吸もする間もなく、かなり早口で喋ってしまった事に気が付いたバジリアは思わず口を手で塞ぎ、
「まさかお前がそんな事考えてると思わなくてつい......」
と、モゴモゴと後付けした。
かなり熱弁してしまい顔が赤くなってしまったバジリアの熱を冷ますように、
「それもすべて承知した上でお前に話した。俺にはやりたい事がある。そんな事をしてまでな」
「やりたい事ってー」
バジリアにその事を聞かれているのが分かっていたように、バジリアが最後の言葉を言う前に、それはまだ言うべきときじゃない。と語りかけた。
また何秒かの間。
しかし今回はそれほど重々しい空気でも無く、ただ2人は自分の話す言葉を選んでいるようだった。
すると、次はルグの方から
「なぁバジル。俺はお前の身体にいて嫌だと思った事は一度もないし、今でもいれれるのならいたいと思う」
と、真剣なテンションで言うものだからバジリアはどのような顔をしたらいいのかと、頭を掻き毟り
「今日のお前はなんかおかしいぞ。前までそんな事無かった。 素直に物事を言うというよりか、会話に皮肉を混じらせてくるちょっと扱いづらい奴って感じだったのに」
と、呟いた。
「素直な事でも言っとかないと、後で後悔するのも嫌だしな。皮肉混じりな事はいくらでも言うだけの気力は十分に残ってるぞ」
実体が無いのでどんな顔をしているのかは分からないがニタニタと笑いながら言うルグの顔が浮かび、バジリアはいつものルグだと少し嬉しくなり、自分でも気付いていないまま、大きな口を開けて笑っている事に気が付いた。
「ーあ」
と、自分で笑っている事に気付き自分でも呆気にとられているバジリアにルグは、可笑しくなり
「やっぱり、俺たちはこうじゃないと俺たちって感じじゃないしな」
と、1人の元騎士と一匹のミシオンは声をあげて笑っていた。
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2人のたった一つの居場所である家に戻った頃には空はすっかり辺りが暗くなっていた。
王国の離れにある村のまた離れにあるレンガ造りの一階建てのバジリアとルグの家はかなりの年数が経っているように思えほどのボロさ加減であった。
2人とも疲れがたまっていたのか家に帰るなり、使いすぎてもう新品の温かみもふんわり感も一切失ってしまったベッドと布団の上に身体のすべてを預けると、深いため息をついた。
「「無駄に疲れた」」
思いがけないタイミングでハモってしまい、また2人で笑う。
といっても、今回は疲れもあってか2人とも力の無いため息混じりの笑いであった。
少しの間の後、バジリアは先程のより少し軽くため息をすると心なしか微笑み、
「やっぱり何回も考えたけどさ、お前がそれを決めてその道に歩もうとしてるんだったらさ、アタシにそれを止める資格なんて無いと思うんだよね」
しかし、ルグから笑い声もため息も言葉も無かった。
「ーん? ルグ?」
と、自分の腰を優しく揺らすと
「いや、バジルが転生を認めてくれるとは思ってなかったから」
心底驚いたように語りかけるルグにバジリアはまた優しく微笑み
「アタシだっていいとこあるでしょう? ただの怪力ババアじゃないんだから」
と胸を張って言うバジリアに、
「たまには認めてやるよ」
「やっぱりルグは素直じゃないわ」
今では、こんなたわいのない会話でも大切にしたいと思っているのはきっと2人とも同じだった。