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火の前で
「夜に浮かぶ」
ふいに手を伸ばしたくなる。
熱の届く距離まで近づき、
御しがたい欲求に駆られる。
あぁ、体をあけ渡せば、
あの中に入れば、
そうしたら今よりずっと、
楽になれるのに。
そっと目を閉じる。
そのうちどうでもよくなって、
そのまま立ち去った。
目を開けずに。
狂わされてしまうから。
「かつてあったもの」
目の前で燃えている火は
誰のものであっただろうか
いつの間にやら
忘れてしまった
それは
覚えているべきものだったのに
今では
抜け落ちた部品
欠けたピースは二度と戻らない
ぽっかりと穴をあけたまま
私は
鉛のような足を
引きずって帰った
意味などないことは分かっていたのに
どうして此処に来たのだろう
ただ
燃えさかる火の揺らめきだけが
頭に残っていた。