エルフのお使い ~道中~
ご無沙汰しております
それは食後のお茶を飲んでいた夜だった。
「ヴィリューク、明日おつかい頼まれてくれない?」
「ん?どこまでだ?ばあさま」
「ちょっと隣の───男爵領まで」
「……それ、ギルドの配達依頼レベルだぞ」
昼間、ばあさまが精霊二人を助手に何をやっているかと思えば、製薬をしていたらしい。
別に特別な効果があるものではない。所謂、滋養強壮に効く薬だ。街の薬師とかも扱っているものだが、現男爵の母君から定期的に依頼をされているとの事。
つまり愛飲の品ということだ。
今回、たまたま俺が居合わせたので便利に使われている。身内の頼みなのだから、グダグダ言うのも狭量というものだろう。
「じゃあ、じゅうたんを───」
「ひとっ走りお願いね」
「え?」
「ひとっ走りお願いね」
貸してくれる気はないらしい。こんな時まで鍛錬か、はぁ。
運ぶ薬は丸薬で嵩張らないが量がある。とは言っても水薬でないからたかが知れている。
荒事専門の者達は即効性を重視するので、荷物になっても水薬を揃えると聞いたことがある。
「身軽で行きたいなぁ。背嚢は嵩張るしなぁ……」
こないだの砂岩窟では、フル装備の付与背嚢を背負っての脱出だったが、出来るからと言って好んでやりたいわけではない。
「片道が確か馬車で二日くらいだったか?」
ということは食料は大した量にはならない。水も自力調達出来るので、わざわざ運ぶ必要も無し。その辺はいつもの装備から少し減らせる。
護身具も身に着ける程度の物にするか。シャムシールに投擲系は投げナイフくらいでいいだろう。整備された街道だ。ジャベリンが必要なこともあるまい。となると盾はどうするか。
自室で荷物を広げていると、ノックと共にばあさまが入ってきた。
「あら明日の準備?これ依頼品ね、中に通行証も入ってるから、使ってちょうだい」
手渡してきたのは、腰に巻くポーチ。まな板一枚も入らない大きさからすると───
「付与鞄?」
「そ。でも入る量は背嚢換算で二つ無いくらいかしら」
「いや、それでも十分な量だろ」
「なぁに?欲しかったら上げるわよ。失敗作だから」
俺は以前、この家の倉庫に繋がっているばあさまのポーチを思い出した。あれの失敗作なんだな。
「ありがたく使わせてもらうよ。こんなサイズが欲しかったんだ」
そして準備していた荷物をどんどん入れていく。結構入るな。うーん、盾はどうするかなぁ。担いだり降ろしたりして悩み、感触を確かめる。
「持っていったら?丸腰だと余計なのが寄ってくるわよ」
ばあさまの一言で担いでいくことにした。
翌朝ばあさまとサミィに見送られて出発。
サミィに付いてくるかと聞いたのだが、徒歩だと知るとにべもなかった。
俺は挨拶もそこそこに、荷物を背負って走り出した。身体強化?もちろん発動している。
単調な馬車の音に、行商人の男は大きなあくびを一つ。
荷台には数樽の蕪が積んであり、この先の男爵領の街を目指している。
この蕪を仕入れた金も本当は毛皮を仕入れる為のものだったのだが、一足違いで同業の行商人に買い占められた後だった。
だが空荷で進む訳にもいかず、なんとか見つけたのが収穫中の蕪だった。幸いなことに自分の馬車は荷馬車でなく幌馬車だったので、作物は幌の陰に置かれて日光にさらされていない。
これならば街に着くまで、蕪が痛むことも最低限に済ませられる。
「最近じゃ山賊が出たって話も聞かんしなぁ。赤字にはならんだろ」そう呟いても聞いているのは馬車を引いてる馬くらいのものだ。
作物は余程質が悪くない限り、きちんと売り抜けられる。豊作すぎても売れないと聞いたことがあるが、男はそんな状況に出会ったことは無かった。
つまり、この採れたての蕪は確実に利益を生んでくれる。
「大儲けのネタとか転がってねぇかなぁ」
黒字ではあるが利が薄い野菜に、思わず溜め息を漏らした横を何かが追い越していった。
「うおっ!」
思わず奇声を上げる男であったが、相方の馬は素知らぬ様子で進んでいく。
「速えぇ……ヒト、だよな?」
視線の先には盾を担いだ疾走する人影。その影は馬車との距離をぐんぐん開けていく。
「なにモンだ?ありゃ?」
だが男は今の体験をどう面白おかしく話すか、妄想を巡らせ始めた。
「暑い、助かった」
太陽が天頂を過ぎる頃、丁度よい木陰があったので一息入れることにする。荷物らしい荷物は担いでいる盾くらいだが、負荷であることに変わりはない。
「身体強化を使ってるとはいえ、長時間走れるなぁ」
水袋に口を付けて水分補給をすると、朝に作ってきた弁当を広げる。といっても大したものではなく、切れ目を入れたパンに肉やら野菜やらを挟んだものだ。
いつだったか、魚やシュリンプをはさんだ奴が食いたい……、などと思っても、こんな内陸では叶うはずもなく、手にした弁当と水を交互に口にして完食させる。
そして食後に軽くひと眠りして目覚めると、遠くに馬車が動いているのが見える。
平和だなぁ、と軽く準備運動を済ませると再び走り出す。
道中野宿で一晩を過ごしたが、何が起きるわけでもなく。
遠くに灯りが見えたのは行商人の類いか。盗賊や魔物や肉食獣の心配がないからだろう。治安の良さが窺い知れる。
定期的に騎士団による巡察でもなされているのだろうが、いつぞやの盗賊団討ち漏らしも過去の話だ。
走りながらもマーカーを確認するが、進行方向から少しずれているのは道がうねっているからだ。目的地まで一直線の道なぞあるはずもない。今通っている道だって小高い丘を迂回するようにならされている。
丘を迂回すると視界が開けた。
所々に横並びに木が二・三本立っているのは境界線だ。あれを境に土地の所有者が変わる。柵を作ればわかりやすいのだろうが、広大な土地で杭を打っていくのは本数が無限大だし、引っこ抜かれて位置をずらされる懸念もある。
その点、植樹された木ならばそんな心配はない。
そんな木があちこち点在している間に道があり、交わっている細い道は農道だろう。
畑の真ん中からは手を休め、何者かと走っている俺を眺めてくる。まぁ馬車ならばすぐさま興味も失せるだろうが、結構な速度で走る人影があれば”何事か?”と俺だって思う。
それよりも目に付くのは、畑の隣を流れる水の流れだ。驚いたことに、王都から山一つ越えた領地には用水路が流れていた。どんな仕組みかわからないが、升目状に張り巡らされているようだ。どこから水を引いているのだろう?
この先に、その起点があるのだろうか?そう思うと無意識に足が早まっていく。
途中用水路が交差するところには小さな小屋が建っており、そこから水が勢いよく吐き出されていた。
どうやら小屋の中身が、張り巡らされた用水路の肝のようだ。
そんな小屋をいくつも通り過ぎ、着いたのは大きな貯水池とその横に立つ施設。あちこちから生えている太いパイプは水を吐き出し、用水路へ水を送り出している。
ふむ、奥の川からひいた水を池に溜め、溜めた水をあの施設から送り出しているのか。すごいものを考えたやつがいたものだ。ここ、男爵領だよな?
足を止めて眺めながら思いに耽っていると子供の騒ぐ声が聞こえ、数人の子供が施設に向かって俺の横を駆けていった。
「ダグが池に落ちた!にーちゃんが助けようと───」
語尾は聞こえなかったが、のっぴきならない状況らしい。池を見やると騒いでる子供達。俺は走り出した。
貯水池と言ったが、元々あった池を手入れ・拡張したものなのだろう。反対側の岸には雑木林が広がっている。対してこちら側は水辺までなだらかな岸となっていて、ちょっとした空き地になっているので子供たちが遊び場としていたのだろう。
池の中央には板切れに掴まっている幼い男の子と、そこへ目掛けて下手糞な泳ぎで近寄る少年。辿り着いたとしてどうするつもりだ?あの板では二人分の重さを支えられないだろうし、少年が男の子を連れてこれるとも思えない。
「岸から離れていろ」
今にも水に入りそうな子供たちを制止し、背負っていた盾を下す。
「盾を見ていてくれ。助けに行ってくるから」
池の中の二人に励ましの声をかける子供の中に、一人俺に助けを求めるわけでもなく、じっと見つめる泣きそうな女の子がいたので見張りを頼んだ。
───いや、涙があふれそうだったのが、大きくうなづいたせいで涙が零れ、頬を濡らしてしまった。
水辺から水使いの能力を行使する。
水術師が言うところの”水上歩行”だ。言わずもがな、俺は呼吸をするが如く感覚でやってしまっているが。
走りながら水深を探っていくと、岸から五メートル位から急激に深くなっている。子供が溺れても不思議じゃない深さだ。
なんて考えていると少年が男の子の所に付いたようだが、板切れに掴まろうとしたら沈んでしまい、慌てて手を離すところだった。
「今行くから、耐えろ!」
泳ぎでは時間がかかっても、水上を走ると辿り着くのはあっという間で、水飛沫を立てて停止した。地上なら土煙ってところか。
「え?あ?だれ?!」
「無茶したな。もう少し泳ぎを覚えないと二人して溺れていたぞ」
水の上に立つ俺を見上げる二人だったが、お構いなしに水中から男の子を持ち上げ左腕に抱き上げる。
”ぽちょん”
「あ!」
水に浮いているのは木彫りの人形。これを拾おうとして落ちたのか。
拾ってみると、持ち主が何回も代替わりしているのか、木肌はつるつるだが彫られた笑顔は健在だ。
「もう落とすなよ」
「うん!」
あともう一人。
「少年、横になって浮けるか?」
少年は言葉も発せずにいたが、言われた通り沈みがちだが横になる。そしてズボンの腰を掴んで引っこ抜くと、その勢いのまま背中に乗せた。(身体強化は当然だ。でないとバランスを崩す)
「うっひ、つめてぇ」ずぶ濡れなのだからしかたない。
「ごめんなさい」
「ごめなさい」
だが反射的に出た声に子供たちが謝ってくる。
「まぁ、いい。お父さんとお母さんに怒られて来い」
俺の言葉に、腕の中と背中から息をのむ音が聞こえたが無視をする。だが身体の冷えは良くないので、来た道を戻りながら濡れた服の水分を抜いていく。髪はやらないのはいつも通りだ。パサパサにしたくないしな。
岸に着くのとほぼ同時にこの辺りの大人たちが到着したのだが、目を見開いて凝視してくる。あれか、水上歩行のせいか。
「あんたが助けてくれたのか?いや、見てたから分かってるんだが……その、ありがとう」
「無事助けられてよかったよ。なにか策を講じたほうがいいな」
「ああ、村で話し合ってみよう」なんともちぐはぐなやり取りをしていると、女性の声が響いてくる。
「池に入っちゃダメだっていったでしょう!死んだらどうするの!」振り返ると、母親なのか少年と男の子を叱り、抱きしめている。
「こんなに冷たくなっちゃって……え?濡れてない?髪は濡れて……どうなってるの!?」
「あぁ、俺が助けついでに服の水っ気を抜いておいた。だが身体は冷えているから、温めてやるといい」
俺の声に振り返った母親は、声の主がエルフなのに気付いて驚き、救出者であることに再び驚き、二人を抱きしめ頭を下げたまま感謝を繰り返した。
「配達の途中なんでな、これで失礼する」
見張ってもらっていた盾を背負って立ち去ろうとするが、居合わせた男に呼び止められた。
「待ってくれ。村の子供を助けてもらったんだ。礼をさせてくれ」
「や、助けが必要だったから手を貸したまでだ。問題ない」
そういって固辞したが、集まっていた大人たちが迫ってきて、道を塞いでしまう。ついには助けた子供達や母親、遅れて集まってきた村人が走ってくるのも見える。善意なのはわかるが、困った。
とうとう水際まで迫られ、手を取られそうになるのをバックステップで避けた先は───水の上だった。
着地した足元の水面に、幾重にも輪が広がる。
「おっと、それ以上はいけない。あんたらは水の上を歩けないだろう?今度溺れても助けないぞ」
「エルフの旦那、逃げないでくれ。俺たちは恩に報いたいだけなんだ」
「礼なら言ってもらったさ。それじゃあな」
俺は軽く手を振って、ショートカットすべく対岸目掛けて走り出す。もちろん身体強化済なので、馬でも引っ張り出さない限り追いつけない。
軽く振り返ると、それでも村人たちが貯水池の岸辺を走っているのが見えた。
帰り道は迂回するか。あれしきで仰々しいのは、ちと困る。
★☆★☆
「なんて、速さだ」
すぐさま追いかけた村人たちだが、すでにエルフの姿は豆粒になってしまっており、後ろには息切れして止まっている若者の姿が見える。
最後に残った男も、離されて諦めた口なのだが。
「村長には報告するとして、領主様の耳には入るのだろうか……」
常日頃”恩には報いよ”と教え込まれている村人たちとしては、一晩の宿と宴会を以て礼を尽くすところだ。それくらいのことを、あのエルフはしてくれたというのに。
「あの手のはギルドに顔を出すだろうし、褐色の肌のエルフと言えば見つけやすいだろう」
男はそのエルフの肌が魔道具で変化しているとも知らず、まずは仲間と相談すべく来た道を戻り始めた。
新作短編云々とか言っておりましたがまだできておりません。いつもの倍を書いてるのに、終りが見えないとか(ノД`)・゜・。
お読みいただきありがとうございます。




