日々、こともなし
ご無沙汰しております
例の生還から三か月経った。
建前としては遭難からの療養ということで実家に引っ込んでいるのだが、実際はばあさまとの鍛錬の日々だ。
「ほら!こっちからは手を出してないんだから!どんどんきなさい!」
家の裏手の修練場では、ばあさまが子供三人相手に組み手をしている。かれこれ十分は経過しているだろうか、ばあさまもだが子供の体力侮りがたし。
若さに任せた動きだったが子供たちに疲労感が見えてくると、ばあさまは突きや蹴りをからめとって次々と投げ飛ばしていく。
一人、二人、三人目の女の子もくるりと一回転させるが、受け身を取りやすいように加減をしている。
「うっ」
「ぐっ」
「きっ」
未熟ながらも、教わったであろう受け身を取る三人。
「ここまで。汗ふいて水分補給しなさい。次、あなた達、総当たりでね」
「「身体強化」」
俺の幼馴染、ブラスコとカルジェロが組み手を始める。先程の子供達というのは何を言おう彼らの子供達、エイツァ・ビィト・シィナの三人、つまり親子でばあさまの所で鍛錬をしている。
大人組の場合強化有り無しの両方でやるが、今回は強化有り・試合形式の組み手である。
途中何度か審判役のばあさまから”待て”の声がかかり、その都度仕切り直していたが僅差でカルジェロの優勢勝ちとなった。
「よしっ」
「くっ、次は負けねぇ」
「っしゃ!ヴィリューク、来いよ!」勝ったカルジェロは休憩を入れず、対戦相手を呼び込む。
「負けても言い訳するなよ」
カルジェロの待ち構えている中央まで行くと、観戦している子供達から声援が上がる。
「お父さんがんばれー」
「おじさんがんばれー」
「ヴィリュークさんがんばれー」
「シィナ、お父さんの応援はっ?!」
「俺の唯一の声援を奪うな」
カルジェロは二人の声援より、娘の声援が来なかったことが不満らしい。
久し振りに会ったシィナからは、舌足らずな口調は無くなっている。子供の成長は早いと実感する場面の一つだ。
「身体強化」
「身体強化」
お互いに身体強化したが、強化の内容は違う。カルジェロは、まだそれに気づいてないようだ。
どっしりと構えるカルジェロに対して、俺は程よく脱力しながらステップを踏む。
その様子に眉をしかめ一々反応しないで合図を待つカルジェロであったが、長年の付き合いから警戒しているのは丸わかりだ。
「始め!」
ばあさまの掛け声に初手を取ったのはカルジェロ。一直線に飛び込んで拳を突き出してくる。
だが遅い。
外側に避けつつ拳は内側に流し、カウンターで脇腹に一発。
「一本!」
溜め息が重なる中、シィナの歓声が一際高く上がる。
「くっ、次だ!」
開始直後の一本。
カルジェロは後の先を制されたと考えたのだろう。間違ってはいないが、それでは足りない。それを目にしてばあさまは眉を顰めるが言葉は発しない。
「始め!」
再びばあさまの声が上がるが、今度はお互いに動かない。
カルジェロからすれば、さっきやられたことをやり返す気なのだろう。まぁ、やってみて貰おうか。
所詮試合だ。気楽なものである。
先程の再現よろしく、こちらからカルジェロのどてっぱら目掛けまっすぐ飛び込み、拳を突き出す。
待ってましたとばかりにカルジェロは受け流し、カウンターを取りに来るが、そこにはもう俺はいない。
俺は受け流しの勢いすら利用して更に一歩加速し、カルジェロの横をすり抜ける。
反転しつつ急制動をかけ後ろから襲い掛かるが、案の定カルジェロが振り返り待ち構えている。
残念。それは悪手だ。
そのまま前に進んで仕切り直せば良かったのに、こちらの思う壺だ。
カルジェロからすれば、振り返ったら俺が今にも襲い掛からんとしており、迎撃せんと身構えるのだが、次の瞬間見失ってしまう。
観戦している四人やばあさまからだと丸見えだが、対戦相手のカルジェロからだと何が起きたか分かってないだろう。
俺は身を縮めながらカルジェロの脇を抜けて背後に回る。
ここでもカルジェロは前方に身を投げ出していればよかったのだが、そこまでの反応を要求するのは酷だ。
カルジェロが振り返ったのと、俺の手刀がカルジェロの喉元に寸止めされたのは同時だった。
「はぁ、一本。ヴィリュークの勝ち」
「ばあさま、もっとシャッキリと宣言してくれ」
しかしそんな事はお構いなしと、ばあさまは続ける。
「次、ブラスコ。と言いたいとこだけど、私が相手するわ」
「え?」
「中々面白い事やってるじゃない?さ、構えなさいな。ブラスコ、合図して」
観察するような視線は感じていたんだ。ただ対戦中にそちらに意識を向けられる訳でもなく……感づかれたか?
拒否権はない模様で、カルジェロが引っ込むと入れ替わりにブラスコが審判に立って合図する。
「準備はいいですか?では始め!」
ばあさま相手に出し惜しみをしようものなら後が怖い。
お互い身体強化を素早く行使。
そして俺は下段蹴りを放ち先制───
”ゴン”
半歩前に出ていた足に当たったのだが、響いた音は足と足との衝突音とは掛け離れていた。
「なぁに?そのへっぴり腰は?」
お返しとばかりに繰り出された蹴りを避けられたのは、ばあさまが手加減したからだろうか?
しかしその空を切った蹴りは砂埃を舞い上げ、俺に向かって吹き付けてくる。
──怯んではいられない。
剛力と疾駆。
試合なのだから有効打を与えれば終わり……終わりの筈だ。速度で優っているのだから、手数で押してしまえばいい。
俺は拳を小刻みで繰り出し、大振りはしない。
捌かれる前提での攻撃だが、漏れなく捌かねば有効打だ。
ここだ。
数合交わした後、俺は唐突に突きのリズムをずらし、拳を打ち抜く。やりあっていた俺にしか分からぬだろう、ばあさまが小さくたたらを踏むのが分かる。
!?
当たるはずの攻撃が擦り抜けた!
と、目の前にはばあさまの肩が迫り、俺を吹き飛ばす。
衝撃で目がチラついたのは一瞬。
仰向けにならなかったのを幸いに、地面に四肢を突いて転倒から免れて見やると、結構な距離を弾き飛ばされているではないか。
その向こうではばあさまが、ほくそ笑むのが見える。
嫌な予感が……
「んー、こうかな?」
何かが音を立てたかと錯覚してしまう程、ばあさまが身に纏う空気が変化した。
ちくしょう、身体強化を剛力から疾駆に切り替えるとは。
解除してからの再強化ではない。切り替えだ。
確かに解除からの再強化でなく切り替えなら隙も無いだろうが、また一つばあさまの規格外っぷりを垣間見てしまった。
「ほうら、今度はこっちから行くわよ」
呆けている暇はなくばあさまの連打が始まると、俺は修練場のスペースを最大限に活かして後退する羽目になる。
外野のカルジェロと子供たちは隅に退避して唖然としているが、審判のブラスコは中央で固まって動くに動けない。
「こんなの審判いらねぇだろ……」ブラスコは轢かれないように小さくなるしかない。
「さ、て、と。あんたが負けたら何してもらおうかしら」
不穏な言葉に言い返したいところだが、防御に必死で余裕がない。これだけ防御していれば攻撃側も隙が生まれようものだが、こンの〇〇ババアめ!
くっ、速度が上がりやがる。悪態まで察するな!
手捌き足捌き、フェイントも入れられ反射的に反応してしまうが、回転を上げて反応して有効打を食らわないようにする。
「逃げ道を塞ぐように、捌いた手が次に間に合わないように組み立てるといいわ、よ!」
最短距離で突きが伸びてくるのを、受け流すだけでは足りず体捌きも併せて回避。したつもりだった。
突きは回避できたがそのまま肩から体当たりがくる。
咄嗟に十字受けで堪えるが、この重さは剛力の強化だ。いつの間に切り替えやがった!?
追撃はそれだけに止まらない。
”ぐっ”
横からの衝撃に吹っ飛ばされた俺は、地面を転がっていく。
停止した俺の目の端に映ったのは、蹴りを放った姿で残心しているばあさまだった。
廻し蹴りか……
「参り、ました」
何とか言葉を紡ぎ出すと、保っていた身体強化が霧散した。
★☆★☆
ばあさまのじゅうたんに同乗して村に帰ったその晩、俺は地下の秘密工房で洗いざらい白状する羽目になった。
「まったく準備も無しに無茶するわね」
「物騒なもの押し付けといてよく言うよ」
得物を手にするばあさまに、俺は引き気味で答える。
小さく鍔鳴りしているそれは、大量のサンドマンに遭遇した時俺が振るっていた”嵐をもたらすもの”の模造剣である。
その危うさを身をもって体験している俺としては、永遠に封印したいシロモノである。
それをなぜばあさまが手にしているかというと、エステルが俺のじゅうたんを持って帰ってしまった時、私物はそっくりそのままばあさまのじゅうたんに移したからだ。
当然押し付けられた武具達も一纏めだ。この機会に全て倉庫に戻しておこう、そうしよう。
「お札はいいけど、貼る位置が悪いわね」
そう言うとばあさまは、柄と鞘にまたがって貼ってあった封印札をペリペリ剥がしていく。
「ちょっ、ばあさま!」
完全に剥がれるのを待ち構えていたかのように、魔剣の不良品(エステル談)は鞘を弾き飛ばし、自ら抜剣しようとするがばあさまに阻止された。
ばあさまは柄を逆手に持ち鞘を床に突き立てて、掴んだ拳に魔力を込める。
身体強化もせずに、だ。
”ふっ”
鋭い呼気と共に”かちり”と剣が鞘に納まり、札をあてがうと吸い付くように貼り付いた。
「それ、四人がかりで封印したと聞いてるのだが」
「あら?優秀ね」
ばあさまは自分のことは棚に上げて、事も無げに言ってのける。
「使ったあんたなら分かると思うけど、剣として使うには欠陥品よ。だけど裏技的な効果は体験済よね?強引に魔力の許容量を拡張し、魔力に対する感度を上げるわ。けどまぁ感度に関して言うと、使って磨かないと緩やかに鈍っていくけどね」
「意識失って暴走すると分かっていて使うやつがいるか!」
「だから裏技だって。本来はそんなことにならないように下準備して、複数の安全策と人員を揃えてから抜くんだから。感じとしては十回儀式しても、今のヴィリュークの魔力量には及ばないわ。生きててよかったわね」
その解説に、自分がどれだけ危険な目にあっていたかと改めて自覚し、顔が引き攣って言葉を失う。
「だけどそのお陰もあって、魔脈に曝されても生きていられたのでしょうね。あんたのドジに私がどれだけ肝を冷やしたと思っているの?」
「……俺のせいじゃない」
「それにしても、入ってくる魔力を留めず通過させるだなんて、器用な魔力操作ねぇ」
魔力過多による死亡例など、まずお目にかかることは無い。だが例に上がりそうになった所を、俺は運だか実力だかで回避してしまったようだ。
「うーん、なんか出来ちまったんだよなぁ」
そして自分より規格外な身内がいるせいで、自らの非常識ぶりを分かっていない男が一人……。そう、俺だ。
話は俺の意識がこの工房に飛んできた件に移る。
「で、魔脈に漬けられているとサンドクロウラーに誘導され、意識が飛んで砂漠の旅?なにそれ?」
「たぶんそうだと思う」
「まぁ、ここにも来ていたから事実なんだろうけど。何しに来てたの?」
「何しにって言うなよ、ばあさま。生きて戻れないと思ったら、身内に一目でもって思うのは自然な事だろ?」
それもそうかと頷くばあさま。
「で、私の他に誰のとこ行ったのよ?」
「世話になった人たちとか身内だよ」
正直に訪ねたヒトを列挙していくが、そこに両親は含まれていない。ばあさまもそれに気付いただろうが、追及はしてこなかった。
「私みたく気付いたのはいなかった?」
「あー、んー。あれは気付いたといっていいのかな」
「誰よ?」
「ナスリーン。えらく酔っぱらって泣いて、手を差し伸べてきた」
あの時の様子を思い出すと、少し胸が苦しくなる。
「どれだけの距離を移動してるのよ。瞬間移動とか転移なんて物語の世界じゃない」
「ここの転移陣も制約多かったんだっけ」
ツリーハウスの書斎から地下の秘密工房への転移陣は子供の頃からあったが、ほとんど改良されていないのは、ばあさまの手にも余る代物なのか。
(これは周りから焚き付けないと、一生結婚しないわね。誰かに頼もうかしら)
「何か言ったか?」
「いや、独り言。それよりヴィリューク、あなた暫くこっちで鍛えて行きなさいね。折角の伸びしろが勿体ないわ」
拒否権があろうはずもない俺に、翌日からばあさまの特訓が待っていた。
★☆★☆
カン コン カン
昼食の後、子供たちは弓の練習だ。
負けた代償は昼飯当番だった。……代償にしてはかわいいものだ。メニューは野菜とキノコのスープとシカの燻製肉、あとはまとめて焼いたパンの残り。明日の朝また焼かないと。
子供と言えどもエルフなので、地面に据え置いてある的では難易度が低い。そこで天幕の骨組みを利用して、的を吊り下げて揺らめかせている。
しかし成長期の子供に重たい弓は使わせられないので、指導は命中に重視している。
”ピシュッ”
エイツァとビィトの矢の軌道はまだまっすぐだが、最年少のシィナのものは山なりだ。
まだ腕力が足りていないせいもあるが、山なりでもしっかり命中させてくる。
”コン”
「ふう」
シィナが息を吐いて腕を回しほぐす様子を見たばあさまは、シィナに終了宣言をする。
そもそも彼女に弓は未だ早いのだが、子供の心理として上の二人が始めたのを横でじっと見てはいられない。
陰でいじって怪我をされても困るので、ばあさまの監視と指導を条件に許可したのだ。
シィナとしてはもっとやりたかったのだが、この後にまた別の楽しみが待っているので、大人しく言うことを聞く。
そうこうするうち他の二人の矢筒も尽きるので、ばあさまは落ちた矢の回収を命じ、鍛錬は次に移る。
”ビッ”
”ブシュ”
”ピュッ”
三者三様の音がするが、意図した音ではない。
今子供たちが練習している魔法は”水弾”。だがこれではおもちゃの”水鉄砲”である。当たりはするが、的を濡らして揺らすばかり。地面もドロドロである。
「こら!しっかりイメージしなさい。あやふやなイメージでは精霊も働いてくれないわよ」
だが魔力量の少ない子供なので、そう何発も練習はできない。
「ヴィリューク、お手本」
ばあさまの指示に、俺も仕方なく腰を上げる。
子供たちは精霊魔法の練習だが、俺もまた水使いとしての鍛錬を課せられている。手段は違えども結果は同じに見えるので、見本・お手本としては問題ない。
衆目を集めながら手をかざし、遠くのびしょ濡れになっている地面から水を取り出す。適当にやると土も混ざるので、これは空気中の水分を集める要領と一緒だ。どうということはないが、ばあさまから指導が入る。
「手を使わない」
言われるがまま手を降ろすが、実は手を使うと指向性を保ちやすくなり楽なのだ。それを止めるということは、より集中しなければならないということ。だが無意識に、反射的に、操作してしまうこともあるので、やってやれないことは無い。
そうこうしているうちに、周囲には水球が次々と浮遊していく。
「よく見てろよ」
分かりやすいように、一つだけ残して他の水球を合体させ、待機させる。
「今、お前たちが練習しているのはこれだ。拳大の水球をぶつけるというものだ。これくらいの威力が出せれば合格かな」
そう言って射出させると、当たった的が木目に沿って真っ二つになる。
「「「おー」」」
感嘆の声はいつ聞いてもいいものだ。例えそれが子供の声でもだ。
「工夫をするとこんなことも出来る」
”バンッ”
”ブツッ”
二回音をたてて隣の的が落下したが、子供たちは何か水が飛んで行ったとしか分からなかったようだ。
俺は水球を操作して落ちていた的を内包させると、そのまま手元に持ってくる。それだけでも子供たちは目を丸くする辺り、村にはこんな使い方をする者はいないのだろう。
あ、ばあさまが何か呆れ顔である。やり過ぎたか。
水球から的を引き抜いて指し示す。
的には小さく穴が開き、吊るしていた紐はスッパリと切断されている。貫通性を高めた水弾と切断性を高めた水弾(というより水刃)の効果だ。
「すごーい」
「どうやったの?」
「おしえてー」
子供たちの後ろに控えているばあさまが、首を横に振っている。
「基礎の水弾を使いこなせれば、後は応用だ。頑張れよ」
これでいいか?と、ばあさまに視線を向けると小さくうなずくので、これが正解のようだ。だがこっそり挑戦しないように目は配らないと。
次回更新は未定です。
新作短編を書いてるのですが、いつもの量を超えても終わりが見えません(´・ω・`)
出来上がりましたら活動報告でお知らせしますのでよろしくお願いいたします。
今回もお読みいただきありがとうございます。




