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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
砂岩窟脱出行
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脱出・帰還

新エピソードを始めて早一年。正確にはあと一週間後ですが。続けられているのも読者の皆様のおかげです。ありがとうございます。



ラスタハールを出発し、遭難地点を割り出し、井戸もどきで地下墳墓の入り口を掘り起こす。


これを僅か二日でやり遂げてしまった一行。


だがそこにはまだヴィリュークはいなかった。


砂岩窟の奥へ捜索に行こうと主張したナスリーンがいたが、二次遭難や円筒の破損時の被害も考慮され引き留められる。


ならばせめてとばかりに、入り口には魔法の明かりが灯され、縄梯子も掛けられた。


一行は天幕の下で待つ事しかできなかった。






★☆★☆






空気が変わった気がする。


一服している最中に気付いた。


もうそろそろではないかと思っていたところでのこの感覚。地上への道が開けたのだろうか。


だが浮かれてはいけない。地上に足を付けるまで安心はできない。


それでも気分が高揚する。


俺は気持ちを落ち着かせようと、しっかりストレッチを済ませてから走り出す。




地下墳墓への曲がり角は見落とさなかったのだが、スピードに乗っていたせいで行き過ぎてしまう。


結構な速度も出ていたし、視界も良くないので仕方ない。


気付いた時点で普通に制動をかけると、行き過ぎた通路を戻って目的の角を曲がる。


ここまで来ればもう少しだ。


速度を道中の半分程度に落とすと、しばらくして豊穣神の地下墳墓の前に到着した。


マイヤにひと声かけていこう。




水と干しデーツを少しお供えし声をかけたが、結論から言うとマイヤは姿を現さなかった。


ひょっとすると単に受肉しないだけで、霊として聞いてるかもしれないので一方的に話していった。


ここの通路が、別の新たな通路に合流していたこと。


出会った三匹のサンドクロウラー達。


長い道のりの先にあった、魔脈の空洞。そしてそこはサンドクロウラー達の繁殖地だったこと。


そこで知ったサンドクロウラー達が担っている役割。


期せずして外と連絡が取れ、助けを呼べたこと。


(奥への道を示されて、行ってみたら助けを呼べた……これはある意味、神からの啓示だったのだろうか)


そう思いついて、俺は思わず身震いしてしまう。単なる幸運と考えるには、お膳立てが過ぎる。


前に来た時もマイヤに意味深なことを言われ、自らの思考を振り払った事を思い出し、再びそれ以上の考察をやめた。


踵を返したが入り口で振り返ると、深く一礼をして走り出す。


遠回りではあったが、脱出するのにあそこへ行く必要はあったのだし、きっかけはマイヤの言葉だったのだから。




遠くが小さく明るくなっている。


こうも長期間暗闇にいると通常の明るさでも眩しく見えてしまうのだが、眩しいのは裸眼の左目で、眼帯の右目は光量が自動調整されているのか見え方に異常はない。


だが目を細めながら光の方向へ走っているうちに、だんだんと目が慣れていき、光の源につく頃には普通に目を開けられるまでになった。


「……なんだこりゃ?」


地下墳墓の入り口には、魔法による灯りと明らかに後から作られた土の壁があり、切り取ったように口が開かれている。


「天からの助けか?ははっ」


くぐり抜けた先は、直径二メートルほどの円筒の底で誰もいない。


硬い土の筒の感触を確かめ、吊るされている縄梯子を見やる。


「どうやってこんな筒を突き刺したんだ?それより砂はどうしたんだ?」


縄梯子に手をかけ空を見上げると、地上は朝のようで朝日が空を照らし始めている。暗いと時間の感覚も当てにならないようだ。


そして俺は縄梯子をきしませながら昇り始めた。






★☆★☆






朝食はそれなりに具が入ったスープだ。


数種の干し野菜と干し肉を昨晩のうちから水で戻し、朝になってから温めて塩で味を調えたものだ。


かじっているパンも保存性を高めたもので、普通に歯が立たないのでスライスし、スープでふやかして食べている。


「定番の旅の食事だな」


「そうね」


粗食に慣れた者もいれば、慣れていないが我慢している者もいる。全ては彼を救い出すため。その一心でここにいるのだ。


黙々と食事を進めていると、一定のリズムで軋む音に気付く。


最初にうつむいて食事していた頭をもたげたのは誰だったろうか。


それに気づいた別の者が注視し、耳を澄ませる。


咀嚼音がうるさいとばかりに、口の中のものを丸呑みする者。


間違いなく縄梯子に体重がかかってきしんでいる。誰かが昇ってきているのだ。


涸れ井戸から片手が伸び、縁をつかんだ。もう一本伸びてきたかと思ったら、一気に上半身が現れ、とうとう縁を足でまたぎ、両足で砂を踏みしめて現れたのは───




「ふぅ……助かった。ありがとう」


ヴィリューク。


少し歩を進めてから片手で合図し、その場の者たちに礼を言ってきた。


エステルとウルリカが同時に立ち上がったが、ウルリカのほうが近かった。


ウルリカよりナスリーンの方が近かったのだが、裾をさばいて立ち上がっていたら出遅れてしまった。




「ごめんなさい、私のせいで。ごめんなさいっ」


最初にウルリカがヴィリュークの胸に飛び込み、縋りついて泣き出した。当の本人はどうしたものかと両手が宙に浮いている。


「びりゅーく~、よかったよぅ~」


そこにナスリーンが続いた。こちらも既に鼻声で泣いている。


「お帰り。無事でよかったわ、ヴィリューク」


出遅れたエステルは抱き付くことは無かったが、十分な接近ではあるし瞳には涙が浮かんでいる。


「あぁ……ただいま」


一向に収まる様子がない事に焦れたのだろう。そこに声がかかる。


「お三方、そろそろ彼を休ませてあげてはどうだね?」


それに気付き軽く飛び上がる三人。


「ん?ラザック、さん?あんたまで来たのか?どうしてまた?」


「ダイアンたちと仕事でラスタハールにいたら、ちょうどそこに居合わせてね。君が彼女(ダイアン)の友人だというじゃないか。ならばと合力しに、ということですよ」


一緒のアレシアがおまけ扱いされている?と訝しみながらもヴィリュークは礼を口にする。


「さぁ君たち、突っ立てないで天幕で休ませてあげたまえ。ピンピンしてるように見えるが、仮にも遭難者なのだからね」






★☆★☆






かいがいしく世話を焼かれたと言っても、天幕の下に案内されスープを手渡されたくらいだ。


絶食状態からの食事は腹に良くないが、何かしら胃に入れながらの脱出行だったので問題はないはず。だが万が一を考えてか、具無しのスープのみ。


温かいものを摂れるとホッとする。


その後は今までの状況説明だ。




砂嵐での遭難から始まり、内容は地下墳墓での独白とほぼ一緒だ。


ただ魔脈への落下はぼやかしておく。


無事帰還できれば、絶望しかなかった脱出行もちょっとした冒険譚。しかし二度と繰り返したくないってのは、誰しも分かってくれるはずだ。


「で、あの井戸みたいな筒はなんだ?」


「おぅ!すげぇだろ、ラザックが考えたんだぜ!」


「いやいや、皆さんがいなかったら効率が悪い作業でしたよ」


そう言ってはいるが、ダイアンの称賛にラザックもまんざらではない様子。


しかしあそこの入り口を、サンドクロウラーが使っているのは間違いないので何とかせねばならない。


それを伝えるとラザックは二つ返事で”じゃぁ帰るときにでも壊しましょう”とこともなげに言った。




スープも飲んで人心地つくと、てきぱきと撤収が開始される。


俺も手伝おうとしたら、じっとしているようにと語気も強く言われてしまう。今までの経緯からすれば仕方ないだろう。


だが片付ける物も大したことはなく、あっという間に準備が整った。


「では後片付けと行きましょうか」


ラザックがナイフで円筒の外周をぐるりと傷付ける。


「本来は中を埋めてからやるのですが、砂漠は日々地形を変えますしね。窪みができてもその内均されるでしょうし、じゅうたんのおかげで安全です」


じゅうたんにはラザックとエステルだけ乗り込み、他の者は距離を置く。


じゅうたんから身を乗り出したラザックが、ナイフを突き立てると円筒は土塊に戻り、砂はその内側へ雪崩をうって空井戸は崩壊した。


砂煙が上がるが、じゅうたんは巻き込まれることなく戻ってくる。


「あっけないものだなぁ」

「魔法であのような事もできるのですね」

「いやいや、あの人の感覚的な魔法よ。術式解析もしたくないわ」


言葉が出るだけましな方で、俺はあっけにとられてしまう。だが俺の水使いの能力も、知っているものからすれば同じ評価なのだろう。


「さ、帰りましょ」


エステルがじゅうたんを着地させてそう言った。






帰りはなぜか俺がじゅうたんを飛ばすこととなった。いや、原因は明らかなのだが。


行きは二枚で分乗してきたそうなので、帰りも分乗しようとしたら配置でもめるもめる。


さっさと出発しないと日が高くなって暑くなる。


エステルに俺のじゅうたんの修理進捗を聞くと、基本機能は修繕済みで単に飛ばすなら大丈夫との事。予想通り、新装備の導入で時間がかかっていたのだ。


俺はじゅうたんを広げ、その上に立ち、自らのそれに久しぶりに魔力を通す。


”ぼふん”


問題なく通常サイズから本来のサイズに戻ってくれた。


これをやって驚いていた奴がいたな……今では軽い歓声を上げて喜んでいるが。


「いくぞ」


声をかけて先頭に座ると、一番にサミィが俺の足の間に陣取った。お前、どこに隠れていた?


争っていたエステルとナスリーンがその後ろに座り、続いてアレシアとウルリカ、最後尾がダイアンとラザックだ。ウルリカさんが俺と距離を置いている気がするがどうしたのだろう。


ラスタハールのマーカーに意識を集中すると、進行方向はすぐに分かる。いまや方向確認の動作も必要ない。


久し振りの自分のじゅうたんに、俺の胸は高鳴った。






★☆★☆






久し振りの飛行とあり、彼も結構な速度でじゅうたんを飛ばしていった。


そのお陰もあり、こうして一番暑い時間帯に天幕を張って暑さをしのげている。


昼食後はいつもの昼寝。


私たちはこの隙を突いて、目当てのものを奪取せねばならない。


なので今回は場所の取り合いはせず、彼から離れた位置を確保。横にはなったが目は瞑らない。寝てしまっては元も子もないから。


眠気が襲ってくるのを耐えること暫し。


人数分の寝息といびきが聞こえてくる。


いち・に・さん・し・ご・ろく……ろく?


隣を見るとナスリーンが気持ちよさげにお昼寝中だった。ちくしょうめ。


まぁ本人に確認するまでもない。私が作った日誌カバー(魔道書簡伝達陣)だ。見間違えようもないし、指先で触れれば分かる。


彼のじゅうたんの上で雑魚寝してる事もあり、寝転がりながら収納魔法陣を起動させ、中を探ると彼の付与背嚢はすぐに見つかった。


さらに中を探ると……二冊あった。あるとわかっていても、確認するまで不安でたまらなかった。


抜き取るとそのまま引っ張り出さずに、私のじゅうたんの収納魔法陣へ放り込む。


後で該当ページを切り取ってしまえば証拠隠滅だ。ふぅ、これで一安心。


そう思ったら眠気が押し寄せてくる。ナスリーン、後で感謝なさいよ。


そして私は微睡みの中に落ちていった。






★☆★☆






ふと何かに気付く。


目は閉じたままでもわかってしまう。原因は周囲での魔力操作だ。


こんなにも魔力感知が鋭敏だったろうか?また一つ、人外の階段を上がってしまった気がする。


自分の意識という水を一滴こぼすと、薄まりながら周囲に網を張っていく。───意外と範囲が広い。周囲十メートル無いくらいか。


だがそんな範囲も必要なく、すぐに犯人はエステルとわかる。


そこからは早かった。


ほう、じゅうたんの収納魔法陣からだすことなく、内部の付与背嚢から彼女のじゅうたんに何かを移している。そんなことも出来るのか。


エステルは俺に感知されていることも知らず、陣を停止させると寝息を立て始めた。


完全に寝入ったことを確認すると、くだんの移した物を引っ張り出すすとそれは……俺の交換日誌じゃないか。


そういえば全く中身を見てないな。


音を立てないようにページをめくっていくと、まず目に入ったのは俺の無事を訊ねる文章。


そして俺への気持ちを綴りはじめ、仕舞いには俺の死亡を前提に、赤裸々な気持ちが吐露されているじゃないか。


それが二人分だ。恐らく俺が見る前に何とかしようとしたのだろう。


………


俺は見なかったことにして、そっと元の場所に収める。


しかしどうしたものか。


気持ちを寄せられて嬉しくないことは無いが、二人同時となるとどうしていいかわからない。いつぞやのレース優勝時の茶番とは訳が違う。


思考は堂々巡りを繰り返していたが、いつの間にか眠ってしまっていた。






あと少しでラスタハールに到着する。


再出発してしばらくすると、後ろで魔力が動く気配がするのでそのまま放置。予想通り何度か収納魔法陣が作動したということは、彼女らは無事目的を達せられたのだろう。


ただその最中にサミィがちょっかいをかけるようで、時折”だめよサミィ”とか”危ないから退いて頂戴”と小声が聞こえてくる。


他にも”あら”だとか”むぅ、まだだめか”と、ウルリカさんとラザックの声も聞こえる。


どうもうろつくサミィを撫でさせてもらえないらしい。忘れてしまいがちだが、本来ヒトに慣れないスナネコなのだ(尻尾は二本に増えているが)


それでも噛みつかれたり引っかかれない位は信頼されているから、そのうちいけるのではないかと思う。


日没の残滓が地平線から消える頃に、じゅうたんはラスタハールに到着した。


そこで俺はようやっと砂岩窟から生還できたと実感できたのだった。






”砂エルフが生還した!”

”助け出したのは女ばかりのパーティ”

”真っ暗闇の洞窟で耐えること数日!”

”飲まず食わずで救助を待っていた!”

”愛が成した奇跡!”


門をくぐり抜けた広場ではどよめきが沸き起こり、話を否定しようにも一気に拡散してどうしようもなくなった。


適当な想像での話を広めるな、と言ってもこうなってしまっては収拾しようにも無理である。


きっとギルドへ向かっているこの間にも、尾ひれがついた噂話が広まっているに違いない。




努めて自然にギルドの扉を開いたが、中で待ち受けていた人物を見てしまってはそうもいかなくなった。


「おかえりヴィリューク。無事で何よりだわ」


待ち受けていたのはここにいないはずの人物。様々な二つ名を持つ俺のばあさま、ヤースミーンだった。


「師匠!」

「ジャスミンおば様!」


「ばあさま、いつこっちに?いや、あ、あぁ。ご迷惑、おかけ、しました」


面識のあるエステル・ナスリーンと、何とか言葉をひねり出した俺をよそに、ばあさまは続ける。


「着いたのは昼前ね。疲れているでしょう。部屋を空けてもらってるから、そちらへ行きましょ?」




「無事の生還、何よりだよ」


部屋にはラスタハールのギルド長、ザルトシュが待ち構えていた。


「ウルリカ君もご苦労様。皆さん、食事も手配してあるから、来るまでお茶でも飲みながら報告してくれるかな」


「酒!酒も頼むよ!」


「ダイアンはぶれないわねぇ」


「はっはっは。手配した分を飲み干したら、追加は自腹だよ」


お決まりともいえるやり取りの後、何度目かの説明を繰り返していると、料理と酒が運ばれてくる。自腹とか言われたが、この量を飲み干すのは無理だろう。


「さぁ食べて食べて。うちの孫がお世話になったお礼よ。私のおごりよ」


俺が生還しなかったら、葬式の料理になったかもしれないとか、考えなかったのだろうか。




そんな事を考えていると、離れたところに座っているばあさまに手招きされた。


「つまらないこと考えている顔してるわよ。座りなさいな」


ばあさまはしっかりと料理を確保しながら一杯始めており、俺の分もとグラスに酒を注いでいく。


「あ、もうなくなっちゃったわ。ちょっと待ってね」


「俺がとろう、ばあさま」


少し注いである酒を確認すると、同じ銘柄のものを探す。ちょうど封が切ってあるボトルがあったので、腕を伸ばし指先で操作。


ヒトに当たらないように酒を縄状にして頭上を通すと、手元の二つのグラスに注いでいくが、取り過ぎて余ってしまう。


「ダイアン、お代わりいるか?」


「おっ、おう」


返事があったので空いてるグラスに注いでやった。


「すげぇ、ヴィリュークも水術師だったのか?じじい(ファルロフ)と一緒だったのか?」


「はいはい、ちょっと違うから。お邪魔だからこっちで教えてあげるから」


アレシアがダイアンを連行していく。




「気のいいお友達ね」


「得難い友達だ」


ばあさまがグラスを掲げてくるので、こちらのグラスをコンと合わせた。


「沢山言いたいこと聞きたいことがあるけど、そうね………タイプが違うのが三人か」


酒を一口、肴も一口。それから小さく指さしていく。


「基本相手を待つタイプ」──ナスリーン

「相手の横に並んで進むタイプ」──ウルリカ

「先を進んで放っておけないタイプ」──エステル


「そういう分析をされてもなぁ」


「なぁに?助けてもらっておいてその反応は?それに生き埋めになっていて、誰も思い浮かべなかったの?」


「………」


「呆れた。危機的状況に陥ると本心に気付くとか聞くけど、これじゃぁあの()達も報われないわね」


ばあさまの指摘に黙って酒を口に含む。


「私達のころは許嫁とか決められていたから、気持ちも自然と固まっていったのだけど、無くなったのは下の世代からだったかしら」


「でもミリー姉さんとの事もあったじゃないか」


「あったわね。でもあれは周りが暴走というか、勝手に盛り上がっていた感じよ」


婆孫で酒と肴をつまんでいく。ガッツリ食べるほど腹の調子はよろしくない。


「一人選べないなら、別に三人共でもいいのよ?」


「三人とも好きで選べない優柔不断な奴ならその提案に飛びつくんだろうが、俺は選ばない事を選ぶよ」


ばあさまは爆弾を投下したつもりだろうが、それは敢え無く不発に終わる。


「……」


「……」


部屋の隅ではサミィが何やら食べている。魚の切り身か?誰の手配か知らないが、ちゃんとネコ用のようだ。


「体調がくるっているでしょ?一度帰ってらっしゃい。あそこ(魔脈)でないと説明し難い事もあるからね」


ばあさまはそう言って宴会の中に入っていった。






★☆★☆






「この席は大人しいわね」


ヤースミーンがやって来たのは、ヴィリュークと話題に上っていた三人の席。


「し、師匠」

「おばさま!」


顔見知りは二人は席を立って挨拶するが、初対面のウルリカは深々と腰を折る。


「ラスタハールギルドの職員、ウルリカと申します。この度はお孫さんの件、申し訳ございませんでした。責任はわたくしにあります」


「よして頂戴。依頼を持ってきたのはあなたかもしれないけど、遭難したのはあの子の責任よ。逆に、二度も骨を折ってもらった貴女には、お礼を言わないといけないわ」


彼女を気遣っての発言ではなく、本心からの返答であった。


救助隊の労いの意味もあるので、ヤースミーンは酒を注いで回るが、彼女たちは少量を口に含むにとどまる。


「はぁ……誰か嫁に来てくれないかねぇ」


その言葉に反応を示す女三人だが、口を開く者はいない。


「ふぅ。あなた達が諦めるとなると、あの子は当分結婚しないだろうね」


大きな声ではなかったが、そのつぶやきは確かに三人の耳に届いた。その証拠に彼女たちの口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。


「さ、ナスリーン久しぶりね。あれからどうしていたの?エステルは新作、あるんでしょ?ウルリカさんの話も聞きたいわ」


ヤースミーンが努めて明るく振舞うと、彼女たちの表情も徐々に変わっていった。






★☆★☆






ラスタハールに帰還してから二日たった。


ラザック・ダイアン・アレシアの三人は、東へ旅立った。用水路の進捗報告の筈が、俺の救助に駆り出され、工期が遅れそうとの事。まだ許容範囲内だから気にするなと言って帰っていった。


隙あらば測量を始めるラザックが、ダイアンに声をかけられると素直に出発していったのは、既に測量済みの場所だからだろうか?良く分からん。


エステルには注文の納期が迫り、ナスリーンには手に付かなかった仕事が山積みになっていて、それぞれ戻っていった。


そうそう、俺のじゅうたんはエステルに回収された。いい加減使いたい俺は、これ以上新たな機能は付けないと約束させ、代わりに調整中の魔法陣だけは完成させる条件を取り付けた。


……色々いじりたいエステルからすれば、全く損のない条件だが、一本釘を刺せた感じである。


あと日誌と言えば恥ずかしい文面のページは無くなり、自然な流れで無事を心配する文章が書き込まれていた。よく辻褄合わせの暇があったと感心してしまう。


その間ばあさまは、研究所のミリー姉さんとセツガさんを訪問。


セツガさんの検分のほかに、結婚式の日取りや準備、それに久しぶりに会って会食したかったのだろう。




そして俺は、ギルド配達員無期限休職になった。


退職ではないのは、ギルドが俺との繋がりが切れるのを嫌がったためだ。別にギルドの登録が無くなるわけではないのに、何をそこまで心配しているのだろう。


配達員の俺を手放したくなかったのだろうか?一足先に戻っていたリディは、ギルドに引き取ってもらう。頭のいいやつだし、新たな配達員にも大事にしてもらえるだろう。


ギルドと言えばウルリカさんが辞表を提出していた。もちろん受理されるはずもないのだが、彼女からすれば自分を許せない事故だったようだ。


そもそも辞めたとして、生活はどうするのか。結果、穴を開けられないギルドと俺の引き留めによって、退職は慰留となった。






「♪~」


ギルドと研究所に出向いて、別れの挨拶をしていたら日も高くなってしまったが、ばあさまが鼻歌交じりでじゅうたんを飛ばしているので今日中には着くだろう。


スピード出し過ぎである。


山道を行くと知ったサミィはばあさまと並んで座り、尻尾をクキクキと警笛を鳴らす気満々だ。


村ではどう過ごすかなぁ。


……ここで俺はハッと気付いた。ばあさまの相手、俺だけしかいないじゃないか。


前回の鍛錬時、エステルと二人掛かりで敵わなかった事を思い出した。


……誰か必ず立ち会わせることにしよう。


俺は心の中で固く決意した。




本エピソードもこれにて終了。

PVアクセスも30万突破。

長々とお付き合い下さり、ありがとうございました。


砂エルフの嫁ですが、正直決めかねていました。ハーレムでもいいかなと思いもしたのですが、”いや違うな”と思い直しこの様な結末に。

可能性の高いのは、条件付きでエステルでしょうか。

仮に、幼馴染で付き合いが長かったら彼女とくっついていたと思いますが、現実はそうもいきません。


皆さんは誰がお似合いと思いますか?


筆者に実力があれば、もっと深く表現できたのでしょうが、申し訳ありません。



お読みいただきありがとうございます。では。

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