その流れに乗って
年が明けてブックマークが600を超えました。ありがとうございます。
少しづつでも増える読者数を見ていると、遅筆でもやる気が出てきます。
今後ともよろしくお願いいたします。
亀裂に投げ出された俺は、魔脈の光に照らされながら落ちる。
死の恐怖を感じる暇もなく、手掛かりを求めて振る腕は数度空を切る。
なんだろう、もう一度みんなの顔を見たかった。
実家が懐かしい。
ばあさまは相変わらずだろうか。
精霊の二人は当分変わり映えしないだろうな。
幼馴染の奴らや、その子供たち。
砂漠の夫婦は元気だろうか。
湖畔の村の四人はその後ちゃんとくっついたのだろうか。
それよりもミリー姉さんとセツガさんの行く末が気になる。早く結婚すればいいのに。
カミーユ、エルネストのおっちゃん、ナフルさん、最近ご無沙汰だ。
ご無沙汰と言えば、ダイアンとアレシアもそうだ。暫く仕事でラスタハールに帰れないと聞いた。
それを教えてくれたナスリーンとも会っていない。交換日記越しでやり取りがあるせいで、疎遠な感じがしない為だろうか。
出迎え合戦も鳴りを潜めたしな。
出迎えと言えばウルリカさんと知り合ってから始まったのか。
今回の遭難も俺の油断と慢心からだから、ウルリカさんには俺の遭難を気に病まないでほしい。だが彼女の事だ。それは無理だろう。
ああ、じゅうたんがあればなぁ。いや、じゅうたんがあっても遅かれ早かれ同様の事になっていたに違いない。
あぁ、真っ白な世界を飛んでいるようだ。
じゅうたん……
もう一度、自分のじゅうたんで飛びたかった。
エステルに任せっきりだが、どこまで直っているのか。彼女も多才振りを発揮して、色んな事に首を突っ込んでいるらしいが、そろそろ本腰を入れてくれないかな。
いや……本腰を入れて魔改造し、時間がかかっているのかも。可能性を否定できない辺り、苦笑いが漏れてくる。
エステル……男だったら親友になれただろう。あいつが店を構えて改めての関係だが、多彩な腕前に対しての駄目さ加減がちょっと放っておけない。
放っておけない異性、と俺は意識し始めたのだろうか。そのせいで一線を引いているのだろうか。よく分からない。
それならばまだサミィの方が、お互いの利害関係が一致しているから楽だ。
今はエステルの所で好き勝手に暮らしているが、じゅうたんが直ったらどうするのか。ついて来るのだろうか。
こうしている間も俺の身体は魔力を貯め続けており、飽和・破裂も時間の問題だ。
”身体が破裂する”というならグロテスクだが理解できる。だが魔力的に破裂というのは、俺の身体にどう作用するのだろう。
想像もつかない。
とにかく意識的に体内の魔力を放出───さらには入って来ようとする魔力を素通りさせていく。
始めは通りが悪かった。だが続けていくうちに澱の様なものが少しづつ、一緒に流れ出ていくのを感じる。
身体をさらさらと流れていく感覚が気持ちいい。
終には俺の身体は魔力を通す管の様に、純粋な魔力が常に流れて行くようになった。周りにも同じ流れを感じ取れる。
”何て感覚だ。このまま流れに乗ってどこまでも行けそうだ”
途端に感覚が広がるのが分かった。
この魔脈の空洞を中心に、俺の意識は駆け巡る。
この空洞に続く全ての通路を、俺は誘導・案内されていく。
それはサンドクロウラーからの広大な砂漠への誘い。
彼らはこの空洞で魔脈の光を浴びていれば、何不自由なく生きていけるだろうに、砂を食み獲物を食らう。
そしてその身を通して、砂の大地を変えていく。
これは未熟な幼生体への教育なのか。
これを体験させられれば、無駄な死も避けられるだろう。いや、俺の意識に流れてくるのは、仲間達が未踏破の位置情報だ。
しかも、しきりにそちらへ誘導してくるのは、そこが幼生体を向かわせたい場所だからだろう。
いや、俺は幼生体ではないのだが。
こんなにも自由に飛べるのならば、砂漠だけでなく様々なところへも行けるのではないだろうか。
今の俺の視界は、水中を見通すように砂の中を見通していると言えばいいだろうか。移動はもちろん、砂中なのに遠くまで見通せる。
……上はどうなんだろう。
俺は誘導を振り切って、意識を上昇させていく。
砂を飛び出した俺の眼下には、月明かりに照らされた夜の砂漠が広がっていた。
上昇は止まらない。
じゅうたんでの飛翔とはまた違った感覚に、俺は酔いしれる。
眼下の世界は魔力でうっすらと煌めいていた。
美しく見える光景だが、それは違う。
砂漠は魔力に飢えている。
煌めいて見えた美しい砂漠の魔力は、稀少がために漆黒の砂漠に輝き、それを必要とするものは必死で追い求めていたのだ。
それはさながら、砂漠の生物が貴重な水を漏れなく効率的に取り込むのと一緒だ。
俺がぐるりと見渡してみると、今現在世界が置かれている状況が理解できる。
なぜなら振り向いたその先には、煌々と光り輝く王都ラスタハールを視認できたからだ。
その輝きに引き寄せられそうになるのを抗い、再び視線を砂漠に戻す。
砂漠は魔力に飢えているが、不毛の地ではない。
砂漠の魔力的再生にサンドクロウラー達が一役買っている事が、今の俺の視点ならわかる。
幼生体の成長には魔力が必要で、成体達はその育児のために魔脈の空洞に集まっている。
あそこにいれば一生不自由なく暮らせるというのは間違いだった。
生きていくために魔力の蓄積は必要だが、恐らく必要以上に蓄積してしまうのだろう。
そのため彼らは砂を食み、排泄する事で余剰魔力を排出しているのだ。
その証拠に、ここら一帯の魔力は砂漠にしては富んでいる。これを目当てにサンドマンがやってきそうだが、来る傍からサンドクロウラー達が食べているのだろう。
彼らはさらにため込んだ魔力を、結果として魔力のない砂漠へ届けに行っているのだ。
その証拠に、この魔脈を起点に魔力の光点が広がっているのが見える。
そんなとりとめもないことを思っていると、意識が引っ張られて視点が変化する。
引っ張られた先は、旧王都ツァグブリルの城壁の前だった。
そういえばムアーダルは元気だろうか。
と考えた瞬間、景色が変わる。
俺は琥珀色の宝珠が安置された封印の間の宙に浮いていた。
足元では蠍と半人半蠍の男が、せかせかと作業の真っ最中だった。
時間にすれば十秒程。
戻ってきたのは元の城壁前ではなく、出発地点の魔脈の上空だった。
俺は再び会う事が出来ないはずの相手の様子を垣間見る事が出来た。
そして出るはずのない溜息を一つ吐き、もしやと思うと俺は次々と友人たちの事を念ずる。
砂漠のテント。
湖畔の村。
故郷の村。
港の街並み。
王都の建物。
二度と会えないはずの相手の前を、次々と通り過ぎる。
だが誰一人として気付く者はいない。
そして俺は避けられない相手の顔を念じ始める。
★☆★☆
「ちきしょー!このマヌケ野郎めー!」
「ダイアン、飲み過ぎだって。身体に良くないぞ」
「うるせぇラザック、飲まずにやってられっか!」小男が大女を宥める。
「ぅぅ、ひっぐ……びりゅーくぅ……」
その横ではナスリーンが怪しい呂律で管を巻きながら酒杯を握りしめている。相当飲んでいるにもかかわらず、酔い潰れられないらしい。
対してアレシアとエステルは黙々と飲み続けている。
「ラザック悪いわね、付き合わせちゃって」
「いえ友人が亡くなられたとあっては、悼むのは当然です」
本来は用水路の進捗報告にきたラザックであった。
だが、そのタイミングでヴィリュークの訃報を知ったダイアン・アレシアが、仲間であったナスリーン・エステルがラスタハールに揃っていると聞きつけ、同行・馳せ参じたのだ。
酒場の個室を一つ貸切った偲ぶ席であったが、ウルリカはギルドで事後処理の真っ最中である。酒よりも、体を動かしていたほうが気が紛れるらしい。
「死にそうで死なないって印象だったのにねぇ……」
「倒れても”むくっ”て起き上る感じ?」
「そうそう。それがねぇ……」
「まだ信じられないわ」
アレシアとエステルは、数回目の同じやり取りを繰り返した。
「びりゅーく!」
突然ナスリーンが声を張り上げ指をさす。
まさか!と一同が指さす扉を見ると───
扉は開いてもいなければ、誰も立ってはいなかった。
「なんで。なんでういてるの?なにかいって、なにかしゃべってよぅ」
足元が覚束ないナスリーンは、膝で這って扉に近寄り必死に手を伸ばす。
「ナスリーン、誰もいないわ。ヴィリュークはいないのよ」
エステルはそんなナスリーンを押しとどめる。
「いるじゃない!そこに!みんなみえないの?!」
同席した者たちは、ナスリーンを憐みの目で見つめてしまう。
「あ!あ!まって、いかないで、きえないで、びりゅーく!……ぅぅぅ」
伸ばした手はぱたりと落ち、床につく。そのまま力が抜けると、ナスリーンは小さく丸くうずくまってしまった。
アレシアとエステルがその背に手をかけた時には、彼女は嗚咽を漏らしながら酔い潰れていた。
「帰りましょうか。ダイアン手伝ってちょうだい」
アレシアがそう口にした時、勢いよく扉が開きウルリカが飛び込んできた。
「皆さん探しましたよ!ギルドにいらしてください!ヤースミーン様から連絡が入ってます!」
★☆★☆
ヤースミーンは、何故かその晩寝付けないでいた。
目を閉じてベッドに入り大人しくしているのだが、一向に眠気が来ない。
興奮していると寝付けないと聞いたことがあるが、特に心当たりもなく数回寝返りを繰り返していく。
その後もしばらくベッドの中で大人しくしていたが、大きく深呼吸をするとヤースミーンは起き上り、薄手のシャツを羽織ると寝室を出た。
水でも飲もうと出てきたのだが、足は地下の隠し工房へと向かう。
それは本当に”なんとなく”であった。
何かを察知したわけでもなく、嫌な予感がしたわけでもなく、予感めいたものでもない。
隠し工房に降り立つと、いつもの魔脈から漏れ出る魔力を感じる。
百年単位での魔力の漏れは工房内を十分に満たし、壁の割れ目から出ている大樹の根っこも吸収しているので、適度な濃度を維持している。
それでも大樹を含めたヤースミーン宅は、上物から地下まで魔力を欠くことはなく、さらには周囲に放出しているのだ。
魔脈の”蓋”の上のソファー。
腰を下ろして見渡すと、いつもの風景が広がっている。
天井からは突き破った根っこは、少し下の壁へ再び突き刺さり地中に戻っている。
反対側の壁には棚が整然と並び、書籍や様々な道工具類、糸をはじめとした素材がきちんと並べられている。
作業台や大きな机の上には、作業途中のもの執筆途中の書類があったが、乱雑に放置されてはおらず、いつでも再開できるように整理されて隅に寄せられていた。
「かあさま、どうしたの?」
「かあさま、ねむれないの?」
ゆるりと工房を眺めていると、ドライアドとブラウニーの二人が現れた。
「まぁ、そんなところ」
「落ち着ける茶葉がある、かあさま」
「すぐに淹れられる、かあさま」
気を使ってくれる二人に、ヤースミーンはお茶を頼むことにした。
お茶の入ったティーカップを両手で包み込む。
適温に冷ましたお湯で淹れてくれているので熱くはなく、適度な温もりを感じながら湯気を吸いこんだ。
お茶の香りに心落ち着いたとき、それに気づいた。
今までそれに気づかなかったのは、胡乱な様子がなかったからか。
薄い靄のようなものは、ヤースミーンの座っているソファーの隣に漂っていた。
彼女を以てしても、気配を感じさせない相手だった。ましてや敵意は全くないことも、察せられなかった理由の一つだろう。
それはそっとこちらを見つめているだけの存在。
何をそんなに興味があって、自分を見つめてくるのか。
ひょっとして今晩眠れなかったのは、これのせいなのかもしれない。
ならば気が済むまで付き合ってやろうと、ヤースミーンは斜に構え、その靄を半眼で眺めていく。
勿論、ただ眺めるのではない。
感知系の魔法や視覚強化を重ね掛けして観察していく。
その結果、感知系魔法ではその存在がそこにいると確定するのに止まった。
しかし正体不明と言うわけではなく、死霊や非実体系の魔物の類でもなければ、意識が芽生える前の精霊でもなかった。
ならば生霊か?
生霊が現れる場所や相手は、その生霊がそれらに何かしらの縁を持ってなければならない。
縁のない所にもあらわることも可能だが、その場合生霊の消耗が激しいのでめったにないことだ。
だが魔脈が通っているこの場所ならばその消耗も抑えられるので、生霊の可能性も否定しきれない。
ならば生霊だとしたら何者か。
赤の他人の生霊だとしたら、特定するのは無理である。
身内や知り合いだとしたら誰だろうか。こんな所まで来るにはそれなりの地力が必要なのだ。
そう考えると一気に対象は絞られてくるのだが───
昔の相方を務めていたドワーフはどうだろう。
自分に匹敵する実力者を思い浮かべたが、すぐに否定する。
あの女はそんなタマじゃない。懐かしさを感じて会いに来るはずもないし、来るとしたらこんな控えめな方法を取るわけがない。
知り合いや身内で考えるならば娘……ヴィリュークの母親とかはどうだろう。
いや、娘でもなかろう。
ヴィリュークが成人する前に、婿と飛び出していったきりだ。どこで何をしているか知らないし連絡も来ないが、羽を伸ばして悠々自適に旅でもしているに違いない。
出奔する前のヴィリュークの世話だって、六割七割はこちらがやっていたのだ。育児放棄も甚だしい。
そう考えるとヴィリュークはまともに育ってくれた。
人付き合いもそれなりにこなす癖に、気付くと距離をあけて一人でいることの多かった孫。
娘との親子関係に失敗したヤースミーンは、それをやり直すかのようにヴィリュークと接した。
いや、娘との関係も険悪なわけではない。ちぐはぐなだけだ。だが結果として娘は息子をヤースミーンに預けていってしまった。
……なんでこんな終わったことを蒸し返して思い出しているのだろうか。
ヴィリューク───
あれこれと教え込んだ血縁。
厳しすぎて離れていった前例があるので、教育も手加減してしまった。
けれども躾だけはちゃんと仕込んだつもりだが、姪のミリヴィリスが一緒だったから旨くいったことは否めない。ヴィリューク一人だけ相手にしていたら同じ轍を踏んでいただろう。
ミリーも近々結婚相手を連れてくるようだし、ヴィリュークとくっ付けようとした頃が懐かしい。
そう言えばサミィを連れてきて以来、帰って来ていない。
頼んでいたミスリルシルクも、手ずから持っては来ないで行商人が持ってきた。
そもそも旧王都の調査でひと悶着あったにも拘らず、顔すら出さないとは……
少し腹が立ってきた。
そう考えていると、覚えのある気配を感じとる。それは……
「ヴィリューク?」
声に出した瞬間、靄がその姿を形作る。
靄より濃くなったそれは、狼狽するヴィリュークの姿を形作った。あたかもヤースミーンの言葉が靄に命を吹き込んだが如く。
だがそんな様子を見せたのはその瞬間だけだった。すぐにヤースミーンへ語りかけてくるが、口をパクパクさせるばかりで声が発せられない。
実力でやってきたならば意思の伝達もワンセットの筈なのに、いつまでたっても聞こえて来ることはない。
「お前、その姿は?……今どこにいる?!」
”仕事でミスってね……ばあさま、いままでありがとう、さよなら”
遺言ともいえる言葉を振り絞ると、ヴィリュークの姿は霧散してしまった。
それに遅れて精霊の二人が駆け寄ってくる。
「かあさま、ヴィリュークの姿が見えた」
「かあさま、ヴィリュークの姿が消えた」
「あんっのバカ、案内もなしに魔脈の流れを辿って来たか?!二人とも、すまないがアイツの意識を捕まえて、身体に押し込んできて頂戴。ついでに事情も聴きだして!」
ヤースミーンの言葉を合図に、精霊たちが封印の隙間を縫って魔脈に飛び込み、消えていく。
「何があったか知らないけど、魔脈に入ったことは間違いない……地表にむき出しの魔脈に心当たりはないし、新たに露出したとすれば情報は入るはず……いったいどこから入り込んだ?」
ヤースミーンは棚から紙筒を引っ張り出すと、中から丸められた羊皮紙を机の上に広げだす。
四隅に重しを載せて広げられたそれは地図であった。しかしそこに書いてある地名は現在のものでないどころか、河川も今の流れと違っている。
さらには河川とも違う流れが、色を変えて書き加えられている。
そして新たに手にし広げていく紙は白紙であったが、魔力を流すと浮かび上がるものがある。
「更新は……問題ないな。さぁて。どこから迷い込んだやら……」
ヤースミーンは現在の地形を映し出す地図の魔道具を両手で広げ、机上の地図と照らし合わせていく。
手の中の地図がとんでもないものであることは明白だが、机上の地図も価値を測れないものであった。
それは歴史的価値もさることながら、その羊皮紙はこの国一帯の魔脈の流れを表したものであった。
お読みいただきありがとうございます。




