地下墳墓にて
書き始めたものの難産が続きそうです
ヴィリュークのリディは足を止めずにひたすら砂漠を進む。となると各々の積載量の違いで疲労度が変わるのは必然。
遅れ出す者たちが出て来たが、その者たちには後から追ってくるように指示。何れもベテランのガイドと探索者である。砂嵐が通過した今、二重遭難することもない。
そのリディも空荷ではあったが疲れ知らずということもなく、何度か速度を落とすが息が整うと再び走り出す。
捜索隊からは次々と脱落者が出て、日が暮れた頃には僅か三騎が追従するのみとなった。
「王都ラスタハールの南に発生した大型の砂嵐は、しばらくの停滞・迷走の後南下、発達しながら砂漠を港街シャーラルに進路を向けました。ヴィリュークさんが向こうを出発した日にちと、今日あの方のリディが到着したのを計算すると、その行程は順調だったと推測できます。」
そのうちの一騎はウルリカであった。彼女は遅れずに付いて来た若いガイドに説明していく。
「順調だった所に何かが起こった」
横で聞いていた痩身の老ガイドが合の手を入れる。
「ええ。砂嵐の中を進み、何かがあったに違いありません。砂嵐の南下速度、ヴィリュークさんの縦断ペース、リディの到着日、これらから考察すると、ラスタハールの南六十キロ地点を中心に捜索します」
「六十キロ地点って……大雑把だろう」
若い方が”無茶を言うな”とばかりに声を上げる。
「あの方の行程日数がいつも一定なのは何故だと思います?最短ルートを確立しつつ、常に目標を捉えているからです。視界が最悪の砂嵐の中でも、あの方ならば迷う事は無いでしょう。ならばこちらも正確に最短ルートを辿り、捜索すればいいのです。後は見落としが無いように人海戦術を駆使します」
しかし今、彼のリディと並走出来ているのはたったの三騎。万全の捜索には遅れた者達が追いつくのを待たねばならないし、本格的な捜索には第二陣を待たねばならない。
”焦ってはならない”
ウルリカは自分にそう言い聞かせながら手綱を握り締めた。
★☆★☆
『そうですか、今はラスタハールが王都となっているのですね』
俺は自己紹介と共に、シャーラルからラスタハールに向かう途中、砂嵐に遭ってここに入り込んだことを説明する。
『私がここに安置されたのは、砂の精霊が通過するより遥か昔ですが、通過時は大変でした。危うくこの墓所とこの依代を失う所でしたから』
その砂の精霊が、バカの手による人造精霊とは知らないようだ。
「墓が砂に埋まっても守るというのは分からなくもないが、そんなにここが大事なのか?」
俺の疑問に、マイヤは優しい目をして祭壇の砂の花を見つめて答えた。
『高位の巫女だった私は死後ここに葬られ、この地を守る為に眠りについたのです。その眠りを妨げたのが砂の精霊です。土地が枯れる気配で目覚めた私は、依代に仮初の力を与えられこの地を守ろうとしたのです。私の家族たちが育んだこの土地を』
『ですが眠りで蓄えた力を全て出しきっても、守れたのはこの一族の墓所だけ……ですが魂だけとなって悲嘆に暮れていた私に啓示が下りて来たのです。”魂を磨け、北に芽吹きの気配がある。緑が増えるほど育む力が増すであろう”と』
ズレた答えが返って来た。
それと何で聞きもしないのに俺に説明してくるか、少し察せた気がする。ひょっとしたらマイヤは言わされているのかもしれない。王立研究所では俺の知り合いが三人も緑化に苦心しているからだ。
研究所設立前から緑を取り戻す努力はなされているから、マイヤの啓示はそれを指しているのだろうか。
それを俺に聞かせるために……いや、聞かせてどうにかなるのか?
いやそうだとすると、依頼も砂嵐も俺が迷い込んだのも、全てこの為、これからの為とか……それにどうして俺はマイヤの存在を受け入れてしまっている?
豊穣神の高位の巫女と言っていたが幽霊だよな?それが骸骨を依代に、生前の姿を取り戻すとか自分の正気を疑ってしまう。
少し怖くなってきたのでこれ以上考えるのは止めだ。
他人が神を信じるのは自由だが、俺は神とやらに関わりたくない。話しを反らさねば。
「そ、そう言えば分かれ道の状態が違うのは何故なんだ?出口とかも知っていたら教えてくれ」
するとマイヤはきょとんとした顔をし、人差し指をこめかみにトントンと当てていく。
───おい、人差し指が骨に戻っているぞ。
『あぁ!』
思い出したのか、両手を合わせた時には普通の手だった。
『あれは大きないもむしさんの通った跡です』
──!?声には出さなかったが、口元が引き攣った。そんな俺へはお構いなしにマイヤは続ける。
『私が目覚めた時期はお話しした通りですが、その後もずっと起きていた訳ではなく、微睡んでいた時間の方が多かったのです。ある時何やら大きな命が近付くのに気付いた私は、こちらに来ない様に、何と言いましょうか”あっちいけ!”と思念を込めたのです。すると思いが通じたのか、方向を変えてくれたのです!その時は横穴をあけて迂回してくれたのですが、何年も何回もそこを通っていたら、通路が出来上がっちゃうんですからすごいです』
エルフが長寿とは言え、全く死人の時間間隔にはついていけない。それに砂漠でイモムシと言われると、思い出す生物は一つだ。
「そ、それで出口とかは?」
しかしマイヤはふるふると首を振った。
『私が知っているのは、あなたが入って来たと言うあそこだけです。ですが、一つ気になることがあります』
黙って促すと、マイヤは”有効な情報になるかはわかりませんが”と一言断わって続ける。
『いもむしさんの入ってくる数より、出て行く数の方が多いのです』
「それはつまり───」
俺が言い澱んだ言葉をマイヤが補完する。
『出口なのか分かりませんが、あの通路はどこかに続いています。一々数えていた訳ではありませんが間違いありません』
★☆★☆
飲食も騎乗しながら済ませ、眠る場合は手綱を起きている者に引いてもらいながら交代で取る。
一晩中リディの足を駆使すれば、日の出前にウルリカの目算である六十キロはすぐだった。
丁度ヴィリュークのリディが停止した地点も彼女の目算通りだったので、可能性が高いと思われる。
それでも一面の砂を前に、脱落しなかった三人は絶望を押し殺し、僅かな可能性を信じて砂地に降り立った。
彼らのリディは休憩とばかりに座り込み、専用の付与背嚢から出された餌を食んでいる。
だがヴィリュークのリディと言えば、主人を探すかの様に右往左往して身体を休める気配もない。
三人は慣れた手つきで天幕を設置すると、捜索の中心地点を定める。ここを中心に捜索の手を広げるのだ。
次に用意したのは小旗と竿。竿に旗を結び、一定間隔で通過地点に刺していく。こうすることによって捜索済地点を明らかにし、二度手間を防止する。
追い付いた者たちも、これを目印に未捜索地帯に向かうだろう。
「水は持ちましたね?」
一休みを終えたリディに騎乗する三人。
旗の準備も万端だ。
「半分差し終えたら範囲をずらして差しながら帰ってきてください」
「焦るな。その注意も三回目だ」老ガイドがウルリカを宥める。
「そうそう。これでも目には自信があるし、見落とさないからよ!」若いガイドも乗って来た。
二人の言葉にウルリカは深呼吸をして肩の力を抜いて行く。
───パンッ
両手でウルリカは自身の頬を張って気合を入れ直す。
老ガイドは年下の相方に向けて、やれやれと肩をすくめた。
「行きましょう!」
ウルリカは頬を赤く染めて先陣を切った。
★☆★☆
さらに奥に進む為にも、手持ちの食料を確認する。
水はいくらでも作れるから問題ない。水袋も満タンにしてある。
問題は食料だ。
干しデーツが一袋。未開封だから一週間に足りない位。倍の期間もたすのは無理だが十日は食い繋ぎたい。
しかしジャーキーが少ない。切りつめても三日分あるだろうか。
一番の問題は、暗闇の中で時間感覚が狂う事だ。すでに今が昼なのか夜なのか分からん。それ以上にどれだけ経過したかが分からないと、食糧消費のペースが維持できない。
ひいては体力の維持がままならなくなり、野垂れ死にへまっしぐらだ。
ついでに身なりも確認するが、大した事は無い。
暗闇で白い衣服は見つかり易いと聞いたので、数少ない暗色系の物に着替えていく。
動きやすい上下にソフトレザーの胴鎧、脛当てにグローブ、取り回しの利く小型の丸盾、前腕部の革篭手には両腕共に投げナイフを五本づつ仕込むことで防御力を増す。
クーフィーヤも黒い布に変えておこうかと頭から外すが、一枚しか被っていなかった。
砂嵐突入前に二重にしていたはずなのだが、どこで外したのだろう。
思い返してみると入口が砂で埋め立てられた時、寝入りしなに外したのは覚えているが一枚しか拾っていなかったとかだろうか?
態々確認しに行くのにも遠い。諦めるか。
今度はちゃんと畳んで仕舞っておこう。
武器は変更なし。いつもの斬り裂きのシャムシールだ。なんやかんや言って頼りになる。
これらを身に着けていくが、臨戦態勢で進むのも神経が持たない。剣は腰に佩いておき、盾は背負う。
『もう行かれるのですか?』
「ああ。食料も心許ないし、脱出できるかも分からないから、体力がある内に行ける所まで行くさ」
『そうですか……あなたに神のご加護がありますようにお祈り申し上げます』
その表情はけして寂しそうなものではなく、穏やかな顔に見えた。
『それに』
「?」
『先に進む道連れが来ているようですよ』
何の事やら分からなかったが、マイヤが先導するのでさっきの分岐路まで戻ってきた。
彼女には暗闇も関係無いようで、足取りもスムーズである。通路を改めて比べてみるが、全く様子が違う事が見て取れる。
『私はここまでです』
「見送り恐縮。この先ずっとあそこで眠っているのか?」
『啓示があったと言ったではないですか。私がここを去るときは、緑が戻り、神のおられる所へ昇るときでしょう』
そんな会話をしていると、奇妙な音が響いてきた。
初めて聞く音で、何と表現したものか───例えるならトトトトと連続した踏みしめる音の中に、ズズズと引き摺る音が小さく混じる感じだ。
『この目で見るのも久しぶりですね、いもむしさん』
墓所側の通路を越えられないのか、マイヤは境目で立ち止まる。だが俺には、音ばかりで何が接近しているのか分からない。
それでも何かが接近しているのだろう。こちらに空気が押し寄せる感じは、通路の幅に対して結構な専有率と思われる。
そしてそいつは現れた。
眼帯越しに現れたのは、通路の七割を占めるサンドクロウラー。
それが正面から接近してくる。
横のマイヤが平然としているので俺もその場で待ち構えるが、手汗が酷い
眼帯のお蔭でこの闇の中でも視界が保たれているが、いきなりこんなものが目の前に現れた日にはパニックになるだろう。
サンドクロウラーは分岐路を曲がらずに止まると、境目を確かめる様にその頭を上下左右に動かす。
その動きが止まり、擂り粉木の様な丸まった頭部に切れ目が出来たかと思うと、”ぐわば”と咢が開かれた。
いや、咢と言うにはそれに相応しい牙は無い。
口か。
口の中には無数の繊毛が規則正しく整列し、揺らめいている。
正面から見てしまった俺は怖気立ち、後退ってしまう。あんなものに食われた日には気が狂ってしまうに違いない。
『精々ネズミ位の大きさしか食べないので大丈夫ですよ。万が一、口にしてもちゃんと吐き出します』
「何でそんな事が分かるんだ?」
『え?あっちいけとやった時に私が立ちはだかるイメージを送ったのです。返って来たのは、岩をぺっと吐き出すイメージでした』
「は?」
『小動物や昆虫も食べるみたいですが、もっぱら魔力が濃い所を徘徊して浴びて成長するようです。他にもイメージを送ってきましたが、私にはよく理解できませんでした』
俺達の会話を余所に、サンドクロウラーの口の縁の内側からは触手が伸びてくる。
そしてそれは通路の境目をなぞるようにして、分泌した粘液を塗りたくる。
「なにをしてるんだ?」
『目印でしょうか?』
仲間への道しるべと言った所なのだろうか?
床や天井、壁といった通路の境目を舐めまわすと、サンドクロウラーは”仕事は終わった”とばかりに口を閉じて進路を変える。
『さ、いもむしさんに付いて行けば危険も少ないでしょう』
「お、おう」
マイヤが出発を促してくるので、別れの挨拶と思ったのだが適当なものが思い浮かばない。
”またな”とも違うし”お元気で”なんて皮肉過ぎて失礼だ。
「それじゃぁ」
『お元気で』
……向こうから言われてしまった。
「脱出出来たら、神殿にお供え持ってくよ」
『あら、では私から神に宜しく伝えておきますね』
神様相手にそんな気易くていいのか?俺は特にに返事をせずに、手を振ってサンドクロウラーの後を追った。
★☆★☆
私は走って行くエルフの青年の背中を見送ると、墓所へと踵を返した。
少しわざとらし過ぎただろうか。
神に言われるがまま、情報を与え道を指し示した。可能性の一つと神はいったが、それが必ず芽吹くとは限らない。
生命は生き残るために、たくさんの種子を蒔く。どれか一つが大地に根差すことを夢見て。
しかし私を遣わせる位だ。
彼には見込みがあるのだろうし、私からも神に多少なりとも加護を与えて下さるように祈ろう。
私は棺を跨ぎ、その中に横たわる。
手を組んで神に祈っていると、宙に浮く感覚がして、眼下には棺に横たわる私の依代が見える。
服を着た骸骨から視線を外すと、私は呼ぶ声のする頭上に輝く光へ向かっていくのだった。
★☆★☆
ヴィリューク遭難の一報が出てから五日目。
つまり捜索隊が現地にて捜索を開始してから四日たった。
捜索隊第一陣は既に揃い、第二陣も二日前に到着して捜索に加わっている。
だがこれだけの人員を投入しても手がかりは全く無く、既に生存は絶望視されている。
せめて遺品でもと捜索は続いているが、砂嵐での遭難と考えると探す範囲は無限大である。
彼のリディはあちこちうろつきながら穴を掘るが、砂地の為掘り進めることが出来ないでいた。
「あれなんだ?」
交代で休憩を取っていた捜索隊の一人が、何か飛んでいるのを見つけた。
「エルフの……じゅうたん?」
そうこうしているうちに、その姿は大きくなり正体が明らかになる。
「ぉーぃ、ぉぉーぃ、ぉおおーい!」
じゅうたんからの呼びかけは接近するほどに大きくなり、最後は砂煙を上げての急制動となった。
畳む暇も惜しいとばかりに、じゅうたんからはエルフとネコが飛び降りる。
「見つかった?!どうなの?状況を教えて!」
港街シャーラルから砂嵐を迂回して、エステルとサミィが現場に到着した。
次回更新は遅れるかもです。
お読みいただきありがとうございました。




