砂塵の中で
先月は別の短編を投稿してました。あとがきの下にリンクがありますので、よろしければそちらもどうぞ。
「はぁ、やっと一息つける」
俺は見つけた砂岩窟に入ると、最小限にまとめた背嚢をリディから降ろす。いつもならリディ用の収納鞄もつけての砂漠行なのだが、今回はそうではない。
荷物を背嚢一つに絞っての特急便だ。
★☆★☆
ギルドの交換日誌経由で特急依頼が来た。
特急便指定であっても、定期便の出荷待ちがあれば合わせて運ぶのに、その荷物すら持たずに出発しろときた。
依頼の小さな荷物には厳重に封印が施されており、リディの鞍に固定されている。中身を窺い知ることは出来ないが、文箱位の大きさだと中身も限られてくる。
恐らく書類か薬の類いだろう。
報酬の支払い条項を見ると、指定日必着の後払い。未着時の違約金が半端ないが、成功報酬もふんだくっている。
ギルド担当者はウルリカさん。
無茶をする人ではないのに、一体何があった?今までの付き合いもあるので、逆に心配になる。
指名での依頼と共に俺への詫びが付け加えられていた。
喉まで出かかった文句を飲み込み、俺は港街から王都へリディを走らせた。
いつもなら可能な日程の所、王都ラスタハールまであと二日というところで、俺は運悪く砂嵐に遭遇してしまった。
目の前を入道雲のような壁が俺の進路を阻んでいた。
違う所は、それが地上まで降りてきている事であり、そしてそれは砂であると言う事だ。
砂嵐の発生は珍しくはなく、遭遇した街の人々は物が飛んで事故がおきない様にかたずけ、食料を買い込み、戸締りを厳重にして砂嵐が通り過ぎるのを待つ。
屋外で避難できないのであれば、物陰に隠れて小さくなるより他はない。
物陰が無い場合は?
素肌を隠して小さくなるしかない。長時間砂粒に肌を晒そうものなら、表皮を削り取られることになる。
砂漠の生物であるリディの毛皮は砂嵐にもびくともせず、一説によると長いまつ毛は、砂の目への侵入を防ぐ役割があると言われている。
目の前の砂の壁を前に、俺は服装を整える。
砂が侵入しない様に、服の首元を閉じ口元を布で隠す。足首まである柔らかい革のブーツの上で、ズボンのすそを紐で括る。
薄手の手袋をはめると、上着の長めの袖を同様に手袋の上から縛る。
何れも砂の侵入を防ぐためだ。
頭はクーフィーヤで全体を覆い目だけを出すのだが、ふと思い出して荷物を漁って取り出したのは、エルフの眼帯だ。
利き目の右に装着すれば眼帯越しに視界が確保ができ、今回はクーフィーヤを二重にして右目だけを出したので、お蔭でしっかりと顔と耳の保護ができる。
そして手袋の下の指輪に魔力を込め、再度街のマーカーの方向を確認。
さらに荷物が鞍にしっかり固定されているのを確認すると、俺はリディに乗らず手綱を引いて砂嵐に向かって歩き出した。
”納期さえなければ”と溜め息を一緒にこぼす位は許してほしい。
砂嵐の中は夜のような暗さだ。眼帯が効果を発揮しているので視界は良好だ。
服が風にはためいているが、自身を抱きしめる様にしてそれを抑える。もしリディに乗っていたら、風に煽られて落ちてしまっていただろう。
俺は手綱を引いて、一歩一歩砂を踏みしめていく。
進行方向から風が来ると言う事は、砂嵐は王都から港街に進行しているのだろう。
一晩位なら寝ずに歩けなくもないが、それで砂嵐を脱出できるのだろうか。
喉が渇いたので、腰の後ろに結わえて置いた水袋を手に取る。
ぐいっと呷ろうと身体を起こすが、風に煽られそうになり、慌てて風を背にして水袋に口を付けた。
砂嵐の中では水を集めることも出来ない。大事に飲まなくては。
それでも口が渇くので、空腹対策のジャーキーをしゃぶって誤魔化していく。
遠くでは砂が風に飛ばされて、砂丘が小さく形を変えていく。あっと言う間だ。
かと思うと少し盛り上がった所に砂が積み上がり大きくなるのだが、そこそこ大きくなると風の直撃を受け、再び変化していく。
結果、避けるほどの砂丘はないのだが窪地は形成されているので、上り下りで疲労は蓄積されていく。
どれくらい歩いたのだろう。
砂嵐が光を通さないので、時間経過が麻痺して分からない。風の音も、身体を叩く砂粒も、単調な色の砂嵐の景色も、俺を消耗させていく。
水を口に含んでも、ジャーキーをしゃぶっても気分転換にならない。
前傾姿勢で歩いていたが下り坂になり始めたのに気付き、うんざりしながら視線を少し上げると広い窪地が形成されているではないか。
それよりも驚いたことに、窪地の底に建造物が見える。
遺跡か?
それよりも風向きに対して直角気味に入口を開けていると言う事は、直接風が吹き込む事は無いはずだ。
”一息つける!”
その時俺はオアシスを見つけたヒトの喜びはこんな感じなのかと、安堵の気持ちで一杯だった。
リディを連れて中に入ろうとしたが入口で座り込んでしまったので、自分の荷物だけ降ろして中に入る。
依頼の荷物は鞍に括りつけられたままだ。あれだけ厳重であれば、態々外して持ち歩く必要もない。
遺跡の中は暗闇ではなかった。壁が燐光で薄っすらと光っている。
砂混じりの風が吹き込んでくるが、外よりは何倍もマシである。
何だろう。遺跡なら壁や柱などに装飾があってもおかしくないのだが、その類が全くない。
全身の砂を掃いながら、頭のクーフィーヤもいつも通りの付け方に被りなおす。
蒸れて不快だったのだが、今のうちに一息つこう。
眼帯越しの視界は言わずもがな。
裸眼の視界は大体三メートルと言った所か。こんな燐光にしては見通しが効いているが、敵対的な相手に待ち伏せされたとすると不利なのは間違いない。
どうやら壁自体が光っているようであり、過去に人が使っていた場所ならば、松明なり魔道具なり光源の痕跡があってもいいはずだ。
ひょっとしてヒトが作った遺跡ではなく、探索者たちが一攫千金を狙うと言う迷宮なのだろうか?
かといってその形状も人工的な四角いものではなく、足元の隅も天井の隅も湾曲している。だらしなく寄りかかれる様なカーブだ。
さらに妙な事に気付いた。
遺跡のような入口に対して、内部の様相が違い過ぎる事だ。
いや、素材は同じ砂岩なのだが、表に対して内部の壁は何かで研磨されコーティングされたかのように滑らかだ。
それでいながら、床は歩きやすい摩擦を維持している。
”グァーッグァーッ”
リディの異常を知らせる鳴き声に振り返ると、上から砂が雪崩落ち入口が塞がって行く真っ最中であった。
”しまった!”と思った時には遅かった。
砂嵐の中での移動は俺の判断力を奪っていたのだ。目の前で砂丘が形を変えていくのを見ていたじゃないか。
少し想像すれば、剥き出しになった遺跡が再度埋められることが分かったはずなのに。
速い!
さほど奥に入っていなかったのに、既に三分の二が砂山となって埋まってしまっている。
それでも俺は砂山によじ登るのだが、砂が崩れて思う様に這い上がれない。
てっぺんによじ登る頃には入口は砂で埋め尽くされ、俺は諦めきれずに砂を後方へ掻き出し続ける。
だがどれだけ掻き出しても、砂は際限なく上から落ちてきて尽きることを知らない。
どれだけ腕を動かし続けただろう。
三分?五分?十分?
眼帯が無ければ碌に見えぬ闇の中で、俺は息を切らせ腕を止めた。
これでは配達出来ない……はッ、こんな時でも依頼の心配とは……このままだと緩慢な死が待ち構えていると言うのに。
呼吸が落ち着いて来ると、耳が痛いほどの静寂に包まれ、遥か彼方でリディが”グワー”と鳴いた気がしたが、それを確かめる術もない
リディはこれを予感していたので入らなかったのだろうか。俺がいなくなってあいつはどうするのだろう。
俺を待っていてくれるのか?
砂漠をうろついて野生に還るのか?
俺の遺志を継いで配達をしてくれるのか?
さらには助けを呼んでくれるというのは期待しすぎだろう。
……まさか生き埋めになるとは、自業自得だが予想だにしていなかった。
砂の山の上で膝をついていると自重で下にずり落ちていくので、自分から下に降りて行く。
幸い自分の荷物は背負ったままだったので、そこから水袋を取り出し喉を鳴らして渇きを癒す。
道中でも口を付けていたので、あっという間に飲み干してしまった。
「ぐっ」
八つ当たりで空の水袋を投げ付けそうになるが、振りかぶった手を降ろすと荷物から漏斗を取り出す。
「水よ」
周囲に湿気は皆無だったので、魔力と引き換えに水を生み出して水袋に補充する。
「………はぁ」
ため息と共に壁に寄りかかって座る。
「ふぅ……」
もう一回ため息をついて目を閉じると、いつの間にか俺は眠りに落ちて行った。
微睡みから覚醒すると、生き埋めになったことを思い出して起き上がる。
眼帯をめくり上げて周囲を見ようとするが、薄ぼんやりとしか見えやしないので元に戻す。入った時よりも見え方が今一つだ。
砂で埋まった入り口を振り返るが変化はない。再び砂嵐で掘り返されるのを期待するのは、都合が良すぎるだろう。
かと言ってリディが助けを呼んでくるのも期待できないし、呼んできたとしてここをピンポイントで掘り当てるのも期待できない。
結論、他人の助けを期待してはいけない。こうなると期待と言う言葉は禁句だ。
俺はどこに続くとも知れない闇を見つめると大きく深呼吸をし、望みがあるとも知れぬ通路を進み始める。
俺がここの異常性に気付いたのは直ぐだった。
まず通路がおかしい。分岐路を目にして俺は思った。
ひたすら同じ広さの通路が真っ直ぐ続いていたが、目の前にある分かれ道はそれらの質感が明らかに違う。
片方は入口と同じ研磨されコーティングされたような通路、もう片方はヒトの手によってなされた様相である。
道なりに進むのであればヒトの手が加わったと思しき通路なのだが、同じ質感の通路を通るのであれば明らかに逸れていく。
少し迷ったが質感の違う方を道なりに進むことにした。結果はすぐに明らかになった。
まず壁に松明の燃え止しが刺さったいた。しかも砂岩化していると言う事は、例の砂の精霊が通過した名残だろう。
だがこれで、過去ここをヒトが利用していた証拠になる。引き抜こうと手を伸ばすが、軽く握った瞬間崩れてしまった。
手をはたいて砂を掃うと、気分を取り直して先に進む。
いつの年代の物なのだろう。この通路の壁は等間隔で模様が削られている。
どこまで続くのか不安だったが、終点は意外と早かった。
目の前に大きな扉が開け放たれていたのだ。
察するに例の砂の精霊の通過時は、開け放たれていたのだろう。これがもし閉じられていたら、分厚い砂岩の扉に阻まれて中を伺うことも出来なかった筈だ。
聞き耳を立てるが物音一つ無い。いや、あったらそれはそれで困るのだが。
それでも俺は忍び足で、そっと入り口から中を窺うと───
そこは地下墳墓だった。
辺り一帯に骨壺が並んでおり、蓋はされていない。蓋の代わりに頭蓋骨がのっかている。だが今となっては骨ではなく、骨の形をした砂の塊だ。
奥に見えるのは祭壇だろうか?俺は骨壺にぶつからない様に慎重に進んでいく。
目の前の祭壇は綺麗に整えられていた。
しかもあの騒動の最中、墓参りに来た者がいたのだろう。
そこには数百年の時を超えて、棺の前に献花された花が砂となっても形を残していた。
棺の主は高貴な者だったのだろうか。この地下墳墓で棺はこの一つだけだった。
蓋は閉じられてはおらず、驚いたことに遺体はもとより身に着けている服も砂になっていない。
つまり服を着た骸骨だ。
これが自分の行く末か……と考えてしまうが頭を振って否定する。
俺は何の気なしに祭壇にあった盃に水を満たし、そっと手を合わせた。
『あぁ、まだ私を偲んでくれる者が居るとは……どちら様ですか?』
降って湧いた声に後退り、腰を落として武器に手を掛ける……が、まだ抜かぬ。
『?驚かせてしまい申し訳ありません?永き眠りについていたのですが、供物と祈りの気配がしたので目が覚めてしまったのです』
「それは申し訳ない。墓を荒らすつもりは無いし、すぐに出て行くのでお構いなく」
棺の中から骸骨が起き上がると、縁に手をついて立ち上がった。それだけではない、みるみるうちに色褪せた服が元の色を取り戻し、骸骨は瑞々しい身体を取り戻した。
そして棺を跨ぐと艶やかなふくらはぎが露わになった。
『そんなじっくり見ないでくださいまし』
さっきまで骸骨だった者が、身体を取り戻し、素足を見られて赤面している。その様子は何処にでもいる妙齢の女性にしか見えない。
骸骨から禿頭の女性の顔になり、みるみるうちに黒髪が胸元まで伸びて赤面するさまは、異様な光景である。
「何者だ?」
『この様な場合は先に名乗る物ですが、驚かせてしまった否もありますね。私は豊穣神に仕える巫女、マイヤと申します。この世を去って何年たったかも覚えてはおりませんが、この墓所を守るため、時々こうして眠りから目を覚ますのです」
★☆★☆
「なんですって!?」
門番の兵士がギルドに駆け込んできたかと思うと、聞き捨てならない事を叫んだ。
「だから!今、砂エルフのものらしいリディがやってきたんだが、本人がいないんだよ!」
なんてこと!やはり国からの依頼とは言え、砂嵐の中を出発させるべきではなかったのだ。
「ウルリカさん!」
部下のロレンサの声に私は思考を巡らせる。
「そのリディを至急連れてきてください。それから捜索隊を組織します、探索者たちに通達を。物資の調達もお願い。私はギルド長の承認を貰ってきます。急いで!」
砂漠での遭難は一刻を争う。また、投入する人員は多ければ多いほど良い。
「聞いてたよ。探索者だけでなく、手が空いているガイドたちにも声を掛けよう。彼に救われた者たちなら二つ返事で協力してくれるさ」
ギルド長のザルトシュが扉の前で承認、追加の指示を出す。
「ウルリカ、君は彼の関係者にも連絡してあげなさい。エステルさんは港街だろうけど、知らせてあげた方がいいでしょう。ナスリーン様へは誰かを走らせます」
その日砂エルフことヴィリューク遭難の一報が、王都ラスタハールを駆け巡った。
砂嵐の中進み続け、自らの危機を差し置いてリディを走らせ、依頼品をラスタハールまで期日に間に合わせたとの事。
それに対して”配達人の鑑だ”と言う者もいれば、”命あっての物種。惜しい人物を失った”と言う者まで、評価は荒れに荒れた。
一報が駆け巡って半日も経たないうちに、捜索隊の第一陣二十名が出発。
砂漠での捜索は、そこから一粒のダイヤを探すのに等しい。
だが彼のリディが導く様に先頭を走る。
あてもなく砂漠を探すよりは望みが高そうだと、捜索隊は捜索範囲を少しでも広く取ろうと、横一列になって駆けだした。
サミィが同行していれば問題は無かった……
投稿作業中、08小隊のOP曲が頭の中で繰り返されていたり(*'ω'*)
お読みいただきありがとうございました。




