専門家の本気
「外観はまあまあ。では中を拝見」
昨晩、ファルロフが三人に現状を説明すると、その翌朝にはラザックが再生井戸の確認を始めていく。
ラザックは井戸の中の縄梯子を身軽に下りていくが、水の底には下りずに戻って来た。
その手には重り付きのロープ。掘り進めた地点から水底までの深さを測ったらしい。
「シロウト仕事にしちゃ上出来上出来。だが掘り下げた分の内壁処理まで気が回ってないのは仕方ないのかね」
井戸掘り職人がやって来た話しは、昨晩のうちに村中に知れ渡っていた。とは言っても六世帯しかない小さな村だが。
全ての男達がラザックの点検の様子を見に来ている。
「どこもこんなかんじですか?特に処理はしていない?」
「ああ、すまん」
「内壁を固めないと、そこが剥がれ落ちれば水が汚れるし、破損の原因になる。これから処理にかかるが、水が落ち着くまで三日は必要です。朝の水汲みがまだな家は今すぐ汲みなさい」
ラザックの言葉に男達はそれぞれの家へ知らせに歩いて行く。
「走りなさい!生活用の水汲みは女子供の仕事とか思っているクチですか!?こんな時くらい力を見せなさい!」
ラザックの剣幕に男たちは慌てて駆けだした。
「一日で全ての処理ができるわけではあるまい。それに水を汲むくらい水術で出来るんだがな」
ここの井戸の家主の男が桶を取りに走るのを見ながら、ファルロフはラザックに伝えるが、当のラザックは平然としている。
「あなたも善意で井戸掘りしているようですが、使う者たちにも骨を折らせないと図に乗りますよ。全てがそうだとは言いませんが、やってもらって当たり前と勘違いする者に、私は何人も会ってます」
「そう言いながら、あなたは用水路を掘りに行くのだな」
「……」
ラザックはファルロフの言葉を無視して井戸の寸法を測りはじめ、水汲みをしている家主に排出した土の在り処を聞く。
だが在り処というのも大げさで、それは庭の隅に山積みになっていた。
それもその筈。
畑に混ぜるには石が混ざり過ぎ、畑の土とは質が違い過ぎた。
しかしお構いなしに、ラザックは井戸の内径を測ったロープを両腕を広げて確認し、そして地面に置いて実寸より少し小さくなるように、ガリガリと目印を付ける。
「小さく作るんだな」
「でないと井戸に収まらないですから」
「あ、そっか」
ダイアンの言葉にはちゃんと答えると、ラザックは魔力を込めて唱え始める。腕を伸ばすのを合図に、他の者は距離を取った。
「■■■ ■ 土よ、形造れ」
それに応えて、土がラザックを中心に円を描いて這いずる。
始めは子供の土遊び程度の輪だったものが、徐々に高さを増していき、そうしてラザックの周囲に出来上がったのは、井戸の内径より少し小さい筒であった。
小男の頭が覗いているから、高さは120センチはあるだろう。見るからにまだ軟らかい。
するとせっかく作った筒を、小男は四か所・5センチほどの深さでUの字に削る。
「これは?」
「こうしないと井戸へ下ろす時、ロープを十字に掛けられないでしょう?」
その場の面々が”なるほど”と頷く。しっかりと考えているのだ。さらに魔法をかけていく。
「■■ 硬化 」
シュッと抜ける音がして水蒸気が上がり、筒が締まった。これは流石に分かる。
「おぉ~」
試しに叩くと”コンコン”と固い音がする。水分が抜けただけでは無いようだ。
「硬いだけでなく丈夫でもあります。日干し煉瓦とは違いますよ」
筒の上にはラザックの得意気な顔がちょこんと見える。
「こうしてっ、わたしがっ、体重をかけてもっ、こわっ、こわれっ」
中から出ようと、ラザックが縁に手を掛けて身体を持ち上げようとするが持ち上がらない。
すると縁にしがみ付いて、なんとか片足を引っかけようと足を上げるのだがこれまた届かない。
そして終いには力尽きて中に落下してしまった。
ラザックは縁を両手でつかんで息を整える。
”ふぅ~ふぅ~”
「おっさん。はい、バンザーイ」
ラザックがダイアンの言葉に反射的に手を上げると、ダイアンはその両手首をつかんだ。
”んっ”
まるで野菜を地面から収穫するように、ダイアンはラザックを高く持ち上げた。
”んぉっ”
ラザックは普通ならば決して見下ろせないダイアンの顔を見下ろし、さらに見下ろした先にある、ダイアンの胸の谷間を凝視してしまった。
「……」
「……」
「おっさん、ぼーっとすんな。足かけろ」
「あ、ああ。すすす、すまん!」
縁に足をかけると、ダイアンは持ち上げていた負担が軽くなるので、手を離して横に退く。
その脇にどいたスペースへラザックが飛び降りたが、膝を使って衝撃を逃がしたままうずくまってしまう。
「ぼそり(でかい女もいいかも……)」
「おっさん?」
「いややややややなんでもないありがとういやぁうっかりうっかりああそうだ立てて転がせばよかったんだいやぁうっかり」
一息で捲くし立てるラザックにダイアンは首を傾げるが、彼は何事も無かったかのように次の筒を作るべく指示を出していく。
「???」
不意を突かれたラザックであった。
その後もラザックは、筒を数個作製。合計して測った深さになる様に、分割して作製していった。
そして自身の付与収納背嚢から分解した櫓を引き摺り出すと、男たちの手を借りて組み上げ、筒を井戸内に収め始めるのもあっという間であった。
「手際が良いと言うか、ヒトを動かすのが上手いな」
ジジイ呼ばわりされたファルロフは、隅で作業を見つめて思わず言葉がもれる。
「ちょっと、手を動かしてよ」
暇している訳ではない。アレシアと一緒に土嚢作りをしているのだ。
ダイアンと言えば───
筒に十字に掛けたロープを、男達と一緒に引いている。しかもこっそり身体強化をかけて、男達の負担を減らしている。
まだこれから何本も井戸に収めねばならないのだ。一本でへばられても困る。
無事に筒が着底すると、土嚢と一緒にラザックと補助も一名降りてくる。
そして土嚢の口を開いて、井戸と筒の隙間を土で塞いでいっているのだが、先程の筒を作った成型魔法も使っているのだろう。
ラザックは移動することなく一か所に留まって土を入れていくが、土は粒の大きな粥の様に隙間を流れ、埋めていく。
四か所のU字の切れ込みも、塞ぐことを忘れていない。
十数個分の土嚢の中身を注ぎ込み、隙間がきれいに埋まり終わると、ラザックは作業の〆とばかりに土に魔力を込めた。
「■■ 硬化 」
だがまだ一段目が終わったに過ぎない。
これを掘り始めた高さまで積み上げて、再生井戸の完成になるのだ。
それが五本。先は長い。
五日たった。
再生井戸は一日一本のペースで完成していき、今日はまだ水の出ていない五本目を掘削していく。
とは言えラザックが来るまで少々掘り進めてはいたのだ。
しかし、村人たちの手にする道具・用意してある道具を見て、ラザックは呆れを通り越して感心してしまった。
彼らは全て人力のみで井戸を掘り、人力で土や石を井戸の外に運び出していたのだ。
「素人とは恐ろしい物ですね。知らないなりに何とかしてしまうのだから」
井戸の底にはラザックとドゥハにダイアンが道具片手に下りている。
「どういうことだ?」
「別に非難している訳ではありません。もっと楽な方法があるのです」
そう言ってラザックは下に手をつくと、魔力を込めていく。
「ふんっ」
気合一発、手を中心に直径五十センチ位が、耕したように軟らかくなった。
「開墾魔法とでもいいましょうか。私のオリジナルです。井戸の径を越えてしまうといけませんのでセーブしてますが、もっと広範囲でもいけますよ」
「取っ掛かりとしては十分。まかせな」
ダイアンがシャベルを振るうと土の山がどんどん大きくなり、横ではドゥハとラザックがその土を土嚢にして積み上げていく。
「身体強化」
軟らかい土も掘り終えて硬い土になると、ダイアンは”魔法なんざ待てるか”とばかりにブーストをかけて作業を続ける。
すると硬い土でも作業速度が落ちないではないか。
しかし土嚢を作り過ぎると邪魔になってくる。
「そろそろ出さないと邪魔だな」
ドゥハが土嚢の山を前に、これからの肉体労働にうんざりする。
「一体何回、上げ下げすりゃいいんだ」
「「一回だろ」ですよ」
「え?」
唖然とするドゥハを余所に、ラザックが付与背嚢の口を広げ、ダイアンが次々と土嚢を放りこんでいく。
そして土嚢は綺麗さっぱり収まった。
転がっているフックに背嚢を引っかけて、上に声を掛けると、入れた量に反して背嚢はスムーズに上昇。
口をあんぐりあげて見上げるドゥハ。
上では引き上げられた背嚢をアレシアが引っ繰り返す。
地上では見た目以上の中身を吐き出す背嚢に、開いた口が塞がらない村人たちがいた。
「ぼさっとしてないで中身を空けて頂戴。まとまったら袋を下に戻すんだから。ほら!」
アレシアの言葉に村人たちは慌てて作業に取り掛かるのであった。
井戸は一日で再生してしまった。
ラザックは敢えて小さめに掘り進めさせ、適当な深さまで掘り進める度に周囲の壁を”硬化”させていく。
これで内壁の処理に、筒を作って下ろす手間が無くなる。
水が出てからは背嚢を使うのを止め、いつも通りに泥水を桶で排出していく。
もちろん桶は畑行きだ。
その日の夜、賑やかな夕食の席でファルロフはつぶやいた。
「専門家というものは凄い物だ……」
「私からすれば、素人のあなた達の方が凄いと思いますよ」
思いの外大きい声で呟いたようで、ラザックはファルロフを笑顔で称賛していた。
残るはドゥハ家の井戸の再生であるが、大きな障害が立ちふさがっている。
「そんなに頑丈なのかよ!」
「鏨も刺さらん!」
井戸を下りながら会話するものだから反響して大変うるさい。かと言って両手は塞がっているので、耳も塞げない。
自分の声に耳を痛くした二人は、その後黙って梯子を下りて行った。
一緒に降りていたラザックはいい迷惑だ。
”ゴッ…ゴッ…ゴッ…”
試しにやらせろとダイアンが言うので、道具を渡してやらせているのだが、成果は全く上がらない。
多少なりとも、鏨を立てられる穴を穿てればやり様もあったのだろうが、思う様に行ってくれない。
「あぁ、もう、ちくしょう」
狭い井戸の底で悩んでいても息が詰まるばかりなので、三人は地上に戻って来た。
「水貰ってきたから一息ついて。汲みたてだから冷えてるわよ」
アレシアが水差しとコップを持ってやって来る。古井戸から汲んできたのだろう。
「「「ぷはぁぁ」」」
三者三様水を飲み干し、息を吐き出した。
「魔法で何とかならないの?」
アレシアが水を注ぎながら問いかける。
「狭い空間だから避けたいところです。土魔法・風魔法だと内壁へのダメージが心配ですし、火魔法だと更に熱が問題です」
「水は?」
「あれに効果ある魔法に心当たりはない」
ファルロフやラザックの言葉も元気がない。
「順当に考えるとハンマー系か……俺の盾の杭打機もどこまで効果あるか怪しいし……あとは、魔法武具くらいか」
「……あるじゃない」
「……あぁ!あれかぁ、あったなぁ、そう言えば」
アレシアとダイアンが思い出したようだ。残された二人は当然色めき立った。
「手があるのか!」
「ダイアン、いつの間にそんなものを!」
男二人に迫られるダイアンであったが、勘弁してくれとばかりに身をのけ反らせる。
「あ、あぁ、分かったから、取ってくるから待っててくれよ」
”やれやれ参った”とばかりに、頭を掻きつつ戻って来たダイアンの手には一本の大剣があった。
味もそっけもない拵えであったが、柄頭の魔石が逆に目立ってしまっている。
何を隠そう砂漠調査終了時に、斧の柄を斬り落とした詫びにヴィリュークから譲り受けたフランベルジュである。
流石に装飾華美な鞘や、鍔を飾っていた宝石は外して返却されたが、魔剣の核とも言える柄頭の魔石はそのままだ。
斧が直るまでの間、トレードマークの大盾もしまってこの大剣を背負っていたのだが、あまりにも魔石が目立つので袋を被せて隠していたほどである。
「合言葉が恥ずかしいんだよなぁ」
「この状況で何を言ってる!」
「そうです、結果を出せれば恥ずかしくなんかありません!」
男二人で迫ってくるのを押しとどめるには、魔剣の使用を同意するしかなかった。
「俺一人で入るから!それから覗くんじゃねぇぞ!分かったか!?」
何がそんなに恥ずかしいのか、フランベルジュを背負ったダイアンは一人井戸の中に入り、三人は井戸の周囲で待機している。
「覗きはしないがな」
「な」
「あれ、分かってないわよ」
『刃よ煌めけ!ォーォーォー……』
「井戸の中で叫べば反響するって分からなかったのかしら」
「どこか抜けてるのは今も変わらずか」
「むぅ、確かにこれは恥ずかしい」
少し待つと縄梯子が軋む音がする。
「ふぅぅ」
少し上気した顔で上がってくるが、縄梯子を登ったせいだけではなさそうだ。
「ダイアンどうだった?」
井戸を乗り越え、背中の大剣を降ろすと、ダイアンが答えた。
「ちょっと厳しいな。切れ味がいいのは確かなんだが、狭いせいで思い切り振り回せなくてさ。切っ先が五センチ刺さった程度で、そこを鏨で叩いても刺さった分が剥がれて、岩も割れやしない」
四人は頭を突き合わせて悩んでしまった。地道に大剣を振るえば、いつかは何とかなるのだろうが、すでに六日目。
明後日には出発しないと日程が迫っている。
「そうだ!上から飛び降りた勢いなら、深く突き刺さるだろ!」
いいこと思いついたとばかりにダイアンが声を上げる。
「どれだけの高さがあると思ってるのよ。死なないとしても大怪我するわ」
「身体強化すれば大丈夫だって」
「足りぬな。身体強化すれば大怪我とは行かなくとも、何かしらダメージは免れん。この先まだ護衛するのだろう?」
怪我を押しながらの旅になってはいけないと、ファルロフが駄目出しする。
「落下の勢いは剣の刺突で殺すから大丈夫だって」
「お前の大丈夫は当てにならん!」
「免状よこしておいて、半人前扱いするな!」
言い合いを始めてしまう師弟に、アレシアとラザックが慌てて割って入る。
「あれはどうなの?まだ使えない?」
「あれ?」
「ほら、ヴィリュークがやっていたキラキラするやつ」
アレシアの言葉に、記憶を呼び起こすダイアン。
「ん?ん~……あっ、身体魔装かっ。あれ……あれは~、あれならいけるぜ。よし、それでいこう」
「……見せろとは言わんが、身体強化から魔力を込めろ。発動はさせんでいい」
言動の怪しさから看破したファルロフ。免状を与えたとはいえ、弟子の事はよく分かっている。
「ぃいや、魔力がもったいないから本番の時でいいじゃないか」
「込めろ」
ファルロフの返事は短い。
言い逃れは効かないと悟ると、ダイアンは黙って身体強化を発動。
それに加えて魔力をヘソの下辺りに溜め置き、持続させていく。
「総量は成長しているが、まだ魔力が足りてない。今のままでは強化の上乗せが精々じゃな」
「うるせぇ、ここの井戸も何とかしてやりたいんだろ?」
「……儂のも足してやる。少しはマシになるはずだ。身体を巡らせて馴染ませないと霧散するぞ」
そういってファルロフはダイアンの背中に手を当て魔力を注いでいくが、しばらくするとしゃがみ込んでしまった。
「これで丸一日水術を使えんわい。発動は足腰中心に上乗せ強化しとくといい」
魔力を注がれたダイアンは、目を閉じ荒い呼吸を繰り返していく。しかし、それがゆっくりとした深い呼吸に変わるまで、左程時間を要しなかった。
「大丈夫?しっかりね」
ダイアンは引き抜いた鞘を井戸に立掛け井戸の縁に立つと、肩に担いでいたフランベルジュを両手で握り締め眼前に構える。
切っ先を井戸の底の岩に向けてから、最初に身体強化を発動。
次に合言葉を声高らかに口にする。いまさら恥ずかしがってもいられない。
「刃よ煌めけ」
眼前にある柄頭の魔石が薄く発光し、波打った刀身は宝石の様に煌めいている。
「行ってくる」
周囲の返事を待たずに、ダイアンはおもむろに飛び降りた。
「あっ、バカ!肝心なのを発動してないじゃない!?」
「じ、自殺行ぃっ!何してるんです!」
飛び降りれる身体と技術を持っていたとしても、飛び降りる度胸は別物だ。それを躊躇いなく実行してしまう女探索者にラザックは驚き、舌を巻いた。
三人が井戸を覗き込むと、中から声が響いてくる。
「ちょーりき」
落下していくダイアンが仄かに光って見える。
「しょう・らいっ!」
狭く暗い井戸の中でダイアンがその姿を光らせた瞬間、二つの音が響く。
一つは重く響くダイアンの着地音。
もう一つは……
その音をなんと形容したものか。
”ジャッ”
刃物を砥石で擦ったような、しかしその刃は石に負けていない力強い音であった。
その音に間髪入れず続けて同じ音が響いて来る。
”ジャッ”
フランベルジュの刀身の四分の三ほど突き刺したダイアンであったが、そこから刃を抉らず刃筋に沿ってまっすぐに、体重をかけて柄頭を梃子のように押し込むと、深く刺さっていたフランベルジュが岩を切り裂いて全身を現す。
ダイアンは再び両手で柄を掴む。
今度は大剣を逆手に高々と掲げ、切れ目を跨ぐ様に肩幅に立つ。
狙うは今突き刺して出来たばかりの穴。
息を吸って、止めて、剣を突き下ろす。
刀身は拳一つほど残して岩に埋まり、ダイアンが素早く引き抜くと身体の光は霧散して消え、岩は音を立てて割れた。
”ごぽっ”
何かの音がした。
ダイアンは残してあった簡易ランプを手に取ると、掲げて照らしていく。
”ごぼぼぼぼぼぼ”
水が湧き出した音であった。
どうやら岩が蓋の役目をしていたらしく、穿った穴から水が湧きだしてくる。
「おーい、今ので水が出たぞー」
事が済むとダイアンが呑気な声で結果報告してくる。
一分も経たない出来事に、三人は色々な意味合いのため息をついた。
それからの作業は早かった。
ダイアンのキメ台詞が思いのほか響いていたらしく、何事かと村の者が集まって来たのだ。
加えて水が出たと分かると、次の作業は知れている。
ラザックに筒の製作を急かし、手の空いている男たちは櫓の設置、女子供は袋に土を入れて土嚢を作る。
村人たちはここ数日で仕事をすっかり覚え、手際が良くなっていた。
終いにはラザックを急かせる始末。
日暮れには最後の筒の設置が完了し、ラザックは魔力を使い果たしてへたり込んでいたが、ダイアンを始めとした皆に労われて、少し気が晴れたようだ。
ファルロフと言えば、ダイアンの掛け声に引っかかっていた。
身体魔装の事だ。
修行が必要とは言え身体強化は一般的な技術である。しかし身体魔装を知る者は少なく、使えるものとなると更に一握りの者となってくる。
加えてあのコマンドワード、アレシアの”ヴィリュークがやっていた”という言葉、若い頃伝え聞いた伝説の拳闘士の女エルフの話。
ファルロフの頭の中では、古い記憶と今起こった出来事が出鱈目に絡み合ってしまい、訳が分からなくなってしまう。
そして思考を放棄すると”年は取りたくないものだ”と独りごちた。
翌日は身体を休めながら井戸の点検で一日を過ごした一行。
さらに翌日、村人総出で見送られる三人の姿があった。
口々に礼を述べ、近くに来たら歓迎するので寄るように言ってくる。
水袋は今朝汲みたての水で一杯で、おまけに貴重な保存食まで分け与えようとするので断るのに苦労する。
手持ちの食料はまだ十分あるので、結局一日分だけ貰う事で落ち着いた。
「もう時間はギリギリだ。寄り道しようもんなら、おっさんを簀巻きにして運ぶからそのつもりでな」
「地図を描いてくれるそうだからな。善処しよう」
ラザックの殊勝な言葉であったが、ダイアンもアレシアも鵜呑みにするはずもない。
「儂も後から追い掛ける。その工事に参加させてくれ」
「親父!何もきつい仕事をしなくても!」
ドゥハの引き留めにファルロフは首を振る。
「老いたとはいえ水術師じゃ。まだ人様の役には立てるはず。身体に無理がきかなくなったら、その時は面倒見てくれ」
「十分年寄りじゃないか」
言い合いを始めてしまう親子だが、いずれ根負けするのはドゥハの方だろう。
「しっかり親子で話し合ってね。じゃ行きましょうか」
その言葉を合図に三人は出発する。
名残惜しく見送っていた村人たちであったが、影が小さくなるにつれ一人減り二人減り少なくなっていく。しかしファルロフ親子は影が見えなくなっても、暫くそこに佇んでいた。
その後三人の旅は順調とはいえなかった。
しかしラザックの脱線も、アレシアの要所要所の地図とダイアンの苦言で早い復帰となる。
現地に到着すると、待ち構えていた関係者が出発日を聞いて来る。どうやらラザックの遅参はいつもの事で、経過日数で賭けをしていたらしい。
先触れでファルロフの家に寄る事は知らされていたので、これを加味した賭けが行われていたようだが、罵声やら怒声、はたまた悲鳴が上がっている所を見ると大穴なのだろう。
”酒買ってこーい!俺の奢りだぁ!”と叫んでいる男が勝者なのだろう。他の者を引き連れて走り去って行った。
本来であれば、護衛のダイアンとアレシアはお役御免で帰途に就くのだが、ラザックの強い要望で新たな依頼に着くことに。
当人たちが納得していても、ギルド側の処理が面倒である。作業員が一人、手続きの為に王都へ行く羽目になった。
数日後には、用水路の工事現場を定期的に出入りする女二人の姿があった。
メインは地図のスキルを持つ痩身の女の方の筈なのに、毎度打ち合わせが終わるとラザックは体格のいい大女ばかり構っている、
───噂になるのに日数は掛からなかった。
本章はこれにて終了です。
用水路編も考えていたのですが、あまりにも単調になりそうで断念です。
もちろんメインキャラクターたちの出番で盛り上げていくのですが、そこに至るまでが地味すぎるので。
井戸編も地味だったのに、それ以上って何それ?ってくらいです。
こういう所は実力不足だなぁと凹んでしまいます。
それでは新たな妄想まで暫しのお別れです。
お読みいただきありがとうございます。




