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港街 ~船乗りたちの楽しみ~

一日のアクセス状況を見ていると、朝の四時台が結構多いと言う事実。

四時台の方々、ありがとうございます。

そしておはようございます。



西に太陽が沈んでいくのに合わせて、東からは月が昇ってくる。


今回のような日の入り・月の出のタイミングは珍しい。ましてや今宵は満月である。


三日月や半月でさえ珍しいと言うのに満月ともなると、陽の縛めから逃れたモノや月の祝福を授かったモノまで大騒ぎ───場所によっては乱痴気騒ぎになる。


この港街でも騒ぎが始まったが、けして公序良俗に反するものではないし、”あくのひみつけっしゃ”の”じゃあくなぎしき”が行われている訳でもない。


月見にかこつけて宴会をしているのである。


店に繰り出して酒盛りする者もあれば、自宅の庭に席を設け家族だけで静かに楽しむ者もいるし、近所の者が集まって宴会を始めたりもする。




曇一つない綺麗な満月。


朧月夜も(おもむき)があっていいと言う者がいるが、この砂漠地帯での朧月夜は忌むべきもので、それは砂嵐の前兆である。


余所の地方なら薄い雲が原因だが、この地方の場合風で宙に舞った砂が原因である。


そしてそれに気付こうものなら、住人たちは食料を買い溜めし、水瓶を満タンにするために井戸には行列ができる。しかしそれは砂嵐の進行速度も加味すると、時間との勝負なのだが。


いよいよ接近ともなると戸締りを厳重にし、隙間に詰物をして砂の侵入を少しでも防ごうと努力するのだ。


しかし今夜はそんな心配も必要ない綺麗な満月。星明りも今夜は月に遠慮している。






「なんでだよ父さん!やっと陸に着いたのに上陸出来ないだなんて!」


「船長と呼べ。今夜は駄目だと言っているのが分からないか!」


「……船長、何故ですか?」


「お前がアレを制御できていないからだ」


親子らしいこの二人、そう言われてしまうと息子の方が押し黙る。


船長(オレ)も暇じゃないんだ。ったく陸絡みになると、どいつもこいつも仕事を回してきやがる」


「船長!サムの野郎が酔っぱらって喧嘩して帰ってきました!」


甲板から見張りが声を上げる。こっちは上陸できないっていうのに暴れて(楽しんで)来た馬鹿がいるらしい。


「あんだけ言ったのに…くそっ。陸の者には渡すんじゃねぇぞ。だが罰として簀巻きにしてマストに吊るしとけ!陸から顔が見えるようにな!」


「ちきしょー、俺が吊るしてやるっ!どこにいる?!」憂さ晴らしとばかりに息子が声を張り上げた。


走り去っていく息子へ親父が声を掛ける。


「逆さ吊りにするなよ、死ぬから!」




夜も更けた頃、船室から影が一つ滑り出てきた。


マストには男が簀巻きにされたまま、大いびきをかいている。爆睡している時点であまり罰にはなっていないが、見せしめの意図の方が強いのか。


出てきた影は船長の息子だった。


いつにない月明かりに彼が見上げると、普段見るより大きい満月が天頂に輝いていた。


月に見とれボーっと月光浴びていた彼だったが、身体の痛みにハッと気づいた。


「ぁっ……くっ」


慌てて着ていた服を脱ぎ始めていくと、身体つきがどんどん変化し、体毛がみるみるうちに濃くなっていく。


なんとか服を全部脱ぎ終わった頃には、そこに二足歩行のヒトはおらず、四足の肉食獣がお座りしていた。


「Gruuu……」


しまった!といった態で前脚で頭を掻いているのは、一匹の若い豹であった。


脱ぎ捨てた服をそのままにする訳にもいかないのか、豹は甲板の物陰に何とか服を押し込んだ。


こうなってしまっては仕方ない。この身体の利点を生かして、豹はその目で辺りを窺う。


船縁から周辺を見やるとちらほら人影を見つけるが、この様子なら見つからずに移動できそうだと踏むと、一気に桟橋に飛び降りて素早く物陰に身をひそめる。


耳を(そばだ)てると、小さくも賑やかな様子が窺い知れる。


豹に変身した少年は聞き飽きた波の音を背に、聞こえてくる街の喧騒に向けて音もなく駆けだした。






ライカンスロープ……ウェアウルフとも言うが、狼男の別称である。ヒトから完全に狼化するものもあれば、二足歩行の狼に変身する物まで多種多様である。


そして、己の意思でいつでも変身出来る者もあれば、一定周期……有名どころでは月齢に左右され、満月時最大の力を発揮したりするものまで様々だ。


物語の中では様々な獣人種、つまり二足歩行の動物……とはいっても知能や感情などヒトと同等の種族が描かれているが、この世界には実在しない。


おそらくこのライカンスロープ(狼男)、いや人狼と言った方が正しいか(狼女も勿論いるのだ)、の目撃者が想像逞しくして獣人種なるものを作り上げたのだろう。


その絵姿もヒトの顔に耳と尻尾だけを足したものから、まんま二足歩行の動物まで、絵師の数だけ沢山描かれている。


現在記録として残っているのは、人狼(じんろう)だけではない。


彼のような人豹(じんひょう)人熊(じんゆう)も確認されており、その亜種として人虎(じんこ)人獅子(じんしし)、人熊だと毛並みが様々なものがいたと記録が残っている。




そう、”記録に残っている”のだ。


彼らは過去の種族であり、元々少数種族だったせいもあってその人口は少なくなるばかり。


更には普段は普人と容姿が同じだったため混血も進み、様々な分野の学者の見解としては、今や純血種はこの地上にはいないというのが定説となっている。


現在この様なヒトから獣に変身する種族を総称して、ライカンスロープと呼んでいる。


そんな定説の中、彼はライカンスロープの中でも珍しい人豹だったのだ。






豹は闇夜に紛れ進んでいく。


進む道と言っても屋根伝いだ。屋根から屋根へと移動していると、庭先で家族や友人同士で月見をしている所に出くわす。


食い気・飲み気優先の所は問題ないが、ちゃんと風情を楽しみながら一杯やっている所もあるので、比較的安全な頭上も今晩はその限りではない。


それでも豹は身を屈めながら、隣の屋根に移るときも十分に注意を払って移動するが、すぐに目当ての匂いを嗅ぎつけた。


辿り着いた眼下には、珍しい異国の繁華街。


そこには様々なにおいが氾濫していた。そう、魅力的な匂いも、遠慮したい臭いも、色々だ。


臭いの方は無理矢理意識の外に押し退け、匂いに集中する。


よだれが湧き立つ旨そうな匂い、ヒトの身だと至近距離で初めてわかる異性のドキドキする匂い───


そこでハッと気づいた。


この身体(豹の身体)では女性にアプローチ出来やしない。それどころか悲鳴を上げて逃げられるか、武器や魔法で追い立てられるだろう。


がっかりしながら色気より食い気に走ろうとして、更に気付いて愕然とする。


───財布、脱ぎ捨てた服の中だ、と。


そもそもその姿で買い食い出来るはずもなく、ヒトに戻れたしても素っ裸になってしまうのに、彼はまだ気付いていない。


航海中は魚ばかりだったし、肉があったとしても燻製肉や塩漬けばかり。屋台の脂滴(あぶらしたた)る肉が焼ける匂いに、豹は屋根の上で身悶える。






”ふすー”と屋根の縁に顎を乗せ、眼下の通りを眺めていると、向こうから女性の二人連れが歩いて来るのが見える。


年の頃、十七・八と言った所か。今晩はある種お祭り状態で、通りも人の目があるので自分から暗がりに行かなければ危険はまずないので、油断していたのだろう。


その後ろを串を咥えた男がつけてきている。


屋台の焼き肉のものなのだろう、食べ終わって串に肉が残ってないのに未練がましくしゃぶりながら、前の二人に注意を払っているのが見て取れる。


すると女性の一人が何かを見つけたのか、小走りで先行するのと同時に、男も串を地面に吐き出して走り出す。


遅れたもう一人が”ぶつかるから危ないよ”と声をかけた瞬間、通り過ぎた路地から手が伸び、女性の口を塞いで引きずり込む。


その際にも、後続の男が身体でその様子を隠しながら女性を路地へ押し込んだ。


同じ通りを歩いているヒトがいたにもかかわらず、騒ぐ者も出ないあっという間の出来事だった。


異変に気付いたのは取り残された連れの女性と、屋根の上の豹のみ。


”──、どこいったのー?”声を上げるも既に遅し。


屋根の上の豹もいつの間にか姿を消していた。






”ん゛ーん゛ー”


女性は口を塞がれ、男二人掛かりで路地奥へ引き摺り込まれていく。


路地裏であっても三人の姿は満月に照らされ、足元に影を落としていた──が、新たな影が三人を覆う。


屋根から音もなく飛びかかった豹は、男の背中目掛けてゆるりと爪を振り下ろした。


本気で無いとはいえ振り下ろされた猛獣の爪は、男の服ごと背中を切り裂く。


声にならない悲鳴を上げるが、男は痛みで身動きが取れない。果たしてそれは幸か不幸か。


豹の一撃で女性は解放され、足腰がままならない状態であったが、必死で離れようとする。不幸なことに路地奥へ向かって。


豹の一撃でもう一人の男は女性を放してたたらを踏む。何ごとかと反射的に腰の短刀を抜いて元凶と相対する。不幸なことに猛獣相手に敵意を向けて。


敵意に反応し、相手に考える余裕を与えず、豹は突き出された短刀へフェイントを掛けて立ち向かうと、その手首に喰らいついた。


”ギャー”


男は悲鳴をあげ、短刀を落としてしまう。痛みのあまり噛まれた腕を引いてしまうが、逆に牙が食い込んでしまう。


豹は二・三度男を振り回すと、ぐるりと一回転させて勢いをつけて口を放すと壁に男を叩きつける。


上手い具合に男と女性の間に割って入れた豹は、女性を背に男たちを一声威嚇。


”Guruou”


「ひっ」

「く、くわれるっ」


数度後退ると、男たちは一目散に逃げて行った。




「あ…あ…っ」


接近する豹に女性は言葉も出ない。


その彼女の前に豹はおすわりすると───


「ruO…オ、オネryuiサン、dyuaイジョuブ?」言葉を発した後に、豹はブルリと身を震わせ、もう一度。


「オネエサン、ダイジョウブ?」


「ひぃいいい」


しっかり発音できたのに、錯乱した彼女には理解できなかった。


腰を抜かし、わななきながら後退りしていく。


「ワルイヤツハ、モウイナイカラダイジョウブダヨ」


どうしたものかと豹は悩むが、放置するのも気が引けるし、近づいて声を掛けるのも逆効果だろう。


そうこうしているうちに女性は奥の壁まで後退し、これ以上逃げられない事を悟って悲鳴を上げるが、豹はどうしたものか困惑してしまう。


困惑していると、路地の入口が騒がしくなってきたのに気付いて振り返ると、野次馬たちが集まって入口が塞がってしまっていた。


「押すんじゃねぇ、危ねぇだろうが」

「でかいネコ?肉食か?」

「警邏の奴らはまだか?」

「刺激するな。奥にヒトがいるぞ」

「だ、誰かあの子を助けて!!」




「道をあけろ!野次馬共!」


ようやっと警邏隊の到着のようで、その他にも腕に覚えがある者たちが武器を持って駆けつけた。


「なんだあれは?肉食獣みたいだが」


「見るからにネコ系みたいですね。網とか用意した方がいいです。上へ逃げますよ」


「おい、誰か港行って網取って来い!」


「隊長、漁師に半殺しになりますぜ」


命の次に大事な漁網を取っていこう物なら、乱闘が始まるだろう。


「ええい、経費で落とせ!くぅぅ」始まってもいないのに隊長の気が重たくなっていく。


そう言っている間にも人手は増えていくが、狭い路地には過剰な数である。




流石に危機感を覚えた豹は逃走を決意するが、どうしたものかと辺りを見渡し、すぐに腹をくくる。


決まったら即行動。


ゆっくりと路地の出口へ歩いていくと、そこにいる者たちが槍衾を作って対抗しようとするが、腰が引けて騒めきと共に後退していく。


だが豹の意図は違った。


素早く反転して奥に向けて走り出し、十分速度が出ると側壁を爪を立てて左右にジャンプ。


突き当りの家の屋根に脚が届……こうとした時、後ろ脚に二本の矢が突き立った。


「バカ野郎、外れて矢が流れたらどうする!」


「隊長、当たったからいいじゃないすか」


「結果論だ!合図するまで弓は待機だ!」


矢が刺さった痛みで怯んでしまった豹は、屋根に逃げられず路地に落下してしまった。


女性は、自分の真横に落下した豹に身がすくみ、ギュッと目を閉じてバレバレの死んだふりをするが、豹とて今更そんなものに構っていられない。


間を置くだけ状況が不利になると分かっているので、猛然と中央突破を試みる。


その勢いに虚を突かれた警邏隊は、ぶつかられまいと避けてしまった。


それでも何とか、槍や剣を突き出して手傷を負わせるが、いずれも浅い物ばかり。


「逃がすな!被害が出る前に、捕まえるか殺せ!!」


「見失うな!追え追えー!!」


彼らは二・三人で組になると、人海戦術で追い込みを開始した。


しかし一人の男が騒ぎの輪から外れ、港に向けて駆けだした。


「ったくヘマしやがって……とにかく船に戻って……」


その横を(くだん)の女性の連れが路地へ走って行く。


「──、大丈夫!?怪我ない!?何があったのよ、もう!」






この夜、サミィは珍しくヒトガタで徘徊していた。


月に染まった魔力に、衝動というと大げさだが少し(魔力)を込めたらすんなりと変化してしまったからだ。


服も同時に変化ができて、砂漠風ではなくいつもよく見ているエステルの服に酷似している。


いい月夜な上この魔力で特に空腹も覚えないので、これ幸いとヒトガタの視点であちこちと練り歩いていく。


高い視点は面白い物で、いつもは下から見上げている屋台の焼き物が焼き上がっていく様子を見物したり、安価な色とりどりのアクセサリーの露店を眺めて行ったりするのだ。


あちこちうろついて行くうちに救護院がみえてくるということは、もう市場の外れまで来てしまったと言う事だ。


月もいい感じで傾いて来たのでそろそろ帰ろうとすると、担架が二つサミィを追い越して救護院に駆けこんでいく。


刃傷沙汰(にんじょうざた)でもあったのだろうか。それぞれの担架の上から血の臭いがするのに気付いた。


折角の月夜が台無しにならないうちに、月を従えてサミィは帰路に就いた。






──嗅ぐはずのない場所で血臭を嗅いだ。


露店や屋台の広場ならいざ知らず、商店街と住宅街の周辺ならば警戒すべき異変だ。しかも家畜の類いとは違う。


もう少し歩けばエステルの工房、ということはサミィの縄張り。縄張り内で暴れる奴は懲らしめねばならない。


どうやら血の臭いの源は、こちらに近づいているようだ。


そのままサミィが待っていると、傷だらけの豹が現れた。しかも後ろ脚には折れた矢が二本刺さったまま。


「あら坊や。随分とヤンチャしたのね」


穏やかに話しかけながら状態を見ていくと、深い傷は見受けられないが傷の数が多く、あちこちから血が滴っている。


豹は息が上がっていて唸り声も上げられずにサミィと対峙していたが、とうとう倒れてしまった。


「あら?」


そう言ってサミィは具合を見るべく、無造作に近寄っていた。



お読みいただきありがとうございます。


もう一話位で終わる予定です。

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