決着・歓迎されざる乱入者
判定は同着だった。
ミューシャはフレッドが負けなかったことに安堵し、勝てなかったことに腹の中が重たくなっていく。
☆★☆★
あの晩、待っていると返事をしたが、最悪の展開を考えると逃げ出したくて堪らない。
子供の頃男勝りな私に紹介されたのは、大人しくも優しいフレッドだった。
しかもしっかり者のフレッドは、先走り気味な私のフォローや、遅れがちなアンナの面倒も見る気配りよう。
それに気付いてから、先走っても振返ることを覚え、気遣ってくれているフレッドに(はにかみながらも)感謝の言葉を告げられるようになった。
先走り気質な自分、気になることがあると没入してしまうアンナ、その二人を取り持ってくれるフレッドの優しさに自然と恋心を抱いていった。
尤も両親たちの紹介は、友達としてではなく許嫁としてだったのだが、改めて事実を知った時少し顔が暑くなったのを覚えている。
お互い許嫁として意識しても、三人の関係は変わらなかった。私にフレッドと言ういいヒトがいる様に、アンナにもいいヒトが出来るといいなと思っていた矢先、現れたのがジェラルドだ。
やってきた当初はいけ好かない奴と拒絶していたが、フレッドとアンナの取り成しで仲間に入れてあげていると、いつの間にか私たちは三人組から四人組になっていた。
多分フレッドとアンナの人柄所以だろうと思う。
しばらくすると先頭を切っていた私の隣に、ジェラルドも並ぶようになると胸のうちがもやっとしてきた。
今にして思えば自分の立ち位置に割り込まれて、不快になっていたというのが自己分析だ。
だけども男と女。似ている個性といえども変化は自然な物。アンナとジェラルドが付き合う様になって、四人組の付き合いから二組のカップルの付き合いに変わって行った。
今でも思い出す。
ジェラルドの言葉は大きなお世話だった。
私とフレッドの将来は定まっているが未だ道半ばで、そこへ向けてゆっくりと育んでいた。確かに他の男性と比べるとひ弱かもしれないが、彼なりのやり方で守ってくれているのだ。
それに対してジェラルドは、およそ理想的な男性の力を備えアンナを守っているが、それを持ち合わせていないフレッドが歯がゆくて仕方なかったのだろう。
彼らも男同士で、私とアンナの様に良い関係を築いていたが故の忠告だと、今になって頭では理解している。……理解はしている。
だけど余計なお世話。
アンナからはあれこれ謝られたが、こじれにこじれた今となってはどうしようもない。
売り言葉に買い言葉。
その後ジェラルドも何とか治めたいと気配で分かるが、お互いに変な所で意固地になって迷走しているのが現状。
そう、私と彼のペアで対抗するのだが決着が付かない。
そして今年もこの季節。
レース目前の夜にフレッドが訪ねて来た。その顔は何か決意めいたものがあり、どうしたのか聞いてみると、今年のレースは地上で待っていてほしいと言う。
反論しかけるが、彼の目を見て黙って委ねることにした。
今のところ私が出るより良い経過ではあるが、待っているというのはこんなにも辛いのか。
そしてまたアナウンスが聞こえてくる。
『皆さん長らくお待たせしました!審議の結果をご説明します!先程のレースの結果ですが、同着と言う事はお知らせしたとおりです!
審判をはじめ運営側としましてはダブル優勝を提案したのですが、選手側の強い要望により、再レースを行います!』
観客達からは歓声ともどよめきとも言える声が上がるが、アナウンスはそれに構わず続く。
『なお次のレースで確実に勝敗を明らかにしたいとの選手側からの要望により、パイロンを一個追加します。設置お願いしまーす!』
掛け声を合図に所定の位置にじゅうたんが飛んでいくと、高速コーナーの出口にパイロンがもう一つ追加される。
『さらに最後の的は、搭乗者であれば誰でも狙ってもOKです!ですが今回は射手と武器が指定されております!ジェラルド選手は弓矢、ヴィリューク選手は投槍です!』
ここまでくると歓声は無くなり、困惑のどよめきに覆われていく。どう見てもヴィリュークが不利なのは明白だからだ。
説明のアナウンスを聞いて、力が抜けてへたり込んでしまった。
絶望的な状況だ。勝てっこない。
だがフレッド達を見ると諦めていないことが分かった。頭を寄せ合い指差しながら話しており、これからの飛行の打ち合わせをしてるのだろう。
”フレッドは勝つ気でいる!”
ここで私がへたれ込んでいるわけにはいかない。膝に手を当て立ち上がると、これからの光景を見逃さない様に気をしっかりと保つ。
見守っていると時間になったのだろう。それぞれのじゅうたんがスタートラインへ向かって行った。
『さぁて泣いても笑っても最後の一回!最終レースのスタートです!旗が掲げられました!準備万端のようです……さぁ……スタートです!!』
二枚のじゅうたんが飛び出した。
的が連続して揺れて、矢が当たったことがここからでも分かる。
高度にまた差が出てるということは、さっきと同じ飛行で折り返すつもりなのだろう。
───アンナは半宙返りからの半捻りをし、稼いだ高度から降下することで加速していく。
───ヴィリュークさんは半捻りから半逆さ宙返りで加速し、次のパイロンに向かって行く。
私には出来ない飛行を唯々見つめる。
フレッド大丈夫だろうか?彼の細い身体を思い出す。
スラロームでもアンナの飛行は必要最低限の動きなのに、ヴィリュークさんの…フレッドのじゅうたんは左右に大きく揺れている。
フレッドの負担が心配でならない。
しかし的がしっかり二回揺れていると言う事は、お互いにミスが無いと言う事だ。
そしてじゅうたんは最後の高速コーナーに突入していった。
☆★☆★
二枚のじゅうたんは先程と同じ高度に分かれて、コーナーに突入していく。
湖畔の観客のボルテージも上がって行き、矢が的に刺さる度に歓声と拍手が鳴り響く。
加速していくじゅうたん。
早まっていく射撃間隔。
ジェラルドとフレッドはお互いが的を外していないことを把握し、曰く付きの四枚目が視界の端に映ったが───
フレッドはヴィリュークに全てを任せ、祈る様に小さくうつ伏せになる。
ジェラルドは上がった速度にタイミングを逸し、矢を放てなかった。
ヴィリュークは初めから背面撃ち(この場合背面投げとでも言うのか)を考えていた。
高速コーナを回っている時から、予め投槍を右に置き、穂先を進行方向に向けている。
既にヴィリュークは身体を捻じり左手で投槍を掴んで支え、右手の投槍器を石突きにあてがっている。
使用するのは一切付与など掛かってない得物。しかも本来、槍を投げると言う事は全身運動である。
ヴィリュークの身体がうっすらと発光したのを誰が気付いただろうか。
フレッドが三枚目の的を射抜き、素早く小さくうつ伏せになったのを引き金に、右に捻じった身体は左へ戻り、構えた投槍は突っ伏したフレッドの上を通過していく。
彼の視界が的を確認していたのはどれだけの間だったのか。
じゅうたんに倒れ込むようにして投擲した槍は、じゅうたんとの進行方向が逆の為勢いが削がれるが、それでもなお飛んでいく。
およそ彼らしくない勢いと軌跡で槍は飛んでいく。
軌跡だけを見たら、どこの素人が投げたか疑うような飛び方だ。
一瞬の躊躇いの中ジェラルドが見たのは、ヴィリュークが今まさに背後に向かって投げた投槍だった。
相手の姿が見えずとも飛んでいく投槍は見える。
反射的に引き絞っていた弓を解放する。だがアンナはいつもの様にじゅうたんを加速させていた。
二組のじゅうたん、四人の搭乗員は、身を小さくしてゴール目掛けてひたすらに速度を上げて行った。
”カカン”
的に当たる音が二回響く。
歓声で聞こえるはずがない音を、観客たちは当たった瞬間聞いた気がした。
先に当たったのは投槍。
似つかわしくない可愛い音を立てて突き刺さった槍は、的に刺さって宙吊りとなる。
次に当たったのは矢。
しかし当たっただけで刺さりはせずに落ち、小さな水柱を立てて湖に沈んでいった。
それが合図だったのかの様に会場は静まり返り、二組のじゅうたんはゴールを通過。またしても同着判定だったが、今更そんなものは些末時である。
前代未聞の状況に会場は静寂に包まれた束の間。
”とぷん”
自重のせいか矢の衝撃のせいか、的から抜けた投槍は、音を立てて湖面に沈む。
”うおおおぉぉぉ!”
”ぶわははははは!”
歓声と爆笑の渦が会場を包み込む。
ゴールに対してなのか、槍の結果に対してなのか、会場は大騒ぎである。
じゅうたんの二組は何事かと茫然、状況を分かっていない。
会場からは重い空気が晴れ、ようやっと一つの決着がついたのだった。
☆★☆★
それは空高く飛行していた。
ねぐらから飛び出すと上手い具合に上昇気流を捉まえることが出来たので、自由気儘にどれくらい高く飛べるか試してみる。
空にぽっかり浮いている白い塊まで目指して羽ばたくが、途中から翼の手応えがイマイチになってしまったので、今日はこの辺でやめておく。
──高度は下がったが大きく翼を広げ、たまに羽ばたくだけでぐんぐんと進んでいくのが気持ちいい。
そこに何か光る物があったので見てみると、眼下に昨日見つけた湖があった。そう、湖面に光が反射しているのだ。
それは好奇心の赴くまま角度をつけて下降していくと、何やら動くものが沢山あることが分かる。
獲物なのか何なのか、ますます好奇心を刺激されたそれは、遊び半分に翼をたたんでその中心目掛けて飛び込んだ。
☆★☆★
興奮から一転しての驚愕と動揺。
それは突然の襲来。
「ワイバーンだぁ!」
「パイロン片付けろーーーっ」
「無茶だ!間に合わねぇ!」
「女子供は避難しろーっ」
間が悪い事に高速コーナでの一番熱い場面で、湖畔の観客はもとより運営者たちの視線も釘付けになり、ワイバーンに気付くのが遅れて接近を許してしまった。
しかしワイバーンも運の悪い事に、そこにはエルフ達の迎撃に必要な物が全て揃っていたのである。
しかし腕利きの者達が競技会でじゅうたんを飛ばす為魔力を消費してしまった今、ワイバーン相手に効果の高い大規模魔法の行使は厳しい。
通常ワイバーンクラスの飛行魔獣との戦闘は、じゅうたんに乗っての空対空戦闘がエルフの定石である。
いかに腕の良い弓士や魔術師がいようとも、地対空で相手をしようものならば、勝利はしても被害甚大は確実なのだ。
今回の競技会の参加者は、弓においても魔法においても腕利きの者ばかりだ。
全ての競技が終了した現在、選手たちは魔力不足、戦力不足で事に当たることになるが、そこはじゅうたんによっては射手と操縦者を交代して戦闘に突入していく。
そこは腐ってもエルフ。じゅうたんの運動性能はワイバーンを翻弄し、エルフの弓矢は執拗に頭部を狙っていくと、それを嫌がるワイバーンが徐々に湖の奥に追いやられる。
村に近寄らせないための防御線は、湖畔に沿って構築された。
決勝戦で競い合ったじゅうたんの四人は、矢の補充と焼け石に水な魔力補給を受けると、再び空に舞い上がる。
だがフレッドのじゅうたんにとっては魔力不十分の為、セイフティが掛けられ、通常飛行しかできなくなっている。
その間にもワイバーンとの戦闘は続き、格闘戦で爪や尻尾に引っかけられ、死者こそいないが怪我人も出始める。
「不味いな」
「エアレース前だったらこんな無様な事には……」
ヴィリュークとジェラルドの呟きが重なる。
「……三人、乗れるよな?」
「ぁん?」
ヴィリュークの言葉にジェラルドが聞き返す。
「ワイバーンを湖面まで誘導できれば、打てる手がある。それには二人の協力が必要だ」
「……」
「……」
ジェラルドはヴィリュークを睨みつけ、アンナはそれを心配そうに見つめている。
「ヴィリュークさん、俺は?」
「魔力不足のじゅうたんで、ワイバーンと追いかけっこ?自殺行為だ。嫁さん捜して一緒にいろ」
「そういう事か。アンナ、いいな?」
フレッドは”嫁”発言にブツブツ言い訳を始め、アンナは”仕方ないわね”と少し詰めてスペースを空ける。
「フレッド、俺たちが湖上に入ったら射掛けるのを止める様に指示してくれ。でかいの一発かますとでも言えば、言う事聞いてくれるだろう」
「準備はいい?いくわよ?」
アンナが掛け声とともにじゅうたんを発進させる。これから一対一の格闘戦が始まる。
「さっきの四枚目の的の前を通過してくれ。武器を回収する」
何を回収するのか分からなかったが、いわれるままに進路を修正する。敵が接近するまで少し間がある。
「そのまま真っ直ぐ頼む」
「「?」」
すると的の真下から、細長い水柱と共に投槍が勢いよく飛び出した。
ヴィリュークが手を伸ばすと、アンナがじゅうたんを誘導したのだろう。すっぽりと手の中に納まった。二つの視線が問い質しにかかるが、ヴィリュークは黙殺。
「さあ、ワイバーン退治と洒落込もうじゃないか」
「どうするんだ?」
「まずは奴の注意をこちらに引き付ける。着かず離れずの距離を保って、うっとおしい位に矢を射かけてやれ。それから───で湖面に引き摺り下ろす」
「無理っ!ぶっつけ本番で出来るわけない!」
ヴィリュークの言葉にアンナが拒絶する。
「他に何かあるでしょう!」
「……できるんだな?」
「ジェラルド、本気?」
アンナが裏切られた様な声を出す。
「彼女の腕は中々の物だ。それに俺もアドバイスするし、二・三回飛べば一人で出来る様になるだろう」
「「「………」」」
「俺はアンナの腕を信じる」
「……分かったわ。ちゃんとフォローして」
エルフ達の攻撃に慣れ始めたのか、ワイバーンがまた湖畔に接近しつつある事に気付いた彼らは、まずは一撃を入れるべく急速接近を開始。
それに気付いたフレッドが合図すると、タイミングを合わせて一斉射。弾幕を張って岸に近寄らせない。
ワイバーンの身体には何本もの矢が刺さっているが、精々棘が刺さっている程度の傷である。チクチクした痛みが、ワイバーンにとってうっとおしいことこの上ない。
そこに一枚のじゅうたんが急接近、割って入る。
至近距離から数本の銀光が走り、弓弦が鳴り響く。
”GYARURUU”
初めてワイバーンが悲鳴を上げた。
近距離から投げられたナイフはとっさに閉じられた左瞼に刺さり、目を開けるのにも痛みが走る。
その痛みに首を振ったお蔭で、眉間に刺さる筈だった矢は首の根元に突き刺さる。
若いワイバーンは初めて、獲物を狩る時以上の殺意を覚えた。
湖上で激しい格闘戦が始まった。
ワイバーンはその身体能力を生かした機動を駆使し、じゅうたんを追い詰める。
じゅうたんは左目の死角へ逃げ、時折わざと見える右の視界へ姿をさらす。
そこに襲い掛かった所を矢が飛んできたりするので、徐々にワイバーンの身体からは血がしたたり落ちる様になってきた。
だが全ては有限だ。
じゅうたんの魔力もワイバーンの体力も着実に消費されていくにつれ、複雑だった軌跡も直線的に変わって行く。
気付けば高度も上がっており、じゅうたんにワイバーンの咢が迫る。
「アンナ、今だ」
その声を合図に一番前に座っていたジェラルドが身を小さくし、アンナへ視界を開ける。
素早くロールすると一瞬出力を上げ降下を開始すると、ようやく餌を捉えられるチャンスにワイバーンも追従する。
パイロンが無いのでレース時のヴィリュークの軌道と違い、真っ直ぐな天地逆の半宙返りだ。
さらに違うのは後ろから敵が追ってくる事。
ワイバーンは翼を畳んで空気抵抗を少なくし、じゅうたんに迫り来る。
「ひっ」
つい後ろを振り返ったアンナが息を飲むが、一番後ろに座っているヴィリュークは平然としている。
捕まれば彼が最初の餌食にも関わらず、だ。そこへアンナがついやってしまっても、責められないだろう……
「あっ、出力上げるな!!」
ヴィリュークが落ち着いていたのは、このままいけばギリギリじゅうたんは宙返りを完了し、湖面スレスレを飛行出来ると分かっていたからだ。
そこに迫り来るワイバーンは湖面に激突するはずだったのに、アンナがじゅうたんを加速させてしまった為……結果は推して知るべしである。
追うワイバーン、迫る湖面。
アンナはじゅうたんを水平に起こそうと必死の操作を試みる。
しかし───
湖畔のエルフ達の視界から、じゅうたんとワイバーンが湖面の下に消えた───
”間に合わない!”
衝撃に備えて身を固くしていたのに、じゅうたんがまだ飛行している。
アンナとジェラルドが目を開くと、湖水が割れてじゅうたんの進路を開けてゆく光景だった。
「はやく、あげろ……」
二人が振り返るとじゅうたんに両手をつき、歯を食いしばっているヴィリュークがいた。その先にはついてきているワイバーンの姿も見える。
「あんたがやってるのか……」
ジェラルドの声にアンナが慌てて湖面より上に上昇させると、ヴィリュークは大きく息を吐いてから二人に言葉を掛ける。
「ここからは俺の領域だ」
そう告げるとヴィリュークは二人が止める間もなく、じゅうたんから湖へ飛び降りた。
速度ののっているじゅうたんから飛び降りれば、地面だろうと水面だろうと身体は錐もみ状態となり、叩きつけられてただでは済まない。
しかしヴィリュークはその勢いのまま、大きなスライドで湖面を滑る様に走っていく。
相当の速度があったが水の抵抗と生身の力のせいで速度が落ちていくと、ワイバーンは待ちに待った格好の得物に襲い掛かる。
大きな口を開けてかぶりついたのはエルフの血肉───ではなく、水であった。
ヴィリュークは自身を水柱で宙に打ち上げる。
そんな想定外の動きにワイバーンが反応できるはずもなく、歯応えの無い湖水に噛みついた。
”GAGOBOBOBOBO”
突如、ワイバーンの上半身は太い水の帯に縛られ、水による急制動をかけられる。そして移動が止まったその背中に、投槍が深く突き刺さる。
「空から水に落ちた気分はどうだ?」
丸齧りされそうになっていたヴィリュークは、大蛇の如く屹立した水の先端に立って嗤っていた。しかしまだ油断は出来ない。
通常であれば翼を水から抜き、水面に叩きつける様にして飛び立つところであるが、ヴィリュークの水使いの能力は水を翼に纏わりつかせる。
しこたま水を飲まされたワイバーンは空に戻ろうと必死の抵抗をするが、重りとなった水は翼を思う様に羽ばたかせてはくれない。
そのうち身体は水に沈んでいき、ワイバーンの水中での羽ばたきは無様な水泳と化していく。
このまま水没させてしまえと、水の操作を強めていくヴィリュークであったが、ワイバーンの必死の抵抗は少しづつ身体を浮上させ、水飛沫も激しくなっていく。
そこに───
”ドスッ”
呼吸の為になんとか出していた頭に矢が一本突き刺さった。
『いけぇぇ!ありったけ撃ち込めぇぇ!』
大音量のアナウンスと共に湖畔からじゅうたんの大編隊が飛来する。
一番近くにいたジェラルドは、自分の一矢が引き起こした事態に考える余裕もなく、最大の威力を以って射続ける。
弓を持たないアンナは、風魔法でジェラルドの矢の威力を増幅していく。
気付くとエルフ総出の連続斉射により、ワイバーンの首から上はハリネズミの様に矢が突き立ち、息絶えたその身体を湖に浮かべていた。
第一の功労者であるヴィリュークの息も絶え絶え、水使いの能力も上手く行使できなくなったのだろう。既に大蛇のような水柱は無く、手と膝で身体を支えるが少しづつ湖面に沈降していく。
「おい!あんた!」
ジェラルドが気付いた時には、ヴィリュークはギリギリ水面から顔を出し、片手を伸ばして何かに掴まろうとしている所だった。
幸い、なんとか頭が沈みきる前に掴んで引き上げられたから良いようなものの、あのままだったら溺れた水使いとして不名誉な事になっていただろう。
何はともあれびしょ濡れの英雄はじゅうたんの上に引き上げられると、そのまま会場の仮設救護院へ担ぎ込まれた。
毎度のことながら締まらない彼であります。
流石にサムズアップしての沈降は自重しました。
次回でこのエピソードも最終回です。今しばらくお待ちください。
今回もお読みいただきありがとうございます。




