インメルマンターン
切りがいいとこまで書けたので今週も更新します。
次週は……期待しないでお待ちください。
『皆さんお待たせしました!ただ今より第──回エアレースを開催いたします!』
観衆のざわめきの中、司会者が少し上昇させたじゅうたんの上に立ち上がり、拡声魔法陣で開会を宣言する。
しかし騒音のせいで何回目の開催かは分からずじまいだったが、相当の回数を重ねているのは間違いないだろう。
『なにはさておき!観客の皆さんも、選手の皆さんも、一番気になるのは今年のコースですよね!お待たせしました!それでは新コースの発表です!』
司会者の声を合図に、水際で待機していたじゅうたんが、畳まれたパイロンを牽引して湖の上を飛んでいく。
すると到着した合図なのだろう、次々と停止したじゅうたん上でが手が挙がっていく。すべての手が挙がったことを確認すると、司会者が改めて声を発する。
『宜しくお願いします!』
宣言が陸から湖面に響いていくと、次々とパイロンが屹立していく。
観客がどよめくのに対して、選手達は一刻も早くコースを見極めんと、黙って視線で順路を辿っている。
新コースを上から見ると、「乙」の字を縦に伸ばしたような形である。
便宜上「乙」の形で説明する。
左上の始点がスタートだ。
右上の頂点に辿り着くまでに、パイロンが二ヶ所、つまり的が二つ設置されている。
頂点のパイロンにも的がある。同時にそのパイロンはUターン、正確には「〆」を反転させたような飛行コースを取らねばならない。
スタート前半で大変な機動を取らされた後は、三本のパイロンの間をスラローム飛行。「/」の部分だ。
そして左下の曲線部。湖畔の人気観戦スポットである。
じゅうたんは湖畔を背にして高速コーナーを飛行し、パイロンの四つの的は湖側に設置されているので、観客は飛行の迫力と射撃とその結果を目の当たりにできるのだ。
高速コーナから立ち上がり直線に入ると、じゅうたんは更に加速する。
「乙」の右下まで、一刻も早く相手よりも早くゴールを通過するために。
レースは二組同時飛行で競い合ってゴールを目指す。
的は十枚。
的を外して勝ち上がれるのは、まずいない。勝ち上がれたとしても、その先勝ち抜くことは稀である。
過去の記録を紐解いても、決勝・準決勝では全員十枚抜きを果たしており、ゴールへのスピード勝負で勝敗が決まっている。
当然ゴールには三名の熟練審判が待機し、公平なジャッジを誓ってレースに臨んでいる。
コース確認の為の飛行が始まった。
一定間隔を空けて次々とじゅうたんがスタートしていく。
あくまでも確認の為なので巡航速度に制限されているが、これが終われば希望者は単独での飛行も許可されている。
しかし魔力貯蔵庫の量の問題もあるので、上位狙いの者ほど単独飛行は行わない。
二人は巡航速度を守りながらコースを確認していく。
効率の良い飛行コースと射抜きやすい飛行コースは、必ずしもイコールではない。
的の設置場所も運営によって吟味されているのだ。
ヴィリュークは最適と思われるコースを飛行していき、フレッドは弓を構えて空射ちしながらイメージを固めていく。
規定の一周が終わると二人は直ぐにじゅうたんを降ろし、落ちている石をパイロンに見立て、飛行コースの検討に入る。
「鍵となるのはUターンの所だな」
「ですね。的が正面にありますからさっさと射って通過したいです」
「通常はバンクを付けて旋回だ。腕のいい奴はバンク角を攻めてくるだろう。……湖面に対して垂直になるくらい」
「……ジェラルド達は、と言うよりアンナはやってきますね。それだけの技量、持ってますから」
「……同じことやっても差を開けない。ならばこっちは───をやる」
「え!?出来るんですか?」
「出来る。それだけのパワーはあるし、加速も速度もこっちの方かいい。問題はお前だ。射った後、頭を抱えて小さくなれ。加速に耐えて貰わねばならん」
「はい」唾を飲みこんでフレッドは返事をした。
スラロームも高速コーナーも、練習コースでやって来たので今さら確認することも無い。
今年のコースは平均点を出すのは難しくない。
しかし、鍵となるコーナーで差がついた場合、それを覆すのは厳しいだろうと二人は考える。
レースの参加者は十六組で調整され、一対一のトーナメント方式で競い合う。
決勝戦まで入れると飛行は四回。コース確認はリミッター付きで飛行していたので消耗はあってないようなものだが、念のためフレッドが補充しておく。
それよりも五回目の飛行なんてはめに陥らない様に的は全て的中させ、誰の目にも明らかな様にゴールを通過せねばならない。
「「「おおぅ」」」
トーナメントの抽選が終わったようだ。壇上で対戦順に射手達が整列している。
肝心の二人は……観衆のどよめきの理由が分かった。
注目の的であるジェラルドとフレッドは端同士。対戦するにはお互いに決勝まで勝ち上がらねばならなく、先日のフレッドの啖呵は村中に知れ渡っている。
”囚われの姫”であるミューシャは着飾って、騎士の勝利の帰還を待っている。
フレッドはジェラルドの視線そっちのけで、眼下のミューシャを見つめている。
『それでは第一試合の二組はスタート地点へどうぞ!他の選手の皆さんは待機所でお待ちください!』
第一試合から本命の登場である。
ジェラルド・アンナペアに対するは今回初出場の男子ペアである。
スタート地点ではスターターが合図の旗を片手に待機している。もちろんじゅうたんで宙に浮いて、だ。
湖畔からではいつ合図されるか息が詰まってしまうが、旗があればそんな心配もいらない。
スターターが旗を掲げたらカウントダウン開始だ。
勢いよく振り下ろされた旗を合図に、二枚のじゅうたんが飛び出した。
なんと新人ペアが先んじたではないか。
だがJAペアのじゅうたんはしっかりと新人たちの後ろに付けている。
「わざとだな」
「えっ?」
射手達は順調に二ヶ所の的を射抜き、問題のUターンパイロンの的もクリアする。
後は如何に速くここを通過するかだ。
連なって突入した二枚のじゅうたんだが、新人組のバンク角は標準的なものだった。
いや、デビュー戦でここまで飛ばせられれば並み以上の腕前、将来有望である。だが相手が悪かった。
後ろから追い立てられた新人組は必要以上に速度を出してしまっていた。
徐々に外側に膨らんで飛行していくその内側を、JAペアのじゅうたんは水面に対して垂直になってパイロンを回っていく。
条件は多々あるが、水平状態から単純に旋回するより、そこから水面に対して垂直になって旋回する方が早いのだ。
これらのテクニックは村ごとに傾向が違い、この村ではJAペア(と言うよりアンナ)の駆使する垂直旋回が最速である。
旋回が終わってみれば差は歴然であった。
一度ついた差はスラロームや高速コーナーで詰められるはずもなく、それぞれが全ての的を射抜いた結果、先着のJAペアが勝ち進んだ。
一回戦最終組。
ようやっとフレッド・ヴィリュークの出番が回って来た。対戦相手は上位の常連組らしい。
スタートラインに着くと相手から話しかけられた。
「フレッド、話は聞いているが手加減は出来ねぇ。勝っちまったら勘弁な」
「じゅうたんも弓も万全です。頼もしい助っ人もいますから勝ちは貰いますよ」
砂漠の旅装を変えないヴィリュークをチラ見し、普段見せない強気なフレッドに、相手の男もやる気を刺激されたようだ。
「舌戦はその辺で準備はいいか?」
スターターが旗竿片手に、もう片方の手で旗を広げて待っている。
「おう」
「いつでも」
「用意」
双方の風防領域が展開される。
「3・2」
じゅうたんの魔力が高まり空気が張り詰める。
「1」
弓を前に、空いている手は矢筒に伸びる。
「0」
旗が振り下ろされ、二枚のじゅうたんは飛び出した。
一枚目二枚目と的を射抜いたタイミングに然程差がないまま、三枚目に弓を引き絞り放つ双方。
射手達は身体を小さくしてUターンのパイロンに備える。命中を確認しないが、これしきを外すエルフがエアレースに出場する訳もなく、結果は言わずもがな。
ここで双方の飛行に変化が起こった。
湖畔の観客たちは直ぐに変化に気付き、経過を見守る。
ベテランペアのじゅうたんはJAペアと同様に垂直旋回に入るのに対し、FVペアのじゅうたんはパイロンを巻き込むようにして上昇、宙返りを開始するではないか。
宙返りの頂点に達すると、上下は逆さまだがじゅうたんは進行方向に向き直る。
ヴィリュークが逆さまの状態から見上げると、相手のじゅうたんが一歩先んじてしまっているのが見えたが慌てる様子もない。
「用意しろ。三連射、外すなよ」
フレッドは黙って一本目を番えた時、じゅうたんは上下反転正しい向きに直ると、急降下とじゅうたんの出力で今まで最高の速度を発揮し、風を切り裂いていく。
「「「おおおお!!!」」」
初めて見る立体機動に、湖畔の観客たちは歓声をあげて称賛する。
その歓声の中、アンナは口をキュッと引き締め、その様子を見つめる。
「アンナ?」ジェラルドの問いにきっぱりと答えるアンナ。
「大丈夫、出来る。ジェラルド?」
「お前が大丈夫なら、俺は外さない」
彼らの飛行に、二人のやる気に炎がついてしまった。
スラローム一本目は相手の方が早く、FVペアより先行していた。
しかし当のFVペアのじゅうたんが、彼らの頭上をすぃーっと追い越していく。
彼らも相当の速度で飛んでいるにもかかわらず、だ。
高さを変えて射線も塞いでいない。
この様な形で追い越されたのは初めてだった。だが失速した時が逆転のチャンスと分かっていたベテランペアは、彼らの出来うる速度で猛追する。
高速コーナーの的たちも、二枚のじゅうたんはもれなく射抜いて突き進む。
後はコーナー出口からの直線───風防領域を扁平にし、身体を縮めて少しでも速度を稼ぐ二枚のじゅうたん。
だがFVペアのじゅうたんは、直線に入ってからも差を広げてゆく。
ゴール!!!
文句なしのフレッド・ヴィリュークペアの初戦突破である。
二人が陸に戻ると、選手たちをはじめ観客たちが押し寄せてきた。
「なんだ、あれ!」
「あんなの初めて見たぜ!」
「すごいすごい!!」
「怖くないの?!」
「コツとかあるのか?」
”落ち着け”とばかりに両手で合図すると、徐々に静まっていく。
「大会中だから手の内は明かせないのは分かってくれるよな?」
ヴィリュークの答えに、がっかり感が充満していく。だが彼の言葉はまだ続く。
「そんなに難しい物じゃない。ある程度のじゅうたんの性能は必要だがな。練習するときは万が一もあるから、落下防止要員を下に随伴飛行させることだ」
落下の言葉に身震いする者もいる。
「大会が終わってからな。幾つかステップがあるから教えてやるよ」
その言葉に歓声が上がり騒然となるが、大会関係者から声がかかる。
『みなさーん、そろそろ席にお戻りくださーい。二回戦第一試合の方は準備お願いしまーす』
それを切っ掛けに、ようやっと観客たちが戻りはじめる。
第一試合のJ・Aペアは始めから観衆から退避していて、準備万端であった。
「どうだった?問題ないか?」
「やはり本番は違いますね。少し疲れましたが、休めば大丈夫です」
ヴィリュークは話しながらじゅうたんの点検に余念がない。
「他人より体力が無いんだろう?補給してしっかり休んでおけ」
フレッドは素直に水分補給を済ませると、横になって少しでも体力回復に努める。目を閉じると第一試合がスタートしたのだろうか、歓声が聞こえてくる。
少し間を置いて、さらに大きな歓声が響いて来る。何ごとかと気になったフレッドは、身体を起こしてコースの方を見てみると、ヴィリュークの背中の向こうにじゅうたんが小さく見える。
そのじゅうたんは今まさに宙返りの頂点に達し、背面飛行からくるりと反転し、搭乗員はじゅうたんにしっかりと腰を据える。
それも一瞬。じゅうたんは次のパイロン目掛けて急降下。あっさりと対戦相手を追い越してしまう。
結果は圧勝。
「参ったな……」
ヴィリュークをして言わしめた相手は、操者のアンナであった。
「フレッド、お前の相手は間違いなく優勝候補筆頭だ。射手も操者も一流、難儀だな」
「ヴィリュークさん……」
目の前のハードルはあまりにも高かった。だがお構いなしにヴィリュークは点検を再開する。
「そんな声を出すな。お前は的だけを見ていろ。じゅうたんに関しては俺の領分だ」
そう言って顔を上げ、頼もしい一言をフレッドにかける。
「奥の手はまだある」
妄想に執筆が追いつきません(´Д`)
お読みいただきありがとうございます。




