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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
森エルフ、砂エルフ
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プラクティスコース

いつもより短めですが、ポンと書けたので更新です。


エアレースと言ってる時点でお気づきの方も多いと思いますが、参考にしたのは”赤い雄牛”の航空機レースのアレです。



フレッドの背を押す様にして家を出ると、自由にじゅうたんを飛ばせる所へ移動することになった。


もちろん彼のじゅうたんに乗せて貰っての移動だ。赤を基調としたじゅうたんで、落ち着いたデザインの年代物である。


ヴィリュークはじゅうたんの後部に乗ると、フレッドの操縦やじゅうたんの乗り具合を確認していく。


到着するまで飛行している様子を観察していったが、ごく普通のじゅうたんである。何が不味いのかあれこれ思案しているうちに目的地に到着した。


そう、来る途中で見た湖のエアレース練習場だ。






じゅうたんで湖の畔に乗り付けると、知り合いなのだろう、数人のエルフが挨拶してくる。


「珍しいね、フレッド」


「今年は誰と出るんだ?そこの彼とか?」


「見かけないヒトね、紹介してよ」


近寄ってこない者達もこちらが気になるようで、様子を伺っている。


「え、えっと…村に買い付けに来たヴィリュークさんだよ」


フレッドの紹介も必要だったのか怪しく、あれこれ聞いて来る村人たち。


「ヴィリュークさんてば砂エルフ?」


今まで質問を流していたヴィリュークだったが、その問いをした娘と正面から視線を合わしてしまう。


別になにがあった訳でもないのに、会話が途切れ静まり返ってしまった。


「まぁな。いつの間にやらそう呼ばれるようになった」


やれやれと言った感でヴィリュークが冗談めかしてため息をつくと、固まっていた空気がゆるむ。


「こりゃジェラルドも気合入るんじゃないか?」


「見たこともな相手に対抗意識持ってたしね」


「ヴィリュークさんは今年のエアレース出るんですか?」


好き勝手言ってくる村人たちに、ヴィリュークは苦笑しながら返答する。


「出たくともじゅうたんも無いし、弓は不得手でね。ちょっと彼のじゅうたんを見なくちゃいけないから静かにしてくれるかい?」


今さらながらネコをかぶってやんわりとお願いをする。


聞き入れてくれた村人たちは、じゅうたんから距離を空けて静かに見物。離れるつもりは毛頭ない様だ。






ヴィリュークは裸足になってじゅうたんに乗ると、両方の手の平を下に向けチェックを開始する。


「秘密の機能でもあるのか?普通に見えるが?」


操縦系から魔力を流し、順番に確認していくが別段異常もない。


「リミッターかましてあるんです。でないと速度も燃費もとんでもなくて」


「んん?……これか?……ぅ、駄目だ。展開するぞ」


返事を待たずに両手を内から外へ切り払い、手の平を上に返すと捧げる様に持ち上げる。


すると持ち上げる動作に連動して、じゅうたん一面から魔法陣が浮かび上がるではないか。


それに驚いた見物人たちがどよめきと共に二三歩後退る。


「ああ、すまん。本職じゃないので視覚化しないと理解が追いつかないんだ」


そもそも緻密なじゅうたんの魔法陣を、視覚化するだけでも大量の魔力を消費するので、エステル(本職)でも本当に煮詰まった時しかやらないくらい稀である。


大量の魔力保持者(シロウト)故の暴挙である。






周囲の囁き声など気にも留めず、指で魔法陣を追いながらリミッターとやらを探していく。


「これか……つまり燃料(魔力)喰らいで速度もとんでもないと言う事か。魔力貯蔵庫(マナタンク)を満タンにしても限度があるから、あとは操者が直接魔力を注いで飛ばすという事か。こりゃ辛いわ」


操者が魔力を注がねばならない状況など余程の緊急時のみなので、行われることはまずない。


「つまり解除したこいつは短距離ならいいが、長距離・長時間の運用には向かないと言う事だな」


「リミッターで巡航速度のバランスは調整できてるのですが、エアレースとなると入賞がやっとでジェラルド相手となると…ちょっと……」


「……機動性にも制限をかけているな」


「えっ?」


驚くフレッドに構いもせずヴィリュークは続ける。


「こりゃ製作段階にかましているな。これを外すと操縦がシビアになる」


「どういうことですか?」


「敏感過ぎて、舵を切り過ぎると打っ飛んでいく」


周囲のざわめきを顧みず、ヴィリュークはこのじゅうたんの運用を思案する。


出力にせよ機動性にせよ、一般人が使う代物ではない。正にこのエアレースの上位を狙っていく玄人(プロ)の為のじゅうたんである。


どうしても腑に落ちないのが魔力貯蔵庫(マナタンク)だ。元からこの貯蔵量だとすると、操者の魔力ありきで操縦していたことになる。


チェックを続けていくと不自然な空間を見つけたので、その周辺を調べていくと得心した。魔力貯蔵庫(マナタンク)の増設スペースだったのだ。


製作者も増設が必要なのは分かっていたのだろう。だが何らかの事情で増設には至らず、拡張スペースだけは確保したということか。


思案する事暫し。


「よし、全リミッター解除しよう」


「「「えええーーーっ!?」」」






「だだ駄目ですよ、危険です、ヴィリュークさん!」


「リミッターは外すだけで、ちゃんと元に戻せるから安心しろ」


「いやいや、心配なのはリミッター解除したじゅうたん(それ)の操縦をしようとしてるあなたですから!」


「ちょっと試し乗り」


フレッドの心配をよそに、ヴィリュークがじゅうたんに魔力を注ぐと一気に急上昇。


「おおっと」


いつもの調子で操作したのだが、想像以上に敏感な操縦系統である。慌てて中をチェックすると細かく感度を調整出来ることが分かった。そして今は感度最大。


急上昇する訳である。


「動かしながら微調整するから、飛行テストまで時間かかるぞー」


下へ顔を覗かせておざなりに見物人達に声を掛けるが、それでは困るフレッド。


「時間ってどれくらいですか!」


「三十分か一時間くらい待ってくれー」声だけが返ってくる。






その後のじゅうたんは、あっちへフラフラこっちへ急加速と挙動不審だったが、コースに流れそうになるとちゃんと元の位置に戻っていき、同じことを繰り返していった。






そろそろ一時間経過する頃に、ようやっとじゅうたんが降りて来た。


「はぁーっ、手間取った。お待たせお待たせ」


「どうでした?」フレッドが駆け寄って訊ねてくる。待っている間気もそぞろだったのだから当然だろう。


「エアレース用に調整したが、お前さんにはどうだろうなぁ。全開でなく巡航速度のつもりでコースを飛んでみてくれ。俺も同乗する」


フレッドが返事をするより周囲の反応の方が早かった。


”コース空けてくれー”


”フレッドのじゅうたんのテスト飛行するってさー”




コースは直ぐに空けられた。


二人でじゅうたんに乗り込むが、操縦はフレッドに委ねられる。


「始めはそっと操作してくれ」


言われた通りそっとやったつもりが急加速してしまい、後ろに座っていたヴィリュークに支えられてしまう。


耐えられない勢いでないのに油断していた。振り返ると鋭い視線が”行け”と言っている。


もっと加減して発進させると、力強く上昇してスタートラインに辿り着いた。


「テスト飛行だからコース上はフレッドの一枚だけだ。いつでもいいぞ」


スタートラインの男から声がかかる。




「いきます!」


フレッドは気合と共にじゅうたんを発進させる。


始めはパイロン三本のスラロームだ。加減していたので速度は十分耐えられる。


パイロンの間を縫って飛ぶべく操作したつもりが、一本すっとばしてしまった。本番なら減点対象である。


そのまま構わず第二ゲート・第三ゲートを通過するが、速度は上げ過ぎ・操縦はあさっての方向に向かってしまい、大回りでの通過となる。


しかし最後の高速コーナーでは加減が少し分かったのか、滑らかな加速と操縦で綺麗な弧を描き、直線に入るとゴール目掛けて全速で飛び立っていった。






”かぁーっ、速いなー”

”けど操縦しにくそう”

”極端な性能だな”

”制御できれば速いんだろうが、出来るのか?”


見物人達がそれぞれの感想を口にしていくと、ようやっと話題のじゅうたんが戻って来た。


「よし、操縦交代。弓、使うか?」


今の結果に平然とヴィリュークは提案してくる。


「え?今ので魔力貯蔵庫(マナタンク)はほぼ空ですよ!」


「まぁ、何とかなる。いくぞ」






根拠のない返事で無理矢理スタートラインまで連れて来られると、流石にフレッドも腹をくくったようだ。


「3・2・1・0」


なまじ加速性能が良すぎるので、ヴィリュークはあえて緩やかに発進させた。しかしそれはこのじゅうたん基準であって、通常の物と比べると十分急加速だった。


加速に耐えたフレッドの一射目はかなり遠距離から放たれ、パイロンの的に当たる。


蛇行しているコースで二射、三射目が連続しているので、矢筒から引き抜いた矢を二本保持すると、視界に入った的から立て続けに射抜く。


「「「おぉ」」」見物人から歓声が上がる。


次の的はぐるりと回り込みんだゲート上にある。


上手くUの字を書いて速度と進行方向を調整しないと、先程のフレッドの様にあらぬ方向に飛んで遠回りになってしまう。


しかしヴィリュークは極力速度を落とさず横滑り(ドリフト)させ、機首(じゅうたんの頭)を目標に維持する。


もちろんスピンさせない様、適時カウンターを当てている。


まだヴィリュークの操縦に耐えられているフレッドは、順調にゲートの的へ矢を突き立てる。


しかし次は反対側へ振り回され、先程と同様のゲートを射抜かねばならない。


振り回される身体を必死に耐えながらも、じりじりと矢を番える。まだ彼の目に的は映っていない。


もちろん的を視界に入れなければ射抜きようもない。


横滑りが終わり前に進むのを感じて”くわっ”と見開いた先に的が見えると、反射的に弓を引き絞り放つ。


結果を一々確認しない。


放った瞬間当たった事は分かっている。


残る的は三つ。


高速コーナーの一枚目は問題ない。


ここから一気に加速するので難易度が上がる。だがこの速度に耐えて射抜けないと、枚数勝負にも速度勝負にも負けてしまう。


加速度に耐えながら二本目、的中。


必死に次矢を番え引き絞ると、ぎりぎり正面に的が。───当たった!


背面撃ちでは当たらなかっただろう。


あとは少しでも早くゴールを通過できるように、じゅうたんの上で身体を小さくするのみだ。






見物人の前のゴールを通過するじゅうたん。


「「「おおおお!!!」」」


歓声が上がる。


たかが練習コースなのに称賛の声が響く。


「もう少し攻められそうかな?ちょっと無駄が多すぎた」


「タイムも凄いですけどっ、身体なんともないんですか!?マナタンクは空になったはずなのに、あんなにじゅうたんをぶん回して!」


ゆっくりと惰性でスタート地点へ戻したじゅうたんの上で、操者は射手に答える。


「なんともないが、あと二周が限度だな。効率化できれば更に一周出来そうだが……もう一回やるか?俺も色々試したい」


「……お願いします」


じゅうたんは矢の補充に湖畔へ降りて行った。






その後は他のじゅうたんと交代しながら、コースを二周した。


初回と比べるとライン取りも効率的になったが、やはりじゅうたんが曲者であった。


他の物と比べると無駄にパワーが有りすぎる。単純な直線コースのスプリントレースならば、このじゅうたんは無敵であろう。


エアレースがこのじゅうたんの苦手とする分野であるのは、容易に察しが付く。


「今年はひょっとして……」

「ああ、ひょっとするかもしれん」

「なになに?フレッド勝てそうなの?」


三回の飛行を見た見物人たちの期待が高まる。


魔力貯蔵庫(マナタンク)に魔力を直接注げるようにしておいたから、本番では三回は飛べるぞ。頑張ってな」


「え?えええ!?」


「前の晩から満タンにして一回、お前さんが満タンにして二回、操者の誰かが満タンにして三回。四回目以降は……その時は俺が入れてやろう」


テスト飛行で満足したのか、当然のように告げるヴィリューク。


「ヴィリュークさ───」


フレッドの言葉を遮って声を上げたのは周囲の見物人達だった。


「あんた、フレッドとレースに参加するんじゃないのかよ!?」

「フレッドのじゅうたんで、あんだけ飛んで見せて……そりゃないだろ!」

「組んでやってくれよ!」

「フレッド!ミューシャをあんまり待たせちゃだめよ!」

「フレッド!お前も頼め!」


見物人達はフレッドを押しのけてヴィリュークに詰め寄っていた癖に、今度は道を空けてヴィリュークの前にフレッドを押し出していく。


「え、と……」


突然の静寂に何を話していいか狼狽えてしまうが、意を決して口をひらいた。


「ヴィリュークさん!今度のエアレース、手を貸してください!」


ヴィリュークが断われない状況に困惑していると、頭上が一瞬暗くなる。


見上げると、一枚のじゅうたんが通過したせいと分かったが、乗っている者が問題だった。


「よそ者に助っ人を頼むとは必死だな」


舞い降りたじゅうたんに乗っていたのは、ジェラルドと困惑顔のアンナであった。





「しかも砂エルフ……お前のじゅうたんを使うのか?奴の魔力切れで棄権がオチだぞ?やめとけ」


それはヴィリュークを気遣っての物か?フレッドのじゅうたんの燃費の悪さを知ってての言葉ならば、煽り文句ではないのだろうが。


「ねぇ、ジェラルド…もうその辺にしておこうよ」


「アンナは黙ってろ」


ヴィリュークはよく分からぬ違和感を感じた。アンナは何を止めたくて、ジェラルドは何を言わせたくないのだろう。


ここはジェラルドの言葉に乗って断ろうかと思っていた所に───


「邪魔しないでくれ。今年君に勝つために交渉している所なんだから」


いつにないフレッドの口調にジェラルドの片眉がはね上がる。改めてフレッドの姿を確認すると、手には真新しい弓が握られている。


「また妙な形の弓だな……精々恥をかかないようにな。アンナ、いくぞ」


放った言葉に対して、ジェラルドは嬉しそうな表情でその場を後にする。追いすがるアンナの表情からも、なぜか困惑げなものが無くなっていた。






二人のじゅうたんが飛び去るのを見送って、フレッドは改めて問いかけてくる。


「お願いできませんか?」


「……仕方ない。だが本来乗るはずの操者には、ちゃんと詫びて納得させるてくれ。それが出来なければ乗らん」


何かが分かったような気がして、ヴィリュークは助っ人を承諾する。


「そうですね、そうですよね……きちんと話してきますので宜しくお願いします」


「じゃぁ今日は終了だ。明日も練習するんだろう?またな」


そう言って立ち去って行くヴィリュークだったが、湖畔から道まで行ったのに戻ってくるではないか。


「忘れていた。リミッターは簡単にON/OFF出来る様にしてあるから覚えて置け。設定は記録させてあるから再設定の手間もない」


なんとも締まらない光景であった。






その晩、ミューシャの家にフレッドが訪ねて来た。


来訪自体はよくあることだが、今まで夜更けにくることは無かった。


湖畔の村は朝晩どうしても冷える。ストールを一枚羽織って、ミューシャは許嫁を出迎える。


「どうしたの?こんな時間に来るだなんて」


普段の彼の表情は穏やかなものなのに、今晩は意思のこもった眼でミューシャを正面から見つめてくるので、鼓動が早くなってきてしまう。


「昼間はごめん」


「え?ああ!気にしないで──」


「今年、」


「……」


「今年こそ勝つから。その為に僕のじゅうたんを使う」


「!!あのじゅうたんは!」


「思いがけず、ヴィリュークさんに協力してもらえることになった」


「操者をあのヒトに!?じゃあ私は?!」


フレッドは当然の問いかけに何を怯んだのか視線を外してしまう。しかしそれも一瞬で、再度正面からフレッドは見つめ直す。


「……湖畔で待っていてほしい」


さらに何かを言いたげな彼の様子に、ミューシャは胸元のストールを握り締めて次の言葉を待った。


「ジェラルドに、勝って、君を、迎えに行く」


その言葉を聞いて、頭の中を巡っていた科白は霧消した。


「……待ってるわ」


「待っていて。じゃ、お休み」


「お休みなさい」


フレッドは薄く立ち込めはじめた夜霧の中に消えていった。




赤い専用機は量産機の三倍の性能やでぇ……


次回更新は少し遅れると思います。

お読みいただきありがとうございます。

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