罰と許し
書き上げては見たものの、このエピソードはお蔵入りかなぁと思っていました。
そしたら妄想の神が”ピーヨピヨピヨ”と降臨あそばされたので更新いたします。
まずはプロローグからどうぞ
次話は当分先になりそうですが、お待ちくださいませませ……
「伝言を預かっているぞ」
定期便の引き渡しが済み、最後にギルドの男性職員からそう告げられるとヴィリュークは沈鬱な気持ちに陥ってしまう。
定期便のメンバーに数えられているヴィリュークに、基本飛び込みの依頼は来ない。急ぎの依頼、つまり速達便や特急便なら職員はそう表現するし、それ以外の依頼の為のアポイントもギルドでブロックして貰っている。
となるとギルドに届く伝言とは、身内や知り合いからと言う事になる。
さらには”日誌”を持っている者を除外すると、誰からのメッセージか自ずと絞られてくる。
「あと代理で休暇申請も受理済だ」
決定的だった。
ヴィリュークは思わず脱力してしまい、カウンターに手を突いて身体を支える。
「ばあさま……他人の休暇を勝手に仕切るな……」
「確か、前も同じことがあったな」そう言って封筒をよこしてくる。
封筒の宛名を確かめれば間違いなく自分の名前。ひっくり返してみれば流麗な筆跡で”ヤースミーン”とある。
黙って腰帯に差してある短刀を抜くと先端で開封し、鞘に戻しながら片手で器用に紙を広げていく。
男性職員が視線を左右に動かしていくヴィリュークを黙って待っていると、案の定ヴィリュークはため息をついて紙を畳んで懐に収める。
「処理した休暇はどれだけだ?」
「処理はしたが、約一か月後の二往復分だ。延長の可能性も指示されていて追加で二往復。合計最大で四往復分の休暇だ。今度はどこに行かされるんだ?」
彼にとっては答える義理もないが、適当に流されるのを承知で職員は聞いてみる。すると思いがけなく答えが返ってきた。
「お使いだな。明日からでないというのは気を使っているのだろうか?……隣の領にあるエルフ自治区まで行って来いとか……村から行った方が近い距離なのに……わざわざ俺に行かせなくとも……ブツブツ」
語尾が良く聞こえなかったが、職員は一言”ご愁傷さま”とだけ声を掛けてやった。
「サミィいるかい?」
「家主を無視して同居人の事を聞くってのはおかしくない?」
「やぁ、エステル久しぶり」
壁に飾ってある……じゅうたん?を外そうとしているエステルの対応もそこそこに、サミィの所在を聞いたら軽く怒られてしまう。
「綺麗なじゅうたんだな」
「じゅうたんと言うよりタペストリーって呼んだ方が正解ね」
「いつ織ったんだ?なかなか綺麗だけど」
ヴィリュークの褒め言葉にエステルは嬉しそうにしている。
なんでも修行中の作品だそうな。
総シルクで織りたくなり織ってみたが、じゅうたんとして使ってしまうと簡単に摩耗してしまう。
そこで考え方を変えて、タペストリーとして飾ろうと織ったそうだ。
それを思い出し、折角なので工房を開いたときに、アピールの為に飾っていたのだが……
「綺麗なのに外してしまうのか?」
「うん、ちょっと訳ありでね」
「ご免下さ……」弱々しい挨拶に、威勢の良い挨拶が被さってくる。
「ご免!店主はおられるか!」
「あーおそかった……」
エステルがタペストリーを外しているのを目の当たりにした男、声を大にして詰め寄ってくる。
「私に”売らぬ”と言った物を外しているとは!よもや売れたとは申しませんでしょうな!」
「飾っておくと煩いから片付ける所だったのよぅ」ここまでげんなりしているエステルも初めて見る。
「丁度良い!是非そのまま売っていただきたい!金に糸目はつけん!」
「あなたも分からんヒトね!売り物じゃないって言ってるでしょ!何べん来たって売らないったら売らないわ!」
「先日断わられてから街中全ての織物屋や職人を訪ねたが、あなたの作品以外にありえないのだ!頼む、売ってくれ」
自分の胸元位の背丈しかないエルフの娘に、最敬礼で頭を下げる大男。その礼に困ってしまうエステル。
「……なんでそんなに欲しいのよ」一言ぼそり。
「……」
「旦那様、ここは理由を話された方がよろしいのでは?」
気弱な御付きの者が口を挟むが、大男は黙って頭を下げるばかり。
エステルは”あ゛ー”と低くため息をついて男の視線の高さを合わせて睨みつける。
「聞いてあげるから言ったんさいよ」
男はその言葉に思わず視線をそらしてしまうが、エステルは逃がさなかった。
「言いなさい」立ち上がって仁王立ちになると男は礼からなおるが、身を縮こまさせ話し始めるがよく聞こえない。
「しゃんと話す!」
「結婚する娘に持たせる為だ!」男はやけくそになって大声で宣言した。
大声を出したせいで踏ん切りがついたのか、男は事情を説明していく。
男はこの街でも五指に入る廻船問屋の主、名前をキァラシュと言った。
その彼が、妾に産ませた娘が嫁に行くと知ったのは偶然だった。
妾と言うのも正確ではない。彼女を囲った訳ではないのだから。
キァラシュはとある大店の婿養子だった。
先代店主には一人娘しかいなかったので、彼が入り婿として店を継いだのだ。
器量良しで大輪の花の様な容姿の一人娘と、将来店の大黒柱として嘱望された男の結婚。
その結婚式は大層な評判であった。
さらに一年後には待望の男の子も生まれ、絵に描いた様な幸せぶりである。
それが何の切っ掛けか、たった一度、たった一度の一夜の過ちを犯してしまう。
相手は自分の店の店員である。自分の嫁とは真逆の女性。地味で控えめなタイプであるが、ヒトに聞けば美人と判断するだろう。
その時はお互いに”なかったこと”として忘れようとしたが、そうはいかなかった。
数か月後に女の腹が大きくなり始め、誤魔化しきれなくなる。
仕事はきっちりこなし、勤務態度も真面目、口数は最低限だが人当たりも良い。そんな女を手籠めにしたのは誰かと大騒ぎとなった。
そんな女の為に店の面々が動いたが、女は頑として相手の名前を言わない。
店の一人娘から女将となった彼女が聞いても口をひらかない。立場の違いこそあったが、仲の良いつもりであった自分にも打ち明けてくれない。
女将は自分の父、先代の店主に相談した。
隠居した先代店主がやってくると、彼は直ぐに”これは何か理由がある”とピンと来た。
自分の娘と近い年頃の娘。恋仲の相手がいないのであれば、いずれは自分たちが良い相手を探してやろうと考えていた娘だ。
店の者は元より自分の娘にも話せない、いや関係者だからこそ話せないと考えた先代は、人払いをしてようやく相手を聞き出せた。
その日のうちに先代当代夫婦と当事者の女が、部屋にこもって話し合いを済ますと、翌日の朝には実家に暇を出されてしまう。
そして先代は店の者全てに箝口令を敷いた。
後に残ったのは真面目に仕事をしつつも女将の尻に敷かれる店主と、店を切り盛りしつつも夫の手綱を握る女将の姿だった。
結局三人も子供を儲けた夫婦は、傍目には仲睦まじい様子を見せ、しばらくすると騒ぎは忘れ去られていった。
「世間にバレてはいないが、嫁にはバレた。彼女には五年分の生活費を渡して別れたが、俺は罰として子供とは会うことは出来ない……それが……」
偶然見つけてしまったとキァラシュは言う。取引先からの帰り、あの時の彼女と瓜二つの姿を見つけてしまったのだ。
反射的に供の者に、その女を調べる様に指示を出す。
当時のことなど知らないお供の男は、店主の珍しい指示に驚きながらも女について調べていく。
身元は簡単に判明した。
案の定、別れた女の一人娘だった。
彼女たちは母娘一つ屋根の下、明るくも慎ましく生活していた。
しかもその娘が来月に祝言を上げると知り、キァラシュは結婚の祝いの品を見つけるべく東奔西走し始めた。
贈り物を渡す方法も見つかっていないと言うのに……である。
「いつなのよ?」
「???」
「だから祝言はいつなのかって聞いてるの!」
「来月の頭の予定だ」
「あと一月もないじゃない!そういうのは始めっから言いなさいよ!特急よ、特急料金よ!金に糸目をつけないって言ったのを実行してもらうからね!」
エステルはぷりぷりしながら奥の作業場に歩いていく。
突然の展開に驚く二人。
「新しい物を織ってくれるんだろ。エステルがやるといったからには、あらゆる手段を駆使してやってくれるから」
ヴィリュークがフォローしてると、奥からエステルの声が響いて来る。
「諸々の連絡先置いてきなさい。私が晴れの日に相応しい物届けたげるから!あと、お祝いの手紙くらい用意しときなさいよね!ヴィリューク、そういう訳だからごめんね!」
サミィの事などそっちのけであったが、そのうち戻ってくるだろうと思い、リュークは良しとした。
☆★☆★
式当日の朝ギリギリではあったが、贈り物を完成させたエステルは流石といえよう。
しかしその代償は大きく、髪はぼさぼさ目の下にクマを作り、酷い有り様である。せっかく届けに行く為よそ行きの服に着替えたのに、これでは人前に出れる状態ではなかった。
当日の朝、スケジュールを調整したヴィリュークが様子を見に来たのは正解であった。
まさか男であるヴィリュークが手直しできるはずもなく、急遽母親のナフルに事情を話し、身嗜みを整えて貰った。(一応洗髪はしてやったが、身体の清拭は自分でやらせた)
「ごめんなさいねぇ。全く誰に似たのかしら?」ナフルの手が加わって身嗜みはなんとかなったが、化粧でも目の下のクマは完全にカバーしきれなかった。
「いえいえ、流石に心配なので送って行きます」
「そう?店を空けて来たから付いていけないのよ。よろしくね」
足元のおぼつかないエステルを彼女のじゅうたんに乗せ、ヴィリュークはメモに従って会場までゆっくり飛ばしていく。
緊急時ではないので、もちろん他の馬車と合わせた速度での飛行だ。
当のエステルは、ヴィリュークの背中に寄りかかって居眠り中である。
会場に近づくにつれ、何やら華やかな音楽が聞こえてくる。
ヴィリュークはエステルを揺すり、門前手前で何とか目覚めさせる。
彼がじゅうたんを巻き取り、専用の収納袋に入れてひょいと向かいの家屋を見ると、二階の窓から依頼者のキァラシュがこちらに顔を覗かせていた。
彼はヴィリュークの視線に気づくと、慌てて頭を引っ込める。
一目晴れ姿を見たいのだろうが、その位置からでは会場内部を見ることは出来ない。必死すぎて、ある意味哀れである。
式場のきらびやかな様子に気持ちが引き締まったのか、エステルの背筋は伸び口元は軽く微笑みが、そしてしなやか且つ優雅に歩を進めてゆく。
その姿に見とれていた門前の参列者を捉まえると、目当ての会場で間違いないと確認した二人は中に入って行った。
”おい、あれ砂エルフじゃないか?”
”砂エルフを従えてるって、あの女エルフ何者だ?”
”ほら、彼と噂になってる──”
参列者のささやきを気にも留めずエステルはポーチを片手に会場を進んでゆき、その後ろをヴィリュークが両手に贈り物の箱を捧げて追従していく。
着飾ったエステルは大層目立つ。主役より目立たない様におとなしめの服を選んではいるが、黙っていれば皆エステルを美女と褒め称すだろう。
「この度はご結婚おめでとうございます。織物職人のエステルと申します。さるお方の依頼で贈り物をお届けに上がりました。フォルーフ様宛にメッセージも預かっておりますので、まずはこちらを」
優雅なお辞儀と丁寧な挨拶、その気になったエステルは貴婦人と言っても過言ではなかった。朝ヴィリュークが発見したエステルはどこへ行った?
ポーチから取り出した男からの手紙を渡す。
その手紙は普段使われるような紙とは違い、真っ白に漂白されているもので、紙だけ見ても差出人の地位がうかがい知れるシロモノであった。
封を開き、新婦が手紙を
読み進めていくと……。
「おかあさん!」
娘の呼びかけに応じて、母親も近寄り一緒に手紙を読み進めてゆくと、次第に目が潤んでゆく。
「旦那様……」呟きながら涙が零れそうになると、母親の友人なのだろうか、零れる前にハンカチを渡しつつ手紙を一瞥する。すると不自然に無表情となるが、母娘が注目されていたので気付いた者はいなかった。
「拝見させていただいても?」母娘の問いにエステルはニッコリと頷き、ヴィリュークに手伝わせタペストリーを披露する。
それはけして大きなものではなかったが、夫婦の寝室に掛けるには十分な大きさであった。
タペストリーとは言えどもサイズはじゅうたん準拠なので、通常80×60センチ位の物が最小であるが、これは更に一回りほど大きい。
いかなエステルであっても、約一ケ月ではこの大きさが限界であった。
だが、その大きさでも緻密さに遜色はない。素材もシルク織りの様に見えるが、光沢は当然としても色艶が違った。
中央にメダリオンを配置し、その周囲に蔓草の文様、さらに花をあしらった文様が周囲に続く。
「山羊の毛ではなくシルクなのに……なんと言う素晴らしさじゃ……」
商人風の男性参列者の一人がタペストリーを凝視して呟くが、称賛のため息しかない会場に思いのほか響いてしまう。
通常シルク織りの物は、新人を卒業し独り立ち出来た職人が手掛けるもので、熟練職人は子羊の毛を多用する。
「ミスリルシルクを使用致しました」エステルがさらりと爆弾発言を投下する。
”一体いくらするんだ?”
”すげぇ。一枚で豪邸一つ、楽勝だぞ”
”彼女の為にそこまでするって、依頼主って誰なのかしら”、
「エステルぅ…」ヴィリュークが呆れ声を上げてしまうのも仕方ない。
「ちょっと気合が入りすぎちゃってね。あなたのじゅうたん、修繕がまた延びるわ。ごめんね」謝罪はするも反省はしていないエステル。
しかし贈られた当人は、にべもなかった。
「……受取れません」
「「「えぇ??」」」
「お気持ちだけ頂戴します。これはお持ち帰りください」
おとなしい顔をした新婦だと思っていたら、ハッキリした口調で贈り物を断ってくる。
「そうね、お手紙だけで十分ですよ」
母親も同意する。
「まて、まてまて!幾らになると思ってるんだ!?」
周囲も驚いたが、新郎も驚きのあまり反論する。
「いけません。仮に頂いたとして、これは確実に不和の種となります。私達には分不相応です。気持ちだけ頂いてお返ししましょう?」
新婦は新郎ににっこり笑ってサラリと諭すと、始めはうろたえていた新郎も落ち着きを取り戻す。
「そうだよな、いつも巡り巡ってお前の言う通りになるもんな。……そういう事です。お気持ちだけ頂きます」
新郎新婦は揃って頭を下げる。
その返事に、エステルは頬をふくらませ耳を真っ赤にし何かを溜め込んでいると、ヴィリュークにミスリルシルクのじゅうたんを押し付ける。
腕を組んで右足の踵を支点につま先で床を叩き続ける。半眼になって考える事数秒。
「わかったわ!ちょっとそこで待ってなさい!」
新郎新婦と周囲の招待客が呆気に取られているのを尻目に、エステルは引っ手繰って素早く広げた自分のじゅうたんに飛び乗ると何処かへと飛び去ってしまう。
何事かとしばらく騒然としていたが、会場が落ち着きを取り戻した頃に、じゅうたんの影が彼方に見えて来た。
「あ、戻って来た」
えらい勢いで帰ってきたが、会場が埃まみれにならない様に着陸する辺り、頭が冷えているようである。
「これなら受け取ってくれるでしょ?いや!受け取ってもらうわ!」
ヴィリュークに手伝わせ広げたそれは、一番初めに売ってくれと言われたシルクのタペストリー。
「一番初めにあんたの……げふんげふん、依頼者が選んだタペストリーよ!」
最初に会場入りした時に被っていたネコは、もうどこかへ行ってしまっている。
それを見た新婦は目を輝かせ頬を紅潮させている。
「……素敵……本当に頂いてもよろしいのですか?」
新郎は新婦の様子をみて笑顔があふれている。
「私の宝物よ。大事にしてね」
会場が和やかな雰囲気に包まれてゆく中、ヴィリュークが提案を出してきた。
「なぁ受取ってくれなくとも、せめて使ってもらったらどうだ?」
その提案に一同顔を見合わせ、”折角だから”と移動を始めた。
新郎新婦はミスリルシルクのじゅうたんに腰を据えると口をそろえて一言。
”なにか、落ち着くね”
その表情に参列者たちもほっこりしている。
「そうだ!このじゅうたん、貸し出すわよ!近く結婚式があるヒト達が居たらうちの工房まで来て頂戴!もちろんお金なんかいらないわ!」
優雅な美人という殻を破ったいつもの威勢の良いエステルの宣言に、早速二・三人近寄ってくる。近々祝い事があるのは間違いないであろう。
当然それに付随した注文がやってくるのだが、当のエステルはそこまで考えての発言ではない。
「お急ぎでなければ、もうしばらくお付き合い願えますか?」
披露宴も無事おひらきとなり参列者達も三々五々帰途につく中、母親に寄り添っていた友人らしき女性から声を掛けられる。
よく見ると服の仕立てのランクが違う。華美な装飾はないが、参列者達の服と比べると使われている生地の品質も数段上と見て取れる。
「私たちは構いませんが?」女性の正体を訝しみながら、エルフの二人は会場に留まり、新たに淹れられたお茶で喉を湿らせる。
「あなたたち、手筈通りにね」
返事を聞き、女性はお供と思しき男二人に指示を出すと、彼らは黙ってお辞儀をして会場を後にする。
「さて」
女性はエステルに向き直ると、にっこり口をひらいた。
「お支払いは如何程かしら?」
「え?贈り物の代金ですか?依頼主ではない貴女からいただく訳には……」
「ああ、そうね。それは尤もだわ……そろそろの筈だから、少しお待ちくださる?」
女性が”ぽん”と両手を合わせお願いをしてくると、新郎新婦と両家の親たち、合計五人が連れ立って部屋に入って来た。
「お嬢様、いえ奥様、本日はありがとうございました。それでいかがなさいましたか?」
新婦の母親が慣れた口調で口火を切るが、それは付き合いが長いからに過ぎないようで、逆に新郎とその両親は恐縮して縮こまり、対して新婦は平然としている。
それにしてもお嬢様と言うには年を取り過ぎている。本当に未婚なのか、いや単に昔ながらの呼び方が染みついているのだろう。
「何年たっても呼び方が直らないわねぇ、貴女は」それはけして怒りではなく、いつも通りの反応に安堵しているようだった。
そうこうしていると入口の方が騒がしくなりはじめる。
「や、やっぱり駄目だ。会う訳にはいかん」
「奥様より連れてくるようにとの言いつけです」
もみ合う声が聞こえたが、声の主が現れたのは直ぐであった。
「ご苦労様。問題はなかった?」
女性の問いにお供の二人がはきはきと答える。
「問題ありません」
「ちゃんと裏口も見張ってましたので」
連れてこられたのはキァラシュであった。
「オルタンシア、お前何でここにいるのだ?」
「友達の娘の結婚式に出席しただけよ、それが何か?」
いろいろと思考が巡っているのだろう。口をパクパクさせつつも、やっと言葉が出てくる。
「なんで出席……いやどういう関係で──絶縁してるんじゃ?」
大きななりでへたり込んでいる夫を前に、妻は手を腰に当てて見下ろしている。
「絶縁してないわよ。あの時の貴方は怒っている私しか知らなかっただろうけど、あの後新婦の母からは謝罪は受けたのだから。あのまま行っていれば彼女、自殺する勢いだったのよ」
「───ご恩は一生かかってもお返しします」
「もういいって言ってるでしょ?それにフォルーフは姪っ子みたいなものよ。お祝いは当然よ」
「除け者にされていたのは俺だけだったのか?」
キァラシュは茫然として呟く。
「除け者ではなく罰ね。母娘に会えない罰、父親を娘に合わせられない罰。だけどそれもお仕舞い。フォルーフの結婚はいい機会だわ」
「お前は全て知っていたのか!狡い……ぞ……」
オルタンシアは迫力のある笑顔で言葉を遮った。
「なぁに?最後まで言ってくださっていいのですよ、旦那様?」
オルタンシアは軽く咳払いをして仕切り直す。
「後にも先にも一回っきりと言うじゃない。けどあの時はショックだったわ。友達に裏切られた気持ちで一杯で……でも赦したの、そしてフォルーフを受け入れたの。……影から見守ることにしたのよ」
「──影から見守ると言いながら、お嬢様には何度も助けていただきました」
「あぁ、もう止して頂戴」
廻船問屋の一人娘は心持ち顔を赤くして手のひらでパタパタ仰ぎ、さらに話を続けていく
「あなたが向かいの建物から窺っていると、報告を受けた時は驚きましたけどね。本当は二・三日後にでも席を設けて驚かすつもりだったのよ」
長い年月をかけた一件の裏話はまだまだ続き、呼び止められたエルフ二人は”何で付き合わせられたのだろう”と固まっていた。
お読みいただきありがとうございます。




