砂漠の流儀・3
今回少し短めです。
三日後の朝、ヴィリューク達はジャッバールの一族の冬営地に到着した。
昼夜逆転してリディを走らせるさまは正に強行軍。睡眠は昼間の暑い時間帯に充て、夜も当然リディを走らせる。
丸三日かかるところを二日に短縮できたのは、リディも騎手も鍛えられていたからに他ならないし、二日限定だったのでペース配分も万全だったからだ。
到着してジャッバールが話を通しに行く間、ヴィリュークは身体を休められるテントに案内されるわけでもなく、営地との境目で待たされた。
当然、奇異かつ排他的な視線に晒される訳だが、わざとクーフィーヤをゆったりと着けてエルフの耳が分かる様にしていたので、彼からすれば織り込み済みである。
到着が朝飯前だったので空腹をおぼえる。仕方ないので燻製肉をかじりデーツの実を摘まみ始めると、視線の主たちも朝食前だったことを思い出したらしく人数が減っていく。
しかし監視は解かれず、交代でヴィリュークを見張っていった。
簡単な朝飯が終わった頃に、ようやくジャッバールが奥のテントから走って戻って来た。
「兄弟、待たせてすまん。案内しよう、こっちだ」
案内されたのは一番立派なテントであった。
導かれるまま中に入ると、四人の男女が待ち構えていた。
「紹介しよう、一族の長老にまじない師のおばば。それから俺の親父にロシャンの父親だ」
男三人は胡乱気な者が来たと無遠慮な視線でねめつけてくるが、まじない師のおばばは様子が違った。
「あたしの事は”おばば”って呼びな。誰も名前で呼んじゃくれないからあたしも忘れちまったよ。で、あんた名前は?あの子を治してくれるらしいけどいい加減な事を言ったら承知しないよ」
単刀直入に老女はきつい物言いをしてくるが、目付きは真剣でヴィリュークを見定めようとしてくる。
「名をヴィリュークと言う。ジャッバールからの依頼で来た」
「症状を聞いて来たと言うなら、何とかできる算段はあるのかね?」
「……ある」
簡潔な返答に、長老は緊張を少し緩めるが警戒を解かない。
「報酬は何を要求する?」ロシャンの父親の目付きは”騙されてたまるか”と言っており、ジャッバールの父親も同様で”目は口程に物を言う”とはよく言ったものである。
「ジャッバールからは全財産と言われている」
それを聞いて目付きが険しくなる男三人。それぞれの腰帯の前に差した短剣の柄に手首をのせるのを、ジャッバールが制止する。
「俺が言い出したんだ。彼が要求した訳じゃないし、それでロシャンが元に戻るなら安いもんだ」
そんな威嚇にもヴィリュークは表情を変えない。
「婿殿の財産が無くなってしまっては嫁ぎ先の生活が危うい。うちが出す」とロシャンの父。
「部族一の嫁入りなのに、嫁入り道具が貧弱ではいかん。幸いわしと息子の懐は別だからうちが出す」これはジャッバールの父。
ひと睨みで殺せそうな視線が複数あるにも拘らず、ヴィリュークは努めて冷静に言葉を返す。
「……金は要らない」
父親たちは目つきを弛めず、老人二人は興味深げに注視してくる。
ヴィリュークからすれば、老人達の方がやりにくい。
「こう見えても俺は砂漠の片隅で暮らし、商売をしている身だ。砂漠で倒れ、困っている者から金品は貰えない。ましてやジャッバールは礼を尽くして依頼をしてきた。それに応じ報いる手段を持っている者として、惜しむことは流儀に反する」
砂漠の流儀を以て反論してきたヴィリュークに、男たちは背筋を正して返答した。
「「「砂漠の神に感謝を。礼には礼をもってお返し致そう」」」
「ふん。男共は一々回りくどいんだよ。このお人好しが!」
おばばの言葉が一番本質を捉えていた。
「で、どうするんだい?いくらでも手を貸すよ」
「いくつかあるのだが────」
解決に向けての相談が始まった。
そろそろ家畜たちを放牧地に連れて行く時間に、長老より召集がかかった。戦士は武器を持って集まる様に、と。
営地を中心に放牧地とは反対側、沙漠側に集められた男たちの前には天幕が張られ、その日影にはまじない師のおばばと目も虚ろなロシャンが座っている。
その戦士たちと天幕の中間に立つのは、長老と両脇を固めるジャッバール・ヴィリュークの二人。
突然の召集に何事かと、部族のほぼ全員が戦士たちのさらに後ろで様子を窺っている。
「集まって貰ったのは他でもない」
長老の言葉を聞き洩らさぬように、集まった者たちは黙って耳を傾けつつも、見慣れぬヴィリュークに視線が行くのも当然だろう。
「砂の呪いの正体が明らかになった」
その場の空気が変わった。
「儂の隣にいるのは戦士ジャッバールが探し出したまじない師、ヴィリューク殿だ。彼は実際、かの呪いを解いた経験をお持ちだ」
重苦しかった雰囲気が少し和らぐ。
「今、まじない師のロシャンが、その身に呪いの元凶を留め置いている。そのお蔭で現在、呪いが他者に移ることを抑えられている」
物は言い様。サンドマンはロシャンの魔力に満足して留まっているだけで、彼女の能力で封印している訳ではない。そこへ長老の発言によって、彼女が身を挺して部族に被害が及ばない様にしていると誤認させてしまう。
「ジャッバールがヴィリューク殿を連れて来たお蔭で、これ以上彼女に負担を強いる必要もなくなった。今、彼の力で呪いの元凶を引きずり出してもらう。後は戦士諸君の出番だ。我ら一族を苦しめた元凶を退治するのだ!」
力強い長老の言葉に、戦士たちだけでなく周りの者達も一緒に鬨の声を上げる。
「やるぞ」
鬨の声でつぶやきは掻き消されたが、視線が合ったジャッバールは首肯してヴィリュークに付き従う。
戦士たちは天幕との距離を詰め、長老は戦士たちの後方で待機。残った二人は振り返って天幕に相対する。
するとヴィリュークは天幕のロシャン目掛けて右手を伸ばす。
魔力感知が出来ない者からすれば何をやってるのかと訝るだろうが、ロシャンを支えているおばばの様に感知に長けている者からすれば、放出された魔力が指向性を持ってロシャンに迫り来ているのが分かる。
だがヒトは程度の差こそあれ、何かしら感知は出来る。もちろんその場にいた者たちは、濃密な何かが満ちてくるのを感じていた。
ヴィリュークからすれば、それは漁の様なものだった。
隠れ家からおびき出し、逃げ込めない所まで誘導してから捕らえる。
おばばがロシャンの髪から砂がこぼれ落ちるのに気付いたのも束の間、ロシャンの頭はかくりと落ち、砂はあっと言う間に溢れて二人を埋もれさせていく。
おばばは自らも砂に埋もれていく恐怖に抗いながら、意識を失ったロシャンの口や鼻が砂に埋もれて窒息しない様に支え続ける。
幸いなことに砂は移動しながら堆くなっていったので、二人は埋没しないで済んだ。
しかし遊牧民の戦士たちにとっては、初めて目にする怪異である。
長期間の魔力吸収によって成長したサンドマンは、本来の姿を現しながら戦士たちに(正確にはヴィリュークに)迫りくる。
「一撃離脱だ!いくぞ、ついてこい!!」
ジャッバールは号令と共に走り出す。ヴィリュークも魔力の放出を止め、シャムシールを抜きサンドマン目掛けて並走する。
その様子に遅れてはならぬと戦士たちが走り出す。
サンドマンはと言えば濃い魔力に誘われて出て来たのに、味わおうと近寄った時には影も形も無くなっていてイラついていた。
しかし前方から色々な魔力の塊が近寄ってくることに気を良くした。特に一番近い二つの塊など美味そうである。
まずは一口味わおうと、大きく二本の砂の触手を振りかざしてくるが、先頭の二人はサンドマンの左右の脇を擦り抜けざまに、一刀のもとに斬り落とす。
しかし快進撃はここまでだった。
後続の戦士たちの攻撃は、敵にダメージを与えられない。
斬り付けても血が出るわけではなく、突き刺しても抜けば元通りだ。
それどころか、最初に斬り落とした砂の触手がまた生えてくるではないか。
彼らに疲労が見え始めた頃、ヴィリュークが口をひらいた。
「持久戦で何とか倒せそうだが、うっかり怪我でもされてもナニだな」
「そう言うからには手があるのか?」
「まぁな。やってしまっていいか?見せ場は作ってやるから安心しろ。あとみんなを下げてくれ」
ジャッバールはその言葉に返答せず、その代わりに号令をかける。
「全員後退!兄弟が一撃入れてくれるそうだ!!」
その命令に戦士たちは素早くその場を空けていく。
サンドマンとの間に誰もいなくなり、ヴィリュークはシャムシールを納刀すると腰を落として身構える。
”身体強化”
一言ぼそりと呟くと、その身を薄っすらと包み込む物がある。
周りの者が認識するより先に、敵に向かって助走・跳躍し膝を抱えてくるりと一回転。
丸まった身体から足が伸び、踵は斧の様な勢いと重量を以て、敵を唐竹割にする。
断ち切った勢いで今度は身体を小さくまとめ、今度はその小さく縮まった発条が弾けるように貫手を、一部を覗かせている核目掛けて突き刺す。
指先にその感触を確認するや否や、ヴィリュークは指を大きく広げ、がっしと握り込み引き抜いた。
その瞬間、身体を構成していた砂は地に落ち、サンドマンの活動は終了する。
「ジャッバール、とどめだ!」
ジャッバール目掛け核を放り投げると、二筋の銀閃が煌めき、彼の足元には十字に絶たれたサンドマンの核が転がった。
「「「おおおおお!!!」」」
歓声が上がった。
今まで苦戦していた魔物を、彼らは一瞬のうちに屠ってみせたのだった。
その夜、営地では羊一頭を潰しての宴会が開かれた。
さらにはそれぞれのテントから食材が持ち寄られ、ご馳走も振舞われる。
ヴィリュークとジャッバールを含めた一族の者達は一気に親交を深め、ヴィリュークがめったに開けない酒壺を幾つか提供したせいもあり、大宴会に発展した。
男たちは肩を組んで歌い合い、女たちはそれに合わせて踊りを披露したり、憂いのない楽しい夜は更けていく。
ジャッバールも救い出したロシャンと寄り添って楽しそうだ。ただロシャンについて言えば、まだ回復していないのか表情が硬い。
暫くすると心配した母親なのだろうか、彼女は付き添われて宴会を後にする。
だが宴会の主人公が二人とも席を外す訳にもいかない。宴会はもうひと盛り上がりしていく。
しかし楽しい時間はあっと言う間に過ぎるものだ。
いつもならば毛布に包まって地面に横になるヴィリュークであるが、今回は客人用のテントをあてがわれたので厚意に甘えさせてもらう事にする。
「……四人家族用みたいなサイズだな」
予想より大きなテントに思わず独り言がもれた時、中から音が聞こえた気がした。
何だろうとテントの幕を開けると、何故かロシャンが中で座っている。
しかも全裸なのであろう、胸元から前は毛布で隠されているが、肩から背中、身をよじっているのでお尻も少し視界に入る。
そう、月光がロシャンの褐色の裸身を照らし、ヴィリュークを待ち構えていたのだった。
話の切りどころ間違ったかなぁ……
次回、このエピソードの最終回です。
お読みいただきありがとうございます。




