砂漠の流儀・1
一月振りでございます。
妄想逞しくしてしまい、新エピソードをお届けします。今回は全四話。一日一話更新していきます。
しっかし、エピローグを真っ先に妄想するってどうなのよ、俺?
配達完了でギルドに訪れたら、エステルからの言伝が届いていた。
なんでも「渡したいものがあるからメッセージを確認したら工房まで来い」との事である。
何事だろうかと昼飯も程々に、ヴィリュークは工房へ向かって行く。
「いろいろと渡すものがあるわ」
専用の什器に吊るされたじゅうたんを前に、険しい表情でエステルが待っていた。
「穏やかでないな」
「あなたのじゅうたんの収納魔法陣についてなんだけど!」
エステルはうんざりと言った感じで溜め息を一つつくと、説明を始めた。
現在、じゅうたんは各魔法陣への魔力供給系統を整備中である。整備するには一旦供給を停止せなばならない。
飛行系統魔法陣や補助的魔法陣なら特に問題ないが、収納魔法陣となると事情が違う。
停止すれば中に収められていた物があふれ出すのは当然である。
なので収納魔法陣関係の整備時に、中身を空けるのは初歩の初歩である。
ここで賢明な諸君ならばお分りだろう。そう、荷物を出しても出しても無くならないのである。
まず工房の中庭が埋まった。
仕方ないのでエステルは自分のじゅうたんの収納魔法陣に入れていくのだが、半分しか収まらない。
自分で作っておいて、”ちょっと容量大きすぎたかな”と反省した収納だったのに、だ。
溢れ出す荷物にエステルは途方に暮れたが、これらを何とかしないと仕事が進まない。
なので収納袋を作ってこの荷物を何とかすることにしたのだが、ここで作成方法で悩みだす。
魔法陣式亜空間収納。通常、収納魔法陣と呼んでいる物はこれである。魔力供給の関係上大型になるが、その分収納容量が大きい。
もう一つが、付与術式亜空間収納。付与袋とか付与鞄、単純に収納鞄とも呼ばれているものだ。
こちらの必要な魔力は大気中の微弱なもので大丈夫だし、見た目のサイズ以上に収納できるものだが、性能は付与術師の力量に左右される。
大体の行商人は、幌馬車の三分の一位の容量をカバーできる付与背嚢を手に入れることを目標にする。
馬込みの幌馬車と同等の金額なので、自分が商う商品や行商ルートと照らし合わせて、幌馬車か付与背嚢を選ぶのだ。
だが見た目が同じ背嚢でも、付与術の善し悪しで容量が変わるので、その点も行商人にとっては悩ましい。
話がそれた。
裁縫の延長で鞄や袋も縫えるエステルだが、流石に専門の職人には及ばない。
エステルは工房の戸締りを済ませると、自分の収納鞄を引っ提げて近所の店へ向かった。
「むぅぅぅ」
かばん屋の店主の前では、数か月前に近所で工房を開いた女エルフが唸っている。
女エルフは付与背嚢を手に取り、中を覗き引っ繰り返したり両手で挟んだりしているのだ。
「これより一杯入る鞄はないの?」
「なんだ。早く言ってくれればいいのに」
店主は店の奥から背嚢を二つ持って戻ってくる。
「こちらは幌馬車換算で二分の一入る奴だ。あんたが手にしてるそれより、少し容量が大きい。こっちがうちで一番大きい奴で、換算すると三分の二も入る奴だ」
取り敢えず手に取り検分するが、とんでもない事を抜かし始める。
「まぁまぁだけど、うーん……付与掛かってない奴、十個ある?自分でやるわ。それからリディに着ける革鞄とかあるかしら?」
店主は顔を引き攣らせながら背嚢を準備してやる。何だかんだ言って、十個は結構な売上なのだから。
「リディ用の革鞄は馬具の店に行きな。リディ用も扱っているはずだ。あと十個もどうやって運ぶ?別料金だが配送してやろうか?」
少しでも毟り取ってやろうと画策した店主だったが、”自分でやる”と言った女エルフの言葉を聞き逃していた。
「ありがと、でも大丈夫よ」
女エルフは肩から提げていた鞄の口を広げると、次々と収めていく。
「それじゃぁどうも~」
エステルは唖然としている店主に挨拶すると、次は馬具店に向かうのだった。
結局エステルは、購入してきた背嚢十個とリディ用の革鞄を、自らの手で付与を施した。
ヴィリュークはじゅうたんからある程度の私物を持ち去っているが、使用頻度の低い物や一つで十分な物(魔盾がいい例である)は置いていっている。
当然ヤースミーンから押し付けられた装備品の類いは手つかずである。
「で、奇しくも私があなたの私物の整理をしたって訳。非常に理不尽な思いがあるのだけど、どうかしら?」
エステルは延々と規格外のじゅうたんの愚痴を話して聞かせた。
「なんか……済まない、と言うかありがとう。だがなぁ、そんなこと言ったってばあさまが作ったじゅうたんだぞ。そんなこと言われても俺も困る」
二人の間には、荷物が詰め込まれた付与背嚢十個とリディ用の付与鞄が置かれている。
さらにはナンバーが振られており、ナンバー毎の明細まで整っている。
「こんなに細かく……だから疲れるんじゃないか?」
「しかたないじゃない!始めっちゃったらキッチリ終わらせないと済まない性分なんだからっ!!」
「本題は別なんだろ?」
「リディ用の革鞄だけでも持って行って、邪魔だから。あぁ、そうそう」
そう言って六冊の日誌を取り出して積上げた。
エステルが開発した、書いた内容が対となっている帳面に転写される魔道具だ。因みに本体は帳面でなく、帳面を覆っているブックカバーの方だったりする。
「ん?例の日誌じゃないか。俺に頼むってことは私用か?」
「そう、あなたにしか頼めない相手のとこへ届けてほしいの。なんだけど!一冊はあなたに、ね?」
エステルは一部強調し、一冊をヴィリュークに手渡す。そして自身は色違いで二冊手に取り、横に除ける。
よくよく見ると、三冊を組にして色が違う。モノトーンの色調が三冊、落ち着いた赤を基調とした三冊。
ヴィリュークには赤の一冊が渡されている。
「だいたい察しは付くでしょ?こっちをナスリーン、こっちをムアーダルに届けて頂戴」
つまり色違いの一組をナスリーン、モノトーンの一冊をムアーダルに届けろと言う事らしい。
「……?……あぁ!一対一でなくて複数でやり取りできるのか!」
「気付くの遅すぎ。ムアーダルとは技術的な事で聞きたいことがあるのよ。だとしたらナスリーンも色々あるだろうから、ついでにね」
「………」
「………」
「こっちは?」
「いいいいい、いいじゃない!離れていても三人でやり取りできるんだから!あんたも退屈しのぎになるでしょ!」
そう言ってエステルは諸々の荷物をヴィリュークに押し付け、工房から追い出してしまう。
そのくせ耳まで真っ赤にして”いってらっしゃい”と見送るのであった。
「ふーん、分かったよ。しっかし、エステルも妙なとこで律儀と言うかフェアと言うか、ねぇ」
帳面を二冊受け取ったナスリーンが、半分呆れて答える。
「しかもこれからムアーダルの所へ届けに行くんだろ?他の者に頼めば効率良いのに、わざわざ君に届けさせるとか、お人好しも過ぎるね」
そう。王都のナスリーンの執務室までヴィリュークに直接届けさせたのだ。
「そうそう、彼の所の資料を整理していたら面白そうなものがあったから、幾つか作ってみたからあげるよ」
そう渡されたのは、沢山の小さく透明なガラスの玉。
「こうやってね、幾つかまとめて持って、こうするんだ」
ナスリーンは玉を二つ握ると魔力を込め始める。
「そうすると、ほら」
手を開くと玉が赤く染まっていた。ヴィリュークは一つ取って透かして見るが、景色が赤く見えるだけである。
「それに魔力込めて見て」
言われるがままに魔力を込めると、今度は琥珀色に染まった。
「……?染まったぞ」
顔を上げてナスリーンを見ると、得意げな顔でもう一つの玉を摘まんでいる。それも琥珀色の玉を。
「え?あれ?」
「実はね……」
ナスリーンの説明によると、玉を同時に染め上げた段階で対となるらしい。すると先程みたいに片方だけ魔力で染め上げると、離れた所にあるもう一つも染め上がる。
「これ、複数同時でもできるのか?」
「やってみたら出来たね」
こともなげに言ってのけるので、ヴィリュークは軽いめまいを覚えた。
「言いふらすんじゃないぞ。軍事利用は当然として犯罪にも便利に使われるシロモノだぞ」
その言葉に身震いしたナスリーンは、玉の入った袋を押し付けてくる。
「あ、あげる!全部あげる!あ、あと、これもっ!」
ついでに渡されたのは、玉が入るくらいの巾着の束。
「なんだこれ?」
「うっかり魔力で染めない為の、魔力絶縁体で縫った巾着だよ。っと一枚返してもらうね」
すこし前まで怯えていたのに、ナスリーンは嬉しそうにいそいそと琥珀色の玉を巾着に収めてポケットにしまう。
「じゃ、ヴィリューク君も」
ヴィリュークが摘まんでいた玉も新たな巾着に納め、ナスリーンは彼に手渡した。
「この玉の色が赤く染まったら僕のピンチだからね。助けに来てくれないと泣いちゃうぞ」
「……助けに行くのは吝かではないが、砂漠の彼方から飛んでいくにも時間がかかることを考慮に入れてくれ」
”帳面”があるのだから詳細な連絡を取れるのに、なんだかんだ言って付き合いのいいヴィリュークであった。
王都に丸一日滞在したが、それもリディの休息の為だった。
その間にヴィリュークは食料を買い込む。これから旧王都経由で港街に帰るのだから補給は出来ない。
しかし、じゅうたんの収納魔法陣には及ばないが、エステルから貰った付与鞄があるので、彼にとってはなんてことはない道程である。
先日のじゅうたんでの調査の時は、軟らかい砂地帯は何の弊害もなかったが、今回はリディでの旅の為迂回しての到着となった。
しかし意識を向けるだけでマーカーの確認ができるようになったヴィリュークである。彼の地図へは順調に”砂”の分布が記されての旅程となった。
暑くも清潔な砂漠をひたすら進む平穏な旅。
ヴィリュークが方向を決め、黙々とリディが歩を進める。
それを繰り返せば旧王都に到達する。
「こうも早く再来するならば、いろいろ欲しいものがあったのだがね」
頼まれた日誌を渡すとムアーダルはぼやき始めるが、エステルとナスリーンから持たされた研究用の雑貨を積み上げると途端に機嫌がよくなる。
「日誌で礼を言っとけよ」
「うむ。なかなか気が利いていて助かる……そういえばネコは連れてきてないのだな」
「まぁな。留守番しているぞ。会いたかったか?」
ムアーダルはその言葉に身震いして拒否反応を示す。
「少し慣れたが、ネコはやはり……怖い。連れて来るときは前もって知らせてくれ。心の準備が必要だ」
「それほどなのか」誰しも苦手なものはある。
ヴィリュークはムアーダルの所で一泊すると、翌日には出発した。
配達が済み”日記”で依頼完了を知らせたので、後は港街へ帰るだけなのだが南進して渓谷に向かう。
ヴィリュークは向こう側のオアシスで一休みしようと、渡れるところを探して渓谷沿いを移動する。
「ん?アレは確か……」
その先には灌木に群がるオルシルの群れがいた。
リディの歩みを止めて暫く観察していると、以前見かけた時と同じように渓谷に向かい、次々と飛び越していく。
「動物があそこを利用するってことは、あそこが一番無難なのだろうな……」
渓谷のこの場所は、目測で七メートルほどの幅であろうか。
渓谷にぶつかってからずっと沿って進んできたが、十五から二十メートルを前後してきた幅がここに来てぐっと狭めている。
やってやれない事は無いと判断したヴィリュークは、リディに積んでいた荷物を降ろし始める。
荷物を大きな二つの塊にまとめると、今度はロープで縦に横にと抜け落ちぬように縛り上げる。
そして新たなロープをその塊の中心に縛り付け、反対側の端を自分の腰に結わう。
荷物は渓谷の端に置き、それに対し自分は距離を空けると、身体強化を行いおもむろに助走を始める。
たったったったった、たたん
上体を起こしてリズムの良いストライドからスピードに乗ると、ためらいもなく対岸へ跳躍する。
一メートル程オーバーして着地をすると、腰のロープを手繰って荷物を引き寄せる。
しっかり梱包した荷物は宙釣りなってもバラけることなく、無事上まで引っ張り上げられた。
ヴィリュークは、もうひと往復して残りの荷物も対岸へ運んでいく。
あとはリディを対岸へ渡らせねばならない。
ぶっつけ本番も不安だったので、地面に崖の幅の二本線を引いて練習することにした。
線の手前にリディを連れて行くと、目の前で助走と共に向こう側の線まで跳んで見せる。
こちらの様子をじっと見つめるので、逆も同様にやってみせる。
分かったのか分からないのかその場で跳び始めるので、手綱を引いて一緒に跳んでみると手前で着地してしまった。
”やはり無理か”と言葉には出さずため息をつくと、抗議?の鳴き声を上げ線から距離を空け、勢いをつけて助走をつけると軽々と跳び越してしまう。
遊びと思っているのか”グワグワ”と得意げに鳴くので、手綱を引いて向きを変えると対岸目掛けて走り出す。
途中でリディが追い越し始めるので手綱を放すと、リディは軽々と対岸へと着地する。
”無用な心配だったな”と一歩遅れて着地したヴィリュークは、荷物をほどいてリディに積み直していくと素早く騎乗してオアシスを目指して進んでいく。
陽が沈んでも歩みは止めずにオアシスで休む為にひたすら進むと、真夜中前にはなんとか到着出来た。
水を飲んで一息つくと、あっという間に一人と一匹は眠りに落ちていった。
目が覚めると日がしっかり昇った後だった。オアシスの木陰で寝ていたが、周囲は十分に明るい。
深夜の到着、かつ丸一日休息するつもりだったとはいえ、いつものヴィリュークにすれば寝坊と言うには十分である。
「おはよう、砂の兄弟。ご一緒させてもらっている」
起き抜けに声を掛けられ、反射的に声とは反対方向に跳び退る。
「驚かせて済まない、兄弟。私も砂漠の恵みを共有させて貰っても良いだろうか」
五メートルほど離れた木陰に座っていたのは、精悍な顔つきの砂漠の民であった。彼の得物であろう曲刀は、敵意のない証拠に柄を右側にして背後に置いてある。
「おはよう、砂の兄弟。オアシスは皆の物であり誰の物でもない」
「皆に等しく」
「皆に等しく」
話には聞いていたが、ヴィリュークにとって初めて遭遇する相手であった。
お読みいただきありがとうございます。




