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66・砂の海を征く、願わくば平穏な日々を

更新二日前に累計PTが1000突破いたしました。

ありがとうございます。


やはり三人称プラス、要所で一人称が楽なようです。今後に生かしたいと思います。

その夜、港街はいつもと違う喧騒に包まれていた。


「聞いたか?砂エルフが救護院に担ぎ込まれたらしいぞ」


男は酒場に入って早々、先に一杯ひっかけていた知り合いに、仕入れたての噂を披露した。


「おせぇよ、お前。もう街中の噂だぞ。しかも担ぎ込んだのが四人の女らしい」


馴染みの女将にエールと酒の肴を注文した男は、自分の情報が古い事にがっかりしたのも一瞬、その女たちに興味が移った。


「なんだ、砂エルフも男だな。襲い掛かって返り討ちか?」


「で、やりすぎて慌てた女たちが救護院に担ぎ込んだと?いやいや、まさか」


「はい、おまちどう」


注文したジョッキやら料理が並べられていくが……


「おい!エールじゃなくて水じゃないか!」


「あの人を悪く言う奴には水で十分だよ!叩き出されないだけでも有り難いと思いな!」


女将は店中に聞こえる様に男へ切り返すと、男だけでなく店中が静まり返る。


それに対してぐるりと見渡すと、すぐにいつもの騒がしい酒場に戻って行き、女将は恰幅の良い身体を揺らして仕事に戻る。


男は水入りジョッキを前にうなだれ、肴をちびちびつまみ始める。


「男がそれくらいでしょげ返ってるんじゃないよ!」


肴も半分になった頃、新たなジョッキが音を立てて置かれ、肉付きの良い腕が伸びると水入りジョッキを回収していく。


男が顔を上げて見たのは、ジョッキ片手にのっしのっし戻って行く女将の後ろ姿だった。




「聞いたか?砂エルフが救護院に担ぎ込まれたらしいぞ」


男はウエイターが酒を置いて離れたの確認し、同業者の男に話しかけた。


「あぁ、実際見た。毛布に包まれて外傷は分からんが、意識不明だった。一体何を相手にしたのやら」


「あらぁ、男二人で何のはなしぃ?」


一仕事終えて酒が解禁になったのだろう。酔っぱらった同業の女が割り込んできた。


「砂エルフの話だ」


「あらぁ、私もまぜて頂戴?私もちょっと見てきたのよ。ね?だから一杯、ね?」


女が空のグラスを掲げるので、男はウエイターに合図してお代わりを持ってこさせる。


女が美味そうに一口飲んだのを見計らい、男達は催促する。


「もう、せっかちは嫌われるぞ。まぁいいわ」


ぺろりと舌で唇を湿らすと


「水術師ファルロフの女弟子、知ってる?」


「”鉄壁”だな。”地図要らず”とコンビを組んでいる奴だ」


「ダイアンとアレシアだ。名前くらい覚えろ」


呆れて訂正する男。


「そのダイアンの盾が、もうボロボロなのよ。しかも端っことか欠けちゃってるの。だけど彼女たちの中で怪我してる子はいないのよねぇ」


その言葉を反芻しているのか、室内ではグラスを置く音、カウンター向こうの店員が酒瓶を扱う小さな音しか聞こえない。


「つまり何だ……」


男は酒で喉を湿らせて続ける。


「”鉄壁”が凄いのか、”砂エルフ”がドジ踏んだか……」


「”砂エルフ”が殿(しんがり)を務めて、傷を負いながらも逃げ(おお)せたか……」


「そんな敵とやり合って、他の子達が無事って辻褄が合わなくなぁいぃ?」


別の酒場ではアルコールの消費と共に、延々と憶測が交わされていった。






翌日になると、噂は更に加速していった。


「おう、エルネスト。こいつを頼む」


エルネストは常連客から香辛料のリストを受け取ると、慣れた手つきで量り売りしていく。


しかしその心中は穏やかではなかった。


「砂エルフの話聞いたか?」


「もうその話ばかりだよ。みんな揃って知らせてくるんだ。」


エルネスト香辛料店の常連は皆知っている。以前店主が砂エルフに救助された恩があることも、彼が雇った案内人共々世話になった恩があることも。


しかし……


「砂エルフが身を挺して女を救ったらしいぞ。しかも四人!」


「聞いた聞いた!傷一つ付けずに守り通したけど、本人は意識不明の重体らしい」


「ひょっとして、その中に恋仲の子がいたんじゃない?」


「え?全員無傷なんだろ?全員嫁じゃないのか?」


「じゅうたんも飛ぶのがやっとだったって聞いたぞ」


「そんなになるまで無理したの?!胸が熱いんですけど!」


噂の震源地はここであった。




エルネストは昼飯が済むと一旦店を閉じ、妻のナフルを連れてヴィリュークを見舞いに救護院へ向かった。


救護院の門では何人かが中の様子を窺っていた。


しかし窺う者ばかりで中には入らず、何事かとエルネスト夫妻が訝しんでいると、見知った後ろ姿があるではないか。


「あらカミーユちゃん。どうしたの?」目聡く見つけたナフルがカミーユに声を掛ける。


よく見るといつもの様な仕事着ではなく、こ洒落た普段着にいつもは着けてないネックレスや腕輪で着飾っている。


「カミーユもヴィリュークの見舞いかい?一緒に行こうよ」


「え!いえ、私はその、気になってというか、あの、その……」


もうこれだけで意図を汲み取った夫妻は、左右からカミーユの腕を取って中に入っていく。


「ちょっ?!お二人とも、私は!」


「「まぁまぁまぁ」」


門でたむろしている人々を尻目に、”自称”関係者達は大手を振って救護院の扉を開けた。




「こんにちはぁ…」


救護院で大声で挨拶するのも憚られたので、エルネストはそっと声を掛けた。


「はい、こんにちは。今日はどうされました?」


女性職員が、やつれ顔にムチ打った笑顔で挨拶を返してくる。つまり、ひきつって笑顔が出来ていない。


「こちらにヴィリュークが担ぎ込まれたと聞きまして──」


とたんに笑顔が消える女性職員。


「あなた達もですか。朝から彼の見舞客がひっきりなしで…関係者以外許可できません。患者の容体がもう少し回復してからにしてください。具体的には三日後以降です。あー、救助された恩とか言われても許可できませんので悪しからず。てことでお帰りはあちら」


まともな対応を放棄した職員は、静かな口調で一気に捲くし立てた。


「そんなに来てるんだ……」


会えないと知ったカミーユは残念そうに呟いた。


「じゃぁ、せめて容態を教えて下さらない?」


ナフルは少しでも安心材料を得ようと情報を聞き出そうとすると、横から別の声が割って入って来た。


「あれ?やっぱり父さんと母さんだ。えーと、ただいまー。何してんの?」


「え?エステル?お前こそ何してんだ?」




ヴィリュークの関係者ではなくエステルの関係者として無事救護院に入れた三人。


両親なので関係者どころか身内である。どさくさでカミーユも無事入る事が出来た。


「お前、修行はどうしたんだ?それよりなんでここに────」


「あなた、慌てないで。連絡も寄越さないで……エステルちゃん、最初から説明してちょうだい」


「お母さん安心して。ちゃんと一人前のお墨付きは貰ったから。だけど誰に会いに来たの?その様子だと私がいるって知らなかったのよね?」


親子三人これまでの経緯を話し合ってる所に、他の三人もぞろぞろやって来た。


「エステルーお客さん?」


仲間の両親が見舞いに来たと分かると、挨拶から始まり世間話、今回の調査の当り障りのないところへ話が流れていく。


途中、お茶や茶菓子が振舞われ、和やかな時間が流れていくが、一人落ち着きのない者がいた。


穏やかな歓談に我慢できなくなったカミーユがついに爆発してしまう。


「なんで皆さんそんなに落ち着いているんですか!ヴィリュークさんが倒れたんですよね!なんで?なんで!」


ぽろぽろ涙をこぼすカミーユを、隣に座っていたナフルが抱き寄せて慰める。


「こめんね。心配だったのよね、カミーユちゃん。無事を確かめたくてここまで来たんだものね」


容態を知っていた四人は見舞いの三人が諸々聞いているとばかり思っていたので、涙を流して容態を心配するカミーユに驚いてしまった。


「あちこち傷は負ってるけど問題ないから」

「それに倒れたのは傷のせいじゃないし」

「普通の急性魔力欠乏症だから、目覚めるのも時間の問題だよ」

「体力も消耗していたから、しばらく入院かしら」


彼女の涙を前に、四人は慌てて執り成して行く。


「しっかし、ヴィリュークも罪な男だよなぁ」

「そうよね、こんな可愛い女の子を泣かすなんて罪以外の何物でもないわ」

「で、彼のどこがいいんだい?」

「馴れ初めとか聞きたいかなー」


攻守交替、そこには恋バナに飢えた女狼がいた。しかしカミーユは意図せぬ反撃に打って出た。


「あ、あの!み、皆さんは!ヴィリュークさんのお嫁さんなんですか?」


”へ?”女四人がハモった。


”え?”エルフ夫婦がハモった。





ダイアンとアレシアは笑って否定した


エステルとナスリーンは真っ赤になって否定した。


ナフルは”反対はしないけど、順番ってものがあるでしょう”と叱り出す。


エルネストは”恩人だけど恩人だけど恩人だけど”と混乱して呟きがループしている。


そこへ突然扉が開いて先程の女性職員が現れた。


救護院(ここ)ではお静かに!」


”……はい”


全員の返事もハモった。




きっかり三日後、またしても見舞客で溢れた。


ここでまた女性職員がにらみを利かせ、見舞いを予約制にしてしまう。


来た見舞客を全部通せば、直る怪我も治らない。


ここで見舞客は二通りに分かれる。片方は見舞いの品や手紙を置いていき、もう片方は予約を入れていく。


しかし予約を入れてまで見舞いをする方が少なかった。仕事にそうそう穴をあけてはいられないのも事実なのだから。






☆★☆★






「ふう、まさか自分が手紙を届けてもらう側になるとは」


俺は短いながらも、見舞いの令状を(したた)めていく。


見舞客との会話は良い暇つぶしになるが、思っていた以上に消耗していたようで、彼らが帰った後には疲労感を感じている。




調査は成功裏に終わったと評価された。


俺が寝込んでいる間に、ナスリーンと王都ギルド間で新たな”日誌”による報告がなされた。


取り敢えずは無事が確認されたので急いで帰参する必要は無くなったらしいが、報告書の締め切りを守ることが条件らしい。


じゅうたんが飛ばせなくなった今、オアシス経由でゆっくり帰るかガイドを雇って砂漠をショートカットをしていくか、いずれにせよナスリーン達次第となる。




じゅうたんの修繕に関してもエステルから話があった。


まさかエルネスト(おっちゃん)の娘がエステルとは思いもよらなかった。


エステルは香辛料店(実家)の近くの家を借りて、じゅうたん工房を開いたそうだ


最初の仕事は俺のじゅうたんの修繕。しかも事後承諾である。まぁ、こちらも彼女に頼むつもりではあったのだが。


だが修繕の材料が心許ないらしい。もともと一朝一夕で出来る物でもないので、気長に待つことにする。


あと、ナスリーンが修繕費を向こうで持つと言ってきた。エルフのじゅうたんの修繕費も結構な金額になるはずだがいいのだろうか?


”今までにない進展だから、経費も落としやすいわ”と、ナスリーン。


駄目だとしても、使ってない金があるから支払いも大丈夫だろう。




『何をやっているか知らないけれど、しっかり休みなさい』


誰かから言い含められているらしく、あれこれ作業をしているとサミィのチェックが入る。


扉を閉めて余計な詮索が無くなるのは、ヒト相手だけである。


どこから侵入してくるのだろう、サミィに叱られると大人しく横になるより他ない。


だが横になると間を置かず眠りについてしまう辺り、身体は疲労しているのだろう。






☆★☆★






結局ヴィリュークは一週間も救護院にいる羽目になった。


いつもなら独り身の気楽さ、宿でゴロゴロして疲労を抜くのだが、意識のない状態で担ぎ込まれた上に監視…もとい、甲斐甲斐しく面倒を見る者たちがいるので、きっちり入院させられてしまった。


退院の日の朝食は一般的な味付けの物でホッとした。いい加減、味付けの薄い病人食には辟易していたのだ。


救護院の職員たちに退院の挨拶をすると、まずはギルドまで顔を出す様に言われたので、まずはそちらへ足を向ける。




ギルドの扉をくぐると、ここにいるはずのない見知った顔があって軽く驚く。


「ヴィリュークさん、退院なされたのですね。おめでとうございます」


なんと王都ギルドのウルリカが待ち構えていた。


「ウルリカさん、なんでここに!?と言うか、いつ?向こうのギルドは大丈夫なんですか?」


「昨晩到着しました。ちゃんと引き継いできましたのでご心配なく。ギルド長も来たいとか言いましたが、ちゃんと”了承”済みです。あらご免なさい、病み上がりでらっしゃるのに。あちらで座りませんか?すみません、お茶を二つ」


けして捲くし立てるのではなく、流れるような言い回し。そしてさり気なくヴィリュークの手を取ると、フロア内の嫉妬と羨望の視線を受け流して喫茶席へ誘導する。




「”どうぞごゆっくり”」


何やら念のこもった挨拶と共に、女性職員がお茶を置いて戻って行く。


お茶を一口含み、ウルリカの服装を確かめる。


職員の制服ではなく旅装である。しかも緩やかなオアシス経由のものではなく、砂漠仕様のそれなのだ。


「あぁ、これですか?連絡があって直ぐに、砂漠縦断の手配を取ったのです。ガイドはすぐに見つかったのですが、誰が行くかで揉めまして。消去法でいけば私しかいないのに、困った人たちです。どうですか、この服?今回が初めてなんです」


「お似合いですよ。制服とはまた違った趣があります」


二人の遣り取りに、耳をそばだてている者共の歯軋りや、手に持っている物を握り締める音が聞こえてきそうだ。


「ありがとうございます」


クールビューティなウルリカが嬉しそうにはにかむ。


その遣り取りに───以下略。


「さて───」


この遣り取りに満足したのか、ウルリカは居住まいを正す。


「他の方々には昨晩のうちにお話し済みですが、今回の依頼は完了扱いとさせていただきます」


ヴィリュークは軽く頷いて続きを促す。


「報酬のお渡しですが、現金でご希望の場合王都のギルドまでお越しください。もしくは為替も手配できますが、手数料はそちら持ちになります。払戻はここのギルドのみです」


「致し方ないな。為替で頼みます。他の皆はなんと?」


「為替はエステルさんのみですね。他の方は王都が拠点なので、向こうでお受け取りです」


「そうですか。早めに挨拶しておかないといけないな」


そこへ騒々しく入ってくる一団。声を聞けば正体はすぐわかる。


「ダイアンがお代わりしすぎるから入れ違いになったじゃないか!」


「ナスリーンだって起きるのが遅かったろ!ヒトのせいにするな!」


”もうやめなさいよ”と、アレシアとエステルが宥めていると、言い合いをしていたダイアンが目聡くヴィリュークを見つける。


「ヴィリューク早ぇえよ!みんなで向こうに迎えに行っちまったよ。でだ、えーと」


”退院おめでとう”四人で声を合わせて祝ってくれる。


四人それぞれ旅装ではなく、かといって装備を身に着けいる訳でもない。


しかし普段着ではあるが、それぞれに似合った装いである。


「みんな綺麗に着飾っているな。どこか出かけるのか?」


「違うわよ」アレシアからダメ出しが入る。


「あなたの退院だから、みんなよそ行きの服で着飾ってるのよ」


アレシアの言葉に、周りの耳をそばだてている───以下略。ウルリカの顔からも表情が消える。


周りの様子に気付いていないのか、ダイアンは通常運転である。


「で、で、身体の調子はどうなんだ?」なにやらウズウズした態でダイアンが訊ねる。


「一週間あの状態だったからなぁ、少し鈍った」


「じゃ、じゃ、少し身体を動かそうぜ!俺が相手してやるから!」


周りの空気が凍った。




ギルドの裏手の訓練場は黒山の人だかりとなった。


「おー、なんか見物人がいっぱいだな」


「あんた何を持ってきてるかと思えば……初めからそのつもりだったのね」


アレシアの視線の先には、道着に着替えたダイアンの姿。


「よそ行きの服でやりたくないからな」


それに対してヴィリュークはいつもの格好で、訓練場の真ん中でゆっくりと演武を行っている。


「まったくもう、言葉には気を付けてほしいものだね」

「そうそう、誤解を招く表現をしないでほしいわ」


異口同音にナスリーンとエステルがたしなめる。


「え?なにと勘違いしたんだ?」


ダイアンが悪い笑顔で聞き返すが、今度はそれをアレシアがたしなめる。


「その辺にしなさい。あの空気は私も嫌よ」


ダイアンは”すまん”と手で合図し、彼の元へ向かう。




「どうだい?」


ダイアンの問いかけに、ヴィリュークは手を休めて答える。


「鈍っているだけでなく少しガタが来ている。無理をし過ぎない方が治りが早い、と言ったところだ」


自然とお互いに相対する位置に着くと軽く一礼。


緩やかに構えた二人だったが、先にヴィリュークが仕掛ける。


左右の突きから右の前蹴り。ダイアンは受けずに見切って躱す。


お返しとばかりに今度はダイアン。


左右の突きから右の回し蹴り。ヴィリュークは突きをいなすが、蹴りはしゃがんで躱す。


そこへ、もう一回転。左の後ろ回し蹴りが襲う。


間に合わないと判断したのだろう。


ヴィリュークが蹴りと同ベクトル方向へ飛ぶと、ダイアンは蹴らずに(わざ)と引っ掛けて遠くに飛ばす。


思いのほか高く飛ばされたヴィリュークは空中でトンボを切り、足を地面に向けると全身を使って着地の衝撃を逃がす。


周りの観客からはどよめきが上がるが、まだ本番ではない。


五分六分の力から二人は徐々にギアを上げていく。




そのようなやり取りが数合繰り返された。


回数を重ねるごとに、ヴィリュークの調子が上がっていくのが観客にも分かってくる。


「そろそろ本気出してもいいか?」


「少しにしてくれ」


ヴィリュークの”出すな”ではなく”少しなら”と言う返事に、ダイアンは歯を噛みしめたまま口の端をゆがめて嗤う。


身体強化(ブースト)


ダイアンの所作に何をするか気付いたヴィリュークは、一拍遅れて自らも発動させる。


身体強化(剛力招来)


先程とは打って変わって、突きの構えでお互いににじり寄る。


それぞれの間合いに入った瞬間、必殺の突きが放たれるのであろう。


観客が固唾をのんで見守る中、先に間合いに収めたのは体格差で勝るダイアンであった。


何の小細工も弄さない、恵まれた体格から突き下ろされる右の拳。そのままいけば彼の胸元を直撃する。


数瞬遅れてヴィリュークも真っ直ぐに右の拳を放つ。直撃すれば彼女の脇腹に食い込む。


双方の拳は鎬を削り、競り勝てば相手の拳の軌道を変え、自らの一撃を相手に喰らわすことが叶うだろう。


しかし鎬を削った双方の拳は相譲らず、道着の袖と言う鎬を引き裂いて通過し、二の腕同士が触れ合う所まで進んで止まった。




止まったのは数瞬。


そのまま素早く進むと立ち位置を入れ替え、再び相対する。


「これで最後にしようか」


「それがいい。病み上がりだからな」


二人とも初めからこの一撃を考えていたのだろう。


拳を交えながら着実に魔力を練り上げ続けていたのだ。そして練り上げた魔力を自らの”身体強化”に上乗せする。


「”身体──”くっ、足りねぇ」


「”身体魔装(超力招来)”」


ダイアンの魔力は能力をさらに強化するに留まり、ヴィリュークのそれは能力を上の段階に進化させた。


ダイアンの周囲がうっすらと発光しているのに対して、ヴィリュークのは要所を保護するプロテクターに見える。


しかし先日の発動時には鎧の様に覆われていた所から考えると、明らかに効果は限定的である。


しかもプロテクター全体からは粒子が立ち昇り、敏い者ならば時間制限があることを看破するだろう。


待ち切れないとばかりに同時に仕掛けていくと、お互いに同じ一撃で鎬を削りにかかる。


違うのは滑るような足取りと、お互いの身体から湧き出る光。


最後の一合。


単純に突き出された二つの拳は、風巻き二人の周囲をうっすらと砂煙で覆う。


競り勝ったのは────ヴィリューク。


二人とも身体からの発光は治まり、ダイアンの拳が外れたのに対してヴィリュークの拳はダイアンの脇腹に宛がわれている。


「なんだよ、最後まで発動しとけよ。耐え切る予定だったのに」


「勘弁してくれ。最後までやってたら、また魔力切れで救護院へ逆戻りになるわ」


そろって構えを解くと、観客たちから歓声が上がりざわめきが広がる。


「おー痛ぇ」


ダイアンが道着の上着の裾をめくると、拳の形で赤く腫れあがっているではないか。


「あーあ、キズモノにされちまったよ。ヴィリューク、責任とってくれよな」


軽口を自分で叩く分には恥ずかしくないらしいが、観客たちからの歓声は激しいブーイングに変化する。


男達はヴィリュークに、女達はダイアンに。


観客席に戻ると、ダイアンはエステルとナスリーンから詰め寄られ、ウルリカからは冷たい視線で睨みつけられるのであった。






結果としてこの試合は、ヴィリュークの認識を改めさせる結果となる。


今までの彼の噂や評判の大元は砂漠で行われたもので、結局は当事者からによる伝聞でしかなかった。


それが今回素手同士とは言え、その筋で知られている”鉄壁”ダイアン相手に互角以上の実力を見せつけた。


彼の別の角度からの実力が、衆目の目に晒されたのだ。


”迅速確実な砂漠の運び屋”という評価の上に、護衛としての能力も期待させる実力を発揮させたことは、今後のギルドからの依頼内容も多岐にわたることを意味する。


しかし、本人がその依頼を受けるかどうかは別問題である。






☆★☆★







その晩、調査完了の打ち上げと俺の快気祝いが開かれた。


俺が回復するまで待っていてくれたのだ。


場所はエステルの工房。まだ最低限の荷物しかないので、少し片付ければ広いスペースが確保できた。


打ち上げだけなら少人数でささやかになったのだろうが、快気祝いともなると人数がどんどん膨れ上がって行った。


次々と見舞いに来てくれたけれども会えなかった人達が挨拶に来たり、差し入れを持ってきてくれたりする。


予想以上の来客に表の道端に長椅子を出して酒盛りが始まると、当然酒も料理も足りない。


慌てて近所の店に仕出し料理を頼もうとするが、絶対に追い付かない事が予想される。


そこで買い出しに行った奴がトンデモない事を思いついた。


”屋台を二つ三つ手配すればいいんじゃね?”




俺達は椅子に寄りかかり酒と肴をゆっくりやりながら、表の光景を眺めていた。


「なんか僕らの打ち上げと関係ない騒ぎになったね」


「きっかけは俺たちかもしれないが、どうしてこうなった」


屋台を手配するほどの宴会が目立たないはずがない。


いい商機とばかりに様々な屋台が軒を連ね、酒と食い物がある所にはヒトも集まる。


結果、事情を何も知らない奴らがどんちゃん騒ぎを繰り広げているのだ。


既にほとんどの見舞客たちは、そこそこ楽しんで帰宅している。いま目の前で騒いでいるのは、騒ぎに惹かれてやって来た酔っ払いたちだ。


開け放たれた工房の扉の向こうからは、彼らの喧騒の声が聞こえてくる。


あぁ、まだ一週間ちょっとしか離れていないのに、砂漠が懐かしい。


過酷な環境である砂漠なのに、俺もすっかり馴染んでしまった。


森も懐かしくは感じるが、それとはまた違う。この感覚を共感出来る者はそうそういないだろう。


「ヴィリューク君……」


「……改まって君付けするなよ。こそばゆい」


ナスリーンが畏まって話しかけてくる。


「あ~エステル、ダイアン、ちょっと手伝ってよ。お酒と肴、買いに行きましょ」


アレシアが二人を伴って買い出しに出ていく。その時エステルとナスリーンが視線を交わした様に見えたがなんだったのだろう。




酒を飲み干してしまったので、盃に酒を注ぐ……なんだまだあるじゃないか。


続きを待っていたが、ナスリーンは一向に話し始めない。ちらとみると盃が空だったので注いでやる。


「あ、ありがと」


ついでにお互いの盃を合わして酒を飲み干すと、彼女も踏ん切りがついたようだ。


「明日……出発するよ」


「えらく急だな」


「調査の内容は知られてないけど、日誌の変化と最後に港街(こっち)に向かうって書いたじゃない。それで王宮の方が慌てたみたい。なにをいまさら、だよね。さんざ放置してきたのに、早急に帰って来いだってさ」


「……心配してるんだろう?放置はしていたが、気には掛けていたんじゃないか?」


「……研究所、やめちゃおうかな」


その言葉に視線を向けると、向こうも見ている。


「やめてどうする?」


「だよね。今回の調査結果、僕がいないと話が進まないよね」


────そこでまた会話が止まってしまった。


しかし、ゆっくりと、黙々と、盃を重ね続ける。


「ねぇ……一緒に来てくれないかい?」


建物の中だと喧騒も抑えられ、さほど煩くない。黙って一杯飲み干してから返事を返した。


「行ってやりたいが、ずっとは無理だ」


しばし待つが反応が無いのでナスリーンを見ると、椅子に寄りかかって寝息を立てていた。


そのままそっとしてやり、伸びを一つ。


「そんなとこで隠れてないで入ってきたらどうだ?静かにな」


するとバツの悪い顔で、買い出しの三人が入って来た。


問い(ただ)したいことは沢山あったが、まずはエステルにベッドを頼むと、元々ここに泊まるつもりだったらしく既に整えられているそうだ。


ダイアンが運ぼうとするのを制して、自身でナスリーンを横抱きに抱えてやると、胸元に顔を埋めてきた。


エステルの案内でナスリーンをベッドにそっと横たえ、薄手の毛布をかけてやる。


二人を残して俺は先に戻ったが、ナスリーンが涙を一粒流していたのは知る由もなかった。




戻るとアレシアとダイアンが絡んでくる。正直放っておいてほしい。


「つれないねぇ。ナスリーンがどういう気持ちが分かってるんでしょ?」


「こちらとしては努めて否定してきたんだが。顔を赤く染めてるのだって、俺に対してでなく俺が男だからって思う様にしていたんだからな」


「エステルはどうすんだよ」


アレシアとダイアンの詮索に少々うざったくなる。


「根掘り葉掘り聞くんじゃない。嫌いじゃないし、そう言ったらお前らと優劣は無いくらい好意はもっている。これで満足か?」


盃とあおって飲み干して立ち上がる。


「明日出発なんだろ?飲み過ぎると朝が辛いぞ。じゃぁな」


まさかエステルの所に泊まる訳にもいくまい。暇を告げて工房を立ち去る。


探せばどこか宿も空いているだろう。






☆★☆★






ヴィリュークが帰ったのを見計らって、エステルは部屋に入ってくる。


明らかに今のやり取りを聞いていたはずなのに、けろりとした表情である。


「エステル、何ともないのか?」


「何ともなくはないけど、嫌いでも無関心でもないのは分かったから」


「余裕じゃない?」


エステルは買ってきた酒を手酌で注いでいく。


「そうでもないよ。ハーフとは言えエルフがライバルだし。けどね、エルフ(うちら)の恋愛ってゆっくり傾向なんだ。交際から結婚まで十年だとしても、それってうちらからしたら早い方だよ」


二人も手酌で飲み始め、肴も摘まんでいく。


「あなた達のことだから深入りはしないけど、なんとも気が長い話ね」


「あー、エルフじゃなかったらコナかけたんだがなぁ」


「あら、ダイアンからそんなセリフが出るとは思わなかったわ。どこが良かったの?詳しく聞かせて貰いましょうか」


砂漠の旅の空では話題に上らなかったが、屋根のある場所で酒も肴も揃っているとなると、ガールズトークも弾んでいく。


既に一人脱落してはいるが、女子会は深夜まで繰り広げられていった。






翌朝ヴィリュークとエステルは、ナスリーン一行の見送りに来ていた。


ウルリカもとんぼ返りするらしいが、今回はオアシス経由なので少しは楽になる。


調査隊の女四人は、別れを惜しんで抱き締め合っている。


どこで知ったかサミィも待ち構えており、かわるがわる抱き上げられていく。




ヴィリュークはダイアンと固く握手を交わす……どころか、いきなり手を引かれ思い切り抱きしめられてしまう。


「じゃぁな。また機会があったらパーティ組んでくれよな」


抱き締められたのは短い時間。パンパンと背中を叩かれ解放された。




まさかアレシアもか?と、ヴィリュークが握手後身構えていると、アレシアは軽くハグするにとどまる。


「あまり女の子につれない態度とっちゃダメよ」


軽いハグだったので直ぐに解放される。




ナスリーンと握手しようと手を伸ばすと、手を取られないで長めに抱き締められた。


「……次回の調査隊も依頼出すから、絶対受けてよね。王都に来たら素通りは嫌だよ」


腕がゆるんだので解放されるかと思いきや、顔が近よってきて────頬と頬が合わせられた。


「じゃあね!」


今度こそ解放され離れていく。




「いろいろお世話になりました」


ウルリカも挨拶にやってくると、当然のようにヴィリュークを抱きしめる。


ヴィリュークは予想外の抱擁に固まり、ウルリカは周囲の視線を平然と受け流す。


「あら?これがこちらの別れの挨拶なのでは?」


薄い微笑をうかべている辺り、どさくさに紛れてわざと抱き締めたのだろう。




エステルが両手を広げてヴィリュークを待ち構えている。


「ずるい。私も」


「お前は見送る側だろ」


じりじりにじり寄ってくるので、ため息をついて、ふんわりと抱いて背中をポンポンと叩く。


「そんなおざなりな奴じゃなくて!」


「あーはいはい」


「もう!」




ヴィリュークはサミィを抱きあげて、エステルと並び一行を見送る。


オアシス経由の門の前には丘があり、それを超えるので直ぐに姿は見えなくなってしまう。


なんとも別れはあっけないものだ。


二人は新しい日常を過ごすべく、街へ戻って行くのだった。






☆★☆★





俺は両手を打ち鳴らし、広げながら一回転。


なぜかこの所作を行わなくとも、街のマーカーを感じることが出来るようになった。あくまでも確認のためにやっているのだ。


おそらく魔剣の効果の副作用だと思うのだが、明らかにはなっていない。


ばあさまに聞けば何かわかるのだろうが、まだ里帰りには至っていないのだ。




じゅうたんの修繕を待っていたのだが、結局一月も持たなかった。


リディを一頭購入し、配達業に舞い戻った。


じゅうたんが有った頃と比べると、当然積載量も減るので稼ぎも減ったのは当然だろう。


いや、今までが異常だったのだ。


減ったと言っても、日々過ごすには十分の稼ぎである。




サミィはエステルの工房で気ままに過ごしている。


リディに乗ってみたのだが、揺れに馴染めなかったのだ。


今では街のネズミ駆除に一役買っている。




砂漠の朝焼けを見ながら、水採取をしていく。


水袋にじょうごをセット。手をかざすと水が溜まっていく。


飲まなくとも大丈夫なはずのリディが、味をしめて水を要求してくるので一人分多く用意せねばならない。


こうなると俺以外の者では面倒見切れないだろう。


愛情がわいてしまっているので、今更放逐する訳にもいかない。


じゅうたんの修繕も時間がかかるみたいなので、この先長い付き合いになるだろう。


一人と一匹の砂漠の旅。


太陽が昇るにつれて耳飾りが反応し、肌の色が濃くなっていく。


水を飲むとリディに騎乗する。




今回も配達の仕事だ。鞄の手紙を待っている人たちがいる。


俺の配達は、じゅうたんでもリディでも到着時間が読みやすいと評価されている。


あと一日半。明後日の昼には久しぶりの王都だ。


ギルド間の”日誌”で出発を知らされているので、俺の到着日も知られているようなものだ。




───また門の前で待ち構えられているのだろうか。


ここ何回か連続で門で出迎えがある。


しかも王都と港街とで違う女が到着を待ち構えているのだ。当然、噂にもなる。


”俺を”どちらの女が落とすか、賭けがなされているらしい。


いや、新たな女性が賭けに参戦したらしい。


いずれも俺には秘密なのだが、ひそひそ話は意外と聞こえてしまう。


……早く飽きてくれ。






砂漠では平等に照らされ、満遍なく焼き尽くす。


過酷な環境でも、そこで生きていくモノ達のなんと多い事か。


駆る物は変わったが、今日も俺は砂の海を征く。


お読みいただきありがとうございます。

これにて完結です。


夜までにご挨拶をしたためておきますので、ご一読頂けますと幸いです。

一年強、お付き合い頂きまして有難うございます。


またいつか、どこかでお会いできたらと思います。

それではごきげんよう。

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