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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
本編

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59・魔法陣、再起動

これで説明回は終わりのはず……はず……

「違う。それでは魔力付与だ。単純に魔力を込めるんだ」




あの後、玄室での作業は直ぐに終わり、再び戻ってきた次第だ。


何をやっているかと言うと、ムアーダルに一連の魔法陣展開を教わっているのだ。


元々魔法職でないアレシアとダイアンは、説明段階でリタイア。


今やっているのは紙に魔力を込める、つまり最初の一歩である。


エステルはエルフのじゅうたんも織れる職人なので、素材に魔力を馴染ませるのはお手の物だ。


俺は水使いと言う事もあり、何回か失敗したが無事魔力を浸透させられている。


苦戦しているのは……


「かぁーっ、これじゃ違うのかい?」


ナスリーンである。


「それじゃあ魔力付与:武器(エンチャントウェポン)じゃんか。俺でも違うってわかるぜ」


外野(ダイアン)がうるさい。気の毒なのでコップに水を満たし渡してやる。


「これは?」


「紙じゃなくて水で練習してみな。感覚が掴みやすいはずだから」


”ありがと”とナスリーンは礼を言うと、コップ片手に練習を再開させる。




「透写・拡大・転写かぁ。使いこなせれば写本のもう一つの方法になるのかな?」


「それは無理だな」


エステルの独り言にムアーダルが否定する。


「どして?」


黙って先程使った魔法陣の紙を手渡してくる。


見てみると明らかに変色による劣化が見受けられた。


「魔力を込めて三種類の魔法を行使しているんだ。劣化は避けられない」


「言われてみれはそうか……それで魔道具が発達したんだもんね。写本じゃなくていっぱい本を作る方法って何かないかなぁ」


ギルドで構築した写本の魔道具も限界がある。なにか新しい方法が発案されない限りこのままだろう。


「さぁ、無駄口叩いてないで練習しろ」


「二つ目までは問題ないんだよね。三つ目の呪文に繋げようとすると、元のが立ち消えちゃったり繋がらなかったり……ふぅ」


「あ、出来た。けど…」


二人が飛んできた。


「なに?もうできたのか?お主何者だ!?」

「どうやったの?私が一番乗りするつもりだったのに!ちょっとコツを教えなさい!」


迫ってくる二人がうざったい。失敗なのに。


「呪文がつながっただけだ。使い物にならない出来だってば」


出来上がった魔法陣を見ると大きさは良いものの、陣の中の文字や模様が不鮮明だったり欠けている所もある。


「おかしい。呪文が発動されれば転写に不具合は起きないのに……」


「呪文の発音が完全じゃ無かったとか?よし、一番乗りは私よ、みてなさい!」


そう言ってエステルは練習に戻って行く。


俺はもういいかな。透写・拡大まではいけたし、付き合いで練習したけど使い道ないんだよなぁ。




「なぁ練習もいいけど、下の魔法陣のこと聞かなくていいのか?」


「「「あっ」」」


だから夢中になりすぎる癖は改めようぜ……


「さ、さてっ、今日はここまで。各自練習は欠かさない様に」


「はいっ」


「……はい」


元気いっぱいのエステルに対し、ナスリーンは恥ずかしそうに返事をする。夢中になっていた自覚があるのだろう。直ってくれるかなぁ。




もと来た道をぞろぞろと戻って行くのだが、行きの時もそうだが違和感がある。


馬やリディが隣を歩いているのは見慣れた光景だ。


しかし今一緒に歩いているのは、体高(身長ではない)150センチ強、脚は6本、しかも動物の毛皮の類いでなく昆虫の甲殻、そこからヒトの下腹部から上が生えている。


しかもヘソまで付いている。


さすが魔法生物(キメラ)矛盾点(ツッコミどころ)満載である。


ムアーダルが一世代限りの生物と考えると、目撃例があるアンドロスコーピオンも彼同様に自ら合体した魔法生物(キメラ)なのかもしれない。


それを目撃者が勝手に命名してるとか?


しかし足音がしそうなものだが、意外と静かである。







「なんでさっさと還さないんだ?」


薄ぼんやりと光る送還魔法陣を前に、サミィを抱いたダイアンが質問する。


だいぶ慣れてきたのか、サミィに怯えながらもムアーダルは律儀に解説してくれるので、一緒になって聞いておこう。




「精霊とはある意味魔力の塊だ。


そこら辺にいる低位精霊であれば一寸かき乱してやれば消え去ったり還ってしまうが、高位精霊はそう簡単に消えないし、そもそも精霊界(あちらがわ)にいるものだ。


それに通常の上位精霊召喚はこちらに現れていても、あくまでも仮であって時間がたてば自然に還って行ってしまう。


つまり精霊界は精霊そのものと言ってもいい。精霊がいるから精霊界は存在し、精霊界があるから精霊が存在する。


その精霊界から精霊がいなくなったら、それは存続の問題という事は推して知るべし、だ。


だから180年前の一件は、こちら側にもあちら側にも多大な影響を及ぼした。


ただ向こう側は見えないから被害状況は分からないがな。ただこの国周辺では高位精霊魔法が上手く発動しなかったはずだ。


いなくてはならない精霊がいなくなってしまったんだ。力を借りれる精霊がいなくちゃ発動もへったくれもない。


つまり現在の状況は、向こう側になくちゃならない魔力(エネルギー)がこちら側に留まってしまっている状態だ。


これを還さねばならない。ならないのだけども一気に還すには大きすぎる。


巨大な魔力(エネルギー)の移動でこれだけの被害が出たのだ。ならば影響が出ない範囲で、ゆっくり安全に還さなくてはならない。


既にこの核はこちら側で安定してしまっているが、これはこちら側にあってはならない物なんだ。


しかし安定してしまっている以上、無理に還せば前回の二の舞になるのは分かるな?


この魔法陣は、安定してしまっている核を安全に精霊界(むこうがわ)へ還すためのものなんだ」




「……どゆこと?」


丁寧に説明していたムアーダルがガクッと脱力してしまう。


「んーと、

1・例の事件で魔力の塊である精霊の核が、こっち側に出てきてしまった。

2・でっかい塊なので無理やり還すと、向こうにもこっちにも被害が出る。

3・なので被害が出ない程度でゆっくり還す魔法陣を作った。

て感じ?」


エステルが指を一本づつ立てながら簡潔にまとめてしまう。


「なーんだ、それならそうと言ってくれりゃいいのに。難しい理屈こねられてもわかんねぇよ」


ダイアンの反応にムアーダルが不貞腐れてしまう。


”これだから一般人は”だとか


”物事は正確に伝えねばならないのに”だとか


どうも細かい性格の様である。




「まぁいい。早速魔法陣を書き換えてしまおうではないか」


「今ある奴はどうするんだ?」


「まぁ、見てろ。しかし紙を持ってきてくれて助かる。今の魔法陣これを作るのに、無事だった紙は使い尽くしてしまったからな」


ムアーダルはそう言うと、俺たちを隅まで下がらせ無地の紙を掲げて先程の呪文を唱える。


唱え終わった床を見ると、魔法陣は跡形もなく消え去っているではないか。


「なにもない状態を上書きした…のかな?」


ナスリーンの言葉に黙ってニヤリと笑うと、続けて呪文を行使する。


”■■■■ 透写 ■■拡大”


少し小さいなと思ったら、すぐさま追加が来る。


”■■拡大 ”


よく見ると魔法陣の中心が台座からずれている。ムアーダルは呪文を維持しつつ、中心に収めるべくじりじりと移動すると、ようやく正しい位置に辿り着き次の呪文へ繋ぎ始める。


”■■ 転写”


床の少し上に映し出されていた魔法陣は、最後の呪文で沈み込むように床の上に乗り、さらにはくっきりとその存在を定着させた。


「こうして見ると壮観ね」


「アレシア、まだよ。まだこれは描いただけなんだから!これから起動させるんだから!」


魔法陣の外に出たムアーダルは石の短杖(ワンド)を構えると、滔々と呪文を唱えていく。


そして最後に一言。


”起動”


一瞬、玄室の床が金色に光る。


けして眩しくない光はすぐさま消えると、そこにはうっすらと光る魔法陣が残った。


誰かが”ほふ”とため息をつく。


精霊の核に目を向けると、うっすらと琥珀色の微粒子が立ち昇りはじめ、一メートル程上昇すると今度は広がりながら魔法陣へ降下していく。


微粒子は降り積もることなく、魔法陣に触れると”ふ”と消えていくのであった。


「きれい……」


誰からともなくつぶやきがもれた。


「改めて礼を言わせてくれ。ありがとう。これで送還の時間が短縮された。精霊の力のバランスが元に戻れば、この大地の緑も戻りやすくなるだろう」


「巡り合わせが良かったのさ。それでどれくらい短縮されたんだい?」


「うむ。正確な所は計算せねばならないが、およそ百年は短縮されただろう」


「「「「おおぉ」」」」


「改良前は送還完了まで後三百年ほどだったから、中々の改善だな」


この言葉を聞いて、なんとも微妙な表情になってしまう面々。


「今はこんなサイズだが、あと百年もたてば加速度的に小さくなるはずだ。あと二百年弱か、楽しみだな」


「私達にとってはなんとも気の長い話で……」


アレシアとダイアンのため息が長すぎる。




「だ、だけどあれだね。呪文を四つ繋げるだけじゃなく、発動を一時停止?させて発動場所を移動するだなんて初めて見たよ!」


ナスリーンが話をそらすとムアーダルが乗ってきた。


「人手がないからな。なので極力無駄な労力を費やさぬよう……いろいろとな。うむ……」


今、台座を移動させる人手はあるというのに……この微妙な間はアレだな、ものぐさってやつだろう。


楽するために手間を惜しんでいたら、腕が上がってしまった悪い例だ。


楽するために手間を惜しまぬ矛盾した奴は時々いるが、こいつも突っ込んではいけない種類の奴か。


くわばらくわばら。




「それでこれからどうするんだ?」


「いや何も変わらん。核を管理し研究の日々だ。魔脈の恩恵に与っているので、時間は好きなだけあるからな」


恩恵とは言うが肝心の魔脈はどこにあるのだろう。


「さっき光ったのを見ただろう?この部屋の真下を通っている」


ばあさまの玄室の様に穴が開いていなくともあれだけの効果があるのか。いや、おそらく魔法陣のお蔭もあるに違いない。


「はぁ、とっても定期調査とは言えなくなったね。全てありのまま報告したら間違いなく大騒ぎになるよ」


こめかみをマッサージしながら、ナスリーンがぼやきはじめる。


「当り障りのない報告書と全てさらけ出した報告書の二通、書くしかないんじゃないか?」


「むうぅ」


隊長、面倒だろうが頑張れ。




その日は結局、ムアーダルの所で一晩過ごすことになった。


お互いにちょっかいかけるメリットもないし、サミィがいれば万が一があっても心配はない。


というのは建前で、あれだけエステルと魔法陣談義で意気投合していたら、余計な勘繰りも馬鹿馬鹿しくなる。


あの後内部を案内してくれたので、アレシアが早速地図を起こしていた。


通れる通路、近道、場所によっては階段を上り下りして迂回した方が早かったりした。


途中、ムアーダルが軟禁されていたという研究室を覗いてみると、様々な器具や本の類いが砂岩となって並んでいた。


「実験器具は仕方ないとして、本は…惜しい事をした」


壁の書架には、本や巻物の形をした砂岩がずらりと並んでいる。


「巻物は広げたら割れちゃうけど、本はページを一枚一枚はがせないの?」


エステルがまた無茶を言ってくる。


「ページの真ん中からパキッと割れてしまうわ」


「手順を踏まないからよ。一冊やってみましょうか。どれにする?ダイアンちょっと一冊床に下ろしてくれない?」


ムアーダルが指示した本を、落として割らない様にそっとダイアンが置いていく。


「大体背表紙を何とかしないと、ページがばらばらになる訳ないじゃない」


エステルは道具袋から(たがね)数種と、片手で持ち上げるもの大変なごつい金槌を取り出す。


何でも入っていることにも驚きだが、石工の真似事まで出来るエステルに脅威を覚える。


きっとばあさまが面白がって教えたに違いない。それを身に着けてしまうエステルも大概だ。


しかしまだまだ隠し玉を持っていそうで…いやすぎる。




俺の思いを余所に、エステルは丸鏨で表紙と背表紙の間を等間隔で穿っていく。


穿った穴は平鏨がちゃんと収まる大きさなので、そこから数枚叩き入れる。


叩き入れられた平鏨は、そのまま突き立ち、さらにまんべんなく金槌を下ろしていくのだが、これがまた凶悪である。


釘を打つ金槌は、それ自体の重さと腕力で釘を打ち込んでいくが、石工の金槌は違う。


腕力は持ち上げる時だけ。鏨を打ち込むのは、金槌自体の凶悪な重量で打ち込む。


あの細腕にどれだけの力が秘められているのだろうか。見た目に騙されてはいけない。


何回か金槌が振るわれると、打ち込まれた鏨に沿ってきれいに背表紙が割れてくれた。


手の埃を打ち払ってエステルが次に手にしたのは、用途不明の薄刃の長いナイフだったが何に使うかはすぐに分かった。


一番上のページとページの間にすぅーっとナイフを差し込んでいくと……


パキッ


表紙がまず剥がれた。


パキッパキッパキッ。


続けざまにページを剥がしていく。


「やってみる?」


黙って差し出されたナイフの柄を握り、ムアーダルも見よう見まねでやってみる。


最初の二・三枚は端が上手く剥がれなかったが、一冊終わる頃には綺麗に剥がれたページが山積みになった。


「お疲れさま、剥がすのは大丈夫ね」


「ふぅ」


「じゃ背表紙を剥がすとこをやりましょ」


「中々スパルタだな、エステル」


「あなたの魔法陣転写もスパルタだったわ」


視線を交わしてニヤリとしてる時点で、あんたら他人の事言えないぞ。


その後、ムアーダルは尻尾の針で穿っていき、俺たちを驚かしてくれる。


見た目以上に伸びる尻尾から繰り出される針は、砂岩にひびを入れることなく穴を穿っていくが、流石に音を上げて丸鏨も併用する。


「くぅ、結構くるな。一冊だけでも節々が痛むわ」


やっている事の異常さに気付いてほしい、いや気付かないんだろうな……


当然のように平鏨や金槌も扱い、ナイフで丁寧にページを分離させていく。


こうも易々と作業をこなされると、自分はつくづく凡人なのだなぁと思い知らされる。


いや、普通が一番だよ。刺激は最低限でいい。




翌朝空が白み始めた頃に、俺たちは王宮の前でムアーダルと別れの挨拶を交わしていた。


エステルは夜遅くまで情報交換をしていたらしい。


その際同業者?のよしみで、手持ちの紙やペンやらを相当数譲っていた。砂岩の本たちが風化する前に写してもらうのだそうだ。


工具も譲っている辺りに、本気の度合いがうかがえる。


エステルもこの調子だと、次回の調査にも当然参加するのだろう。


いや、既にナスリーンと握っているのかもしれない。


それどころか、このメンバーで次回も調査にあたりそうな予感がひしひしと感じられる。


挨拶を済ませ、来た道を戻って行く。


時々振り返ると、ムアーダルはずっと見送ってくれている。


そこまでしてくれると名残惜しいが、帰りの道程は始まったばかりだ。また五年後の定期調査に会えるだろう。




★☆★☆




世捨て人みたいな日々だった。


再びヒトと交流できるとは思いもしなかったが、あれだけ騒がしいのも少し極端である。


いや、人生何が起こるか分からぬものだ。自分が誰かの訪問を心待ちにする事が有ろうとは。


魔脈に身をゆだねていれば、恐らくこの身は不死であろう。


死にたくなったらここから出ていけばいい。どこかオアシスにでも行けば緩慢なる死を迎えられる。


だがそれは今ではない。


核が送還されるのを見届けねばならぬし、研究課題も山積みだ。


研究結果も誰かに委ねねば。その相手は今回来た者たちなのか、それとも別の誰かなのか……


なんとも面白い連中だった。


………


……



あっ


蜘蛛を過剰成長させてた……


あやつらに注意し忘れてたわ。


むぅ……大丈夫だろ、多分。



前回、新たに評価ボタンを押してくださった方々、ありがとうございます。

まだの方、評価ボタンお待ちしております。


お読みいただきありがとうございます。

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