58・とある男の独白
のどが痛いと思ったら、翌日鼻水、翌々日発熱。一日潰れました(ごふ
皆さま、うがいは馬鹿に出来ません。
床に置かれた大判の紙を中心に、エルフとアンドロスコーピオンが頭を突き合わせている。
「ふっふっふ、出来たわね」
「ふっふっふ、完成だ」
口調と発言だけだと、どう聞いても悪の魔術師達の発言にしか聞こえない。
近くの床にに光球が配置されているせいで、置かれた紙だけでなく二人の顔を下から照らしている。
下から照らされた顔の迫力は、さらに悪の魔術師っぷりを増大させている。
「くくくく」
「ふひひひ」
「絵面だけ見てると”世界征服の準備は整った!”って感じね」
「”実験は大成功じゃぁぁ”とか絶叫しても不思議じゃないわ」
「えー?精々”ぼくとわたしがかんがえたさいきょうのまほうじん”だろ?」
どいつもこいつも酷すぎる。
「あんた中々やるわね」
「お前の発想も大したものだ」
「一区切りついたなら一服しないか?」
すると、ハッとしたように居心地悪げな表情に戻るサソリ男。
しかしそんな事はお構いなしのエステル。突っ立てるサソリ男を急かす。
「ボーっとしてないで行くわよ」そう言って一人でさっさと行ってしまう。
「「……」」
「いいいの、か?」
恐る恐る聞いてくる。
「いいんじゃないか?あんたと似たようなヤツを結構知ってるし、魔法陣でなにやってるか分からないが、エステルが進んで協力してるってことは害になるものではないだろうし」
腰帯に石のワンドを刺しっぱなしなのを思い出し差し出す。
「茶くらいはご馳走するぞ。ほら、取れよ」
「あ、あぁ」
「二人とも早く!」
どうやらお茶の準備が整ったようだ。
皆が車座に座っている所に俺達も混ざる。
サソリ男は、ダイアンがサミィを抱いているのを見て明らかに怯えている。
「そのネコを絶対に放さないでくれ。ぜっったいに!」
「わかったわかった。サミィ、ダイアンの膝の上にいるか彼と一定距離を保ってくれ」
『分かったわ。けどその態度は私も傷つくわ』
「サミィもその辺で勘弁してあげて。まずは自己紹介からいこうか?」
調査隊隊長と言う事もあり、ナスリーンが仕切っていく。
名前と担当の自己紹介をさらりと済ませると、エステルの腕前に興味を示し始める。
「独立して間もなくてね。一応織物職人のつもりなんだけど、魔法陣技能は必須なの。でも修行は楽しかったわ」
「成程、独立おめでとう。となると師事されたのはやはりエルフで?お名前を窺っても?」
「名前はヤースミーン師です」
「おぉ、まだご存命であったか。直接の面識は無いが、若い頃はあの方の講義によく通ったものだ。いやぁ懐かしい」
すると彼は居住まいを正し、自己紹介を始める。
「元宮廷魔術師第三席、ムアーダルだ。今となっては魔法生物と成り果てた哀れな男だがな」
なんとも自虐的な紹介である。
「元ってことは、この王宮の魔術師さんだったのですか?え?一体幾つ?」
「それよりも、昔はアンドロスコーピオンも宮仕え出来たのか?」
「いやいや飯はどうしてんだよ?」
「あの事件の時も現場にいたのかい?」
矢継ぎ早に繰り出される質問に、ムアーダルは一つ一つ答えていく。
★☆★☆
うむ、何から話したものか。順番に話していくのが間違いがないな。
ん゛ん゛、久しぶりに声を出すから喉がいま一つだ。
ああ、これはかたじけない。茶で喉を潤しながら話すとしよう。
飲食の必要のない魔法生物になっても、食べられない訳ではないからな。
ヒトだった頃には色んなものを食したのだが。
ん?この身体になった切っ掛け?順番に話すから急かすんじゃない。
宮廷魔術師第三席と言ったが、実力としては筆頭と言っても過言ではなかったのだ。
先代が引退した時、うまく立ち回った奴が居たんだよ。
ここまで聞くと察しは付くんじゃないか?
弁が立って外面がいい。魔術の腕だって上から数えた方が早い奴らだった。
真面目に腕を磨いて、分相応の金と地位と名声で満足していればよかったんだ。
ただ、欲深くプライドが高いクソジジイでこれがまた口うるさい。
こちとら研究できていれば満足で、お役所の面倒事から逃げていたら未完成の研究を持ってかれた訳だ。
そう私の”一体で複数の属性を備えた精霊”、融合精霊の作成の為の考察を勝手に持ち出したのだよ。
都合よく見積もって六割七割、実のところ成功率は五割を切っていたから更なる改良が必要としていたのに、奴は己の面子の為だけにアレを実行したのだ。
いろいろ並行して研究していたのだが、真面目に進捗報告していたのが仇となるとは皮肉な事だ。
進捗報告してれば邪魔が入らなかったし、それはこちらとしても願ったりかなったりだったしなぁ。
で、簡潔に言ってしまうと、
1・筆頭魔術師のジジイは晴れの舞台で国民相手にかっこいいところを見せ付けたかった。つまりは名声を高めたかったんだ。
2・おあつらえ向きに”国王陛下即位三十周年記念式典”があり、その目玉として精霊を融合、一気に緑化させて実力を誇示しようとする。
3・私の考察を元に、実行に移すと知ったのは式典から一週間を切っており、中止させようとしたら逆に軟禁される始末。
結果は見ての通り。とくには語るまい。
運が良かったのは、まだまだ利用価値があるからとか言って殺害はもとより追放されず、軟禁されたのが自分の研究室だったことだ。
私の研究も”少し”危険なものがあってな、万が一事故があった時被害が外に漏れぬように、対魔結界を施してあるのだ。
どんな研究かって?あの時、主にやっていたのは生物の融合だ。魔法陣の研究も一区切りついたので、精霊融合の見直しも兼ねて難易度を下げたのだ。
世の中には複数の生物的特徴を兼ね備えた”モノ”がいるだろう?全部がとは言わないが、幾つかは過去の偉人が手掛けた魔法生物と私は踏んでいる。
マンティコアやキメラの語源のキマイラなど、その線が濃い。
っと話がずれたか。あながちズレてもないのだが。
まさかあの時、自分の身体に術を施す羽目に陥るとは思わなんだわ。
あの日、外はお祭り騒ぎでも、こちらはいつもと変わらぬ軟禁生活だった。
外の喧騒が研究室まで聞こえてきたから、相当な盛り上がりだったのだろう。
ふと気付くと叫び声が聞こえ始めたんだ。
そしてドアの鍵を開けようとする音がしたのも束の間、研究室の壁がゆっくりと砂岩に変わって行くのを見て、ここが安全ではないと分かった。
兎に角、手あたり次第鞄に詰め込んで逃げ出した訳だ。
え?軟禁状態?
君、地下の隠し部屋は研究者の嗜みだよ。
対魔結界が張ってあったとは言え、地下への隠し戸を開ける頃には部屋全体が砂色に変わっていた。
あれは追いかけっこの様だった。
階段を下りる私を追う様に、後方が砂岩に変わって行くんだよ。
しかし隠し部屋に着くころには追い付かれてしまってね、着ていたローブは端から砕けて砂となって落ちていったよ。
え?なんで置換が緩やかだったのかって?
対魔結界を張るのに、ここの魔脈を少し拝借したからさ。そのお蔭で瞬間的な崩壊でなく、緩やかな侵食で済んだわけだ。
これも隠し部屋を地下に作っていたら、封印の間の隣の空洞を発見したおかげだなぁ。
自然に漏れていたのを利用したら命拾い出来るとは、なにがどう絡んでくるか分からないものだ。
なんだその目は?まったくこれだから一般人は。研究の何たるかを知らない。そう思わんかね?エステル。
まぁ、命からがら隠し部屋まで逃れられたが、助かったと思ったのは早計だったよ。
部屋に入りしなにすっ転んで、そこで初めて気づいた。
……足のつま先が砂に変わって無くなっているのに。
無くなっているのに血が一滴も出ないんだ。それどころか、じわじわと砂に変わっていってるのが分かった。自分の身体が違うものに変わっていくことが、感覚として分かるんだ。
流石に恐怖で鳥肌が立ったわ。けど、よくあそこでパニックを起こさなかったってあの時の自分を褒めたいよ。
頭にひらめいた対応策は、
1・この現象を解析して砂化を取り消す。
2・力技で魔法効果を打ち消す。
3・別の魔法を上書きする。
君たちならどうする?
3?つまらん、もう少し悩めよ。
時間があれば1なんだが、そんな悠長なこと言ってたら一山の砂になってしまう。
2は論外だ。融合精霊の影響に対抗するとなったら、司教クラスや魔導士クラスを何人そろえたらよいやら……
じゃあ、どんな魔法をかけるか。
”まさかサソリとの魔法生物化か!”
……
”あたりっぽいぞ”
”でも、なんか落ち込んでるわね”
”傷でも抉ったか?”
……うるさい。
ああ、そうともさ!土壇場で選択する魔法陣、間違ったよ!くそっ!
ふーふーふー……
”水でも飲んで落ち着け”
ぐっぐっぐ……はぁぁ
すまん。
ああ…あの時、合体の魔法陣と融合の魔法陣を取り違えてしまったんだ。
合体ってのは、この身体みたいなものだ。
一つの身体に別個の生物がくっ付いている。マーメイドやケンタウロスは既に種族として確立されているが、大昔の大魔導士が創造したと言われても不思議ではないな。
キマイラの様に、獅子の頭・山羊の胴・蛇の尻尾なんてのは本当に悪趣味な魔法生物だと思うよ。
マンティコアはどうなんだろう。獅子の身体にヒトの顔、特大の蝙蝠の羽に尻尾はサソリ。幾つもの言葉を駆使し、知識・魔法も相当と聞く。
いかん、また話がずれた。つまりは不可解な生物ってことだ。
融合のイメージは、ヒトの姿で要所要所をサソリの甲殻で覆い、尾骶骨からサソリの尻尾を生やすつもりだったんだ……
そこを合体の魔法陣を使ってしまったから、半人半蠍って訳だ。
厳密にいうと、私はアンドロスコーピオンではなくサソリとヒトの魔法生物なのだよ。
なんとも格好がつかぬわ、うぅ。
”ところで魔力と素材となるサソリはどこから?”
サソリは飼育していたからな。今でもその子孫はいるぞ。おい!
”うぉっ”
”でけぇ……”
”サミィより大きいわ”
寝床が魔脈の上だったせいで、ここまで大きくなったみたいだ。さらに眷属化したとはいえ頭もいいぞ。
さらに私もこいつらも腹が減らん。飲食は可能だがそこまで欲はないな。魔脈から漏れる魔力を浴びていると、これまた身体に馴染んでな。
これがある意味食事なのだろう。
ほれ、こっちこい。
なに?こわい?
ネコはあそこから動かん。私の背に乗ってなさい。
な?かわいいだろう?
私が合体した個体はこいつより大きな奴でな。合体したての頃は苦労したよ。
”そりゃ、そのサイズのサソリにヒトが合体すればちぐはぐだろうに……”
そう思うよな、実験で失敗したからその問題は解決してある。
”実験……”
”失敗したんだ”
研究は失敗と挑戦の連続だぞ。ぶっつけ本番で成功なんてとんでもない!
…ごほん。
合体過程で、それぞれの大きさの平均化を行うようにした。どう処理をしたかと言うと……
”簡単でお願いします”
……研究者の楽しみは結果の披露だと言うのに、無粋な奴だな。
合体も融合技術の一部を使ってるのだ。大きな身体を持った個体の一部を素材として、小さな身体の個体のサイズを大きくする。これを平均化と呼んでいる。
これも欠点があってな、私は記憶障害が起こった。流石に動物実験では分からんな。
すっぽり抜けてる記憶もあれば、ある魔法陣を作った記憶はあるのに内容が出てこない。
色々作り直したが、思い出せないものが沢山ある。もどかしくてたまらないよ。
★☆★☆
それはあの事件の、研究者視点からの話だった。
「唯一の生存者?」
「いつの時代も老害ってあるのね」
「砂への置換を魔法生物化することで生き延びたと?」
「よく上手い具合に効果の上書きが出来たわね」
「え?あのヒト一体何歳?」
サミィはダイアンの腕の中で大あくびをしている。
「はい!質問!」
「なんだ?」
エステル、お前は本当にぶれないな。
「魔法陣を間違えたって言ってたよね。合体やら融合の魔法陣って聞くとそれなりの大きさって思うのだけど、間違えるものなの?」
間違えた者に、なぜ間違えた?って聞くとは。お前残酷だな。ムアーダルも苦笑いしている。
「それは私の特技も関係していてな…見せた方が早いか。なにか当り障りのない魔法陣を紙に頼めるか?」
エステルは、なにの魔法陣にしようかと一瞬悩んだが、すぐにペンを走らせる。
「じゃ、これ」あっという間に一枚書き上げ手渡す。
ムアーダルは視線を走らせ一瞥する。
「水集めの魔法陣か。完成品を見るとシンプルで簡単そうだが難易度が高い。何より美しい魔法陣だ」
そう言うと紙を手に立ち上がる。
「ここではちょっと拙いから場所を変えよう。こっちだ、案内する」
背中にサソリを乗っけたまま先導していく。
警戒するのも今更である。立ち上がると皆と目配せして彼についていく。
彼は先頭に立って出てきた隠し扉をくぐる。
そこには通路が真っ直ぐ続き、両脇の壁は砂岩への置換は無く通常の石壁が残っていた。
ワンドで壁を軽く叩くと、うっすらと手前から奥へと発光し始めていく。
「発光している石の裏に魔法陣を刻んであるんだ。魔力を込めて叩くと少しの間光ってくれる」
出口は意外とすぐだった。
「ようこそ、私の秘密の研究室へ!」
そこは、ばあさまのの所の玄室と等しい空間が広がっていた。
まず目に入ったのは、壁一面に広がる魔法陣。
「わぁ…魔脈の上っていってなかったっけ?よく暴走しないね」
「大丈夫よナスリーン。陣をわざと欠かしてあるから発動しないわ」
エステルの発言にムアーダルはニヤニヤしている。きっと、こだわりを見抜いてくれる相手がいて嬉しいのだろう。
「紙が無くて仕方なしに刻んでいたら、壁一面になってしまったんだ。ここは完成したものばかりだが、研究中の物は別の部屋の壁でやっている」
今度は登り階段だ。
次に案内された部屋は、いかにも作業部屋といった態である。
俺達が入ると、壁際から先程のサソリと同等の大きさのものが二匹現れ、威嚇してくる。
「お前たち大丈夫だ。敵ではない」
背に乗っていたサソリが降りると、二匹と連れ立って壁際に控える。
「削っては均しを繰り返していたら、結構部屋が広がってな」
「百年もやってれば、そりゃ広がるわ……」
「じゃ、この部屋に刻もうか。この様に完成された魔法陣があれば、任意の場所に転写できるんだ」
片手で紙をぺらぺらかざしていたのだが、ムアーダルが紙に魔力を込めるとインクが反応して燃える様に光りはじめ、芯が入ったかの様にピンと立ち上がる。
「■ ■ ■ ■ 透写 ■ ■ 拡大 ■ ■ 転写」
呪文の発動と共に紙を床にかざす。
手のひら大の魔法陣が床に映し出されたかと思うと、すぐさま三倍ほどに拡大。そこから暫く床に魔法陣が映し出されたが、インクの発光が終わっても魔法陣はそのまま残った。
「こんな感じだ」
「「「「おー」」」」
なんか凄いとしかわからぬ者が四名。
「凄い、凄い!こ、これを身に着けられれば作業効率が跳ね上がります!素晴らしい!教えて!教えてください!儀式魔法の手間だって数段楽になります!お願いします!」
暴走した者が一名。
「そうか!この素晴らしさが分かるか!修行は辛いぞ!ついてこれるか?」
「勿論です!宜しくお願いします!先生!」
あ、暴走者が一名追加。
「おーい、下の調査終わらせとこうぜ。あと、もう一泊必要みたい」
「「「あーい」」」
暴走者は放っておいて、俺たちは玄室へ続きをしに階段を戻って行った。
きっとリリカルな某魔法少女たちの杖は、こんな仕様が基本ではないかと。
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