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54・砂の廃都

その夜は小さめのオアシスで過ごすことになった。


オアシスのほとりの少し開けた所にテントを張り火をおこす。


焚き木は周囲を散策するとすぐに集まり、ざっと見ただけではあるがヒトの入った形跡はない。


耳を澄ますと、鳥や動物の鳴き声や虫の鳴き声までする。


さらには魚の跳ねる音までしたのだ。あれはそれなりのサイズに違いない。うずうずしてくる。


「ヴィリューク、なにソワソワしてるのよ」


「や、何でもない」


星明りにきらめくオアシスの水面をチラチラ見ていたら声がかかった。


エステルに指摘されるとは、そんなに態度に出ていたか。


「不思議な所ね」


「なんでこんなのが出来たんだろうな。いや、オアシスだからだろうけどさ」


「そうねぇ……推測でしかないけれど」


皆の疑問にナスリーンが答え始める。




「まずあの渓谷からこちら側は、例の精霊災害の進行方向から外れているんだ。つまりは被害にあっていない元々の自然ってこと。


僕らにとっては砂の砂漠が身近だけど、旧王都の砂の滅亡の発端はこちらの”沙漠”、岩・石・砂の混ざり合った沙漠の緑化だったんだよ。


で、例の精霊の顕現による余波で旧王都はもちろん、周辺地域のありとあらゆるものが砂や砂岩に置換されたのは知ってると思うけど……


あ、これは関係ないか。


えーと、例の精霊の進行ルートから外れているし、砂化の波動はこの地形のお蔭で真上を通過して難を逃れたって感じかな?


だけど距離とかも考えると、ここまで波動が届いたかってのは怪しいね。


それからオアシスの緑だけれども、あそこの崖のお蔭で霧やら結露やら発生するだろうから、その恩恵だろうね。


そうそう、草食動物であるオルシルがあまり繁殖しない種ってのも、ここの緑が残っている理由の一つかな」


分かったような分からんような……要は出来るべくして出来たオアシスってことか?


こうしてオアシスの夜は更けてゆく。






翌朝。


「んふふーんーふふー♪」


俺は鼻歌交じりで魚を焼いている。人数分ブラス1、ちゃんとサミィの分もある。


火加減を見ながら竿と仕掛けの後片付けをしているのだ。


他のメンバーが奇異な目で俺を見るのだが何故だろう?


「砂地だから泥臭くはないだろうが……」」


「まさか沙漠の真ん中で焼き魚が食べられるとはね」


「まぁ、オアシスに魚がいない訳ではないんだけれども……」


「餌はどうしたんだろ」




魚がいて道具があるんだから、釣り糸を垂らすのは当然じゃないか?


餌は余った燻製の腸詰を使用したが、(つつ)かれるばかりで全くかからない。


ならばと小さい針に変更したら小魚ばかりかかる。ここで諦めるのがシロウトよ。


今度は小魚を餌に針も大きなものに変更。これが大正解。


食べるに十分なサイズを次々と釣り上げた。


その場で〆て、ヒレも華美なものではないので無毒なのだろうが念のため全て切って捨て、臓物も出しておく。


そしてポイポイっと池に投げ入れると、目の前で小魚が(つい)ばんで全て食べていった。なんという食物連鎖。


そんな感じで必要な数を釣り上げるのはあっという間だった。欲張らない事、これが肝心。




さて焼けた。


「いただきます」


まずは一口。頭の根元からかぶりつく。


サミィは腹からかぶりついている。


不味くはないが、海や川の魚の味を知っている身としては物足りない。干物にしたほうがよいのか?


けれども久しぶりの魚に大満足だ。


他の面々も不味い顔は無い。


「……すっごい違和感があるんだけど」


「沙漠で新鮮な焼き魚って……」


「塩加減がいいな。酒が欲しくなる」


「気分転換にはなるかしらねぇ」




朝から良い気分転換になった。


後ろ髪を引かれる思いだが、寄り道を切り上げていい加減目的地へ向かわねば。


「あぁ、このオアシスも色々調べたかったのになぁ」


「本来の目的を忘れてどうするのよ」


まったくだ。ほんとナスリーンはこの旅を満喫していると思う。いや、旅じゃねぇ、調査だ。




元来た道?を戻り渓谷まで到着すると、向こう側には渡らずそのまま渓谷沿いに進んでいく。


途中で向こう岸の低木の所にオルシルが集まっている。オアシスでも彼らを見たし、食べ物も豊富なはず。


ひょっとしたら、あそこの低木か低木の所にある何かが、彼らの好物なのかもしれない。


更に進むと幅が狭くなっている所があったので、ついでとばかりに渡ってしまう。狭いといってもヒトでは無理なのだが。


昼休憩の時にマーカーを確認したら渓谷沿いに飛ばしていたせいで、少し行き過ぎていたようだ。


黙って進む角度を少しづつ修正して、つじつまを合わせていく。目印もない砂漠だ、わかりゃしない。




いい加減ダレて来た。


配達便を一人でこなしてきた俺がダレているのだから、他のメンバーなぞ推して知るべしダルダルである。


巡航速度で飛ばしていたが、退屈は魔力効率に勝る……てことで速度重視で魔力を込め、同時に風防領域も強めにして入ってくる風をそよ風程度に維持しておく。


景色の流れるスピードが上がっても、皆からは特に指摘もない。代わり映えしない景色なので分かり難いせいもあるが。


休憩をはさみつつも飛ばした結果、日没前にはようやっと彼方に旧王都の姿が現れた。


目的地が見えたからか、皆の気分が上がったのが分かる。あともう少しだ。


今晩はこの辺で一泊。明日の昼前には到着できるだろう。






翌朝、気分が高揚したのか皆の起床が早い。


朝食も片付けもあっという間にすまし、じゅうたんに乗り込んだ。


飛ばしている間も皆の視線は一点に集中。前方の旧王都だ。


後ろに座っている皆の落ち着きのなさを感じながらじゅうたんを飛ばすと、昼前に俺たちはようやっと目的地の旧王都に到着した。




ナスリーンによると旧王都は四角く城壁で囲んでいるらしい。


現在は石の城壁が砂岩に置換されてしまっている。それでも素材が変わっただけで見た目は立派な城壁である。


城門は北を除いた三方にあり、事件当時は昼間だったので門は解放されていた。


今俺達がいる南正門は大きく開け放たれており、砂岩に変わっても当時の堅牢さを偲ばせる。


砂岩のアーチをくぐるとメインストリートが広がる。


旧王都を十字で区切ると、北半分が王宮を中心に、東が高級住宅街、西が宮廷関連施設、騎士団系や宮廷魔術師系の施設もこちらだ。


庶民たちは南側に集中している。店や工房、住宅街は明確に分かれてなかったそうだが、大まかに分けて東が店舗兼住宅、西が工房兼住宅が集まっていたらしい。


今となってはその区別もつかない。全て、建物から生き物まで、砂と砂岩に変わってしまったのだから。


さらに長い年月が風化を加速させており、家の形をした砂岩がいくつも潰れている。


建材が砂岩に置換したことによって、重みに耐えられなくなったのだろう。


それでもまだにしっかりと建っているいるものもある。


彼方に見える王宮は元々が石材で建てられていたおかげもあるのか、それが砂岩に変わっても大差ないらしく、壊れている所は殆どないらしい。


しかし生き物は別だ。


生き物は全て砂となった。


後日調査隊が建物の中で発見したものは、砂に埋もれる装飾品の形をした砂岩や武器や防具の形をした砂岩だった。


老若男女貴賤問わず、全て砂に変わった。


そんな砂の王都も数百年経った今、少しづつ変化がある。




アーチの影に雑草が生えている。


それも一本ではなく結構な数だ。風で種が飛んできたのだろう。


鳥のフンでも種が運ばれたりするが、砂漠のど真ん中となると鳥も見かける事は無い。


「ここから歩きだよ。止めてくれるかい?」


ナスリーンの指示でじゅうたんを止め、それぞれの荷物を引っ張り出す。


俺達が武器や防具を装備するのに対して、ナスリーンは調査用なのか記録用なのかポーチや背嚢を身に着けていく。


「敵対的な動物や魔物は今まで出て無いけど、一応警戒よろしく。まずは真っ直ぐ王宮まで行こう」


彼女の号令で、二列縦隊で歩きはじめる。


俺もじゅうたんは仕舞わずに、追尾モードで飛ばしておく。




そんな新しい土地でもサミィは自由気ままだ。


先頭に立ってあっちへウロウロ、抜かされておいてけぼりになると慌てて追いかけてくる。


ある時は、じゅうたんに乗って顔を洗っていたかと思うと、先頭に立って一鳴きする。


すると何もなかったはずの地面から、するするとヘビが道を譲っていく。


またある時は、前脚を一振りすると潜んでいたサソリが道の脇に弾き飛ばされ、連鎖するようにその先にいたサソリやトカゲが弾き飛ばされる。


何かしているのだろう。でなければ脚の届かぬ5メートル先のトカゲが飛ぶわけがない。


こうなってくるといい加減、サミィがただのスナネコでない事に皆が気付いてくる。


「ねぇ、サミィなんかおかしくない?」


「ん?あいつは凄いネコだからな」


「よくよく”視て”みると結構な魔力の塊だよね。しかも四つほどの塊を出し入れしてしてるし」


「「……」」


正体を知っている俺とエステルは苦笑しかできない。しかし四つの塊ってのは知らないな。


ナスリーンの指摘に俺たちも”視て”みる。


おう、大分サミィの魔力も大きく成長しているな。魔脈でたっぷりと吸収したとはいえ大したものだ。


気になるのは不自然に膨らんだ魔力のこぶだ。しかも四つ。


いぶかしんでいると、こぶの一つが飛び出し、葉っぱの形になって進んでいく。


”ぽふっ”


その葉っぱが潜んでいたトカゲを道の端に弾き飛ばして戻ってきた。


「エステル視たか?なんだありゃ?」


「うん、サミィの成長も凄いけど飛び出して行ったアレ、サミィの力とも違うわ」


「……ねぇ、あれって精霊じゃない?」


俺達の会話にしれっとナスリーンが混ざってきて一瞬固まる。


「……砂の精霊?」


「いやいやいや、スナネコが精霊を背中に乗っけて使役しているとかありえないし!」


「んー使役ってのとも違うと思うよ。結構動きが好き勝手してるし。なんだっけ、こういう関係……えーと、うん、共生か」


いつの間に……心当たりは研究所の祠の精霊たちしかいない。


「サミィ」


俺の呼びかけに戻ってくると、じゅうたんに飛び乗ってくる。


「にゃぁ「なに?」」


「その背中に載せているのは何だ?てか何時からだ?」


「みゅぅ、ぐるるる「砂の精霊よ。ほら、あそこにいた精霊」」


「やっぱり……あの祠のやつらか。よく無事だな」


エステルを除いた三人が目を見開いてサミィを見ている。いや、ナスリーンだけは目を輝かせている。なんだろう?


「なぁーぅ「砂漠に連れてきてあげるって言ったら大人しいものよ。なのにまだついてきたいらしいわ」」


砂漠(ここ)に連れてきてやるって約束なのに、着いても同行したがる…と」


「ヴィリュークちょっといい?」


「んエステル、あとじゃだめか」


「そうじゃなくて。サミィがね……全員に聞こえる様に話してるの」


その言葉にぐるりと見渡す。


アレシアは”なんでネコがなんでネコが”と呟き、ダイアンは”おぉ、しゃべった、すげぇ”と驚いてる。


「やっぱりぃぃぃ♪ただのスナネコじゃないと思っていんだよ~なになに、研究所の祠の精霊だよね?動物と精霊の共生関係だなんて初めて見た!しかもしゃべるというか思念を送っているって!しかもさっきの話っぷりだと、特定の相手だけに送ることも出来ればその場にいる全員にも送れて自由自在なのかな?すごいや!おまけにその魔力量!そこらの一般人なんて目じゃないね!魔法も使えそうだね!うぉぉぉ、これは記録せねば、大発見んんん!」


「帰って来い」頭を軽くチョップする。


「がぐっ」


恨めし気な目でにらんでくるのでにらみ返してやる。


(ひた)かんら」


「悪い悪い。だけどそれ発表するなよ。記録はいいけど」


「なんで!?調査報告はあげるよ!」


「なんでって……世間に知られたら面倒じゃないか、いろいろと。うまくぼかして書いてくれよ」


「うー……じゃ!公式と非公式ってのは?非公式の報告書は見せる相手を選ぶよ!」


どうしても記録に残したいらしい。変に縛りすぎて隠されるのも困るから、妥協しておくか。


「完成したら俺にも読ませてくれ」


「なに?検閲ぅ?」


「秘密を守ってほしいだけだ。二人も頼んだぞ」


溜め息をつきそうになって我慢する。


「凄いネコだからな。世間に騒がれると面倒だしな」ダイアンは二つ返事で了解する。


「……」


「アレシア?」


『ヴィリューク大丈夫よ』サミィが鳴かずに思念を飛ばしてくる。随分と呑気だ。


「あーもう、わかったわ。サミィの秘密は洩らしません。これでいい?」


『あなたなら大丈夫よ』


サミィはじゅうたんから降りて、先頭に立ちしなにアレシアの足に身体をこすりつけていった。





★☆★☆



「ん?」


男は眷属からの知らせに意識を向ける。見慣れぬモノが来たので警戒を喚起してきたのだ。


「時期的には調査隊のようだが……少ないな」


眷属の視界は不明瞭なもので大変わかりにくいものだが、男にとっては慣れたものである。


男が一、女が四……


「ひっ」


男が嫌いなネコがいるではないか。ここ数百年出会わずに済んでおり、砂漠を渡ってこれない事に枕を高くしていたのだ。


「奴らが連れてきたのか、くそっ」


しかしやることはいつもと同じだ。


「起動を一時停止させねばな。隠れ家も整理しておかないと…音を立てるわけにはいかぬ……」


地上の眷属には引き続き監視を指示する。


「お前たちは片付けだ。痕跡を一つ残らず片付けたら巣穴で大人しくしておれ」


男の言葉に答える様に彼の眷属───全長五十センチ程のサソリが三匹、ハサミを鳴らして了解と返事をする。


「ああ、毎度ながら面倒くさい」


そう言って半人半蠍の男は、自らの蠍の背中に荷物を載せて片付けを始めた。


お読みいただきありがとうございます。

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