53・砂漠の生き物
ちょっと汚い表現があります。ご注意を。
そいつに遭遇したのは、まだ日が高い時間帯だった。
「なんだありゃ?」
進行方向の左手前方。つまりは”軟らかい砂”の奥方向である。
その動きと様相から例えるなら、でかい芋虫である。しかし、高さが三・四メートルで長さが十メートル近い。
はじめ、頭だけが出ていたと思ったら、でてくるでてくる。あっという間にその姿を現した。
「おー珍しい。サンドクロウラーだね。あんな成りをしているけどおとなしい奴だよ。触っても大丈夫だし、危害を加えない限り襲ってこない。」
それならばと、じゅうたんを寄せて見る。
「へぇー、上はこうなっているのかー」ナスリーンがスケッチを始めるので、速度を合わせて飛ばしていく。
よく見てみると、芋虫にミミズを足してトカゲの皮膚のような色と質感がある。
「足もないのにどうやって進んでるのかなぁ」
「不思議だよね」
「まったくだ」
三人の疑問にナスリーンがこともなげに答える。
「体の表面に細かい棘があるんだよ。それが頭側から尻尾側に向けて生えていて、それを引っかけて前進しているのさ。まぁあの巨体だし、他にも何かありそうだけどね」
「へぇ、棘が生えてるとかよく知ってるな」
「うん、触れて撫でてみれば感触でわかるよ。棘と言っても刺さらないしね」
その言葉に皆でギョッと見つめる。
家畜や愛玩動物ならまだしも、大人しいとはいえ生きている魔物を素手で触るとは、図太い神経をしている。
視線に気付いたのか、スケッチの手を止め周りを見渡すが、すぐに作業に戻る。
「全然怖くないし危なくないって。あー、あの巨体は危険かな。こちらを気にしないから前に出ちゃうと踏み潰されるかも。けどあの子はまだ小さいね。記録によると、砂漠の主とも言える個体はもっと長いらしいよ」
どう反応してよいやら困ってしまう。
「な、なにを食べたらあんなに大きくなるんだろうね」
「普段、砂中を進んでるからそこに潜んでいる生物や魔物だと思うけど?確かにそれだけじゃ足りないよね?砂中や大気中のマナでも取り込んでいるのかな?」
ついでとばかりにスケッチの隅に疑問点を書き記すと、頭上に掲げて叫んだ。
「完成っ!」
その声を合図に、ずれていた進路を元に修正する。
「へぇ、良く描けてるわね」
「なんというか……写実的なタッチだね」
「ぷっ、なんだよ【長さ:わたし6人分強】って」
気になったので振り返り一緒にスケッチをのぞき込むと、特徴をよくとらえたサンドクロウラーが描かれていた。
一緒に描かれているのはディフォルメされたナスリーンの姿。人差し指を立ててウィンクまでしてる。吹き出しが出ていてその中には【太さ:わたし2.5人分】という一文もある。
「いいんじゃないか?」
あのまま報告書に添付する状況を想像してしまった。いやはや、なんとも。
日が沈み月明かりが煌々と砂漠を照らす頃合いに、ようやっと渓谷に到着した。
幸いなことに、サンドマンやスリーパーの襲撃が無いどころか奴らの出現すらなかった。
夕方には”軟らかい砂”地帯から脱出したのだが、あんなことがあった後なので安全・安心も考慮し、渓谷までじゅうたんを飛ばし続けた。
あのあとじゅうたんの上で、ナスリーンによる考察がなされた。
恐らくあの砂はサンドマンたちの排泄物ではないか。
言い方を変えれば、彼らの身体を構成していた砂が何らかの原因で繋がりが絶たれ、蓄積したものではないかと。
現在、この軟らかい砂には相当数のサンドマンが休眠状態になっていると予想される。
彼らの食事は魔力だ。
一寸の虫にも五分の魂とはよく言ったもので、虫や小動物にも僅かながら魔力はある。運が良ければ休眠状態から活動状態まで復活できる魔力を得ることが出来るかもしれないが、確立としては低い。
今回俺のじゅうたんには群がらず、彼女らに取り付いた原因はいわずもがな。
大掛かりな装備で砂漠をスキップした馬鹿共だ。
さらにナスリーンとアレシアが頭から砂まみれになったのが決定打のようだ。
休眠状態のサンドマンを取り付けたまま、いや魔力に反応して取り付いたのだろう。じっくりと魔力を吸収し、サンドマンからスリーパーに急成長したのだろう。
二体ともスリーパー状態で休眠したとは考えにくい。サンドマンからスリーパーに成長したあたりから魔力吸収量が増え、魔力欠乏症に陥ったと考えるのが妥当だ。
となると疑問なのが砂の珠である。あんなもの頭につけていたら気付きそうなものなのだが。
それともエステルのじゅうたんの魔力を吸収してから大きくなったのか。今となっては分からないし、実験をしたいとも思わない。
それから奴らの魔物としての能力も気になる。
ナスリーンによると、スリーパーは名前のまんまの能力があるそうだ。そう、睡眠を誘発させる。
どんな生物も休息状態の方が色々と回復しやすい。
つまり奴らは、強制的に眠りによる休息状態にして、回復する端から魔力を吸収していき、満足したら離れていく。
そう考えると今回のスリーパーは欲張りだったな。調子にでものったか?
奴らの生態についてはこれ位にして、対策は簡単だが砂漠では困難である。
要は俺がやったように、水で洗い流してしまえばよい。
ナスリーンは今、交換日記での報告に夢中だ。王都のギルド長相手に筆談をしているらしい。魔力回復もどこまで行ってるか怪しいが、エステルに言って適当な所で切上げさせないとな。
そう言えばダイアンがサミィに夢中になっている。
そりゃそうだろう。あの小さな身体で自分と同等の働きをしたのだ。
そしたらこうなった。
「お前はほんと大した奴だなぁ~」
そう言って全身ブラッシングの真っ最中だ。
はじめはサミィが俺にお願いをしてきたので諸々用意していたら、ダイアンがもじもじしながら立候補してきた。
断る理由もないのでやり方を教えて任せてしまった。
現在も、思い切りまなじりを下げながらブラッシングしており、されてる方のサミィも、心地よさげに喉を鳴らしている
「しかも可愛いときたもんだ……ん~ん~ん~♪」
鼻歌まで出てくるとはご機嫌だな。
言葉を理解していて、人化できると知ったらどうなるのだろう。
まぁ、その辺りは釘を刺しているし、サミィも理解している。
ともあれ良い関係が築けてなによりだ。
翌朝、地面を踏みしめる音で目が覚めた。
エステルの水汲みだろう。
渓谷付近の地面は砂ではない。付近から飛ばされてきた砂が積もっているが、少し掃うとシャベルも突き立たない固い土だ。
そんな場所でも、湿気の多い場所には違いない。あちこちに茂みや低木がある。オアシスとはまた違った植生である。
朝のルーチンもそこそこに、今日も旧王都へじゅうたんを飛ばす。
渓谷を旧王都方向へ遡り、行程に影響のない範囲で地図の空白地帯を埋めていく。
渓谷を右手に見ながら移動している。渓谷と言っても、水があるのは地表から更に下だ。長い年月を経て少しづつ侵食していったのだろう。
地表から大体十メートルほど下に水面が見える。絶壁なので一度落ちたら這い上がれないし、這い上がるには上流か下流へ移動して見つけるより他ないのだが、見つかる保証もない。
さらに、渓谷と言ったが殆ど水の流れが無く淀んでおり、喉が渇いてもこの水を飲んではいけない。
「このまま渓谷沿いに移動すれば、水不足に悩まされないんじゃないか?」
ダイアンは俺が警告したいことを口にしてくれる。ある意味有り難い個性だ。
「そう思うのも仕方ないけど、ちょっと飲みたくない色の水だよ」
「水を汲むにも長いロープと桶が必要だわ」
「お腹壊しそうだね」
女性陣が三者三様のツッコミを入れてくる。
「な、なんだよちょっと思っただけじゃないか」周りからの反応に慌てるダイアン。
「飲用に適してなくとも使い道はある。布やターバンをあの水で濡らして頭に巻けば、熱対策にはなるぞ。むかし救助した奴は、水も無くなって已むに已まれずどうしたと思う?」
皆の顔を見渡すが、思いつかないらしい。
「ターバンを小便で濡らして、熱除けにしていた」
”うわぁ”と言う声が響くが構わず続ける。
「汚いと思うだろうが、乾くと同時に熱も冷めるんだ。そこまで必死になってそいつは俺に出会えて生き長らえた。半日見つけるのが遅かったら手遅れだったろうな。これが砂漠での生存術の一つだ」
快適な旅であるが、ここが砂漠と言う事を思い出してくれたようだ。皆、真面目な顔になっている。
「それから飲用に適してない明らかな理由が見えるんだが……わかるか?」
「うーん、あれかしら」アレシアが指さす先の水面には何か浮かんでいる。
水面までじゅうたんを降下させ、問題の物体の正体を教える。
「正解は死んだスナリスでした」
恐らく天敵に追いかけられ、ここに逃げ込んだのだろう。しかし良かったのはここまで。
休む場所は無い、かと言って登れる訳でもなし、水で身体が冷え体力を奪い、餌は無い。
結果は溺死。
その結果、死骸によって水は穢され、他の者も飲めなくなる。
ここが復活するのは、雨期の雨で全て洗い流された後の数日・数週間だけになる。
「だけど水術師がいればここの水も安全に利用できるって訳だ。はい、エステルさんに拍手~」
場に流されて散発的に拍手が打ち鳴らされる。
得も言われぬ微妙な空気になってしまう。かといって明るい話題があるわけでもないのだが。
相変わらず特に変化もない景色が続いている。
横の渓谷の幅は、広く狭く変化しているが、ヒトが越えられるほど狭い箇所は無い。勿論じゅうたんは例外だ。
それに気付いたのは、アレシアとエステルだった。
「何か動いてない?」
「何かいるね、何だろ?」
しばらく飛ばしてみて正体が分かった。
低木の群生地があり、そこにヤギのようなサイズの草食動物が十匹ほど群れを成していたのだ。
ヤギと違うのは、茶の体毛は短く、角は頭から後方に向けて、一角獣のような真っ直ぐねじれたものが二本生えている。
「オルシルだ……なんて見事な角……あの角だけでも狩る価値がある」ダイアンの呟きにナスリーンが懇願する。
「それは止めたげておくれ、ダイアン。あの子達は狩猟による絶滅寸前からやっと増え始めたのさ」
既に俺たちに気付いていたのだろう。更に接近すると警戒して逃げ始めるのだが、方向が問題だった。
「なんで渓谷の方に逃げるのかな?」
「ヴィリューク君、ついていって。いいものが見れるよ」
速度はそのままに、群れについていくと渓谷についてしまった。
しかし群れの速度は緩まずに、そのまま突っ込んでいく。
あわや渓谷に落ちると思いきや、オルシル達は流れる様に対岸へとび越えていく。
ヒトには無理でも彼らには可能と言う事か。
が……
一匹取り残されてしまった。
追い詰めてはいけないと思い、距離を空けて停止させる。
「身体が他のと比べると小さいね。若い個体かな?」エステルの呟きを聞きながら黙って見守る。
若いオルシルは飛び越えようとするのだが、助走スピードが不十分でやめてしまう。
しかしためらいは一度だけであった。対岸では群れが飛び越えてくるのを待っている。
スピードは十分だった。しかし踏切りが結構手前で踏み切った為、飛距離が足りない。
前脚は届いた。
後脚は……届かず腹で着地してしまい、必死な匍匐前進でなんとか後脚が端に引っかかったら、そこからは早かった。
一気に立ち上がると、軽快な足取りで仲間の元へ向かう。
その様子に、見守っていたじゅうたんの面々の握りしめていた拳も、自然とほどける。
ようやく最後の一頭が合流したオルシルの群れは、移動を再開し走り去った。
「行っちゃったねぇ」
「どこで休むのかな」
「その辺じゃないか?」
「見渡す限り何もないぞ」
「ついていったらあったりして」
「はぁ」
もうそろそろ夕日も完全に沈み、月明かりが照らす頃合いなのに、未だじゅうたんを飛ばしている。
雇われの身としては雇用主の気まぐれや、多数決には負けてしまう。。
うん、対岸に移動した俺たちは、長い事オルシルの群れを追いかけているわけだ。
遠くに見据えながら追いかけていると、大きく右に進路を変え、回り込むようにして姿が消えていく。。
……あぁ、あそこから坂になってるんだな。そのまま飛び降りるには高すぎるのだろう。その点、じゅうたんは問題ない。
彼らに追従しないで真っ直ぐ進むと、気持ち上り坂になっているがそのまま突っ込む。
その先は……
崖だった。
地面が無い。一気に視界が開ける。
「ひっ」誰か知らないが、息をのむ声がする。
出力を上げて高度を保つ。危ない危ない、墜落はしないが肝を冷やした。
上昇気流を感じながら改めて見渡すと、後方には坂道というか獣道をゆっくり下るオルシルの群れ、高さ四~五十メートル程もある崖が後方の左右に続き、斜面には低いながらも草木が生い茂っている。
それよりもっと驚いたのは、眼下に広がる緑豊かなオアシス群だった。
アレで濡らして云々というのは結構有名な手段です。気化熱で涼を得るってやつですね。なりふりかまってたら暑さで死にます。砂漠って過酷だ。
あと最後の生き物は、自分でも蛇足だなぁと思ってしまったり^^;
文才があれば蛇足にも格好がつくのになぁ。
頑張りますので、生温かい目で見守っていただけると幸いです。
感想・評価、お待ちしております。
今回もお読みいただきありがとうございます。




