51・軟らかい砂
昼寝から彼女らが起き出すと、周囲の砂の山に首をかしげた。
アレはどうしたのかと聞いてくるので、ただ単に”少しは寝やすかっただろ?”と返すと勝手に納得してくれた。
ついでに”明日は手伝ってくれ”と約束を取り付ける。
昼寝から覚めてもまずは水分補給。ちびちびと確実に補給させ、天幕を片付けたら午後の移動の開始だ。
その日の移動は何事もなく。
夕飯時にナスリーンが訊ねてきた。
「水の消費はどんな感じ?」
「小樽で五つだな」指折り数えて返答する。
「ちょっと多めかな?」
「初日だしこんなものだろう。身体が慣れて来れば消費も必要なだけになるさ」
「そうなるといいわね。じゃ、エステル明日は水汲みお願いね」
「へ?」間抜けな声を出すな。
「頼んだぞ、水術師」この調査隊に参加した理由を忘れてるな。
「あ、そ、そうね。水の補給をしないとね。明日朝一でやっとくわ」
俺がやっちまったらエステルの立場が無くなる。ナスリーンは俺の能力を知っているっぽいが、それにも拘わらずエステルの参加を承認した。
大した理由があろうとなかろうと、二人の顔をつぶさない様に立ち回らないと。
「エステル、エステル」
「ん、ん~」
「エステル、水汲みしないと」
「ん~……」
一向に起きる気配がない。かと言ってテントに入る訳にもいかないし。
ふと横を向いた視線の向こうでは、サミィが朝の狩りをしている所だった。
「サミィ」
呼んだらすぐ来てくれた。
「なぁぅ」
「中入ってエステルを起こしてくれないか。場合によっては耳を一舐めしてやればいい」
サミィは俺を見上げると仕方ないわねと言った態で、顔を前脚で一擦りしてテントの中に入っていく。
その間に俺は空の樽を並べて、水採取の用意をしておく。
しばらくすると「ひっ」と短く高い悲鳴のようなものが聞こえ、少したってからエステルが右耳を擦りながら出てきた。
「おはよう」こすってない左耳も赤いな。
「おはよ」気持ち縮こまって挨拶が返ってきた。
「さ、水汲みしよう」
樽の蓋の穴にじょうごを差し込み、準備良し。
「■■■ ■■ ■■■■ 水よ」
エステルの詠唱が完了すると、あたりの湿気が彼女の手元に収束。
かざしていた両手の中心から、糸の様な細い流れが出来る。
細い糸が太めのロープに変わり、次々と樽を満たしていったが三つ目の樽まで。四つ目を満たすには水の集まりが悪すぎる。
水を集めるには、周囲の湿気が不十分なのだろう。元の勢いで集めるには移動しないと無理なのだが、ここは交代するか。
他の皆がまだ出てきていないことを確認して、水を作り出す。
言葉に出せば確かに楽なのだが、楽ばかりしてるといざという時に困る。ここは意思の力だけで行う。
意識を集中させると手元から水が湧き出てくる。何もない手元から、泉のようにこんこんと出てくる。
五つ目の樽が満タンになるのはすぐだった。
エステルは黙って俺の手元を見ていた。
「エステルはさ、俺が水使いっての知ってただろ?何であの時、水術師として立候補したんだ?じいさんが腰を痛めたのは自業自得で、責任を感じる必要はないし」
「うーん……なんか反射的にね。旧王都いくじゃない?王都とか実家と違って旧王都へ行くチャンスはそうそう無いもの。しかもあなたのじゅうたんだから不安は無いし……ってこの理由は後付けかな」
「好奇心ってことか」
「かな?っと、あまり旺盛だと墓穴掘っちゃうかしら」
「大きな子猫みたいに助かるとは限らないからな」
「ふふっ、そうね」
テントからは丁度ダイアンが出てくるところだった。
砂漠の旅も淡々と行程を消化していき三日目の夜。王都を出てから四日目だ。
エステルは水術師として務めを果たし、暇なときは新しい魔道具や魔法陣の構想を練っている。
ナスリーンは色々と記録を取るのに忙しい。地図の更新、朝晩に砂漠の生態調査。夜には”交換日記”でギルド長と連絡を取り合っている。
残った俺たちは雑用だ。余りものみたいで聞こえが悪いが、要はやることがないので手伝いをしている。
昼に天幕を張ったり、天幕の影の砂地を掘り起こしたり、快適に過ごすため自主的に動いている。
そんな感じの、砂漠の旅にも慣れ始めた三日目の夜。
満天の星空。雲一つない砂漠の夜は冷える。
寒空の下、毛布をかぶりながら明りを灯し、地図を挟みながらナスリーンと明日以降の行程を打ち合わせ中。
ナスリーンはサミィを抱えており、温かそうだ。
「分かっていたことだけれども、ここまでは順調ね」
「このまま進むと”軟らかい砂”にぶつかる、と。そうしたら南に転進。渓谷が見える頃には”砂”も普通のものに戻っている」
「そしたら渓谷沿いに東に進むと”旧王都”ってわけさ」
地図上には王都側からの”砂”の始まりと旧王都側からの”砂”の始まりが記載されている。同様に渓谷側もだ。
つまり、Uの字状に調べがついている。分かっていないのは北側と、果たして中央も全部”砂”で埋め尽くされているのか、だ。
普通だと中は砂で詰まっている考える。
地図作製者は違う。確認されていないうちは、そこは空白地帯だ。故に、何も無いなら無いで白黒はっきりさせなくてはならない。
「全部は確認できないぞ。今回はどこまで確認する?」
「そうだね。まず砂にぶつかったらマーカーで位置をはっきりさせよう。そこから真ん中あたりまで進んだら南進。渓谷にぶつかったら今回の調査はそこまでって感じかな」
「妥当なとこだろ。目的地はまだ先だ」
砂漠四日目。
「なにこれ、おもしろーい♪」
アレシアが黄色い歓声を上げて砂地をスキップし、じゅうたんの上ではダイアンが満足げに喉を鳴らして水を飲んでいる。
「アレシア~、次は僕だからね~」ナスリーンは羨まし気だ。
昼休憩も終わった午後の行程で、”軟らかい砂”地帯に突入したのだ。
昼休憩後、移動を始めてすぐに砂に違和感を感じた。
すぐにじゅうたんを降ろし歩いて確認してみると、足がずぶずぶ埋まって歩きにくい。
サミィは平気で歩いてるが、大柄なダイアンになると次の一歩を踏み出す間に、軸足の足首まで沈むため大変苦労している。
それを見ていたエステルが何やら拵えると、ダイアンを呼び寄せる。
出来上がったのは、赤ん坊のおんぶ紐を大きくしたもの。そのおんぶ紐から前後に二本づつ、計四本のロープが出ている。
エステルの指示の元、ダイアンがおんぶ紐の座面を跨ぐ様に足を通す。
四本のロープは一纏めにされ、じゅうたんの牽引用フックにひっかけられた。
エステルがゆっくりと上昇させると、ロープはピンと張り、そのままダイアンを持ち上げると思いきや結構伸びていく。
高度を調整すると、ロープの伸びとダイアンが接地する丁度良いバランスで停止させた。
「ダイアン~、どんなかんじ~?」
「こういうのを足が地についていないって奴なんだな。なんか変な感じだ」
「ちょっとジャンプして見て」
ダイアンが言われるがままに跳んでみると、ロープの弾力も加わって、軽く力を入れただけなのに一メートルは優に跳び上がった。
「お?おぉおお!?」
「発進させるわよ。着地したらちゃんと砂を蹴ってね」
いつもより遅めにじゅうたんを発進させると、宙吊りになっているダイアンも引っ張られる。
バランスを取って砂を蹴り、空中で姿勢を安定させようとするが、始めは高く跳ぶばかりでロープ引っ張られてしまう。
何度か繰り返していくとコツをつかんだのか、一蹴りでしっかりとじゅうたんに追従できるほどになる。
「と、飛んでる!速っ、はははは!」
着地後の再ジャンプが遅いと引き摺られてしまうのだが、その点ダイアンはうまくやっている。一っ飛び五メートル以上。まぁ、ロープの弾力のタイミングを合わせれば、さほど力が必要ないのも理由の一つである。
そんな楽しい時間も限界が来る。
じゅうたんとロープのアシストがあるとはいえ、全身運動だ。さらに風を切っているとはいえ砂漠の熱風と気温。
汗だくになって満喫したダイアンは、アレシアと交替するのだった。
「ヴィリューク、ちょっと着替えるから後ろ向くんじゃないぞ」
「そんな命知らずな事するか!」ダイアンの一撃?エステルに一撃喰らった過去を思い出し、ダイアンの一撃を想像して身震いする。
「ヴィリューク~、ダイアンの裸そんなのなんかほっといて早くー」
「はいはい」じゅうたんをゆっくりと発進。
「そんなのとはなんだー!」
「ダイアン、ヴィリューク君の背中に押し付けちゃえば?」
「ななな、なにお!?」
「大胆なんだか純情なんだかよく分からわないね、ダイアンは」
何も聞こえない、聞こえませんよ。
「あはは、あははははは♪」
この妙な遊びにどれだけ付き合ったのだろう。通常飛行より距離は稼げてないのに、移動時間はいつも通りだ。
アレシアとナスリーンは最後の着地に失敗して、全身砂まみれになった。
今日は結局時間切れで、”軟らかい砂”の踏破は翌日に持ち越された次第。
”軟らかい砂”も敷物を一枚敷いてしまえば歩行に支障は無くなる。
なので必要な範囲だけ敷物を敷いておく。
「と言う事で」
「唐突に何を言い出す?」
「覗いたらぶっころす!」
「だから覗かないって」
「汗と砂であちこち気持ち悪いのよ。大人しくしていてね」
エステル、解説はいらない。
「ヴィリューク、悪いね。ダイアンはちょっとこの手の類いに神経質なの」
気にはしてないが、アレシアが一言詫びてくる。
「もしかして」
「もしかしなくとも爺さんのせいよ」
エロ爺の被害にあって神経質になったのか、うん、こっちも気を付けておこうか。
その晩彼女等は、就寝前に久しぶりの水を使った清拭をしてさっぱりとし、熟睡するのであった。
砂漠五日目。
昨日は遊んでしまったので、行程としては遅れている。しかしリディでの移動と比べると、倍以上のスピードだから苦労は半分なのだがね。
みんなで朝食を囲んでいると、アレシアとナスリーンの表情がおかしいことに気付いた。
「二人とも昨日の疲れが抜けないのか?」
「ナスリーンはともかくアレシア、だらしがねぇぞ」
「そういうダイアンはどうなのよ」
「俺か?軽い筋肉痛があるくらいだな。普段使わない筋肉ところがちょっと痛い。エステルは?」
「ダイアンは力入れ過ぎなのよ。私は夜にストレッチしておいたから問題なし」
「なんかずりぃ」
もう少し静かに食べられないのだろうか。朝から疲れてしまう。朝は静かにまったりが好きなんだよ。
それにしても二人とも、動きが怠くて重そうである。
「二人とも移動中は横になっているといい。揺らさない様に飛ばすから」
「そう?助かるわ。んぁーもう、髪の中が砂でざりざりする。昨晩落としたはずなのに~」
アレシアが髪を捌くと砂がパラパラ落ちてくる。
「僕もなんだよね。ここの砂は髪にまとわりつくのかな」
ナスリーンも同様に手櫛で髪を捌いている。
昨日の遅れも取り戻さねばならないので、今日は遊びはなしだ。
全員じゅうたんの上のヒトとなり、俺はいつもより気を使って高度を保つ。
日も高くなり、ダイアンが自分の身体の影にアレシアを入れてかばっている。
額の汗を拭いてやると、アレシアは相槌を打つようにダイアンの足を指先で叩いて合図する。
それは”大丈夫、心配するな”と言ってるかの様だ。
何度か繰り返していると、足を叩いていた手がぱたりと落ちてしまった。
眠ってしまったのだろうか。
ダイアンはアレシアの手を楽な位置に直してやると、今度はナスリーンが彼女に身体を預けてきた。
横になるほどではないと言って、いつもの様に座っていたのだ。
「ナスリーン?辛いなら横になった方が……」ダイアンは支えながら問いかけるが、当人は一瞬意識が飛んでいたようで聞こえてなかったらしい。
「おかしい……」
「え?」
「食事も水分補給も万全。暑さ対策だって以前より快適なくらい。にも拘らず突発的な体調不良……」
「アレシア、アレシア……起きて……アレシア」ナスリーンが弱々しい力で揺すって起こそうとする。
「ナスリーン、せっかく眠ったのにかわいそうだって」
ダイアンが軽く抗議するがナスリーンは構わず続ける。しかしアレシアはうめき声一つ上げない。
そこへエステルが割って入った。
「二人とも離れて。寝ているんじゃないわ、意識がないのよ」
「どうしたんだ?俺が見た行き倒れ達とも症状が違うぞ」
エステルの言葉を無視し、ナスリーンは重い体を引き摺ってアレシアの額に右手を置く。
人差し指の指輪の魔石が魔力を増幅して鈍く光る。そこまで消耗しているのか。
すぅ、はぁ。呼吸を整えて呪文を行使。
「■■■ ■■ ■■■ 分析」
ナスリーンは目をつむり、そのままの姿勢でアレシアの容体を調べていく。
「脈拍正常、呼吸はゆるやか、大きな外傷無し、軽いやけど……これは日焼けね……蓄積魔力が、ない!」
「急性魔力欠乏症……」エステルが息をのむ。
「なにか患って欠乏症になったのか…それとも吸い取られたのか……いずれにせよ回復・補充してあげないと……」
そこまで話すとナスリーンも意識を失い、アレシアの胸に突っ伏してしまう所を無事な二人が慌てて支える。
二人の周りには砂が散らばっている。一体どうしたらいいんだ!
ジャンプのイメージとしては、ハーネス付けて程よいゴムの補助で飛び跳ねてる感じです。
どこかの施設のでっかい機械で、それに座ると月面体験とか言って飛び跳ねられたものが記憶にあるのですが、幻だったかもしれません。
お読みいただきありがとうございます。




