50・大きな子猫
こつこつ続けてやっと50話。
読者の皆様のおかげです。ありがとうございます。
今日から砂漠の旅となる。
朝食が終わりテントを畳む前に、ガラビアを渡す。ギルドで積み込んだ分なので、あるのは知っていた。それらを渡したのだ。
俺とナスリーン以外、いつもの格好だったので半ば強制である。
ダイアンが拒否反応を示したが、ナスリーンの取り成しで渋々同意する。
暫くは武器の世話になるようなこともないし、暑さ対策の方が重要であると説明したのだが、盾だけは背負うと言って聞かなかった。
どうやら、身を持って体験しないと分からんようだから好きにさせる。
ナスリーンとテントの外で着替えるのを待つ。
待つこと暫し。ぞろぞろとテントから現れるが、エステルの耳が替わってない。
「エステル、耳飾りを替えないと」
「あ、忘れていた!」慌てて鞄をひっくり返し、エルフの耳飾りに付け替える。
「これがないと大変なことになるからねー」
「大変な事って?」アレシアが訊ねてくる。
「エルフは肌が弱いから、日焼けすると真っ赤に腫れあがるんだよ。ちなみに僕のこれもエルフの耳飾りだよ」
ナスリーンが髪をかき上げ、耳飾りを見せてくる。
「……見覚えのあるデザインだけれど、ひょっとして師匠から?」
「そ、小さい頃に、ジャスミンおばさまにねだって作ってもらったのさ」
「ちょ、ちょっと見せてくれる?」
エステルは外した耳飾りを引っ手繰るように受取ると、裏に表にと何度もひっくり返し、魔法陣を確認し始める。
「違う。エルフの耳飾りの様だけど、効果対象や効果内容が違う。エルフがこれを付けても発動しないわ。なら何を対象に……」
何かに気付いたのかナスリーンに詰め寄る。
「これはあなた専用の耳飾りね!ハーフエルフだとエルフの耳飾りは効果を発揮しない。師匠らしい考えだわ”ならば作ってしまえ!”と。これは面白いわ。恐らく別のハーフエルフが身に着けてもダメでしょうね。その点エルフの耳飾りとは一線を画すわ。これはあなたの為だけに作られた物よ。素晴らしいわ。夜にでも魔法陣を書き写させて!ね、お願い!」
「わ、わかったよ。夜にね」あまりの勢いに押し切られてしまうナスリーン。
「大事なものを忘れてたよ。ヴィリューク君、これ」
ナスリーンに手渡されたのは何の変哲もない指輪。よく見ると内側にルーンが刻まれている。
「これをはめてマーカーを探知して見て」
言われるがままに指輪をはめようとして……小さい、はまらん。いや、なんとか小指にはまった。
「あちゃー流石に小さかったか」
「薬指にはめられちゃったらどうするつもりだったのかしら」
「なんだよナスリーン、あんなのが好みか?」
「な、な、な、いつのまに!」
女ども、うるさいぞ。
黙殺し、魔力を込め手を打ち鳴らすが使い勝手が……小指の指輪に注意深く魔力を馴染ませ、手を広げて一回転。
王都・オアシス・彼方に港町、そして今まで反応がなかった方向に反応が出る。これが旧王都か。
それぞれの方向を地面に足で印をつけ、地図と照らし合わせる。
「現在位置はここだ」まだこの辺はマーカーを確認しなくとも位置は分かる。
「恐らく四日後、五日もあれば旧王都には到着するだろう」
「目的地が明らかでマーカーも確認できたじゃない。じゅうたんで一日の誤差を出した理由は?」
エステル、勘ぐりすぎだ。
「旧王都周辺の魔物も気になるけど、じゅうたんでしか行けないところを調査したいんじゃないか?な?ナスリーン?」
「やたっ!いいの?軟らかい砂のある程度の範囲も知りたいし、渓谷の向こう側とかもじゅうたんなら一っ飛びだよね?狭いところもあって渡れるんだけど、戻るのが大変でさ。いやぁ、調査がはかどるなぁ」
それでは出発しようと音頭を取ると、皆ぞろぞろとじゅうたんに乗る。と、その前に配る物がある。
「じゃ、皆にこれを配っておく」一人一人に手渡したものは……
「水袋?」
「水は貴重だけど、節約してもいけない。特に砂漠では脱水症状に注意だ。我慢しすぎ無いようにちゃんと水分補給してな。あと、これ」
さらに小さな巾着袋も追加する。
「なんだこれ?」
「あぁ、塩だね」ナスリーンは知ってるよな。
「汗をかくのは当たり前として、水を飲むとき合わせて塩も舐める様に。暑さでバテなくなるから」
「塩なんか食べたらさらに喉が渇くじゃないか。おかしいだろ」ダイアン、お約束ありがとう。
「塩は生き物にとって必要欠かさざる物なんだよ。リディにだって定期的に塩を与えているんだから」
「使わなくとも、食事のスープとかの塩っ気が物足りなくなるから、そこで補給してもいい」
そんなもんかねぇ……と呟きながら、ダイアンは懐に巾着をしまい込んでいった。
まだ昼前だというのに俺の後ろは大変静かだ。
俺たちの肌の色が、耳飾りの効果で褐色に変わるくらいの強烈な日差しに、みな早くもグロッキーになっている。
時々聞こえるのは水袋がこすれる音、喉を鳴らして水を飲む音。砂漠の入り口だってのにこの先大丈夫だろうか。
リディでの旅と違って速度が出るので、肌に風が当たり少しはマシなのだが、熱風では彼女たちにはどれだけ有り難いか理解しにくいらしい。
ちなみに風防領域を調節して、程よい風量にしてある。もう一度言おう、風があると結構マシなのだ。
にゃう。
全くヒト達は軟弱だ。例外はヴィリュークくらいだろう。
太陽がそろそろ天頂に差し掛かろうという頃合いに、じゅうたんはゆっくりと停止した。
娘っ子達がじゅうたんからノロノロと降りて伸びを始める中、ヴィリュークはテキパキと作業を始める。
日陰を作るために天幕を建て、その影の下にじゅうたんを移動させると、その影に逃げ込む娘っ子達。
それを尻目にスナネコのわたしは、前脚を突き出しお尻を高く上げて思い切り伸びをして周囲の確認に入る。
ヴィリュークだけでは負担が大きい。砂漠に慣れていない娘っ子がたくさんいるのだ。面倒を見てやるのは年長者として当然だ。
サソリやヘビがいたら、追い払うか始末しておかないと。狩りの仕方も教えた方がいいかもしれない。
じゅうたんを中心に渦を広げる様になわばりを広げる。
すると背中で眠っていたはずの砂の精霊がするりと砂地に降りて、見回りについてくる。平ぺったい柳の葉が砂の海を飛び跳ねる。
精霊たちを従えて見回っているとサソリを発見。どうってことない。爪を一閃して仕留めると、真似する様に精霊たちはサソリを砂から跳ね上げ無防備にすると、追撃の体当たりで真っ二つにしてしまう。
必要以上に取りすぎてはいけない。次に見つけたサソリは、じゅうたんの遠くへ弾き飛ばす。すると精霊たちも同様に遠くに弾き飛ばし始める。なにか遊びと勘違いしてないだろうか。
とにかくじゅうたんの日陰に奴らがこれないように、遠くへ弾き飛ばす。
見回りを続けていると、ヘビが砂に隠れているのを発見した。
”アレシア、なんか隠れてるぞ”
”っ!ダイアン近付いちゃ駄目っ”
娘っ子二人の会話が聞こえたが、それより大きな娘が無造作にヘビに近寄るのを見て慌てて向かう。
ぐったりしていたのに好奇心ばかり旺盛な子だ。
仲間の子供たちが何匹ヤツの毒にやられたことか。
ヘビに向かって一気に加速すると、精霊たちもそれに追従する。
……ヘビが娘っ子に飛びかかり、わたしがその頭めがけて牙と爪で攻撃し、精霊たちが砂に潜ったのはほぼ同時だった。
必殺のタイミングであったが、それはヘビにとっても同じ。娘っ子が噛まれてしまった後に狩っても、それは無意味だ。
間に合わない!しかしそんな心配は無用であった。
ヘビと娘っ子の間を、砂が壁となって噴き上がる。視える者が見れば何が起こっているかわかるだろう。砂の精霊が湧き出る砂の噴出と一緒に立ちはだかったのだ。
ヘビの顎を砂が下から打ち上げ、顎が上がった頭を前脚の爪に引っ掻けながら砂に叩きつけると、とどめとばかりに首に噛みつく。
その状態から脱することなど不可能なのに、それでもヘビは必死に抗い、わたしを絞め殺そうと巻き付いてくるが、そうはさせじと砂の精霊たちが薄い身体を間にねじ込んでくる。
わたしの方は噛む力を弛めず、巻き付きと逆向きに身体を回転させる。
ここまで来ると一対一。周りが見守る中、砂を跳ね飛ばしながら我慢比べ……それも唐突に終わる。
身体の締め付けが弛んだことで闘いが終わったことが分かる。
気付くと皆が周りで固唾をのんで見守っていたが、そんなことは意に介さない。
後ろに手を付いて尻もちをついてる大きな娘っ子の前にヘビを一旦置き、その身体をよじ登る。
大きな身体して、まだ口をぽかんと開けている。仕方ない子。
胸の辺りまで登ると、身体を伸ばし鼻の頭を一舐めしてやる。
「にゃーん「もう安心して、子猫ちゃん」」
「ぶふっ。安心しろってさ、子猫ちゃん」
ヴィリュークの翻訳に、子猫ちゃんは真っ赤な顔で一気に立ち上がる。その途中で胸を蹴って着地すると、日陰で食事にすべく置いておいたヘビを咥える。
日陰に入る頃には、砂の精霊たちはわたしの背中でのんびりくつろいでいた。
「こ、子猫ちゃんて!」
「サミィがお前の事をそう呼んだんだよ」
「噛まれていたら即死だったよ。お礼をいっときなよ子猫ちゃん」
「好奇心ネコを殺すって言われてるでしょ。程々にね、子猫ちゃん」
「サミィにかかっちゃ保護対象は全部子猫ちゃんね。早く日陰にはいりましょ」
弄り過ぎるのもダイアンが可哀想なので、取り敢えずおしまいにしておく。
昼飯が並びさぁ食事という時に、酒を一壺中心に置く。
「必要な奴はいるか?」
「くれるってンなら頂くが…」
「昼間からいいの?」
事情を知らない二名の反応はこんな感じだ。知っているナスリーンとエステルと言えば……
「なくても寝れるけど、付き合えってなら一杯つきあうよ」
「これ、結構きついお酒じゃない?」
「「???」」
「あー……砂漠ってのは寒暖の差が激しいんだ。昼はこれから更に気温が上がる。移動できなくもないが辛いんだ。だからこの時間帯は消耗を避けるために日陰を作ってやり過ごす」
「暇つぶしで何かやっていてもいいけど、暑くてやってられないわよ」暇つぶしを沢山持っていそうなエステルでさえこれだ。
「大体二時間くらいだからお昼寝が定番だよね」ナスリーンは過去の調査隊で何度も経験しているのだろう。
「暑さで寝られないってヒト用に、寝酒を用意した訳だ」
「うぅ、こんな所で酒の強さが仇になろうとは」
「ダイアン程じゃないけれど……これならなんとかなるかしら」酒壺を検めるアレシア。
アレシアもダイアンもいける口か。なんとも可哀想に。
それぞれ日蔭に横になって30分。俺は酒を口にせず一寝入りしてすぐ起きる。
やはり慣れていないと、この暑さの中で昼寝は厳しいのだろう。
ダイアンから聞こえてくる寝息は色っぽいものではなく、寝苦しさがにじみ出ている。完全に寝入ってないだろ、これ。
俺は水の小樽をじゅうたんから取り出し日なたにでると、水を操作してまずは紐状にした先端を天幕の上に浮かべる。
それから振動させて放り出すイメージで操作すると、紐の先端からは霧となって放出されていくので、さらに天幕の周りを継続して噴霧していく。
「にゃぁーお「なにしてるの?」」
いつ近寄ってきたのか、サミィが鳴き声付きで聞いてきた。
「こうすると少しだけど涼しくなるんだよ」
「なーぉぅ「巣穴を掘ればいいのに……なまけちゃだめよ」」
「おいおい、この人数のサイズだぞ。暑さで先に参っちまう」
「……」
”プーン”
何かが響く音がして、じゅうたんの周りで何かが動きはじめた。
「サミィ?」
見下ろすとサミィの背中から何かが砂に降り、じゅうたんに向かって走るので、何事かと一緒になって近寄ってみる。
……それはなんとも妙な光景だった。
じゅうたんから少し離れた周囲に砂の山が、いや砂の囲いが隆起し始め、徐々に高くなっていく。
いや、高くなっていくだけでなく、合わせてじゅうたんが沈降してもいる。
「おぉ」思わず声が出てしまった。
『巣穴替わりよ。これで少しは過ごしやすいでしょ』そう言ってサミィは自らも中に入っていった。
☆★☆★
調査隊ってやつに初めて参加したんだが、色々とんでもねぇ。
いや、とんでもないのはエルフとじゅうたんとスナネコだ。
エルフのじゅうたんを襤褸呼ばわりしたら、魔道具としての性能を見せつけられ、持ち主のエルフに仕返しをされた。
ナスリーンが諌めなければ、さらに仕返しをするつもりだったとか。なにをされそうになったのか想像もつかない。
砂漠方面の仕事は今回が初めてだが、移動一日目の風景は見慣れた光景で砂漠はまだ先だ。
速度と言い乗り心地と言い、すっごく快適だ。これを誰かに喋ろうものなら、また金を積んでじゅうたんを買おうとするバカが出てくるのだろうなぁ。
自慢したいのだが緘口令が敷かれているので、うっかりは違約金の元だ。
二日目の早朝。昨日のうちに砂漠の入り口についていたので、今日から砂漠に入る。暑いとは聞いていたが、街の暑さとはまた違うのだろう。
……日が高くなるにつれ、照り付けがきつい。背負った盾がじりじりと熱くなってくる。既に背中は汗でぐっしょりだ。あんなに意固地にならなければよかった。
暑い暑い暑い。っきしょうめ、水、飲まないと。んぐ、ぐぐぐ。ぐ、全部飲んじまった。ふへぇ……
ん、身体を揺さぶられた。顔を上げると褐色の肌になったエステルが心配そうに覗き込んでおり、何かを握らせる。
あぁ、水か。ありがたい。んぐぐ、温くなってはいても水はありがたい、ありがたい。
……気付くと日陰の中にいた。なにがどうなったかさっぱりわからん。握りしめていた水袋の水を一口、残りを頭からかぶる。
……頭が冷えてきたら、少し意識が戻ってきた。盾を背から下ろし、天幕の外に出ると思い切り伸びをして深呼吸するが、なんか空気が薄い気がする。
……なんかまだ完全じゃないな。
天幕に戻ろうとしたら、砂地の様子が違う所を見つけた。へへ、まぐれもいいところだ。
「アレシア~、なんか隠れてるぞ」ゆっくりと近寄ってみる。
「ダイアン********」
何か聞こえた気もするがよくわからん。
さらに一歩進んだとき、何が起こったか分からなかった。
気付いた時には尻もちをついて、後ろに手を付いていた。そして目の前にはヘビを咥えたスナネコ。
俺はこのチビに救われたのか。そして屈辱を味わうことに。
みんなして俺の事を子猫ちゃんだと!スナネコがそう言ったとか、ネコがしゃべるか!
腹が立ったら腹も減った。
暑さで食欲がなかったが無理やり詰め込む。そしたら寝酒まで出てきた。暑さを避けるためにお昼寝だとさ。
世間一般からすれば強い酒だろうが、俺にとっては普通だ。腹もくちくなってるので一眠りできる、と思いたい。
だが、眠れん。
それなりに睡魔はきてるのだが、暑くて寝付けない。吸う息も吐く息も熱い。
”はあぁぁぁぁ”
これじゃ桃色吐息じゃなくて灼熱吐息だ。だれうま……じゃねぇ、洒落にもなってやしない。変な事ばかり頭を巡る。
…ん
……んん
………なんか少し、いい、かんじ。いきがらく、かも。
身体が沈んでいく感覚と共に、火照った身体が落ち着いていく。
そう考えていたら、意識を手放したのは直ぐだった。
今後ともご愛顧のほど宜しくお願い致します。
お読みいただきありがとうございます。




