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49・溜め息。幸せが逃げるかもしれないし、不幸せを吐き出せるかもしれない

夕食の支度は任せて、俺はテントの設営に入る。


夜になるとここら辺は一気に気温が下がる。


慣れている俺ならば、じゅうたんの上で毛布一枚あればへっちゃらなのだが、彼女たちはそうもいくまい。


なので断熱効果の高いテントを張る。四人も中に入れば体温で凍える事は無いだろう。地面には普通のじゅうたんや敷布を数枚敷き、保温に努める。


あとは各々毛布にくるまれば問題なし。


サイズは大きいが一人であっという間に完了させる。俺の手際も中々だろうと言いたいところだが、これはテントの設計がいいお蔭だ。ちょっとこれは欲しくなるが、使わないだろうなぁ。やめておこう。


他の皆はなにをしてるのだろう。




遠くに見えるスラリとした姿はアレシアか?周囲の見回りをしているのだろうか。異常はないだろうが、確認を習慣づけているのだろう。


エステルとナスリーンは夕飯の支度をしている。エステルがするすると芋の皮むきをしている横で、ナスリーンも一緒にナイフを握っている。


てっきり料理なぞ出来ないと思いきや、普通にこなしている。


サミィは到着後、姿が見えないがそのうち戻ってくるだろう。




ダイアンは……斧と盾をゆっくりと振るっていた。凝り固まった身体をほぐす様に斧を振るう。型でもあるのだろうか、ゆっくりと何かをなぞるように動かしてゆく。


何かを受け止める様にしっかりと盾を自身の正面に構え、足元は履き替えたブーツでしっかりと地面を踏みしめる。


そして左足を軸に、ゆっくり斧を身体ごと一回転。腕を振るう角度と構えた斧の刃の角度を寸毫違わず一致させ、一回転。


そこから一転、後ろに引いていた右足を一歩踏み込むと同時にゆっくりと縦に斧を振るう。勿論角度はずれていない。


それを数度繰り返すと、一度盾と斧を降ろし身体を弛緩させ、再度構える。


大きく息を吸い、止める。


”ざん”


目で追うのがやっとだった。体格の良い者は総じて鈍重と揶揄されがちだが、ダイアンはそうではなかった。


大きな身体が独楽の様に一回転したかと思うと、その独楽は斧で縦に真っ二つとなり、斧は地面すれすれで静止した。


……初見で俺はあの斧に反応できるだろうか。なんてことを考えていると、ダイアンが止めていた息を吐く。


なぜかそれは溜め息に聞こえ、一連の動きに満足していない様に見えた。


なんとなく声を掛けるのも憚られて、俺は荷物整理をするべくじゅうたんへ足を向けた。




じゅうたんの荷物整理とはいったが、調査隊用の荷物は問題ない。俺自身が確認しながら入れたので思い通りに出し入れ可能だ。


問題はばあさまが放りこんできたモノ達だ。分類されているので整理に躍起になる必要はなさそうだが、リストを精査する必要はある。


が、見たくねぇ。絶対変なものが紛れ込んでいるに決まっている。でもチェックしとかないと何かあった時にドツボにはまりそうだし……


むう、意を決して一丁やるか。




投擲武器ではなく普通の近接武器が必要である。


じゅうたんの収納を探っていくと、シャムシールが手に触れたので引き出してみる。


ほう、つかさやも華美な装飾もなく実用的なものだな。柄頭つかがしらには目立たない様に魔石が埋め込んであり、付与が施されていると見た。どんな付与だろう。



番号が書かれた札が縛り付けられているので手に取ると、44とあった。。リストをこの番号で照会するのか。44、44っと。


『この剣で少しやりすぎたので一旦封印する。使い勝手が良かったのに大変残念。付与術式:撥水・清浄・堅牢。切り裂いても血糊がこびり付く事は無い。刀身に付いても、一振りで飛び散る。加えて骨に当たっても欠ける事の無いように、堅牢も追加付与。奴らには”切り裂き”の二つ名は忘れる様に説得済。思い出した際には、要再説得』


リストをそっと閉じた。


……切り裂きジャスミン(ばあさま)の愛刀だった。おまけに血なまぐさい。いや血なまぐさいのは二つ名の方か。性能だけ見れば使ってみたいのだが……。そっと脇に置いておく。




次に出てきたのは、装飾華美な大剣だ。実戦では使われてないのだろう、傷一つ無い。


この長さからすると両手剣(ツーハンドソード)に分類される。


途中まで引き抜いて思わず顔をしかめるが、最後まで引き出す。


金糸銀糸を使用し、きらびやかな細工物で飾り立てられた真っ直ぐな鞘から出てきたのは、波打った両刃の大剣・フランベルジュだった。


これにも装飾に紛れ込ませるように魔石がはめ込まれているが、これの付与は常時効果を発動させるタイプではないようである。


札の番号は54。


『ジャックのせいで舞踏会に出る羽目になった。仕度金として50万ポンとくれたので意趣返ししてやる。丁度ドミニクの弟子が独立したので、第一号の客として注文を出した。ポケットマネーから100万ほど渡し、儀礼用の剣を鞘込みで注文。仕度金の50万はちゃんと舞踏会用の服を仕立てた。男物の第一級礼装を。デザインを仕立て屋から借り、弟子に見せて調和のとれた拵えにしてもらう。』


……武器の説明なのに、なんでばあさまの黒歴史が書いてあるんだ。続きがある。


『会場に入った時の令嬢達の黄色い歓声とジャックの苦虫を噛み潰したような顔を見て大変溜飲が下がった。ついでに奴の奥方と娘と一曲ずつ踊ったら、奥方からこの辺で許してやってくれと頼まれた。奥方に感謝しろ、ジャック』


まだ武器の事が出てこないが、武器を軸とした雑記帳みたいだ。ばあさま、余程腹に据えかねたと見える。


『武器の種類はフランベルジュ。波状の刃に切りつけられると不定形の傷口となり、その傷口は抉り取られ出血を強いる。当然治りにくい。合言葉(キーワード)を叫ぶことによって切れ味増加(ブレイドシャープ)の付与がなされる』


刀身を見るに非常に綺麗なものだ。火柱に似た刀身は観賞用として手元に置かれたのであろう。こんなにも実戦的なシロモノにも関わらずだ。


ともあれ、複数の意味で使いたくない。合言葉キーワード?一応書いてあったけれど、敵と相対してる最中に叫ぶのは……あ、小さく唱えればいいんだ。けれど、ばあさまは叫んでいたんだろうなぁ。様式美とか言って。




そして収納魔法陣に手を入れて触れたものは、何とも禍々しいものであった。


緩く弧を描いている剣である。鞘から柄や鍔まで黒一色。そしてその黒を埋め尽くす様に貼られた札。


もしかしなくても封印の札である。


なんてものを入れやがった。そしてそれを出してしまった自分の不運を呪いたい。


『無銘刀、通称人喰い刀(マンイーター)、別名嵐をもたらすもの。製作者不明。血と魔力を啜る魔剣。伝説上の”嵐をもたらすもの”とは別物であり、それを模倣したものと推察。封を解くべからず。煩い様であれば札に魔力を注ぐこと』


……その傍から鍔鳴りがして不気味である。札に指先を押し当て魔力を注ぐと、カタカタ音を立てていたのが静かになる。


厄介な物を混ぜやがって。こんな物騒なものがあるとなると、全て確認しておかないと何かあってからでは遅い……溜め息で幸せが逃げていく。


結局、一本目のシャムシールが一番まともなのでこれにするか。




「なぁ、あんたらの武器は何なんだい?」


食事中にダイアンが訊ねてきた。


「ヴィリュークは何やら整理してたけどさっぱりわかんねぇし、エステルはあそこで格闘はいけると分かったけど得物は何使ってるんだよ?」


「なにって言われてもなぁ」パンをスープで浸して嚥下しながら、ついついそんな言葉がこぼれる。


「確かにあんたのは説明しづらいわねぇ」エステルの言葉に反論できない俺がいる。


「ダイアンは斧と盾の重戦士ってとこか」


「まぁな。斧も盾も奥の手があるから、やばいと思ったら俺の後ろに隠れてな」脇に置いてある盾に触れながら、不敵に笑うダイアン。


「ヴィリュークは盾を投げちゃうしね」エステル、ややこしいことになるから黙ってような。


「投げる!?」ほれ見た事か。


「アレシアは?」


「あたしは斥候で猟師の娘だからね。武器は基本ショートソードかな?あとは弓と投げナイフ、スリングも持ってるけどその辺は臨機応変てやつでね」


「ヴィリュークの投擲武器は節操無いわよね」エステル一々コメントはいらんから。


「節操無い?」


「ナスリーンは?この面々で一般人ってことはないだろ」とにかく話題を逸らす。


「僕は魔術師って括りになるのかな?魔法で攻撃したり援護したりするよ」


「ヴィリュ……」


「エステル何でもかんでも俺に繋げるんじゃない」


「だってあなたのスキルっておかしくない?」


「配達人がちょっと特技を持っていてるだけだ。それを言ったらエステルの方が大概じゃないか」


次から次と商売というか契約しまくりで、後は真面目にやれば食いっ逸れはない奴にあれこれ言われたくない。


「じゃ、ヴィリュークとエステルは何つかってるんだ?」そうだよな、ダイアン。そうくるよな。


「私は何でもね。手も足も出るし、弓は当然として、剣も槍も棍もね。あ、精霊魔法とか水術も入る?」


どれだけ万能なんだか。自慢げでない辺り、当人としては自分のチートぷりを自覚してないのだろう。


俺?俺は黙って投擲武器達をしまっている例の革を広げて見せた。


その晩は会話だけに留まり、実際に見せろと言う事にはならず、胸をなでおろした。




夜営一日目。


女性陣達はテントで就寝してもらう。見張りについて聞かれたが、この辺には肉食動物や夜盗の類い、魔物とかも出ないのでゆっくり寝て貰う。


何かが近寄れば、俺はもとよりサミィも気付くだろう。


サミィ?ちゃんと戻ってきて、じゅうたんの上でくつろいでいる。腹が減ったとか言わないので、どこかで済ましたのだろう。


寝るにはまだ早いので、暇つぶしに投槍器を作っていると、テントから衣擦れの音が聞こえてくる。するとそれがこちらへ歩いてくる足音に代わった。


「夜は寒いんだね」


小さな焚火の対面に座ったのはナスリーンだった。焚火の上のやかんからは、ゆるく湯気が上がっている。


「白湯で良ければ飲むか?お茶だと目が覚めちまうから」


「じゃ、貰おうかな」


コップ二つに白湯を注ぎ、一つを手渡す。


俺は一口飲むと脇に置き、作業を再開する。ナスリーンは少し口にしただけで、コップで手を温める。


「さっきはなんかすまないね」


「ん?なにが?」木を削る手を止めず聞き返す。


「ヴィリューク君はあまり手の内を明かしたくないんだよね」ナスリーンは焚火を見つめながら聞いてくる。


「ペラペラ喋る事でもないし、自慢するほどのシロモノでもないから」


「僕ね、知ってるんだ」


「……」


「ミリーから色々聞いているんだ、君の事」


「ミリー姉さんが話しても大丈夫と判断したんだ。まぁいいさ」怒っては無いが、戻ったら軽く釘は刺しておこう。


「君の水についてもね」


「……店での様子で察しは付いてた。けどエステルが水術を使えて立候補してきたのは誤算だったろ?じいさんのあれも織り込み済みか?」


「ファルロフのこと?ファルはただエッチなだけ。幾つになっても女の子にちょっかいかけるのさ。奥さんに〆られても直らないのさ、これが」


「そのわりには被害にあってなかったようだが」


「ファルは孤児でさ。僕が姉代わりになって面倒を見ていた時期があったんだ。それで頭が上がらないってのもあるけれど……」


「ん?」


「奥さんから聞いたんだけど、初恋は僕なんだって。僕に対する態度がおかしいから白状させたらしい」


「それはまた……可哀想に」


二人でクスリと笑い、それきり黙りこくる。時折響くのは、木が爆ぜる音のみ。


「僕の事聞かないの?」


「……自己紹介は昨日済ませたじゃないか。調査隊の隊長で研究所の名誉顧問だか研究員だったか?」


「いや、ハーフエルフだよ。どの種族もハーフに対しては風当たりが強いじゃないか」


「いや、別に犯罪者でもなければ。邪教の信徒でもないんだろ?それとも頭から小さな角が生えていて、先の尖がった尻尾でもあるのか?」


「そんなんじゃないし!角も尻尾もないよ!」悪魔呼ばわりは冗談だったのだが、ナスリーンは立ち上がって抗議してくる。


「しーっ、声が大きい。テントの三人だって変な目で見ないだろ。ただ珍しいだけだ。神経過敏なんだよ」


意図が今一つつかめない。俺に対して気を使ってくれているようでもあり、何だろう、期待と不安と言うか怯え?が見え隠れする。更に自分の出自にコンプレックスがあるようだ。過去に何かあったのだろうか。


「……僕はね、僕の所の血筋はね、結構いいところなんだよ」


ポツリとナスリーンが吐露しはじめる。




ナスリーンは三男二女の末っ子として生まれ、両親は高貴な血筋で仲睦まじい夫婦だったそうだ。


その夫婦からハーフエルフが生まれた。妻の不貞が疑われたが、それは即座に否定された。おしどり夫婦としての評価も高かったので、夫婦を知っている者たちならば二人を信じ、通常であれば子供の誕生を祝福しただろう。


”先祖返り”何代もの前の先祖が持っていた容姿・能力が突然子孫に現れる事。夫婦の血縁のどこかにエルフの血筋があったのだろう。しかしそれを証明することは容易くない。


となると世間はどう見るのか。”取り替えっ子(チェンジリング)”である。これは、妖魔がヒトの赤子と自分たちの赤子を取り換えるといった迷信である。


迷信とはいえ邪推する者たちの存在は常にあり、それは確実に夫婦の立場を悪化させていくであろうものであった。


結果、対外的には死産とされたが、容姿はともかく望まれて生まれたナスリーンは極秘に育てられることとなる。


ここで出てくるのが、ばあさまであるヤースミーン(ジャスミン)である。幼少のナスリーンがエルフ読みであるヤースミーンをうまく発音できなかった為、ジャスミンと呼んでたらしい。


両親たちは関係を公に出来なくとも、子供の為に何かをしてやりたかったのだ。そこに白羽の矢が立ったのが、一族代々世話になっているヤースミーンである。


結果として、どれだけナスリーンを見守ってきたのかは定かではない。


分かっているのはばあさま(ヤースミーン)が、ナスリーンが一人前になるまで自分の庇護下に置いたということだ。




「とどのつまり世間から隠されて育てられた僕には、名前しか知らない親族は今もいるけれど、愛情を注いでくれた親兄弟は遥か彼方ってことなのさ」


そこには寂し気に今を語るハーフエルフが佇んでいた。


なんだこの女性ひとは同じ時間を過ごせる人を望んでいただけなのか。


「……手紙、書けよ。手渡しで配達するから」





★☆★☆


翌朝目が覚めると、丸まって寝ていたお腹の辺りにサミィが収まっていた。


身動みじろぎすると同時にサミィも目が覚め、するりと抜け出し伸びをする。


ヴィリューク君は朝日を背に何かをしている。水袋と手の間がキラキラ反射しているのをボーっと見ていたら、こちらに気付いたようだ。


「おはよう」


挨拶と共に、コップに水を注いで差し出してくる。


黙って受け取り、のどを鳴らして一気に飲み干す。


「ぷはー、おはよう」


今まで胸の内にあった薄いもやもやを吐き出すように挨拶を返す。


いつもの朝なのに、今朝は何やら清々しい感じがした。

ストーム〇リンガーとか、皆さん元ネタ知っておられるのだろうか?

K〇Fじゃないよ。


お読みいただきありがとうございます。

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