47・顔合わせの結果・旅の道連れ
お休みと言いましたが、火曜に間に合いましたので更新いたします。
流石に来週はお休みさせてください。申し訳ありません。
テーブルに対して広めの個室に案内された。空きスペースから察するに、普段はもっとテーブルを配置しているのだろうか。
「それでは順にご紹介させていただきます。はじめに当ギルドの長、ザルトシュです。後方支援を担当します」
つまりは留守番だな。物は言いようだ。ウルリカさんの紹介に、ギルド長が立ち上がり会釈する。
「次に調査隊の面々を……」
「まぁ、ここは自己紹介でいきませんか?」ウルリカさんを遮って痩身の女性が割って入る。
「あたしはアレシア。担当は…斥候とでも言ったらいいのかな?猟師としてもいけるし偵察とかも任せてちょうだい」
身綺麗にしていて愛想もよい。どこぞの看板娘と言われても納得してしまいそうだが、動きやすいパンツスタイル、いやらしくない程度の露出で、全てが味方にはならないが敵にもならない身なり。穿った見方をすれば、大変外面がいい。
「オレはダイアン。戦士だ。残りの面子もガリガリじゃないか。この調査隊、行き倒れるんじゃないか?大丈夫か?」
これまたでかい女だ。昼間の倉庫のオヤジと同じくらい、いや一回り大きいかもしれない。先程の斥候と対照的に、肌の露出がほとんどない。
出ているのは、首から上と手首から先だけ。口は悪いが、歩いている姿だけを見ても、それ相応の実力はあるようだ。
「ふぉっほっほ、ダイアンそんな事言うもんではない。この席に招待された時点で、それに見合った腕と技能を備えているはずじゃよ。おっと自己紹介じゃったな。ファルロフと申す。水術をたしなんでおる」
白髪を後ろに撫で付け、襟足で一つに束ねた老人。少し腰が曲がりはじめてるが、身長はダイアンの胸元に届くくらいか。この老人も佇まいと言うか雰囲気が普通ではない。
「なんか師匠に近い感じのヒトね」エステルが耳打ちしてくるので軽く頷く。
「ほう、エルフのお師匠さんと近いとは、なんとも光栄じゃな」おまけに耳がいいときた。
「調査隊の隊長ってことになるのかな?雇い主ってほうが正しいかも。えー、ナスリーンです。とうとう念願のじゅうたんに乗れるんだね!あなたがヴィリューク君?ミリーからいろいろ聞いてるよ!」
このハーフエルフ何者だ?ミリー姉さんから”いろいろ”聞いてるって時点でおそらく研究所の関係者なのだろうが、姉さんからハーフエルフの話は一切聞いたことがない。
良くも悪くも目立つ存在のハーフエルフ。エルフという種族に対しての普人達の憧れは今もあるし、寿命が違う者同士のラブロマンスは吟遊詩人の詩歌によく出てくる。
カップルは時々噂に上るが、結婚、ましてや子供が生まれるとなると、その事実は時として国中を駆け巡る。
「考えていることは何となく察しがつくよ。当り障りのないところを教えると、私は君やミリーより年上だよ。つまりは普人の噂があったとしたら、当の昔に消え去っているし、そもそも私の親は噂にすらさせなかったのさ」
何とも反応しづらい事を言ってきたと思ったら、さらに上回ることを宣ってきた。
「そうそう、エルフの村か来たのでしょ?ジャスミンおばさま……じゃなかった、ヤースミーンおばさまはお元気?」
俺とエステルの耳は、警戒と緊張のあまり鋭くそそり立った。
「ナスリーン様、話が急すぎます。彼らを驚かせないでください」ギルド長がやんわりと窘める。
「あら?そう?だとしたらごめんね。おばさまにはお世話になってね。僕が生まれた時は両親共々、成人するまで後ろ盾になってくれたりして、返せない位の恩があるんだよ」
「そうでしたか。祖母も相変わらず元気です。それでしたら手紙でも出されたらいかがですか?きっと喜びますよ」
「あぁ……そういうのも、ちょっとね」急にしおれた反応になる。
「調査隊は五年に一度ですよね。いつもは何をなさってるのですか?」
「職場は君の姉さんと一緒だよ。肩書は、研究所の名誉顧問さ。僕の事はこの辺にして、君たちも自己紹介しておくれよ」
あぁ、気疲れが激しい。心穏やかに過ごしたい。だがここは胸のもやもやを溜め息とともに吐き出し、自己紹介だ。
「ヴィリュークだ。砂漠で運び屋をやっていた」
「「えーそれだけー?」」ナスリーンとアレシアが不満そうに声を上げる。
「今回、輸送や砂漠のガイドなど一手に引き受けて下さる、じゅうたんの持ち主の方です」ウルリカさんから補足説明が入った。お手数かけます。
「織物職人をしています、エステルです。今回私の魔道具の試験を探索中にして下さると言う事で、同席させていただきました。後でご説明しますね」
「話が長くなってしまったな。食事にしようじゃないか。ウルリカ、食事を運ばせてくれ!」ギルド長が声を張り上げる。
食事は和やか?に進んでいった。
ダイアンの食事マナーは少し荒っぽかったが、肉汁やスープを服やテーブルに飛ばすことなく腹におさめている。
アレシアは鋭く、ナスリーンは優雅なナイフ捌きだ。談笑しながらもそのスピードはダイアンに劣らない。
ファルロフは一皿の量を少なくしてもらい、口にしているのは専ら酒だ。顔がほんのり赤くなってきている。酒好きのじいさんのようだ。酒場ならばいくらでもいそうな普通の光景だ。
……なんで俺は爺さんに癒されているのだろう。普通の光景なら、もっと別のものがあるだろうに。あぁ、自己嫌悪。
ファルロフ程ではないが、それぞれ酒も入って落ち着いた雰囲気でメニューも進行していたときにそれは起こった。
「しかしだなぁ、お前さんが居なければわしは両手以上に花だったんだがなぁ」ファルロフが酔っぱらってきたようだ。そんなものこの席に着いた時から分かってる。その話題に触れるんじゃない。
しかも酒瓶を手に、俺の席に寄ってきた。
「そう無視するんじゃぁないよ。お主もエルフとはいえ男じゃろ?どんな女子が好みなんじゃ?ほれ、皆も興味津々じゃ。あぁ、恥ずかしゅうたらワシに”ちょこっと”言えばえぇ」
お節介で助平爺とみえる。酒が入って本性を現したのか。
「ん~そうじゃのう…ナスリーン様は眺めとくだけの方がいい。本気になるならば茨の道じゃ。アレシアちゃんはノリはいいが程々にな。だが、ああ見えて出る所は出とるから、まぁ頑張れ、ふひひ。ダイアンはガサツに見えるが実の所乙女でのう。身持ちが固い。からかうと面白いが程々にせんとえらいことになる。やりすぎたと思ったら、身体を張って報いは受けた方が後腐れがないぞ」
「俺がセクハラする前提で講釈をされても、俺はそのつもりは一切ないからな。皆さんにも言っておきますが、誤解無き様」限定された面子でじゅうたんに乗るのだから、雰囲気はせめてちゃんとしておきたい。
「なんじゃつまらん奴じゃのう。わしより枯れてるんじゃないか?」酒を注ぎながら言ってくる。大きなお世話だ。
当然のようにファルロフは酒を注いで回る。ナスリーンさまには何故か照れくさそうに注いでいくのに、他の二人へは距離が近い。助平根性丸出しである。
アレシアは手慣れているのか、あしらいが上手い。ちょっとしたスキンシップをしてやって、酒を注いで注がれて送り出す。
反面、ダイアンは感情が綯い交ぜのようだ。怒り・羞恥・嫌悪、けれども本気で拒絶できていない。それなりに認めている相手が、この様な真似をしていることに憤りを感じているのか?
と、思っていたら今度はエステルに目標を定めてきた。エステルが顔を引きつらせながらやんわり断っても、ファルロフはどこ吹く風だ。
「フ、ファルロフさん、その辺で。ま、まぁ一杯」ギルド長も自分へ気を反らそうと声を掛けてくる。
「これはこれは……」と言って離れようとした時だ。
「ひゃん!」エステルの裏返った声が響く。
「な…!?」去り際にどこか触られたらしい。…どことは言及しまい。
「っんの助平爺、俺たちだけでなく他の人まで触りやがるとは!」ダイアンが勢いよく立ち上がって、エロジジイに歩み寄る。
「なんじゃ、お主なら良いのか?」
「そういう問題じゃないだろ!ほんと酒が入ると豹変するんだから!ったくこんなのに師事しちまうだなんて、自分が情けねぇ…」
「そう肩を落とすな、ダイアン。よしよし」
そう言って背中・腰・尻と撫で退っていく。
「言ってる傍からああぁぁぁ!」怒号を上げて拳を上げて振り下ろす。
腹立たしいことにするりと拳を回避、ついでとばかりにエステルの下乳をたゆたゆと感触を楽しんでいく。
「ひ!ぅううううう!」エステル、平手打ちを見舞わすが手ごたえがないと分かるや否や、勢いをそのままに蹴りを放つ。
が、エロジジイ素早く範囲から逃げる。
「共闘よ」
「手ぇ貸せや」
「「エロジジイ、殺す」」
こんな形で意気投合するとは。
「ファルロフ~程々にしなさ~い」
「ダイアン、店の備品壊したら自腹で弁償よ~」
「エステル、や、やめろ!」
なんで俺だけが慌てているんだ!ちゃんと止めろよ!
俺たちの反応を余所に、エロジジイはにやけながら二人の攻撃を回避し、女子二人は憂さを晴らすべく拳と蹴りを放っていく。
すると段々役割が分かれていく。
エステルは手数でファルロフをダイアン側へ追い詰めていき、ダイアンは壁になるように逃げ道を塞いでいく。
それでもエロジジイは隙間を縫って攻撃を回避していく。
その後、何度止めろと声を上げた事か。他の者は諦めて殺陣とも言える茶番を眺めていくのだ。
三人とも体力を消耗していき、若さゆえに少し体力が勝っていた二人が最後の一撃を振るう。
ジジイは少ない力を振り絞り、身体を小さく畳んで回避に努める。
結果、頭部を狙ったダイアンの拳はエステルとファルロフの頭を掠め、腹を狙ったエステルの拳をファルロフは体をくねらせて回避し、ダイアンの脇を通過した。
ファルロフはそれだけに留まらず、回避した身体をそのまま下に崩れさせ一旦溜めると、欲望を満たすために更に二人の尻へ両手を伸ばす。
普人の老人が急激な運動を行い、更に欲望のまま身体を酷使する。年寄の冷や水、自業自得。
結果は同情出来るものではないだろう。
ファルロフは手を伸ばした姿勢で固まった。
「ぅぎっ」そのまま呻きながら倒れた。
「「「あ」」」
ジジイの関係者は一目で察した。
「思いのほか早かったかな」アレシアが触るか触らない程度で撫でていくが、それでも痛いらしい。
「い、癒しを……」
「だから程々にしなさいって言ったでしょ」ナスリーンが手当てをしていくが、思う様に効果が現れない。
「もう、ぎっくり腰が慢性化しちゃってるじゃない。どうするのよ、私のじゃ精々痛み止めしかならないのに!調査隊なんて無理よ」
「どうするのよ、水術師抜きで調査にいくなんて満足いく調査は無理よ」酒を飲みながら呑気にアレシアが指摘する。
「それならば……」ナスリーンが訳知り顔で俺を見やる。これはミリー姉さんが知っている俺の手のうちは、ばれていると思った方がいいのかもしれない。
「水術師が必要ならば、わ・私が行きます!」エステルが名乗りを上げたのにも驚きだが、水術まで使えるのかよ。とれだけ多彩なんだお前は。他に隠し玉がありそうだと勘ぐってしまう。
「え?使えるの?水術?!じゃ、頼んじゃおうかな」
「だ、駄目です!エステルさんには私の工房で魔道具の……」
「ギルド長諦めて下さい。優先順位もそうですが、ナスリーン様のお召しとあらばこちらの負けです」ウルリカさんがバッサリと切る。
「ぇぇぇ~、楽しみが~。アポイントも取れそうなのにぃ」
「無くなったわけではありません。我慢してください」
耐えられるくらいに回復したファルロフは大人しく着席している。料理は少し摘まむが、酒はやめたようだ。時折、痛みで顔をしかめている。
ウルリカさんが契約を交わすための書類を取りに、ギルドまで戻って行った。
こうしてエステル関連の契約がまた一件増えた。他の者がこれを知ったら、やっかみならまだしも、良からぬことを仕掛けてくる者が出そうだ。
……ギルド長に後見人になって貰おう、絶対に。
そうして明日からの打ち合わせとエステルの契約を済ませると、明日は早いのでお開きとなった。
眠れない。
私の両隣にはエルフが横になって寝ている。なんといったか……そう、川の字と言ったか。
ネコである私は夜でもそれなりに活動する。砂漠で過ごしていると、獲物たちは夜行性が多い為でもある。
動きたいのだが両側から掴まっているので動けない。ヒトガタになったら色々と”フク”を着せ替え続けられた。疲れたからもう嫌だと意思表示すると、”じゃ、じゃ、これ着て一緒に寝ましょ?”ときたのだ。
早く終わらせたい一心で着替え、三人で横になったという訳だ。
一眠りして目が覚めたら、今の状態である。
……自然に今の状態でいたので、自分の状態が分からなかった。私は普通にヒトガタで眠っていた。
ぷるりと耳を震わせるとネコに戻る。服のトンネルを抜けると、ようやく二人の拘束から逃れることができた。
ぐるぐると歩き回り、部屋の中を見回る。この間きた後、不埒者は再侵入してないようだ。私のひげの索敵網には何も引っかからない。
……いや、なんだろうこれは。ネズミや生き物とは違う。更にひげを震わせ探っていくと、正体が分かった。
私を”祠”が呼んでいる。
以前の私ならば二度と足を向けなかっただろう。行けば取り込まれること確実であった。
しかし今は違う。同じことをされても、逆に私が取り込めるだろう。
根拠を問われても答えられない。私の実力・向こうの実力を、何となく比較出来るからだとしか言えない。
扉が閉まっていたので、ヒトガタになって開ける。ヒトガタは便利だ。忘れずに扉を閉めるとネコに戻り、祠へ歩を進める。
祠のある砂地へ着いた。
月の光に照らされた砂地で、砂の精霊が飛び跳ねていた。その数、十数匹。
声にならない感情が聞こえてくる。感情が聞こえると言うとおかしいが、そのように思えた。
懐古、望郷、悲しみ……
そうか、細く漏れ出る魔力で、帰る事叶わぬ故郷の箱庭を作っていたんだ。
音もなく砂地を行く。
砂の精霊は跳ねるのをやめ、私に道を譲る。
祠の前に着くと、細いながらも魔力を感じた。あの玄室のソファの上で一身に浴びたあの魔力だ。
”連れていってあげる”
それ以上は必要なかった。
数十匹と思われた砂の精霊たちは、一つになると私の背に乗り、眠りについた。
そして旅に耐えられるように、私と一緒に細い魔力を蓄え始める。
空が白み始めるころに目が覚めた。砂の精霊は眠ったままだ。砂漠に着くまでこのままなのだろう。
ヴィリュークに言われた門へ向かわねば。
部屋に戻ると、セツガとかいう雄が出てくるところだった。
「もういくわ」
「そうですか、また来てくださいね」
「……まだ寝てるの?」
「起こしますね。別れが出来なかったら悲しむでしょうし」
何とか目が覚めたミリヴィリスという雌は、私を抱きかかえて研究所の門まで見送りに出てくれた。
「また来てね」
”ナーォ”その声に対して鳴き声一つ。
門番も二人いたので、鳴き声にとどめた。
「俺らの言葉を分かってるみたいですね」一人が呟く。
「あの子は見た目以上に賢いわよ」
彼らの会話を背に、私は走り出す。
ヴィリュークは待っていてくれるだろうが、砂漠の朝の時間は貴重なのだ。
目覚め始めた街を感じながら、私は待ち合わせ場所へと急ぐのであった。
全部部長が悪いんやー!
誤字・脱字は無いはずです。無いはず…あったら恐縮ですがご指摘ください。
今週もお読みいただきありがとうございます。




