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42・エステルの旅立ち

「師匠、今までお世話になりました」エステルがばあさまの手を両手で握り締め、最敬礼で挨拶をする。


「永遠の別れって訳じゃないし、名実ともに独立するのを待っているわよ」


ばあさまから手を放すと、お尻をポンと叩く。


「いってらっしゃい」

「いってきます!」

「「……」」


「あれ?俺には?」


「じゃ、またね。今度は嫁の一人でも連れてきなさい」


「それならいっそ、ばあさまの今際(いまわ)(きわ)に嫁と子供を枕元につれてくるよ」


「それは残念。当分死ぬつもりはないから、それは実現しないわね」


「「……」」どちらからともなく笑い合う。


「なんでもいいから時々帰って来なさい」


「”嫁を”とか言われると敷居が高いけど、……善処、します」


ばあさまはずっと玄関口で見送ってくれた。




曲がり角を曲がるときに振り返ると、まだ遠くに姿が見えた。一瞬立ち止まり手を高く掲げて合図すると、小さく手を振ってくれたのが分かったが、角を曲がってしまったのですぐに視界から消えてしまう。


「なに?もうホームシック?」エステルがからかう様に言う。


「そんな大層なものじゃないけど、少し寂しいのかな?」


「向こうに戻れば知り合いとかいるんでしょ?あたしだって向こうに行くんだからそんな顔しない!」


先を行ってるエステルが、俺の気弱な返事になにやら励ましてくれる。


「ん、まぁあれだ。行こうか」


「あんたが遅れているの!行くわよ」




出立前にギルドに寄らねばならない。


扉を開けると喫茶コーナーに例の子供たち三人が座っている。俺たちが入ってくるのに気付くと、椅子を下りて駆け寄ってくる。


「もう行っちゃうんですか?」


「もっとゆっくりしてけばいいのに!」


「びりゅーくさん、ぜったいまた会えるよね!」


「なによ、あんた達ヴィリュークばっかり!あたしにかける言葉はないの?」


騒ぎながらカウンターへ歩み寄る。




「おばch、げふんげふん。オルエッタさーん」子供たちがいるので悪い口は叩けない。


ぬぅっと伸びた手が俺の頭を鷲掴みにする。痛みはないが、ぬ、抜けられない。


空いたもう片方の手が俺の首元のタグを引き出すと、出立の処理を済ませる。


「ヴィリュークあんた余所のギルドでこんな事やってないでしょうね?」


オルエッタさんに頭を固定されているので逃げられない。正面からの視線に対して目をそらすのが精々だ。


「やってないですお姉さま。けっして!」


「ふざけてないで普通にしなさい」


「かしこまりました!お」その瞬間さらに引き寄せられて、オルエッタさんは俺の耳にささやく。


「おかあさんとかそれに類することを口にしたら……分かってるね」


その直後、頭から手が外れる。


「やだなぁ、オルエッタさん。当然じゃないですか」素早く手の届かない間合いへ。


「あんた、何言おうとしたのよ」自分のタグを渡しながら、エステルが視線を刺す様に投げ掛ける。


「はぁ、こないだの夜のあんたと今のあんた。ちょっと違い過ぎない?」オルエッタさん、そんなに困惑

させるようなことを俺はしましたか?


「そんなに違うつもりはないんだけどなぁ」タグを襟元に戻しながら答える。




「なにか運んで欲しい物があったら指名依頼出してくれ。可能な限り応えてみせるから」


「次来る時はもうちょっと大人になってきな!」


「はは!努力します。それじゃ!」


「では、オルエッタさんお元気で!」


「エステルは良い男捕まえなよ!」


「ぁははは…」




子供達が門まで見送ってくれると言うので、じゅうたんを出さずに徒歩で向かう事にする。


前をエステルとエイツァ。後ろを俺とシィナとビイトで並んで歩く。


前の二人を見ていると、どうもエイツァの初恋はエステルっぽい。隣のお姉さんみたいな憧れなのだろうか、エイツァが手をもじもじさせているのを察して、自ら手を取って歩いていく。


普通にお姉さん出来るのに、なぜ残念さんと村で評価されてしまってるのか大変惜しい。仕事が絡んでいない姿を見せれば、エステルのお相手は簡単に見つかる気もする。


その後ろで、シィナは俺に何を習い始めたか語り始め、立派なおよめさんになるから!と意気込んでいる。


それに対抗して、ビイトはどうやったら俺みたいになれるか?とか聞いてくるので、俺みたいに投擲武器を選ばない様に諭してやる。それだけでなく、しっかりばあさまに師事すれば、立派なエルフになれると言い含める。やっぱりエルフは弓が主ではなかろうか。


門が見えてきてハッと思い出す。


「あれ?サミィがいない」






魔力が身体に染み渡る。


砂漠で水を摂取したときとはまた違う感覚で、大変心地が良くいつまでも微睡んでいたい。


しかしそれを誰かが邪魔をしてくる。


「サミィ、起きて」

「サミィ、行ってしまう」


ガバッと身を起こすと、魔脈のソファーの上だった。


通常の睡眠ならいざ知らず、魔力をゆったりと浴びながらのそれは、いつものような起床は出来なかった。


”この機会を逃したら次はいつになるか分からない”


そう思って横になったら起こされるまで気付かなかった。ひょっとしたら、延々と微睡み続けていたかもしれない。


「おはよう」


「おはようサミィ」

「おはようサミィ」


「ヴィリユークは挨拶を済ませた」

「ヴィリユークは別れを済ませた」


「でも私は別れを惜しむ」

「でも私は再会を待つ」


「いつか必ず会えるわ」サミィは確信を持って答える。


「いつか必ず。楽しみにしてるわ」

「いつか必ず。心待ちにしてるわ」


精霊と猫はなかなか良い関係になれるのかもしれない。


精霊は猫を抱え、精霊の秘密の近道を使って母の元へ走る。


「かあさま、出遅れた」

「かあさま、寝坊した」


半笑いのヤースミーンはサミィに問いかける。


「サミィ、いっそのことうちの子にならない?」


サミィは躊躇いもせずに応える。


「いいえ、私はもっと沢山のものを見たいから」


「それは残念」


ヤースミーン表情はあまり残念そうではなかった。




「すぐそこだけれども、私のじゅうたんで行こうか」


「かあさま、私も行きたい」

「かあさま、私も見送りたい」


「いいわよ。じゅうたんに乗ればあなた達も遠出できるしね」


そうと決まると精霊たちは工房よりヤースミーンのじゅうたんを引っ張り出す。


巻いてあったそれをゴロリと広げると、勝手知ったるなんとやら。魔法陣から座布団大の平べったい箱を三つ出すと、サミィを間に挟んで並んで座る。魔力貯蔵庫の入出力口である。


貯蔵庫の出力をじりじりと操作して開けていき、魔力を緩やかに放出させていくと、精霊たちの表情が心なしか豊かになり、サミィはネコガタからヒトガタに変化(へんげ)したではないか。


しかも以前のような裸ではなく、ちゃんと服付きでの変化だ。その変化した当人も驚いたようで、パタパタと服を叩き感触を確かめている。


原因に心当たりがなく小首をかしげたが深く考えるのは止め、座布団()に並んで出発を待つ。


座布団()をじゅうたんの後部とすると、ヤースミーンはその前に座り、いつもの様にするりと発進させる。




村はもう動きはじめている。


これから仕事に向かうじゅうたんがちらほら飛び始め、店は前を掃き清めたり開店準備に忙しい。


そこをヤースミーンがじゅうたんで通りがかれば、あちこちから挨拶が飛び交う。


しかし今日はちょっと様子が違う。


ヤースミーンのじゅうたんの後ろには、見慣れぬ女の子が三人。


それなりに”視える”エルフ達なので、彼女等のうち二人はヒトでなく精霊と識別ができた。


”見覚えない子達だな”

”いや、よく見ろヒトじゃないぞ”

”精霊…じゃない?”

”真ん中の子は……よくわからないな”

”耳がエルフっぽいけど、なにか違うわよね”

”あれじゃない?師匠の契約精霊とか!”

”なる…それなら納得だな”


精霊たちが愛想よく小さく手を振るものだから、村人は好き勝手に彼女等を噂の俎上(そじょう)に載せていく。


そんなこんなで、門が見えてくると同時にヴィリューク一行の背中が見えてきた。彼らの後ろを、好奇心に駆られた村人が一緒に着いてくる




「サミィ、どうしたんだろう」


思わず独り言ちると、後ろの方から声がかかる。


「ヴィリューク、連れてきたわよ」


ついっと後ろを振り返ると、ばあさまがじゅうたんでやってきた。しかもじゅうたんの後ろに女の子を三名、二人は実家の精霊たちとすぐ分かったが……


あぁ!


しかも後ろから村の連中が着いて来ているのだが、公開しても問題ないのだろうか?確かにこの村の結束は尋常でないので、情報の流出なんて考える必要もないのだが、こんな適当でいい物なのか、外からの出戻りとしては大変心配である。


しかし、うちの村ならサミィの正体がばれても大丈夫だろうと考えている俺もいる。感覚ばかりで根拠はないけれども。




門の横で別れを惜しむことになった。さっき家の前で済ませたはずなんだがなぁ。


「エステル、元気でね」

「エステル、息災でね」


「二人もね……って精霊なら大丈夫か」


あぁ、この二人とはしていなかった。精霊だからこういう感情は希薄かと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。


「ヴィリュークもね」

「ヴィリュークもね」


……おまけ程度の挨拶が来ました。


「ばあさまを頼むよ」


黙ってコクリと頷く精霊たち。


「エステル、村では色々言われているけど」

「エステル、村では諸々言われているけど」


ドライアドは告げる。

「わたしはあなたの草木への慈しみを知っている。あなたは良い母になれる」


ブラウニーは告げる。

「わたしはあなたの家事での心配りを知っている。あなたは良い妻になれる」


俺たちの周りを、少ないながらも村人が囲っている。村人たちは精霊たちがエステルを認める様子を嬉しそうに見守った。


「その為にはまず男を捕まえろ。愛情のスネアでがんじがらめよ」

「その為にはまず男を捕まえろ。料理で胃袋を押さえるのもよい」


それを聞いて周囲から小さく笑う声がもれ出てくる。


「もう折角いい感じだったのに、台無しじゃない」


困ったような泣き笑いで、エステルの眉が八の字になっている。からかっているのではなく、相手を思っての言葉と分かるからだ。


「ありがとね」二人に聞こえる程度で小さく言葉に出す。




じゅうたんの上のサミィは、ヒトガタのまま子供たち三人を招き寄せる。


「遅くなっちゃったけれども。山菜の時はあんなことになってしまって……でもよかったわ」


初めて見る相手からの言葉に、意味が解らない三人。少し困惑している。


「祝福というと大げさだから、今度はあなた達に祈りを捧げます」


雰囲気が変わったのを感じ、子供なりに居住まいを正す三人。


「健やかな日々が過ごせますように、エルフネコの祈りを捧げます」


どこで知ったのか、手を組んで三人に対して祈りを捧げるサミィ。黙祷が済むと、エイツァ・ビイト・シィナの順に彼らの額へ指先をそっとあてがう。


既視感を覚えつつも黙って受け入れる子供たち。


「シィナは小さいから多目にね」


と言ってサミィはシィナをぎゅっと抱きしめ、エルフのように長くネコの様に毛が生えた耳とシィナの耳を擦り付けると同時に、ほっぺた同士をくっつける。


以前やられたやり取りを思い出し、ようやく三人は気付いたらしい。


「「「あーっエルフネコ!!!」」」





「ヴィリューク」

サミィは素早く身を離すと、じゅうたんから俺に向け両手を広げて飛びつこうとジャンプする。


だかが二メートルに満たない距離。


反射的に両手を広げて受け止め体勢になったのに、サミィはその距離でヒトガタからネコガタに戻ったのだ。


ヒトを胸で抱き留めるのではなく、ネコが顔に掴まる形になった。


”んぐっ”


当然俺の手はスカり、重さを支えようとした身体はバランスを崩しよろけてしまうが、なんとか転ばないですんだ。


「サミィ…」つい声が荒くなる。


素早く俺の首元に移動したサミィは一声”ニャーン”と俺じゃなく子供たちに声をかける。


子供たちは歓声を上げるが周りの者たちからはどよめき声が上がる。


次に上がるであろう声から逃げ出すべく、俺は丸めたじゅうたんを広げると同乗者たちに合図する。


サミィは一番前、次いで俺・エステルと乗り込むと、じゅうたんを発進させる。


「みんな見送りありがとう!それじゃぁまた!!」


「ありがとうございました!」


今日の門番もブラスコにカルジェロか。


子供たちが”エルフネコだよ!見た?見た?すごい!”といった感じで二人の父親たちに興奮して話しかけている。


驚きで受けとめかねている彼らに、手だけ上げて挨拶する。


「ばあさま、元気でな!あとはヨロシク!」


ばあさまも、やれやれと言った態で手を振りかえす。


視界の端ではサミィが警笛魔法陣を出していた。……変なことを覚えちゃったなぁ。


すると止める間もなくサミィは警笛を威勢よく鳴らす。


”ぽぽぽぽーん”


いつもの警笛音でなく、改良版か!


じゅうたんの上で思わず脱力してしまった。カッとエステルを振り返るが”私じゃない”とばかりに必死で首を振っている。


更に後方を見ると、門の前でばあさま始め村人たちが笑いながら手を振っていた。


「サミィ、警笛は頼んだからな」


「まかせて」




エステルの旅立ちは笑いと笑顔があふれるものとなった。


感想・評価お待ちしております。

感想は最新話でなくともOKでございます。


お読みいただきありがとうございます。

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