40・平和(?)な帰省風景
乙女心の発露の産物は、取り敢えず王都のギルドへ持ち込むこととなった。
持ち込むにあたり、ギルド長とばあさま連名で書状をしたためるとのこと。
この”乙女の交換日記”は、これから様々な所で情報と言う名の愛のささやきを伝えることになるだろう。
若い男女の初々しい日記ならまだしも、むくつけき男と男がやり取りしているところなぞ想像したくない。
せめて日記のブックカバーではない形状の変更を希望する。
エステルとばあさまが、頭を突き合わせてギルドへ持ち込む書類を作っている。
「はぁ、俺の用事はいつになったら済むんだ……」
「あん?まだ聞いてないのか?」眉をひそめてギルド長が聞いてくる。
「そうなんですよ。別に勿体付けるものでもないでしょうに。あぁ、昨晩の事件は仕方ないとしても、いい加減にしてほしいものです」
チクリと嫌味を投げかけるが、その対象は書類に夢中だ。
「はあぁ、仕方ない。じゃ俺から伝えよう」
「え?知ってるんですか?」
「まぁな。ここのギルドに、ある場所の調査の為じゅうたんの手配の打診が来たのが発端だ」
「この村のエルフなら適任者の一人や二人、居そうなものですが?」
そう言いながら俺は、既にある予感を感じていた。
「それが砂漠でもか?」
「やっぱりぃ……」俺は椅子の背もたれに寄りかかりながら天を仰いだ。
「この話が来て、誰が適任かというのを村の師匠でもあるヤースミーンに聞いたらな、お前の名前を即答されたよ」
「拒否権は?」
「お前のばあさまの耳に入ったんだ、抵抗しても無駄だ」
「「……」」
どちらからともなく溜め息がもれる。
隣では着々と書類が出来上がっている。
「……それで積み荷は何なんですか?」
「あー、うん。詳細は王都のギルドでってことなんだが、依頼を受けざるを得ない状況だし、まぁいいか」
「面倒事はいやですよ」
「「拒否権はないけど」」
どちらからともなく溜め息がもれる。
「依頼内容は、とある場所の調査に当り探索者たちをそこまで送迎して欲しい」
「場所をぼやかしている辺り、キナ臭くてたまらないです。それに探索者ですか……大丈夫なんです?暑さにバテて看病もしろとか、増々面倒くさいじゃないですか」
「流石にそこは実力者が選ばれるだろう。愚痴をこぼしても体調管理くらいは大丈夫じゃないか?」
「……いったいどこの調査なんです?」
「……旧王都だ」
「えっと……」
「「拒否権はない」んですよね、はい」
俺一人で溜め息をついた
「なんだってわざわざあんなとこに行かにゃならんのですかっ」
「だから調査だって言っとろうに。旧王都の生態調査と封印の状態を確認しろと国からの依頼だ」
「今まで大丈夫だったんでしょ?なんで今更調査だなんて!」
「は?いやいや、定期的に調査は行われているぞ」
「え?」そんな話初耳だ。
「言い方が悪かった。国民には特に公表されてないが、五年毎に調査隊が組まれている。調査結果が下りてくるのは精々ギルド幹部までだが、特に秘密でもない。今ンとこ問題なしの異常なしなんだからな」
おかしいじゃないか。特に異常も問題もないのに、なんで今更エルフのじゅうたんに目を付けた?
砂漠を渡るための技術も確立されているし、各都市のマーカーを感知できる人員がいれば、最悪帰りの方向は問題ない。
砂漠化直後ならいざ知らず、現在では準備を怠らなければ危険を避ける方法はいくらでもある。
「なんか怪しくないです?わざわざじゅうたんを手配するってことは、目的地にじゅうたんの機動力を必要とする危険があるってことじゃないです?」
「いや、身構える必要はないから」ギルド長が頭を掻きながら答える。
「向こうのわがままだから」
「え?」訳が分からず言葉に詰まる。
「届いた書状には、いかにじゅうたんが素晴らしい移動手段か書いてあってだな、その性能は勿論の事、ここ十数年そのじゅうたんを駆るエルフの青年の素晴らしい功績も書いてあった」……だれその好青年?
「遭難者の救助は言うに及ばず、砂漠での水の提供、時には盗賊を追い払い砂漠の安全にも寄与するという、素晴らしい実力と人柄を兼ね備えた青年だと」
さっき食べた朝食が、腹の中でもやっとして気持ち悪い。昔のなんてことのない行為を改めて持ち上げられるのは、大変居心地が悪く背中がむず痒くなってくる。
「そんなに素晴らしい青年を引き合いに出されてしまうとなぁ。村の者たちでも実力は遜色ないが、砂漠に慣れているかと聞かれるとちと心許ない」
「じゃ、その好青年に依頼したらいいじゃないですか」
「うん、探し出して指名依頼を出そうかと思ったのだが、そこで話が戻る訳だ」……ギルド長、説明的な建前が長いです。
二人そろって視線を横に向けると、エステルとばあさまがラストスパートをかけている所だった。
ちらと見ると、二人とも達筆である。しかも早い。エステルが描いている仕様書の魔法陣なんか、フリーハンドなのにちっとも歪みがない。
筆をおいたばあさまが、書類の束を整えるとパラパラと内容を確認し始める。
視線を戻し、話を戻す。
「移動で調査員たちの疲労を可能な限り軽減させる為、ご協力をお願いしますだと。つまり、楽をしたいだけだ」
「それに砂漠でじゅうたん使ってるのは俺くらいですから、身元はすぐにわかりますもんね」
「金を積んでも乗れないじゅうたんに乗るには、今回の調査みたいな大義名分でもないと門前払いだしなぁ」
「なんとも高尚な大義名分ですこと」
「それなりの礼は用意するらしいから、うちとしては”しぶしぶ”了承した」ギルド長、悪い笑みがこぼれています。
「金を積んでも乗れないってのもエルフが意図的に流した噂だしな。今回の調査は特例って事を流しておくから安心しろ」
「…頼みます。配達業を始めたころには、金持ちとか貴族とかうるさくて。やれ乗せろだ、やれ買ってやるからいくらだとか。あぁ、また変なのが出てくるんだろうな……」
その当時、配達でギルドに顔を出す度に出待ちされてたのだ。それは出発地でも到着地でも、飽きもせず待ち伏せしてきて辟易したもんだ。
暫くしたら沈静化したけれど、時々飯を食ってる最中に酔っ払いにからまれるのも珍しくはなかった。
今となっては街の住人達からは冗談で声を掛けられる程度で、よそ者から声を掛けられることすら稀だ。この依頼後も平穏な日々を願うばかりである。
「よしっ、これで書類は整った。あとはサンプルを作らないとね」
チート師弟、さすが仕事が早い。
「え?、これを見せるんじゃないんですか?」
「あなたの乙女心の結晶を渡せるもんですか。しかも一般向きでない機能まで付いているようだし、それは将来の彼氏の為にとっときなさい」
「いっぱ、や、そ、そんなものついてないですし!」
……どんな機能をつけているんだ、エステル。
「ま、日記帳なんかだと形としては個人って感じだから、ギルド間とかで使うような機能美あふれるデザインにしましょう。まずはセットで一ダース、二十四冊作るわよ」
そんなやりとりをしながら、二人は工房へ行ってしまった。
「「……」」
「似た者師弟とはよく言ったものだ。エステルはちゃんと嫁に行けるんだろうか……ヴィリューク、お前どうだ?」
「そのセリフ、名前を変えて昔の自分に言えますか?」
「……成程、そんな印象なのだな。昔のヤースミーンと比べると、エステルの方がずっと可愛げがあるぞ」
「そうなんですか……とりあえず聞かなかったことにしときます」
「うん、そうしといてくれ」
そう話しながら工房へ巡らせていた視線を、お互い元に戻す。
「一息ついたし、ギルドに戻るか。朝飯ごちそうさん。今日はどうするんだ?」
「二人ともあの調子ですからね。ぶらぶらして過ごしますよ。明日か明後日には出発しますので、その時は挨拶に伺います」
「あの二人次第ってとこか。じゃ」
そう言ってギルド長はのんびりと、職場へ戻って行った。
その日が一番平和だったのかも知れない。
バックを肩から引っさげて、久しぶりの村をうろうろしていた。
サミィにも声をかけたが、返事もしないで尻尾をくゆらせるのでほっとくことにする。
まずは木工所。職人さんに投槍器を見せて、それに適した木材を程よい長さで三つほど購入。
暇つぶしに作ってみようかと思うので、失敗した時を考えての三つだ。ついでにコツも教えて貰う。
ついでに釣竿を貰ったおじさんの家が近かったのでご挨拶。
お茶をゴチになりながら、竿の縁で遭遇した話を披露すると嬉しそうに話を聞いてくれた。
そうこうしていると、ブラスコがじゅうたんで子供三人を連れてやってきた。
「おぅ、こんなところにいたか。昨晩はうちの息子を助けてくれてありがとう。礼が遅くなって申し訳ない」
「「「ありがとうございましたぁ!」」」子供たちが特有の抑揚をつけてお礼を言ってくる。
「なんのなんの、それより怪我は大丈夫か?」
「今日くらいは大人しくさせるつもりが、落ち着きがなくてな。それなら下の瀞場でじっと釣りでもさせようかと」
「ふーん。で、おじさんの所にきたのか。……保護者は足りてるか?」
「お前も来るか?おじさん、延べ竿五本貸してくれないか?」
頼られるのが嬉しいのか、自分の竿を使ってくれるのが嬉しいのか、ニコニコしながら一式を貸してくれるおじさん。
ブラスコのじゅうたんに同乗すると、いつものポイントなのか整備された瀞場(水深が深く、流れの緩やかな所)に着いた。
事故があってはならないので、子供は保護者同伴でないと許されない。そもそも、じゅうたんでないと来れない場所である。
なので、親たちは時々子供にせがまれてやってくるそうだ。
相変わらず魚たちはスレておらず、魚影も濃い。
のんびり景色を眺めながら釣り糸を垂れていたのだが、アタリがあるとついつい合わせてしまうので、既に我が家の分の四匹は確保できてしまった。
ブラスコも似たようなものらしい。子供たちの様子を伺っている。
折角大人しくじっとしているのに、余計な茶々を入れてウロウロされては本末転倒である。
ちょっと気になるのが、カルジェロ夫妻のとこの最年少シィナだ。
はじめは、おっかなびっくり針に餌を付けていたのだが、慣れるのはあっという間であった。
周りが順調に釣り上げるのたいして、彼女は未だボウズ。今度こそと集中するのだが、焦って早く合わせてしまうので中々釣れない。
適当な所で手助けかな~と眺めていたら、こくこくと舟をこぎはじめた。
眠ってはいけない、と頭を振って目を覚ますのだが、それでもまたこぎはじめる。
こりゃ寝かしつけた方がいいのかなと近寄ると、握りしめた竿の先がぴくぴくとしなっている。
「シィナ、きてるぞ」
声をかけると、竿を握りしめたまま反射的に立ち上がる。それがうまい具合に合わさったようだ。
水面を糸が走る。竿を持って行かれそうになり慌てるシィナ。
「ど、どうしたらいいのーっ」
「竿を立てろ!寝かせると糸を切られるぞ!」
手助けして竿の角度を上げると同時に、水中の魚のサイズを確認。うん、ちょっと大きめだが、この竿と糸ならば問題ない。後ろから両手で腰を支えて、引きずり込まれるのだけは防ぐ。
「支えてやるからな。頑張れよ」
「うん!」眠気など一瞬で吹っ飛び、シィナは元気よく返事を返してくる。
「すげー」
「シィナ、がんがれー」
「ほれ、もうちょっとだシィナ」
エイツァとビイトが応援に駆けつけ、ブラスコもタモ網を手に待ち構えて準備万端である。
皆の応援に必死に両手で竿を掲げると、(シィナにとっての)死闘がようやく終わる。魚影が水面に浮かび岸に近づいてくるので、それに合わせてシィナも後退させる。
「よーし、よーし、こっちこい、こいっ、ぃよっと!」ブラスコは誘導された魚を頭からタモで掬い上げる。
なかなか良い形が釣り上がった。
「いい獲物を釣り上げたな」それぞれに笑みが浮かび上がる。
「シィナ、ちょっと持ってみるか?」手拭い片手に聞いてみると、元気よく頷く。
片手を手拭いでぐるりと巻き、余った端はそのまま伸ばす。手拭いを巻いた方の手で下顎を掴ませることにより、魚の歯で指を痛めることもない。垂れ下がった端で魚体を包むように持たせる。
「手を放すぞ。しっかり力を入れて、な?」
鼻息も荒く、力強くシィナは頷く。そっと手を放す、とシィナは満面の笑みで魚を両手で抱え上げる。
「「「「おぉぉ」」」」男四人、拍手で褒め称える。
その時、拍手の音に反応したのか魚が腕の中で暴れはじめる。不意を突かれ思わず落としてしまうシィナ。
ビタ、ビタン
全員で飛びつくが……ぽちゃん。哀れ、魚は水の中へ。
喜色一転、大きな目から涙が零れ落ちる。
逃がすか!
即座に水の手を伸ばし魚を特定する。
……
……
”掌握”
開いていた手のひらを、ぐっと握りしめて持ち上げる。
それに同調して水面下から、水球の中に捕えられた魚が水を滴らせて水面へ持ち上がっていく。
握り締めた拳をそのままに、俺はシィナに声をかける。
「シィナが釣り上げた大物だ。逃がしゃぁしないよ」ニヤリと笑い掛け、獲物を地面に持ってくる。
大きな目に涙を浮かべながら、満開の笑顔で頷くシィナ。
「ブラスコ、魚籠頼む」
大きく口を広げられたビクにしっかりと魚を収める。
「よし!これで問題なし!シィナ、オルエッタさんに美味しく料理してもらおうな。いっぱい食べておおきくなれよ」
それぞれの家庭の夕飯を賄える釣果だ。
各々笑みを浮かべて帰路に着くのであった。
◇◆とある一家の食卓にて◇◆
「でねでね、すごいんだよ。魚がにげちゃったとおもったら、手をばっとやってぐっとやって、ぐぐーってしたら水玉のなかに魚がはいって川からできたんだ」
「わかったから、食べながらしゃべらない」
「ほんとすごかったの。わたしをささえてくれてはげましてくれて、だめだーっとおもったらなんとかしてくれたの!」
「そうか~なんとかしてくれたか~よかったな」
一家四人魚料理を囲んで、釣りの話題で盛り上がっている。
「でねでね!わたし、びりゅーくさんのおよめさんになる!」
「「!!?!」」
「あんにゃろー、うちの娘にコナかけやがって!」
「シ、シィナ、おとうさんのおよめさんになるんじゃなかったのか?」
「おとうさんは、やっぱりやめ!びりゅーくさんがいい!」
女の子が特大の爆弾を投下していた。
まさかの釣り回(二回目)村を歩かせたらこうなっちゃいました。
お読みいただきありがとうございます。




