37・捜索、発見
男たちがにやけ笑いをしながらゆっくり近寄ってくるのに対して、子供たちはじりじりと後退する。
「そう怯えないでくれよぅ。ちょっと山向こうまで行く裏道があったら教えて欲しいだけなんだよぅ」
ひげ面中年男の猫撫で声なぞ、子供でなくとも鳥肌物である。
「それとも知らないのかなぁ?エルフは森の民だから色んな道を知ってると思ったんだけど、がっかりだなぁ」
「そんなことないぞ!エイツァは大人とおんなじくらい裏道もしってるんだから!」
「ビイト、教えちゃダメ!」
嫌悪感を抱いた相手にエルフをバカにされて思わず反論してしまい、状況は悪くなっていく。
煽った方からすれば、ますます好都合である。
「ほう、それはそれは~。じゃあ君、道案内してくれないかなぁ」語尾と言う語尾を伸ばして話してくるので、腹の中がもやもやしてくる。
エイツァはビイトに小声で指示する。
「こないだししょーから習ったアレいくぞ。一番奥たのむ、残りは僕が」
相手をじっと睨みながら口の中で小さく詠唱し、じりじりと後退していく三人の子供たち。
「いい加減、返事してくれないかなぁ」焦れた男が飛びかかろうとした瞬間、呪文が完成した。
「「すねあ!!!」」
男達は次の一歩を踏み出そうとした瞬間、つま先に絡まった草に足を取られ、揃いも揃って転倒してしまう。
「逃げろ!!!」エイツァが号令をかけると、他の二人も弾かれた様に、来た道を駆け足で戻っていく。
「ちきしょう、早く捕まえろ!、売っ払えば遊んで暮らせるぞ!!」後ろで男達の怒号が響き、それを聞いた三人はさらに必死に逃げていくのであった。
スネアという精霊魔法の効果は”対象を転倒させる”である。
この魔法が一躍有名になった理由は、一世を風靡したとある冒険小説のキャラクターが事ある毎に使用し、狙ったかのように失敗し、ここぞと言う所で大成功したせいである。
スネアは、良くも悪くも有名になってしまった。
良い点は、派手な見た目の魔法だけでなく、この様な支援魔法の利点を周知させたことである。
悪い点は、スネアを使えるのは土の精霊だけと間違った認識をさせてしまったことである。
そもそもの言葉の意味は、”わな・わなにかける”。さらに遡ると”紐・縄”と言う意味まで出てくる。
難易度からすれば、子供たちがやったように森の中でドライアドの力を借りた”スネア”の方か簡単である。
しかし件のキャラクターは、ノームの力を借りた”スネアしか使わない。お察しの通りこちらの方が難易度は高い。
片や、こっそりとつま先を植物で絡めとってしまうスネア。
片や、一歩踏み出す瞬間に地面を少し隆起させて引っかけるスネア。
それぞれ精霊たちが手助けしてくれるとは言え、愚直にノームスネアを使い続けるキャラクターに読者は声援を上げ、一喜一憂していた所に人気の一端があったと思われる。
師の教えを遺憾なく発揮し、子供たちが辛くもピンチを脱して暫くのちに、漸く大人たちは不審者が自分たちの近くに潜んでいる可能性を知ったのである。
ギルド内の一階広間には、既に村の上位役職持ちから始め、じゅうたん持ちの中の実力者が、自らの装備を整え集まっている。
概略は既に耳にしているのであろう。小さな声で憶測をお互いに確認しあっている。
事務所の奥の扉が音も立てずに開くと、広間の者たちの視線が一斉に集まる。
中からギルド長・村長・師匠の面々が現れ、そのまま壁際の皆の正面に立つ。
ギルド長が重い口を開く。
「大体の所は皆も知っているかもしれないが、ここで改めて周知徹底させる。三日前、山向こうの貴族領で山賊討伐があった。今まで山賊もこちら側は我々の森と認識していたのか、ちょっかいを掛けてこなかったので被害は殆ど無かった。あっても精々狩猟でのいざこざ程度だ。それに対して、向こう側の領主サマの所では山賊被害で相当頭を悩ませており、今回の討伐に至ったらしい」
ここまでは良いか?とばかりにぐるりと見渡す。
「討伐は無事終わった。しかし成功とはいえない。頭目も含めた三名が未だ逃走中である。本来であれば警戒態勢を敷き入山制限をかけるだけだが、皆に集まってもらったのは他でもない。山菜取りに行った子供たち三人がまだ帰ってきていない。そこで子供たちの捜索及び山狩りを行う。優先するのはあくまでも子供たちの捜索及び保護だ」
室内のエルフ達は黙って次の言葉を待つ。
「村の者たちには全員ここに集まって貰っている。まず半数の建物の外にいる者たちは留守番だが、既に彼らは村内の照明管理と見回りを始めている。これは子供たちへの目印と、万が一を考え山賊どもの侵入を警戒しての配置だ。残りここに集まって貰っている皆は捜索組で、一部の者を除いて徒歩での捜索をお願いする」
「……もうわかっているとは思うが、捜索にじゅうたん五枚を投入する。勿論空中機動の制限は解除だ。一枚に付き二名。上空から照明魔法陣による広範囲の捜索、徒歩では捜索困難な場所も担当してもらう。更に君たちの師匠から渡すものがあるそうだ」
師匠が一歩前に出ると、じゅうたん持ちが五名、同乗者がその後ろに整列する。
「今回の捜索に当り、眼帯を貸し出す。エステル!」
ヴィリュークの後ろに立っていたエステルが、携えていた箱を持って師匠の横に控える。箱を開けると魔法陣が細かく刺繍された眼帯が整然と納められている。
師匠はそれを手に取り、一人一人に手渡していく。
「使用したことのない者もいるので、簡単に説明しておくわ。効果は大きく分けて三つ。鷹の目・フクロウの目・同期よ。目については両方同時に使えるわ。つまり遠くの動くものが良く見え、夜目が利くということ。近いところには適さないので、眼帯をしてない目を使いなさい。ちょっと意識すれば左右の視界の切り替えに慣れてくるはずよ。最後に同期、眼帯を付けた者同士に限り、視界を共有できるわ。ただし、送る側・受取る側が同意していないと出来ないし、有効範囲は半径二メートル。それぞれ同意していれば範囲は四メートル。じゅうたんの上にいれば十分な距離ね。捜索中に目標を発見したら、これを使って相方と情報を共有する事。うまく使いこなして迅速な行動と成果を期待しています」
説明が終わったはずなのに、師はその場から動かない。何か続きがあるのだろうと全員が次の言葉を待つ。
「ナヴィイド」
「なんだ」ギルド長が固い声で返事をする。
「やっぱり私も参加するわ」
「許可できない。さっき部屋で散々話し合っただろう。あなたは担当はこちらだ。捜索組ではない」
「でも!」
「ヤースミーン、自分の弟子たちを信用して任せなさい」敢えて本名で諭す。
暫し睨み合う二人。先に視線を逸らしたのは師匠の方であった。
「あなた達、頼んだわよ」
「捜索開始!」ギルド長の号令に、捜索組は建物を飛び出していく。
全員が出発すると、広間にいるのは村のトップ三名だけとなった。
「やはり彼女にも行ってもらった方がよかったのでは?」
「村長、あなたが情にほだされてどうするのです。もう一度言いますよ、ヤースミーンは情が深い女です。家族や仲間が傷つけられると我を忘れるんです」
「しかし、村で喧嘩や事故で大怪我をして傷ついても、我を忘れた事は無かった」
「それは自分の目の届く範囲での事で、彼女が収められる範囲だからです。怪我然り喧嘩然り。家族でも仲間内でも喧嘩なんてあって当然でしょう」
「では何を心配しているのです」
ナヴィイドとヤースミーンの視線が合ったが、すぐに彼女の方が視線をそらしてしまう。
「彼女は自分の目の届かぬところで家族が傷つくのが我慢ならないんです。もし今回、子供たちが”敵”…いえ山賊になにかされたとしたら、あの二つ名を目の当たりにすることになりますよ」
「切り裂きジャスミン……血塗れ茉莉花……」
「身をもって体験させてあげましょうか?村長?」
低い声で威嚇するヤースミーン。しかしすぐに口調が元に戻る。
「もう、やめて!そんな物騒な名前をつけた連中は、もう寿命で墓の下なんだから。大体私の若いころの話よ、ン百年前でしょ。そんなカビの生えた話を持ち出さないで!」
「……再来を何度も防いだ俺の苦労も自覚してくれ。お前の名前が悪名にならなかったのは誰のお蔭か分かってるよな?俺ももう歳だからお前を止められる自信がないよ……なんでお前はそんなに元気なんだよ」
「なんでかしらね、女の秘密ってやつ?」
男二人は早くも疲れたのか、ため息をつく。
「ともあれ、みんな無事に帰ってきてほしいものだ」
地上部隊はすぐさま山に向かって行った。
じゅうたん部隊は、じゅうたんを広げながら捜索担当の確認を始める。
「はぁぁ、しっかしギルド長も凄いよなぁ」
「だよな。師匠に対して真っ向から反論して睨み合えるとか、あのヒト位なものだぜ。ひぃこわー」
その中、オルエッタ・カルジェロ夫妻がヴィリューク・エステルコンビに近寄ってきた。しばし言い淀んでいた二人であったが、オルエッタが決心したのか口を開く。
「二人とも頼みがある……」
オルエッタは話そうとするのだが、次の言葉が出てこない。
「僕が話そう…」
「いや、私が」逡巡していたが、決心し話し始める。
「……エステル。私と交代してくれ」
「え?」
「今回、うちらは夫婦で組になった。けど……あの子達の事を考えると…一刻も早く片親でも駆けつけたい。だとしたら誰のじゅうたんが望みがあるか……エステル、あたしと交代して欲しい」
「「……」」二人は視線を合わせ、ヴィリュークは軽くうなづく。
「分かりました、そういう事なら」エステルはそう返事をすると、すぐさまカルジェロのじゅうたんに向かい、オルエッタとヴィリュークが残される。
「ヴィリューク……えと、その……」
「分かってます。行きましょう」先日見せた悪ガキの表情ではなく、真剣な表情にオルエッタは戸惑う。そして、その装備に。
「え、その、装備、は?」
それは何を討伐にいくのか、と言う姿である。眼帯、指貫グローブをはめ、左手には投槍右手には投槍器背中にはタワーシールドを背負う。普段の村人は弓矢程度の武装なのだが、彼の見慣れない装備にオルエッタは戸惑いを覚える。
「万が一もあるから。備えよ常に、ってやつ。前に座って身は低めで。照明陣は任せます。操縦は俺が。」
黙ってじゅうたんの前方に腰を下ろすと、既に先客がいる。
「……このネコは?」
「同乗者。あの子達を心配してくれて手伝ってくれる。反論はなし、時間が惜しい。見た目通りではないから安心して」
これがあのイラついて暴力を振るってしまった同一人物なのか。逆に頼もしさすら覚えてしまう。
「む、最後か。急がないと」じゅうたんが動き始める。
いつもと違う様子に緊張しながら、オルエッタは滑るように高度を上げたじゅうたんの上で、明るくなった前方を注視する。
子供たちは必死に逃げる。
あれから姿を見つけられていないが、確実に追いかけられている。
背負っていた籠はすぐに下ろしたが、熊鈴は持ってきている。シィナが籠と一緒に捨て置くのを嫌がった為だ。
言い含める時間も惜しいので、全員の鈴を取り外し、それぞれ懐に入れている。
遠くから聞こえる。
「なぁ、こっちであってるのか?」
「大丈夫だ、間違いなくチビどもを追跡できている」
エイツァは持っていた鈴を、自分たちの進路に重ならぬようにわざと音を立てて遠くへ投げる。
”カロコロロ”
「あっちか!」
「ちきしょう」
悪態が聞こえ、鈴の音に気配が誘導されていく。
しばし間を置き、静かに進み始める。エイツァ、シィナ、ビイトの順に並び、エイツァが後ろの様子を伺うと、泣くのを必死にこらえた二人の顔が見える。
日もすっかり暮れた。彼方に明かりが見え、大人たちが自分たちを心配していることが分かるが、逃げるうちに大分遠くに来てしまった。間伐された山は、姿を隠せる場所にも限りがある。エイツァに出来ることは、大人たちが来るまで逃げ回り時間を稼ぐことだった。
じゅうたんの上からは、地上での捜索の明かりが広がって見える。現状では兎に角、逃がさぬよう漏らさぬよう捜索されている。
空からの照明で地上を照らしながら、じゅうたんは飛ぶ。じゅうたんとしては遅い速度だが、徒歩と比べると十分早いのだがオルエッタは心配のあまり気が急いていた。
「ヴィリューク、もっと速度上げて!」
「駄目だ。これ以上速度を上げるときっちり捜索出来なくなる」
「あたしは母親だよ。もっと速度を上げてもきっちり見つけて見せるから!」
「オルエッタさん落ち着いて。山賊が潜んでる可能性を忘れたか?」」
「……くっ」
子供たちは未だ発見できない。
「カシラぁ、ガキども捕まえて本当に金になるんですかい?」ハチが小声で話しかけてくる。
「たりめーよ、禁止されてても奴隷売買は蛇の道はなんとやらってな。伝手だってちゃんとあらぁな」
「さすがっすね~、一体幾らになるんすか。興奮しちまいまさぁ」カタミミがそれに乗っかってくる。
彼らはお互いの本名すら知らない。
前科持ちや脛に傷がある者たちが、山賊の噂を聞きつけてお零れに与ろうと集まったら、いつの間にか大所帯になっただけである。
更に困ったことに程々にしておけばいいものを、マジメに山賊行為を働き長期間稼いでしまった。
お上に目を付けられ、討伐隊が差し向けられたのは当然である。
「ねぐら潰されたのは痛いが、無事逃げられたからな。しかも獲物を捕まえるのも時間の問題とくらぁ」
「捕まった奴らや死んじまった奴らの為にも……」
「酒飲んで、女はべらして遊ばないとな!」
振り返ると彼方に明かりが見える。大方ふもとの奴らが子供たちを捜しに山に入ったに違いない。
「カシラぁ、そろそろ本気出さないとやべぇんじゃないですかい?」ハチが意見してくる。
「だな、捕まえてさっさとずらからねぇと俺たちがフクロにされちまう」
「フクロじゃすまねぇすよ、領主に引き渡されて縛り首っす」
「じゃ、俺たちの本気をガキどもに見せてやるか」
その言葉に手下二人が頷くと、音を立てて、しかし業とらしくない様に追跡を再開する。
少し間を置き、頭目は身を低く物音を立てず素早く移動を開始した。
シィナがまず遅れ始めた。
今の状況を理解しているのだろう、涙目ながら遅れまいと必死に足を動かすがスタミナが伴わない。
エイツァは黙って妹の前に屈み、おぶさるように促す。ためらう妹。後ろからビイトがシィナの背中を優しくたたく。そこでようやっと妹が兄の背中におぶさった。
ビイトはエイツァに黙って頷くと、今度は自分が先導し始める。
しばらく行くと、ちょっとした原っぱにでた。
縦断するにはすぐだが、迂回すると大回りになる。背後の草が擦れる音はまだ遠い。一瞬逡巡したが決断は早い。この決断の速さは将来を期待させるが、如何せん未だ未熟であった。
一気にこの原っぱを通過して身を隠そうと走り出す子供たち。
しかし山賊の頭目は、子供たちが原っぱを縦断しようと真ん中に至る頃合いにわざと姿を現す。
「あぁ、俺たちに道を教えてくれたんだねぇ。ありがとぅ」
先回りされていた!何時の間に!じりじりと後退する子供たちに、後ろからまたしても声がかかる。残りの山賊たちも一気に接近してきたのだろう。
「へっへっへ、お礼にいいとこ案内してやっからさぁ」
声に気付いて周囲を確認すると、三方向からじわじわと接近されているのが分かる。森側は退路を塞がれた。原っぱの方が空いているが、逃げても直ぐに追いつかれるだろう。
先頭を切っていたビイトは自分が何とかせねばと思ったのか、近くの山賊に攻撃を仕掛ける。
最速でスネアの詠唱を完了。それだけでなく、走りしなに手に土を握りしめ、目潰しとばかりに土を投げ、スネアを放つ。
タイミングはバッチリ、投げた土が当たり効果は不明だが、行き掛けの駄賃とばかり脛目掛けて蹴りを放つ。全て師匠の薫陶の賜物だ。
手応え有りとばかりに脇をすり抜けようとするが……
ビイトの鳩尾に衝撃が加わる。
「ぐっ…」
痛みで声も上がらなければ、立ち上がることも出来ない。初見であれば前回の様にスネアも効果を表し、それ以降の攻撃も当たったかもしれないが、ビイトの攻撃は山賊の想定内だったようで全て防がれてしまった。
山賊の一人がビイトを捕えるべく歩み寄る。声も出せない様子に余裕綽々だ。
何をされるかと危険を感じたエイツァは、それを阻止すべく自分が使える一番強力な呪文を唱える。それがどんな結果をもたらすかは別として。
「散弾石飛礫!」
近寄ってきた三人の山賊全てに、飛礫を喰らわせられた。
一人は額を大きく切り裂いた。もう一人は、目元を防御出来たがこめかみから血が流れている。最後の一人はビイトに向かっていたので効果範囲から少し遠かったのだろう、痛い痛いと声を出しているが大した傷ではなさそうだ。
「ん、の、野郎っっ」山賊の蹴りがまともに入り、エイツァは吹っ飛び、シィナはさらに遠くへ転がっていく。
思わず急所をガードしたせいで、背負っていたシィナが吹っ飛んだのだ。
それでも次の攻撃に備え、二人の年下を守るためエイツァは必死に立ち上がる。しかし気持ちと実力は伴わなかった。
額の切り傷を手で押さえながら、頭目がエイツァに歩み寄る。傷を押さえた指の間から血が溢れてくる。
まずは一発、エイツァの顔を蹴り飛ばす頭目。
「っきしょう。下手に出てりゃいい気になりやがって……抵抗する気もおきない様にしてやる」
怒りが収まらないのか転がっているエイツァに近寄ると、腰帯に差してあった山刀を抜き放ち、頭目は大きく振りかぶる。
★☆★☆
「にゃーぅ『何か動いているわ』」
最初に気付いたのはサミィ。
「どこだ?」
『森が切れてちょっと開けている所わかる?その手前辺り』サミィはこんな時でも律儀に会話対象を限定する。
「オルエッタさん、前方の原っぱ手前の森!何か見えないか?」
「え?ネコの言葉わかるの?」
「いいから前だ!木々の隙間からなんか見えないか!」
眼帯の視界があちこち移動する。
「いた!あれ!」
オルエッタの声に意識を向けると共有されたヴィリュークの視界が誘導され、それは今まさに子供たちが原っぱへ飛び出した瞬間であった。
同時に視界の端に不審者の影も見つけ、ヴィリュークはじゅうたんの速度を上げる。
「あっ!」
気付くと子供たちは三人の不審者に囲まれ、包囲の輪が狭められていく。
「ヴィリューク!急いで!」
「分かってる!がなるな!」
眼帯のお蔭で、彼らの動きがつぶさにわかる。そう、ビイトの攻撃も、不審者の反撃も。
「ヴィリューク!」オルエッタの悲鳴が続く。
そしてエイツァが石飛礫を放ち、相手を負傷させたのも分かる。
「不味い!」
「なんで!」
「半端な攻撃は相手が逆上っっ!!」
ヴィリュークは頭によぎった最悪の展開を払拭すべく、背負った盾を左手に構えると(じゅうたんから身体を伝って魔力が盾に充填される)眼帯が目標位置の照準を補正、そして投擲。
じゅうたんからの魔力の放出に、サミィもおこぼれに与る。実体の無い二本目の尻尾が現れ、後方から投擲されようとする盾を感知する。
ネコの反射神経で斜め上へジャンプしたが、少し遅かった。何とかギリギリ盾の端に爪を引っかかるが、盾は重さを物ともせずサミィごと目標に向けて風を切り裂く。
しかし爪の引っ掛かりが甘く、加速を稼ぐ程度で爪は外れてしまう。盾はサミィを置いて何事もなかったかのように飛んでいく。サミィは少しでも勢いを殺さぬよう、小さな身体を更に小さく丸め飛んでいく。
盾と一緒に素っ飛んで行ったサミィに、エルフ二人は仰天して目を見開くがあれこれ言ってる暇はない。視界の先でエイツァが蹴り飛ばされた。
じゅうたんから魔力があふれる。
魔力は、じゅうたんの上にあるエルフとドワーフが作り上げた装備達を染め上げる。
眼帯は未来を知らせる。いや、知らせると言うほど確かなものではない。せいぜい”虫の知らせ”程度の予感めいたものだ。だがその予感の元へ照準を定める。
投槍器は力を繋ぐ。予感を元に狙い定められた対象へ槍を運ぶ。力を増幅・制御し、威力を損なわない、槍が飛ぶべき”道”を案内する。
投槍は目標に向けて速度と力を解放する。手渡された力をしっかり受け取り、ただひたすら目標に向かって飛ぶ。
装備達はお互いの力を阻害するのではなく、お互いの力を重ね合い・掛け合せてその威力を見せ付ける。
ヴィリュークは感じた予感を元に、いつも通り力を込めて投げただけであった。何を目標にしたかも定かではない。予感を感じた地点にただ投げた。
盾に追い付かんばかりの速度で槍は道を進む。投槍器が示した道を、眼帯が示した目標へ。
エイツァは目の前の状況に希望を失う。
山賊は振りかぶった山刀を今まさに振り下ろそうとしている。
生存本能から腕を掲げ、斬撃から身を守る……が未だ無傷。
いや、無傷と思った瞬間に大きな音がした。
それは防御の音。仲間を守るべく盾を掲げた防御職の誇るべき音色。微動だにしない頼もしき壁。
地に伏せた頭を起こすと、地面に突き刺さり、攻撃を防いだ頼もしき盾の内側が見える。
しかしそれだけでは不十分とばかりに銀閃が貫く。
エイツァを攻撃しようとした山刀を盾が防ぐと、それを無力化するべく飛来した槍が”山刀を貫いた”。
貫いた槍はそのまま地面に深く山刀を縫い付ける。
流れはまだ終わらない。
”にぃぃぃゃぉぉぉぉぅぅぅ”
最後に飛来したのはネコだった。
その鳴き声はまさに威嚇音。仲間を守るべく、敵に攻撃を知らしめる意思表示。砂をまき散らしながら降下してくる。
手足を大きく広げて減速するがまだ足りない。丁度良い位置にいた頭目の顔に爪を立てブレーキにする。
ブレーキにされた方は痛みに涙が止まらない。
「ってぇぇ、なんだこのチビは。ぶっ殺してやる!」
しかしそうは問屋が卸さない。ネコの本気はこれからだ。
ブレーキを解放して降り立ったのは、山賊と子供たちの中間。勿論、意図しての立ち位置だろう。
尻尾を逆立て、ひげを高速振動させるサミィ。
エイツァとビイトは漸く呼吸が落ち着くが、その姿をしっかり認識できたのはシィナだけであった。
「フゥゥゥゥゥウウウウ」威嚇音は治まらない。
始めは睨み合いだけだったのか?いや、睨み合っている最中も足元では状況は目まぐるしく変化していた。
「「「ぅぉぁぁぁぁ!」」」
気付くと足元は、いや足元だけ砂で覆われた。次の瞬間に足元から一気に砂が昇ってくる。抵抗する間もなかった。
「シャァァァァァァッ」
山賊たちは、地面から首元まで一気に砂で埋め立てられていった。
その姿は宛ら、地面から突き立っている三本の砂柱である。
盾が山刀を防ぎ、その山刀を槍が貫き、山賊が唖然としたところを、空から降りてきたスナネコが、砂で埋め尽くして不埒者を確保した。
それは一瞬の出来事であった。
妄想の空回り感が情けない(涙)頭の中ではもうちょっとかっこよかったはずなのに……
書きたかったシーンは時間切れで次回に持ち越しです。
お読みいただきありがとうございます。




