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34・腹ごなし名目の特訓(まだ入口)

母屋からエステルの悲鳴が聞こえてくる。


井戸から、いつもの様に水を操作して身を清めていくのだが、動揺して操作が荒い。


興奮のあまり精度が保てないだなんて、そうそうない。


……もとい、興奮じゃない、動揺……だ。


……しばらく女っ気がなかったとはいえ動揺しすぎだ。砂漠での運び屋稼業は人恋しくなるが、一人きりの気楽さを満喫してきた。


本来エルフってのはヒトとの関わり合いが希薄気味だが、久しぶりの故郷の村ってやつは違った。


いつもより濃いやり取り(人付き合い)に、酔ってしまいそうだ。それとも長い砂漠暮らしで、俺は枯れてしまっていたのだろうか?




水をロープの様にして、砂漠スタイルで身体を清めていく。身体と服の間を通過させると、服にも水が浸みてしまうのだが、強引に水を抜いていく。


髪を洗う時に同じようにすると、髪の水分まで持って行ってしまうのでとんでもないことになる。ある程度洗ったら、自然に落ちるのに任せていく。


肌と服を区別して水を操作するのはどうと言う事はないが、何万とある髪を認識して水分まで管理とか無理な話である。


それとも何かやりようがあるのだろうか。そんな超絶技巧を身に着けているヒトがいるならば、是非師事したい。


しかし、水使いに限らず属性使いなぞ非常に稀なので、同じ水使いに出会う確率は皆無に等しいのだが。




洗った髪を拭きつつ母屋に戻ると、ばあさまが食事の支度をしていた。


「おはよう、ばあさま」


「ん、おはよう」にやにや笑いで挨拶を返し、続けて話しかけてくる。


「昨夜ゆうべはお楽しみでしたね。いや今朝と言うべきかな?」


「……」


「……」


「あれはばあさまの差し金か」半眼で睨みつける。


「なんだ、面白くない。もっと慌てふためくとか思っていたのに、反応してくれないとお膳立てした甲斐がないじゃないか」


「何を期待しているんだか」ため息交じりで呟く。


「お前の友達の赤ん坊ばかり抱いているとさ、老い先短い身としては、身内の赤ん坊を抱きたいなぁ、とね」


死神も裸足で逃げ出すくらいの健康っぷりのくせして、なに言ってるんだか。いや、ひょっとして今回呼び出したのも……


「もしかして、身体に異常でも?」


「んにゃ、体調も食欲も問題なし、ここ何十年怪我も病気はしてないわ」


「老い先短いとかよく言うよ。じゃあ、呼び出したのはなんでだ?見合いとかだったら帰るぞ」


ばあさまはワザとらしく、それもあったかと言う態で”ポン”と手を打ち鳴らした。


「でなくて、詳しい話はじゅうたんの整備を終わらせてからだね。あとはお前の鈍った身体を少し扱しごかないと、使い物ならなさそうだし……さぁ出来た」


ばあさまは会話しながらも手を動かしていたので、朝食の準備が整った。




「エステルー、ご飯だよー」


「はいー、すみません今行きます」彼方から声が聞こえる。


食卓には焼き立てのパン、具だくさんのスープ、サラダにカリカリベーコンが並んでいた。


上座にはばあさま、隣にエステルが座り俺はエステルの対面だ。つまり昨晩と一緒だ。


もちろん床には昨晩同様、サミィの食事も整っている。





今朝の話題は村の近況だ。


山の間伐の成果で風通しが良くなっただとか、山菜もよく生える様になっただとか、そのせいで鹿の繁殖が進み、そろそろ鹿狩りをしないといけないだとか。


村で誰と誰が結婚しただの、付き合ってるのはアイツとアイツだの、大きなお世話な噂話も聞かされる。


ばあさまがよく喋る。俺は時々相槌を打ち、エステルは時々補足的なことを話すが、基本ばあさまの独壇場だ。


なのだが、彼女の様子がちとおかしい。


ふと彼女の方を見ると、あからさまに視線を逸らされる。そうなってくると、彼女の顔がほんのり赤くなって見えてくる。


……気のせいだ、気のせい。


今朝は何もなかったのだ。目が覚めたら、彼女は離れた所に座っていたのだ。


何もない、何もなかった。




食事も済み、食後のお茶でゆったりと寛ぐ。


「腹も落ち着いたことだし、食後の運動といこう。装備を一揃いもって裏に集合ね」


ばあさまが散歩の誘いと同じ調子で、気軽に猛特訓の宣言をした。


わかっちゃいたけど思わずげんなりしてしまう。正面のエステルを見ると無表情だった。あれは諦めているのか達観しているのか、どちらなのだろう。




一旦玄室のじゅうたんまで行き、自分の装備を取ってきた。


フル装備だと正直重たい。愚痴りたいのを我慢して、家の裏手に到着。


表からだと母屋に隠れて見えなかったが、これはなんと形容したものか。


防護壁完備の練武場?片隅には倉庫も見える。


既にばあさまとエステルが弓の練習をしていたが、俺に気付き手を休めてこちらに向かってくる。


「……その装備、なに?」


エステルの反応は俺にとってはいつものことである。


両腕に盾、更にもう一枚背負い、手には、革が反物の様に巻いてあるものを持っている。エルフならば普通弓矢だろう。別に俺だって使えないわけじゃない。持ってきてないけど。


「いや?いつも使っている装備だが?」


「盾を三枚も何に使うのよ?」


「んー見て貰った方が早いか、ばあさま?」


「そうね、じゃ標的はあれね」


指さされた物は高さ1.5メートル・直径1メートルはあろうかという丸太。


「うーん、あれだとなぁ……壊してしまってもいいのか?」


「ああ、そうだねぇ。あれくらいだと壊しちゃうか。何かいいものはなかったかな……」


「いやいやいや、あれを壊すとかないでしょ」


あれこれ頭を悩ましていると、サミィが一言。


『あれを補強すればいいの?』


どこに隠れていたのか、思わぬ提案が来た。


「ああ、できそうか?」


『ものは試しということで、ちょっとやってみるわ』


音もなく丸太に近寄っていくので、見物とばかりに俺たちもついていく。




丸太の手前にちょこんと座ると、いつもの様にひげが震える音がする。


ピンと立った尻尾が二本に分裂すると同時に、丸太へ砂が集まり始める。


次第に勢いを増し、どんどん太くなっていく丸太。


『初めてにしては上出来だと思うのだけれど、どうかしら』


そこには直径二メートル程の砂の柱が出来ていた。ばあさまが手を突っ込むと、ずぶずぶと手首まで沈んだがそれ以上は進まない。どうやら相当な密度らしい。


「なかなかいいわ。どれくらいもつのかしら」


『そうね、私がいればずっともつけれども、なにもしないと三十分位だと思うわ』


「じゃ、早速やろうじゃないか。時間がもったいない」




「じゃ、エステルに披露しちゃおうかな」と、ちらと視線を向けると彼女もこっちを見ていた。


「さ、さっさと始めなさいよ」エステル、なぜ顔を赤らめる。


得物はご存知、魔盾一式。


配置は右にバックラー、左にカイトシールドとブーメラン二本、タワーシールドとジャベリン二本を背負う。


武器類はシールドの内側に固定してある。もちろん手には指貫グローブだ。手の甲の魔石が鈍く光る。くるりと巻いてある革の反物(仮称)は地面に置いておく。


「では始めます」十字ブーメランを片手に宣言すると、並んで立っている二人と一匹が数歩後ろに下がった。因みにサミィはばあさまの腕の中だ。


右後方に身体をねじり右から左へ投擲、すぐさまカイトシールドからV字ブーメランを取り出す。


左後方へねじられた身体から、今度は真っ直ぐカイトシールドをサイドスロー。まだ十字は当たっていない。


再度右後方にねじられた勢いで、折りたたんであったV字を展開し右から左へ投げた所で十字が当たった。


いつもならば対象を切り裂いて通過するはずの十字が、砂の柱に刺さって止まっている。


砂だとこうなるか、と思っていると砂にカイトシールドが十字のすぐ下に深く突き刺さる。


ちらっとV字の飛行位置を確認しながら、背中のタワーシールドを左に持ち、ジャベリンはシールドに着けたまま先端を端から出しておく。


タイミングを計り、少し溜めてタワーシールドを投げる。


V字が砂を蹴散らして、通過した所の丸太を剥きだしにする。蹴散らしたおかげで砂に刺さっていた十字とカイトシールドが回収でき、V字はそのまま空へ飛んでいき帰還軌道を描く。


そして、砂の鎧が無くなった剥きだしの丸太に、タワーシールドから飛び出ているジャベリンが深く刺さり、シールドのエッジまで食い込んで突き立った。うん、ジャベリンの高周波振動(機能)を使わなくて良かった。


ばあさまがサミィに解除させたのか、音を立てて砂が地面に落ちて消えていく。




通常ならばこれで合格&終了なのだが、構わず続ける。


V字がひらひらとこちらへ帰還しているのを尻目に、革の反物を引っ掴みバラりと広げる。


およそ二メートルの革に納められているのは、全て投擲武器である。


刃物として敵に相対することもできなくはないが、投げつけて敵を迎撃する武器ばかりが揃っている。


反物の端に納められている二本のフランキスカから投げる。投擲もできる斧なのだが、投げられる斧を聞くと何故か皆トマホークを上げる。…なぜに?


しかも

”とまほーーーく、ぶぅぅぅめらんんんん”

と絶叫する。よくわからん。


投げた斧は丸太の曲面も物ともせず、両端に突き刺さる。


続けて片膝をついてどんどん投擲。


投擲専用ナイフ、クナイ、スリケンを、斧の内側へ内側へと小刻みに突き刺していく。途中、スリング用の石やボーラとかチャクラムがあったが、今回には適してなかったので横に除けておく。


音を立てて丸太に突き立っていく投擲武器達。


くっ、気持ち精度が甘い。数が増えていくにつれ粗が露見していく。


それぞれの武器を横一列に突き立てていくはずが、誤差が積み上がって最後のワンセットが無理になってしまった。




……最後にダートが二本。


一本投擲。流れは変えられない。すぐさまもう一本の思い付きを即実行。


今まで等間隔に外から内へ横並びに来ていたが、最後の一組は余白の都合上、縦に二本突き立てる。


なんとか面目躍如……じゃないみたいだ。


初見のエステルは口を半開きで結果を見ているが、ばあさまは少し渋い顔である。


だよなぁ……自覚しながらも声を出す。


「お粗末」


ばあさまの新装備?お披露目まで行きませんでした。次回につづく。


お読みいただきありがとうございます。

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