32・長い夜、強制終了
誰かに髪を撫でられている。感触を確かめるように。
耳たぶも揉まれた。そこからするりと耳の先端を撫でられる。
顔の輪郭を確かめるように撫でられる。そして指先で額の髪を掃われ、また髪を撫でる作業に戻る。
目が覚めるとじゅうたんに寝かされており、そこには覗き込む顔一つ。俺の髪を撫でていたが目が合うと止めてしまう。
先程の女性だ。服は……着ていた。ノースリーブのワンピースからのぞく腕には余計な脂肪はなく、薄っすらと筋肉がういている。
「ばあさま、ヴィリュークが目をさました。ヴィリューク、だいじょうぶか」
「首が痛い……君は?」
たしっ
指先で額を小突かれた。
「わたしよ、わからないの?」
真っ直ぐに見つめられ視線が外せないでいると、視界の端に動くものがあるのに気付いた。そこでようやく視線を動かすことができ、”それ”が確認できた。
彼女のスカートの裾から、二本の尻尾がゆったりとたなびいている。
「サミィ?」
彼女は黙って微笑み、今度は頬を手のひらでするりと撫でると、ソファへ戻っていった。
「あー、その、やりすぎた。ごめん」
声のする方を向くと、申し訳なさそうにチラチラと視線を投げてくるエステルがいた。
「もうちょっとやり方があったんじゃないか?」痛む首をさすりながら睨め付ける。
「だから謝ってるんじゃない!大体女の裸をまじまじと見るだなんて失礼よ!」
「……すまん」
「彼女に謝りなさいよ」
起き上がった俺はのろのろとソファへ向かう。
ソファは満席だった。
精霊二人とばあさま、そしてサミィで一杯である。
「起きて大丈夫なの?ヴィリューク」
「ちょっと良いのを一発もらっちまったが、大丈夫。それより何を話していたんだ?」
「何って、取り敢えず自己紹介となんでこうなったか考察かな?それより、なんでこんな面白いことを黙ってるの!」
俺はため息をついて返す。
「ヒトの秘密をべらべら喋る訳にいかないじゃないか。それに面白いだなんて悪趣味だぞ」
「失敬な!知的好奇心が騒いでいるだけです」
そんな俺たちをよそに、精霊二人はサミィの二本の尻尾に興味津々みたいだ。
スカートの中を緩やかにうねっている尻尾は、時折裾から顔を覗かせる。しかも淡く魔力光を発しているのか、スカート越しにもうねっている様子が分かる。
スカートの裾から尻尾が長く伸びる。二人はそーーっと手を伸ばし触れようとした瞬間、持ち主から声がかかり身体が固まってしまう。
「ねぇ」
「……」
「……」
「優しく撫でるなら許してあげるわ。もし、ぞんざいな扱いをしてみなさい、その時は」
「その時は?」
「その時は?」
「家の内から外まで」
びくっ
「樹の根元から枝の先まで」
びくっ
「仲間を呼んで本気の爪とぎしてあげるわ」
「!!?!かあさま!」
「!!?!かあさま!」
「サミィ、そんなに脅さないで。あなたに興味があるだけなの」
「……それならこっちの姿の方がいいんじゃないの?」
ぷるりと身を震わせた次の瞬間、ヒトの身は掻き消えソファの上に服の塊が落ちた。ギョッとして見やると服がもぞもぞ動き出す。
”なぁーぅ”
そっとワンピースの首元を広げると、その穴がら見知ったネコの姿が出てきた。違うところと言えば尻尾が二本生えている所だろうか。
『この姿なら撫でてもいいわ。尻尾を掴んじゃダメよ。ヴィリューク、ブラシ出して』
精霊二人が目をキラキラさせている。精霊も小動物とか好きなのだろうか?それともヒトの少女を模倣しているだけなのか?難しいことはよくわからん。取り敢えずブラシを出して渡してやる。
『骨に直接あてないで、痛いわ』
サミィの感想を聞きながら精霊たちはブラッシングをしていく。単に世話好きなのかもしれない。
「で、ばあさま。なにか分かった?」
「結論、サミィはネコマタである」
「師匠、はしょりすぎです」流石に弟子も突っ込まざるを得ない。
「冗談よ。初めて見た時から違和感はあったわ。ハッキリとおかしいと思ったのは撫でた時ね。ネコにしては魔力が高い。けど悪意を感じる訳でもなし、何かが化けている訳でもないって分かったからほっといたの」
「そんな悠長な」
「敵意を持って接すれば敵意で返されるわ。買い物でもにっこり笑って接すればおまけして貰えるし、森で意図しない獣との遭遇があっても、お互いに敵意を表さなければ無用な争いも避けられるわ」
「でも、それが全てに当てはまるという訳では!」
弟子エステル、つっかかるなぁ。
「その辺にしとこう。空気が悪くなるし。それにエステル、このばあさまに限って遅れを取る筈がないじゃないか。想像もできないだろ」
「む、呼び捨て」
「そっちだって」
「……確かに師匠が先手を取られるとこなんかありえないし」
この話題はここまでで終わらせ、ばあさまに先を促うながす。
「全ての生き物には”化ける”可能性があるわ。当然条件もあるの。多くの魔力を吸収し、多くの魔力を身につける事」
「あ、サミィのこれまでの生活は聞いた?」
「聞いたわ。下地は出来上がっていたようね。器と言った方が解り易いかしら。本来であれば更に年数をかけで器を満たしていくのだけれども、ここにはお誂え向きの場所があるの」
「……?……!、そうか、これ”蓋”じゃないか」
ソファの載っている台は紛れもなく、魔力の井戸の蓋であった。
「このソファは元々私の定位置だったの。疲れた時はよくこのソファで仮眠をしたわ。疲れが良く取れてねぇ……うん、当然なんだけど。回復した魔力でこの樹の成長促進もよくしたし、家の魔改造もよくやったわ」
「不穏な言葉があった気がするのは気のせいか?」
「私もそんな気がしたけど、気のせいかしら」
ばあさまの独白は続く。
とまぁその当時の私は、相方と一緒にここを思う存分利用させてもらったわけ。相方?やぁねぇ、私一人でこれを作れるわけないじゃない。共同作業でなんとか完成させたのよ。
共同作業って言っても、そいつドワーフの女だから。若いころはそいつと良くやんちゃしたわぁ。そいつ、ここに暫く居候していたんだけど、暇に飽かして色々作っていたのよ。
あそこに扉あるじゃない、そう、鍵がかかってるあそこ。あいつの作った武器とかコレクションが入ってるのだけど、持って行ってほしかったわ。ここはあんたの家じゃないっての。
欲しかったら好き勝手に使え、ってさ……あいつ、嫌がらせの様に投擲武器ばっか作っていったのよ。弓矢はうちらエルフの十八番だけれどもね、せめて鏃を作っていきなさいっての。
鏃があれば、うちらもそれらを使って矢を作っていったのにね。
う、ん、?話が飛ぶわね。久しぶりだから、話したいことが溢れてくるわ。んー、ん?え、と、そう!あいつの武器とかはここで保管してるのだけど、魔力に晒されていることによってその性能が上がっていってるの。けれど、そもそもの性能すらピーキーだから弄りたくないわ。
ん?見たい?そのうちにね。
何の話だったかしら……
うん、サミィについてはそんなところね……
補完すると、サミィの変化はもっと応用が利くはずね。ネコからヒトへの変化時には、服を着た状態で変身できると聞いてるわ。文献によると、その気になれば容姿・年齢・性別、自由自在ね。
”そんな事言われたって無理よ”
そこら辺は慣れよ慣れ。練習なさい、羞恥心を覚える様になったら必死になるわ。後はヒトの習慣を勉強する事。あなたは二つの世界で生きられるの、可能性が広がったのよ。
初めに出会ったのがお人好しで良かったわね。場合によっては見世物になってたかもしれないわ。
『やってみる』
サミィはソファから降り、蓋に直接立つ。
二本の尻尾が広がりひげが震えた瞬間、サミィはヒトに化けた。
服は……ない。四足で立っていたはずなのに、化けたら二本足で立っているとはこれ如何に。生まれた時の姿を晒しており、目の前に突き付けられて見るなと言われても無理である。
瞬間、俺はサミィから背を向けた。さも”始めから後ろを向いてましたよ~”という態でだ。
ぐ、視線が感じられる……きっとエステルだろう。
エステルの声が俺に投げ掛けられる。
「ヴィリューク」
「……なんだ」
「見た?」
「何をだ?」
「サミィちゃんの」
「サミィの?」
「お」
「お?」
「おしり」
「見てねぇぇぇ、大体後ろ向きじゃない……」あ、しまった。
「語るに落ちるたぁこの事だぁぁぁ」
「誘導尋問卑怯!それに不可抗力だ!」そのままダッシュで逃走を図る。
「問答無用!」背後に足音が迫る。
「そんなんだから、嫁の貰い手がいないんだよ!」
「言ってはならぬことを!!!!」
殺気が迫る。
頭を素早く左に振ると、右耳を足刀が掠めた。あぶねぇ、飛び蹴りかましてきやがった。
上手く避けられたと思った次の瞬間、俺の後頭部に強い衝撃が加わる。
★☆★☆
ワンピースを再度サミィに着させていると、エステルとヴィリュークがじゃれはじめた。
ヴィリュークが脱兎のごとく走る。
追いかけるエステル。一気に加速すると蹴り掛かった。……背中ではなく頭を狙うとは物騒な。
日ごろの訓練の賜物とは言え、状況をわきまえさせないと大けがしてからでは遅すぎる。今度言って聞かせないと。
あ、ヴィリューク、その避け方は駄目。勘だけで蹴りを避けたのは流石だが、相手が悪かった。反対の足の膝が後頭部を直撃……本日二回目の気絶とは不憫な。
二人が絡まる様に転げていく。あの当り方ならヴィリュークの背中に馬乗りになりそうなものなのに、バカ弟子が焦ってバランスを崩したか。
”パーーン”
……これ以上頭をぶつけてはまずいと思ったのだなぁ。頭を掻き抱いて守ったのは褒めてやるが、胸元に抱き締めた照れ隠しに意識のないヴィリュークへ平手打ちは可哀想だ。男耐性なさすぎだろう。
ソファに落ちていたブラシを拾い上げると、手首を利かせて投げる。
「エステル、その辺にしなさい!」
振り向いた弟子の頭にクリーンヒット!
『わたしのブラシ!!』
「ごめんごめん、大丈夫だからねサミィ」
エステルはヴィリュークの顔を胸の下敷きにして気絶していた。ラッキースケベなのに意識がないとは、我が孫ながら不憫。
ふと悪戯を思いついた。
精霊二人を手招きし、エステルをじゅうたんまで運ばせる。私はヴィリュークを運び、エステルの隣へ横たえる。
大きめの毛布を二人にかけてやると、精霊たちに程よい温度管理を指示し、照明を薄暗くさせた。
明日、先に目を覚ますのはどっちかしらねぇ、くふふ。
私はサミィを伴い、静かに部屋を後にした。
★☆★☆
そんなことも露知らず、俺は薄れゆく意識の中であることに気付いた。
漏れ出た魔力のお蔭で、精霊になれた二人。
漏れ出た魔力で器を満たし、ヒトに化けられたサミィ。
漏れ出た魔力を長い年月その身に浴びているばあさまは、果たして未だエルフなのであろうか、と。
ある日のアクセス状況:携帯からのアクセスがPCを抜いて突出
更新5日後にブックマークが微増
新規で登録してくださった方は、拙作をどうやって見つけて下さったのでしょうか。
更新直後ならまだしも、不思議かつありがたいことです。私にはこの作品を見つけられませんでした。
お読みいただきありがとうございます。




