30・長い夜の始まり
引っ越し後の届け出等、色々めんどくさかったです。
工房では俺のじゅうたんが広げられ、警笛魔法陣も既に起動している。
そのじゅうたんの上では、サミィが丸くなっている。
「サミィちゃーん、警笛鳴らしてみてくれないかな~」残念さん、めっちゃ猫なで声。
それに対して”くあぁぁぁ”と大あくびをして再度丸くなるサミィ。
さっきからこの調子で、ばあさまは何を思ったのか、この場を任せて席をはずしている。
「だから今日はもう諦めようって」つられて俺もあくびをする。
「そんな事言ってないであなたもお願いしなさいよ。飼い主でしょ!」
「だから違うって。ついて来ただけで飼っているわけじゃないし」
この調子で会話がループしているとなると、あくびの一つも出るってもんだ。
「まぁ、やり方を変えてみようじゃない。ご機嫌を取るならこういう物もあるから」
戻ってきたばあさまが取ってきたのは一つの袋。中からおもむろに取り出したのは一本のブラシ。
サミィの近くに座ると優しくブラッシングを始める。硬めのブラシだが、骨に当たらぬようにゆっくりと優しく。
丸くなっていた身体が伸び始め、胴体全体をブラッシングしていけるようになる。
暫くするとコロンとひっくり返し、反対側もブラシをかけていく。サミィはゴロゴロと喉を鳴らしっぱなしだ。
今度はそっと自身の膝の上にサミィを乗せ、取り出したのは一本の古い櫛。
首周りを入念に梳る。
すると抜け毛が櫛にたっぷりと溜まっていくので、引き寄せたごみ箱に摘まんで捨てていく。
結構な時間梳ると、満足したのかサミィが立ち上がり一瞬毛を逆立てて身震いする。
「みゃーぉ『気持ちよかった』」
「気持ちよかったってさ」サミィを代弁してやる。
「じゃぁ、コレはヴィリュークに渡しておくから、これからはこいつにやってもらいなさい」ばあさまは俺にではなくサミィに向かって話す。
「え?俺の役目なのか?」地味にめんどくさい。
「飼い主なんだから世話してあげないと」
「だーかーらー」
「みゃぅ『よろしくね』」
「ほれ、よろしくされているわよ」
「……今の鳴き声分かったのか?」
「ネコの言葉が分からなくとも、これくらい察する事はできるわ」
思わずげんなりとし、じゅうたんに寝っ転がるが、警笛の上にうっかり頭をのせてしまった。
”ぷぉん”
反射的に起き上がる。……心臓に悪い、いきなりだったからバクバク脈打っている。
「もぅ、やめてよね。びっくりしたわ」
はぁ
今度はちゃんと、何もないところにゴロリと寝転がった。
★☆★☆
師匠が悪い顔で笑っている。
ろくでもないことを思いついた時の顔だ。
ヴィリュークさんの背中側で、警笛魔法陣を入れたり出したりしている。
サミィちゃんがそれに気付き近寄ってくるのを見計らって、一旦しまう。今度はゆっくり魔力を流し出してみせると、同様にしまって見せる。
何度か繰り返すとさらにサミィちゃんが近付き、前足をじゅうたんにのせる。なにもおきない。
次に音もなく何度か前足で叩く。なにもおきない。
今度はお座りをして前かがみになり、そっと前足を置く。背中で尻尾をゆったりと揺らしていると……。
出た!
魔法陣が現れた。
揺れていた尻尾の先端が、クキっと曲がるとその位置を維持していく。本来一回出してしまえば維持のための魔力は要らないのだけれども、継続して魔力を放出している。
そこを師匠がそっと手で前足の位置を魔法陣からずらしていく。意図を察したのか魔力の放出をやめ、その場を少しずれるサミィちゃん。
魔力操作まで行うだなんて、このネコなにもの?
そんな事はお構いなしに、師匠は魔法陣へにじり寄り両手をかざすと新たな仮設の陣を上乗せしく。思い付きでやっていくのに、ちゃんと作動できるものを構成できる師匠は本当にすごい人だ。
仮設の陣を見て推測するに、警笛の機能はそのままにして何かを追加したか、どこかを変化させるためのものだろうか?
いずれにせよお遊びの気配が濃厚だ。時間が経てば仮設の陣は霧消してしまうのだから。
仮設の陣を警笛魔法陣にゆっくり押し付けていく。少しのずれもなく二枚重ねになる魔法陣、いつみても惚れ惚れする技術に興奮してしまう。
魔法陣から手を放すと、待ってましたとばかりにサミィちゃんの前足が振るわれる。
”ぽん”
背中を向けていたヴィリュークさんが振り返る。
警笛みたいに大きくうるさい音ではない。そうか、音量調節と音質変化をさせたのか。
”ぽぽぽん”
”ぽーん”
師匠とサミィちゃんが叩きまくって遊んでいる。
「これでおもちゃとか楽器でも作ったら面白そうだな」
「調整する点はいろいろあるけど、村の誰かにやらせてみようかな」
”ぽぽーん”
「な、俺じゃないだろ」
サミィちゃんが魔法陣を連打して鳴らすと、目の当たりにした師匠が嬉しそうに目を細めている。
「本当に、お前はネコなのかね?すごいのう」
”ぽぽぽぽ~ん”
昼間聞いたあの警笛だ。音とか音量は違うが、あの警笛に間違いない。
「はぁ……暇な時で構わないから、コレ搭載しといてくれないか?警笛で遊ばれたら騒がしいだろうし、はぁ」ため息交じりでヴィリュークさんが依頼してくる。
「お安い御用よ。こんな面白いことに遭遇したのは久しぶりよ」
師匠はサミィちゃんを抱き上げると、鼻と鼻を寄せる。すると過剰なスキンシップを嫌がったのか、距離を取る様に鼻へ肉球を押し付けた。
爪を立てていないので、本気で嫌がってはいないのだろう。一声笑うと師匠はサミィちゃんを下ろしてやる。
「さて、本格的にいじるのならばちょっと狭いわね。場所を移しましょうか」
「え?師匠、工房ここでやるのではないのですか?」
「秘密の場所よ。本当はもっと前に教えてやるつもりだったのに、お前さんバカばっかりやるから先延ばしになってたのよ」
「あ、あそこをまだ教わってなかったのか……」
「ええぇー、ヴィリュークさんは知ってるの!?職人でもないのでなんで!?」
「なんでって、実家だし」
「なんでって、孫だし」
うえええぇ酷い身贔屓を見た。思わずガックリする。
「いやいやエステルさん、このばあさまが身内に手心加えると思う?」
「バカ弟子が。私が孫に英才教育を与えるのがそんなに羨ましいの?」
なんですって?もっと高度な教えを請えるというの?
「うらやましいです!」あぅ、目が潤んできた。
あれ?ヴィリュークさん、なんで後ずさっているの?
「よし、明日からまた鍛えてやるわ。首を洗ってまってなさい」
あれ?なんか違うような?
「ヴィリューク」
「はいいいいぃ」
工房の扉の辺りで彼が直立不動で固まっている。
「あんたもよ。砂漠暮らしで鈍ってるんじゃないかい?明日、一緒に来なさい」
「エステルさん、恨みますよ……」
あれ?何やら雲行きが?
「お楽しみは明日よ。ヴィリューク、じゅうたん持って!エステル、こっちよ!」
サミィちゃんを抱えて師匠が先導していく。
★☆★☆
エステルさんめ、余計なことを……
これで明日は地獄行きが決定した。鬱だわ。
じゅうたんをいつもの様に収納し、ばあさまについていく。俺にとっては馴染みだが、エステルさんにはそうではない。
階段を上り、テラスに出ると目の前には吊り橋がある。
渡る分には問題ないが、その先のばあさまの私的書斎には許可なく入れない。
ばあさまは、サミィを抱きかかえているけれども、手すりのロープには全く手を触れない。
俺は荷物を肩から引っかけているので両手が空だし、手をロープに添えるが触れる程度で問題なく渡りきる。
エステルさんの反応が普通だろう。交互にロープを握りしめながら、一歩一歩吊り橋を渡ってくる。
ばあさまがツリーハウスの扉の鍵を開ける頃合いに、エステルさんが渡り切った。
黙って扉をくぐると、そこはゆったりとした空間の何の変哲もない書斎である。む、革張りのいい椅子がある。俺がいない間に奮発したか。
ばあさまが指で書斎の空間を切り裂くと、部屋の角の二m四方の空間に丸く魔法陣が現れる。
当然のように俺とばあさまはその内側に立つのだが、エステルさんは周囲に夢中で気づかない。
「エステル、こっちよ!」
「すみません!師匠!」反射的に返事をすると、エステルさんが素早くこちらに来る。
さっと魔法陣を確認したばあさまは、素早く起動する。それはさも、誰かに見つからない様にと言った様相を呈している。とは言えばあさま、その点は抜かりがない。
10数年ぶりだが知っていた俺は突然の変化にも声を上げなかったが、初体験のエステルさんはそうはいかない。
「ひぅっ」
一瞬でゆったりとした書斎から石壁の部屋へ視界が変化する。いわゆる石室だ。
その石室は所どころ木の根っこが飛び出し、侵食されている。しかしそこは、湿っぽくなく、埃っぽくなく、快適に手入れされていた。
「「かあさま!!」」
どこからともなく現れた十二歳くらいの少女が二人、ばあさまに抱き付いてくる。
「なんだ、二人とも甘えん坊さんだな」ばあさまは二人の頭を撫でながら声をかける。
「し、ししょー、いつの間にお子さんを……と言うか誰との子供ですか……いやいや、まだ妊娠・出産出来たんですね……それよりも子供を二人もこんな閉鎖空間に軟禁して……犯罪、犯罪?ヘンタイ?いやいや、ししょーに限ってそんな事は……いや、これほどの天才、どこか頭の配線がずれていても納得できる……うん、変態鬼畜エルフでも私は師匠を尊敬できる……ししょー、私は一生ししょーにつきていきm、いたいたいたいっっっ」
ばあさまのアイアンクローが残念さんのこめかみに食い込む。
「ばーかーでぇしぃぃ、その暴走癖を治せといつも言っておろうがぁ」
”ぶん”とじゅうたんの上に投げ捨てる。
「もうちょっと普通にものを尋ねられないのかなぁ」
「そうなのよ、これがなければ問題ないのに……」
「いたたた。師匠、ここはどこなんですか?それとその子たちは?」
こめかみを撫でながら正座すると、彼女は改めて聞いてきた。そうだよ、普通に聞いてくればいいのに。
「ここは、ウチの大樹の下に作られた玄室。出入り口はさっきの魔法陣だけ。閉鎖空間になっている。そしてこの子たちは、その大樹と玄室と私の魔力を栄養に生まれた精霊たちよ」
「……ええええぇーーーーーっ」
これが普通の反応だよな。幼少時代、俺が如何にとんでもないところにいたか認識できるよ。はぁ。
長い夜になりそうだ。
後日、推敲しないとなぁ。週一投稿でひーひー言ってる身としましては、他の作者様が雲の上の存在に感じられます。
今回もお読みいただきありがとうございます。




