27・川辺での一夜
「ぶぁあははははは!」野太い男の笑い声が響き渡る。
「で、そいつ何て言ったと思います?」対して若い男の声。
「くくぐぐぐ、なんつったんだ。早く言えよ」膝を叩く音が響き渡る。
「そこでジョニーは得意気にこう言ったんです。『ちっちっち、いけませんねぇ……』」
じゅうたんで元の河原に戻ったら、夜営の準備をしていた彼らと遭遇。お誘いもあったので合流したのだ。夜の見張りも交代で出来るし、ここら辺で野盗の話は聞かない。
それよりも警戒すべきなのは魔物や肉食動物の類いなので、ここいらの街道では旅人同士の協力はけして珍しくない。
そして協力した結果がこれだ。
痩せぎすな普人の、どこが面白いか分からないジョークに大笑いしているドワーフがいる。
その二人と俺ともう一人、成人した位の普人の合計四人で、焚火の周りを囲んでいる。
「なにがそんなに笑えるのか、理解に苦しむ」魚と交換に貰った酒をチビチビ飲みながらつぶやく。
「すいません、うちの師匠が。酒が入ると笑い話をするのも聞くのも大好きなんです」申し訳なさそうに若い普人、セウィムが返してよこす。
「いや、お前さんがいてくれてよかったよ。この空間に俺一人だったかと思うとゾッとする」
「その点ネコは気楽でいいですよね」
言葉が分かるはずのサミィは俺の横で一心不乱に焼き魚を咀嚼しており、半分が既に骨となっている。
小さな焚火の上に鍋が吊るされ、時折”ジュー”と水が蒸発する音がする。外側に水が付いていると熱効率が悪くなり、沸騰が遅くなるらしい。
「おいおいアミン、水を入れる時手元が狂って濡らしたんじゃないか?酔っぱらうには早いぞ」ドワーフが笑いながらからかう。
「ゴダーヴさん、まだそんなに呑んでないですよぅ」そう返しながら痩せの普人が鍋を一旦おろし、外周と底をぐるりと雑巾で拭うが、バカ話を再開してしばらくするとまた音がする。
「なんかまだ水滴がついてますよ」鍋底をのぞき込んだ俺が指摘する。
するとゴダーヴ、セウィムに指示して自分たちの鍋を取ってこさせ、中の水を入れ替え焚火にかけ直す。
空けた鍋をひっくり返し、ぐるりと全周を確認。そして中から焚火を透かしてみる。
「なぁ、お前さんこの鍋、空焚きしたな?」ぼそりと指摘する。
「ぅぇ、ぁ、よくわかりますね。以前夜の見張りの時、白湯を飲んだ後補充しませんで、うっかり居眠りしたらこのざまです」
「そのまま火から下ろして冷めるのを待てばよかったのに……少し水をかけたろう?」
ビクッ
「音と水蒸気でそれ以上はかけなかった、ってとこか」
「な、なんでわかるんです?」
「夜ならわかりやすかろう。内側から焚火に向かって透かして見ろ」
鍋を受け取ったアミンさん。その後ろから一緒になって透かして見ると、鍋の底から一筋の光が見える。
「あぁ、ひびが見えますね」
「あちゃー。どこかで新調しないとなぁ」アミンさんが残念そうにつぶやく。
「まだ諦めるには早いぞ。おい、セウィム!」
「はい、親方!」元気よく返事をしたセウィムが彼らの馬車へ走っていった。
焚火の横を均しながら、道具をいろいろと並べていく。
あれは携帯用というか簡易炉だろうか。横に……土、じゃなくて粘土か?素材や道具が勢ぞろいだ。
「え?何をするんです?」
「いいから黙って見ていろ」
炉には革を巻かれた金属の棒が差し込まれている。
分厚い革の前掛けを付け携帯用の椅子に座ったセウィムは、木槌と先を丸めた木の棒を手に凹みを内側から叩きだすと、あっという間に鍋底がきれいなカーブを描く。
次に膝で鍋を固定すると左手に針金みたいな渦巻いている棒、右手に例の炉に入っていた棒を持つと、それぞれ亀裂にあてがった。
ちょいちょいと両手を動かすと、渦巻き棒が溶けて亀裂に浸みていく。どうやら右手の棒をあてがうと溶けて浸みていくようだ。
表と裏から亀裂に浸透させると、改めて焚火に透かし始める。
亀裂は問題なく塞げたのか、今度は鍋底を内から外から撫でていくと、ある一か所を挟み込むように確認し始める。
「あと一か所、薄いところがありますね。……外側かな?」
「確認は大事だ。手ぇ抜くなよ」師弟のやり取りが聞こえる。
炉に坩堝をセットするセウィム。何やら金属の塊を数辺放りこむと、次に薄いと言っていた部分の周囲を粘土で囲い始めた。
しばし待つと坩堝の中の金属は赤く溶けている。いつの間にやらはめたミトンで坩堝を掴み、粘土の内側に一滴も残さず注ぎ切る。
そして固まるまで偏らない様に保持していく……。
……鍋を渡されたアミンさんは、角度を変え鍋を透かして確認していくが、仕上げは大変綺麗なものだった。
「おおぅ、素晴らしい。ありがとうございます!これは…いかほどですか!」
「いや、金は要らねぇよ」ゴダーヴさんがきっぱり断る。
「そういう訳にはいきません!」
「いや、俺たちは流れの鍛冶屋……じゃなくて鋳掛屋なんだよ」頭をかきかき説明し始めた。
何でもゴダーヴさんは王都に店を構える武具の鍛冶屋らしい。
店は何年も前に息子さんに継がせ、老後の楽しみとばかりに王都周辺の村を巡る鋳掛屋になったそうだ。
鍛冶と言っても、武器や防具ばかりを鍛えれば良いという訳ではない。足元を見れば金属製品はいくらでもある。鍋や包丁だけでなく、農村へ行けば鋤や鎌など多種多様だ。
何年か鋳掛屋として近辺を巡って店に戻ったある時、店の中には武具類だけを鍛えられるだけでは一人前でないという認識が出来てきた。ご隠居が流れでやっている仕事も身につけろ、と。
一人前寸前の弟子が付いてくるようになったのは直ぐであった。
セウィムもそんな一人で、今回が初めての巡回の旅である。
「て訳で、店を出て初めての仕事があんたの鍋なんだ。練習台ってところもあるんで金は要らねぇよ。けど、俺の目からも間違いない仕事なんで安心してくれ」
素人視点ではあるが鍋をクルクル回して確認したアミンさんは、軽く笑って返答した。
「ふふっ、そう太鼓判を押されてしまうとねー……。セウィムさん、何かの折には宣伝しときますのでしっかり腕を磨いておいてくださいね」
「ど、どうも…」意味も分からずお礼を言ってくる。
「セウィム、腕を認めてくれたんだよ。場合によってはご指名の可能性もあるんだぞ!しっかりしろ!」彼の背中を叩いて現状を認識させる。
「あまり期待させんでくれ。教育によくない」親方は厳しい反応だが、俺に続いて背中をバシバシ叩く。本当は期待しているんだろう。
「!!?!、よょょ、宜しくおねがいしましゅ!」
噛み噛みの返答に、焚火の周りに明るい笑い声が響いた。
ふと目が覚めた。
あの後、ひとしきり盛り上がり見張りの順番を決めた。くじびきで、アミンさん・俺・ゴダーヴさんの順番である。
セウィムはゴダーヴさんと一緒に組み込まれる。
少し早いが起き上がると、肩から毛布を羽織る。起きしなに俺の毛布に入り込んでいたサミィも目を覚まし、一緒になって焚火にあたる。
「……交代だ」あくびをかみ殺しながら声をかけると、アミンさんが身体をビクッとさせる。
「すいません、ぼーっとしてました」頭をかきながら答えると誤魔化すようにお茶を勧めてきた。
敢えて誤魔化され、お茶を受け取った。
「砂漠とはまた違った冷え込みで、これはこれで堪えるな」お茶をすすりながら呟く。
「ヴィリュークさん、ひょっとして砂漠の定期便をやってませんでしたか?」
「ん?やってたが?」
「やっぱり!じゅうたんに乗った砂エルフだからひょっとしてひょっとするのかな、と」
寒いのかサミィが俺のあぐらの上に乗ってくる。俺は特に返事をするわけでもなく、肩をすくめて見せた。
「定期便は儲かりますか?」
「普通に儲けはあるよ。ギルドが仕切っているから、黒字ではあるが大儲けって訳にはいかないがね」
「私の様な者でもいけますか?」
「やめとけ、思っている以上にきついぞ。……あんた、今なにを商っているんだ?」
「何をと言いますか、小間物ですね雑貨屋と言ってもいいでしょう。村から村へ決まったルートを定期的に周ってます」
「……不満でもあるか?」
「不満は…ないで、す。ただ…」所在なさげに手をこすり、あごを撫でていく。
「ただ?」
「将来は店を持ちたいのですが、このままで良いのかな……と」語尾がだんだん小さくなっていく。
「……」
「……」
「客から何か言葉は……ないのか?」
「ぃゃぇ…時々『来てくれてありがとう』とか『助かる』とか……次回来れるのも当分先なのに、注文を貰ったり……します」
「あんたの商売は村にとって必要なものというわけだ」
「はぃ……」
「ゆるゆると今の商売をしてるから、商売替えなんて考えに及ぶんじゃないか?ここは具体的な将来設計をだな!」
「と言いますと?」
「そうだな……店を持つのもいいが、あんたの行商に需要があるのも確かだ」
「ふむふむ」
「ここは国中の村々を結ぶ販路を構築する!手始めは今の雑貨・小間物だな、王都あたりに本店を構えて仕入れ卸しを行う。行商人も雇い入れて各地の村を巡らせるんだ。もちろんそれだけでは駄目だ。次に巡っている村の特産品を買い付ける。王都で需要のある特産品を見つけた日には、大店の仲間入りだ。その前に相方を掴まえないといけないな。夫婦で店を切り盛りして店を大きくしていくんだ……」
「えぇ~っ、そんな嫁取りだなんて~」
将来…でなく妄想設計はつづく……
「なんか吹っ切れた気がします。一人で悩んでいても良いことないですね。想像でもちょっとわくわくしました」ガス抜きが出来たのかさっぱりした表情で答える。
「力を蓄え機会を待て、って奴だな」好き勝手に焚き付けてしまった。
胡坐の上からサミィが目を覚ましたのか、もぞもぞと出てくる。
「みゃぁう『なにか来るわ』」
立ち上がり毛布をぐるっとまとめてじゅうたんに放り投げる。
「何か接近してるみたいだ。アミンさん武器とかあるか?」収納魔法陣を起動させると、乗っかっていた毛布が中に吸い込まれ、手を突っ込んでタワーシールドを引っ張り出す。
「武器と言っても護身用の短剣くらいですが、使ったことないですよ。え?ネコが教えてくれたのですか?」
「ちっ、薪を棍棒代わりにしたほうがましか。ちょっと見繕おう。サミィ、二人を起こしてくれ。爪を立てるなよ」
俺の指示に走っていくサミィ。
「ちゃんと言う事聞いてるんですね」
「話は後で。人数分とはいいませんが複数は欲しいから探しますよ」
★☆★☆
セウィムは簡単に起きてくれた。
初めての旅と言うこともあり眠りが浅かったのだろう。顔を足で叩き、耳元で何回か鳴くと渋々上体を起こす。
問題はゴダーヴであった。
同様に起こしても、イビキの方がうるさいくらいである。爪を立てるなと言われていたので、指を噛んでみる。もちろん本気では噛まないが跡は付くくらいなので結構痛いはず……。
しかし起きない。
よく見ると年月を経たドワーフの鍛冶屋の指は分厚い皮膚で覆われ、この程度では痛みを感じないのであった。
再度噛むのも嫌だった、爪は立てるなと言われた、鳴いても無駄である。セウィムは何事かとヴィリュークの方へ向かってしまった。
ドワーフは仰向けで大いびき。イラッと来ても咎められないであろう。
すこし離れたところから助走をつけたサミィは、ゴダーヴの腹目掛けて飛び乗る。
普通のヒトならばその痛みで悶絶してもおかしくないはずなのに、ゴダーヴに異変はない。
いや、イビキは止まったか。
「んん~、何事だ?」腹をかきながらドワーフはようやく起き出した。
★☆★☆
ドワーフは俺たちが得物を手にしているのを見て、馬車から自分の武器を担いで戻ってきた。
「どうした?」
「うちのネコが何かに気付いた。近寄ってくるものがいるらしい」
じろりとサミィを一瞥。
「その何かってのはどこだ?」
「にゃーぉぅ『来たわ』」
見ると街道沿いの木々の間から光る眼が見える。
「ま、魔物ですか!?」アミンさんが棍棒代わりの薪を握り締めている。セウィムは緊張のあまり、薪を力一杯握り締めて手が白くなってる。
「……動物だな。うん、狼だ。何頭いやがるんだ、数が多いと面倒だぞ」
唸り声を上げながらぞろぞろと狼が木々の間から出てくる。
回り込まれると面倒なので、焚火の木を周囲に投げ明るくする。もちろん投げた分だけ薪を足しておくのを忘れない。
「先制は俺がとります。いいですね?ゴダーヴさん?」
「めんどくさいから呼び捨てでいい」ドワーフが構えたのは長柄のハンマーである。いつもは鍛冶で使っているのであろうか。
「じゃ、俺も呼び捨てでどう、ぞっ!」V字ブーメランをタワーシールドのバインダーから外しながら、右から左へ投擲する。ちなみにいつぞやの物よりサイズは小さい。
狼から見れば明後日の方向に飛んでいっているので、警戒から外れたのだろう。更にこちらへ注意を引きつける為、俺は三本連続してナイフを投擲する。
一本は当たり、残りは避けられてしまうが、避けた先を先程投げたブーメランが襲う。
まず一匹目の狼の顔面にヒット、勢いは殺されず軌道が変化すると二匹目の胴体に直撃。少し上に軌道を変えたブーメランは弧を描いて戻ってきた。
盾で勢いを殺すまでもない、そのままキャッチする。
「どうだいゴダーヴ?」
「なんの。ヴィリューク」
地を駆け足を狙ってきた狼の頭を、噛みつく寸前に短く持ち直したハンマーをカウンターで叩き込む。
鳴き声も上げず狼は宙を飛び、地面をバウンドする。
「「うおぉぉぉぉ」」薪を手にした二人が歓声を上げる。
この程度頭数が減っても、どうということはないらしい。
一瞬で数頭減らし、こちらが脅威と思わせて撤退してくれたらなぁ、と思ったのだが甘い考えだったようだ。
戦力外の二人はお互いをカバーし始める。サミィがどうやらフォローに入っているようだ。
このままいくとジリ貧が目に見えているので、さっさと奥の手を出してしまおう。
ちょいちょいと意識を向けるとすぐに望みのものがやってきた。これだけ水の気配が濃厚だと、砂漠と違って集めやすい。
水が川から蛇のように進んで来るのは直ぐだった。
仲間がギョッとしているのを無視してぐるりと俺達の周りを一周させると、一気に襲い掛かり狼どもを水の咢に収めてしまう。
捕えた狼どもは水流で撹拌し、簡単に脱出できないように巻き込んでしまう。このまま溺死させてしまおう。
と、思ったのだが数が多すぎた。
やることが多すぎておいつかない!まず撹拌の操作が滞った。
すると空気を求めて狼どもが水の外へ泳いでいき、対抗して俺が水中に引き戻していくというイタチごっこが始まる。
「狼が出てきたら水へ押し戻してくれっ」耐え切れず三人に助けを求める。
呆気にとられ、ぼーっと見ていた彼らがハッとする。
水は形を変え、円錐の様になってその中を狼どもが犬かきで泳いでいる。……狼でなく魚を入れて鑑賞したら面白そうだ……なんて呑気な考えを即振り払う。
自然と他の三人が等間隔で並び、水から頭を出す狼が空気を吸わない様に頭を叩いていく。
それに対して俺は彼らが叩くのが間に合うように、狼どもの足を引っ張り続けていた。
下に意識が行っていたら、上の方で鼻を出して呼吸している狼に気付けなかった。
それに気付けたのはサミィの動きからだった。
助走してきたのだろう、勢いよく俺の身体を駆けのぼり肩から頭に……踏み台にしてその狼に飛びかかると、鼻先めがけて爪を一閃。
狙い違わず、悲鳴も水中でくぐもって空気の泡が立ち上る。
サミィの行動は良い不意打ちだったが、俺にとっても不意打ちだった。
踏み台にするというのは、俺の頭を蹴飛ばすと言うことだ。
一瞬操作の手が緩み、一匹掴み損ねてしまった。
ラッキーなことにそいつはゴダーヴがまさに叩こうとしていた狼で、頭を叩くつもりが飛び出してきたせいで胴体にヒットし、水から引っこ抜いてしまった。
悲鳴とも取れる鳴き声が響いた。
必死な呼吸音も響く。
俺たちの間に緊張が走ったが、それもすぐに安堵のため息に変わる。
狼は尻尾を股の間に隠して、よたよたと森の中へ逃げていった。
やることは決まった。
一匹づつわざと手を緩め、待ちかまえているゴダーヴの前に狼を出す。
ゴダーヴはハンマーをぶち当てて狼を水から引っこ抜き、森の前に飛ばす。
一匹の例外もなく、狼どもは尻尾を巻いて逃げていった。
終わってみれば、倒したのは始めのゴダーヴの一匹のみ。
俺の先制攻撃は殺すに至らなかった。
まだ空は星が見え、夜明けまでまだまだだ。
小さくなってしまった焚火に薪を加え、そばに転がっているコップを手に取る。
プハー
水を出してまずは一杯。
「ゴダーヴ、飲むか?」手にしたコップを掲げる。
「……おう、一杯くれ」
空のコップを手渡すと、目の前で水を出し注いでやった。
じっと中の水を見つめていたが、一気に飲み干す。
ブハー
「もう一杯くれ」
ぐいっと空のコップを突き出されたので、黙って水を満たす。
今度はゆっくりと飲み干していく。
「「お疲れ」」
そしてお互いのこぶしを打ち鳴らし、お互いを労った。
ちょっと後半駆け足だったかもしれません。
お読み頂きありがとうございます。




