26・砂エルフ、久しぶりの釣りを楽しむ
翌朝、王都を出発する。
朝飯もしっかり食べたのだが、サミィの分の朝飯もおやじさんはちゃんと出してくれた。”次回からは金を取るからな”と宣言されてしまった。まぁ当然だ。
とか言いながら、弁当を頼んだらサミィの分まで付いてきた。大甘だろ。
砂漠とはほぼ逆方向を進む。王都を境に植生が全く違うのを見ると、数百年前の出来事が如何にとんでもないものだと理解できる。
王都から実家のある森(というか山と言うか)まで、通常馬車で三日、じゅうたんを飛ばせば一日半なのだが、ここは砂漠と違って行き来がある街道。
あまりかっ飛ばし過ぎると、同じ街道を通行している馬車とかを驚かしてしまうので、いつもよりスピードは控えめだ。
それでも十分早いので、余所の馬車を追い越す時やすれ違う時は速度を控え、既に二台ほど追い越している。
どうやら今日、俺の前に王都を出発したのはこれら二台だったらしく、昼時になっても進行方向に馬車の影は見えない。
出発したばかりの時は珍しい景色にきょろきょろしていたサミィであったが、今はすっかりお昼寝中である。
俺にとっては久しぶりの景色だ。通る道は昔かよい慣れた道だが、木々の成長や砂漠生活が長かったため新鮮である。天気も良く日差しがまぶしいが、砂漠慣れした俺たちにとっては此れしきへっちゃらである。
午後を回った頃になると川にぶつかった。道はそこから川沿いに上流へ続いており、その先は川のカーブに沿って道も曲がっている。この先暫くは川沿いを進むことになる。
川のせせらぎに目を覚ましたサミィは川の流れに釘付けになった。
『水がたくさん!!』
じゅうたんをふんわりと浮かせ、道から河原へショートカットして降りる。腰かけるのに適当な岩の近くに着陸させると、サミィが川へ目がけて走り出した。
「昼飯どうすんだー?」
『あとでー』
「流されるなよー。先食ってるからなー」
ネコは水が苦手と聞いた気がしたのだが、間違いだったのだろうか。ヤツは興奮して水辺ギリギリの所で、前足で水に一瞬触ったり、触った瞬間飛び退いたりしている。
そのうち興奮も覚めるだろ。
弁当を食べながら、じゅうたんの収納魔法陣をあさりはじめる。アレを最後に使ったのは……うーむ覚えてない位前だ。手入れをして放りこんだから大丈夫だと思うのだが……
目当ての箱を引っ張り出し、開けると中にはばらした竹竿が入っている。一本の長さが大体50〜60センチくらい、それが5本で全部継ぐと3メートル弱程度の継ぎ竿になる。
ガキの頃は竹を一本切り出した延べ竿を使っていたが、成人した時にお祝いとして近所のおじさんに頂いたのだ。
中々立派な竿でその時は恐縮して遠慮したのだが、趣味で作ったもので付与魔法なんか掛かってないから遠慮なくもってけとのこと。(オーダーメイドの竿だと堅牢性上昇だとか感覚鋭敏化といった付与がなされているものもある)
しかしそこで俺は察するべきだったんだ。エルフが趣味で費やすことのできる年月って奴を。ただただ素材を吟味し、こだわり抜いて作製された一点ものの品質を。
むかし釣り場でご一緒した釣り人に大変羨ましがられて、初めて自分の所持しているシロモノの価値を知ったのだった。
そんな大層な竿に対して、仕掛けはおじさんに教わり試行錯誤した自作の物である。釣りの腕だってヘボじゃない……と思いたい。
一通り状態を確認して問題はなかったので、次に土手の雑草を引っこ抜いてミミズを探したり、川の中に入っては石をひっくり返して川虫を探し出す。
餌箱をそこそこ満たした俺は、水で足を濡らしたサミィを回収してじゅうたんで少し上流へ遡る。
その間、遊んで腹を空かせたヤツは弁当をむさぼっている。食べかすをこぼさない行儀の良さは、大変ありがたい。
ここで釣りをするのも何年振りだろう。
じゅうたんの上に立ち、川へ仕掛けを投入する。何度か投入すると一匹目はすぐだった。魚がピチピチ暴れ、サミィが興奮する。まだこれからだから、と落ち着かせるのだが言う事を聞かない。魚籠の中に魚を入れ姿が見えなくなってようやく落ち着いた。
あっという間に魚籠の中には五匹の魚が収まった。遡りながら釣っていったのだが、スレていなくて餌の食い付きもいい。
遡って到着したのは深めの淵だ。ここで最後にしよう。
釣りの時は水使いの力は使わない。そもそも力を使えば竿なんか必要ないのだ。どう例えたらいいだろう……本棚から本を取るのと一緒だ。感知も捕獲も問題ない、ただ射程はあるけどな。
しかし能力を使わず、魔法も使わず、五感のみで魚と対峙するというのは楽しいものだ。
けど折角の竿を台無しにしたくないので、道糸はあまり強いものにしていない。糸は切れてもいいけど竿は折りたくないしな。
大きめの淵に着いてしばらく経つが、まだ釣れない。
あたりに合わせるが餌を取られること数回、いい加減しっかり喰わせないと釣果がここでストップしてしまいそうだ。
これが最後とばかりに仕掛けを投入する。激しい音ではない、”ぽちょん”と優しく餌が水面に落ち、ゆらゆらと沈んでいく。
糸の目印につけている羽を水面近くまで持っていけば、餌が丁度良い深さまで沈んでいくはず。
身じろぎひとつせず竿を構え、半眼になって目印の羽に集中するが軽く風にあおられて羽が揺らいでしまう。
気付くのが遅かった……これが原因か。羽ではなく違う目印にすればいいのだろうが、交換しようにも持ち合わせがないのでこのままでいく。
目印が当てにならないので感触だけを頼りに当りを待つ。さっきまでは羽の動きで合わせていたので、タイミングが早かったりしたのだろう。
感触がないが根気よく待つ。
……いい加減餌も落ちていると思い仕掛けを上げようとした時、大きく竿がしなる。素早く腕を掲げて竿を立てる。
左右に糸が走るが問題ない、時折水面近くまでくるので頭を出させて空気を吸わせる。
それを何度か繰り返し徐々に弱らせると、やっと近くに寄せることが出来てはっきりと魚影が確認できた。
獲物は体長40センチはあろうかという大物だった。淵の主と言っても良いだろう。しかし困った、このサイズは水からぶっこ抜けない。
しかし今日はこれで竿仕舞いだと思ったら、ためらいは一瞬だった。
竿を掲げたまま、岸から川へじゅうたんを進める。糸をたどっていくと魚の頭に辿り着き、見ると上顎に針がしっかりフックしている。
最後の抵抗とばかりに魚が暴れると激しく水しぶきが立ち、水がかかりたくないサミィが俺の背後に逃げてくる。
水しぶきに耐えながら、下顎をつかみ水から引き揚げた。口を大きく開けるようにしっかりとつかむ……が、歯が鋭くて痛い。
痛みに耐えながらじゅうたんを岸に寄せ、陸に上がる。
地面に魚を横たえながら針を外すと、ビチビチとまた暴れはじめるがそこは陸に上がった魚。もう一つ魚籠を出すとそいつをぶち込む。
今夜は久しぶりに川魚だ。
じゅうたんを追尾モードで動かす。徒歩ペースなのを良いことに、サミィが飛び乗り飛び降り遊んでいたが、もう飽きたのか長ーく寝そべっている。
目に付いた薪を拾いじゅうたんに放り投げていくと、元の河原に着く頃には結構な量になり、空は真っ赤な夕焼けだった。
土地が違うと夕焼け一つでこうも違うものか。ガキの頃はこの夕焼けが当たり前だったのに、すっかり砂漠に馴染んでしまった。
まさかここでノスタルジックな気持ちが沸き起こるとは思いもよらなかった。
元に戻ると土手の上には馬車が二台止まっており、馬車から外された馬を世話をしているヒトの姿が見える。
どうやら彼らもここで一晩過ごすようだ。同じ火を囲むであろう彼らに、挨拶しておこうか。
昔を思い出しながら書いておりますので、いろいろと甘いところがございます。
ご容赦ください。
お読みいただきありがとうございます。




