22・スナネコ、砂を征く?
その後もスナネコはじゅうたんに同乗してきた。
しかし食事は、交換する獲物を獲ってきたり来なかったりする。その日の気分で変えているのであろうか、確かに俺たちも気分で変えたりするしな。
とは言え、本来予定していた時より早いペースで食料を消費していることには変わりないが、危機感は全くない。
現在位置もしっかり把握できているし、朝からじゅうたんを飛ばしており、昼過ぎには王都到着は間違いないからだ。
「毎度、ごくろうさん」王都に到着すると、いつもの門番がいたので挨拶する。
「おう、長旅ご苦労様。今回は遭難者じゃなくて可愛らしいのがいるな」
入都の順番待ちで人の数が増えているにもかかわらず、スナネコはじゅうたんの前部に堂々と座っている。
「なんか付いてきちまってなぁ。足代わりにされてる気もするんだよ」と言いつつタグを手渡す。
「お前さんのじゅうたんを足代わりにするたぁ、ふてぇネコだな」チェックしたタグを笑いながら返してよこす。
「この後どうするんだろうなぁ、こいつ」
するとじゅうたんからヒョイと飛び降り、門の中へ入っていく。
そして振り向き一声。
”にゃぁーぉ”
そのまま王都の中へ走って行ってしまった。
「間違いなく足にされたな」
「そのようだな」短い間の旅の友だった。
あっという間のお別れで少し寂しい気もするが、そこは気まぐれな動物だ。
ここまで一緒に旅ができて、いい話のタネが出来たと思うことにしよう。
常宿の◯屋につくと、ありがたいことにまだ空き部屋が残っていた。
迷うことなく部屋を取り、遅い昼飯を注文するとパクついて一服。
今日中に研究所の配達を済ませちまおう。明日にすると出発するのが遅くなってしまう。
「研究所のミリヴィリスさんにお届け物です」
届け慣れた場所へいつも通りの申告をする。
今回の緑化研究所の門番さんは見知った人だったので、タグをチェックしただけで中へ通してくれた。
「こんちはー、お届け物でーす」ミリー姉さんの研究室の扉をあけながら声をかける。
「ヴィリューク?はいってはいってー。またあんたが担当してくれたんだ、早くて助かるわー」と、奥から姉さんの声がする。
すると扉が閉まる寸前の隙間を、ネコが尻尾をふりふり出ていった。
「ねえさーん、ネコが出ていったけど良いのか?てか、いつ飼い始めたんだよ?」奥へ進みながら問いかける。
「飼ってないわよ。野良ちゃんだってば。今日と言うか少し前に突然来たのよ」
「なんだそりゃ?」
「やあ、ヴィリューク君いらっしゃい」セツガさんが作業の手を止めこっちに来た。
「なかなか面白いスナネコだったね。ネズミを四匹獲ってさ、にゃあにゃあ鳴くんだよ。研究所にはネズミ避けがあって被害はでてないのだけど、ちらほら目撃されて心穏やかではなくてね」
「何とかしたいと思ってた所に野良ちゃんが退治してくれたのよ。ご褒美にお昼用のお肉を焼いてあげたらね、まっしぐらに飛んできて食べるのー、もう可愛いわぁ。住み着いてくれないかしら」
何と言うか、すごく既視感があるのだが……
ましてやスナネコの間でそういう事が定着しているとかあり得ないし、これは間違いなく奴に違いない。
「いやぁ、実は俺も道中面白いことがあってね……」
荷物を渡し、受領書にサインをもらいながら俺は今回起こったことを話し始めた。
スナネコはご機嫌であった。
じっとしていても移動でき、風を切る感覚が爽快であった。
ヒトと交換した食事も大満足だったが、今まで食べていたトカゲや昆虫も恋しくなり時々そちらも食べていた。
そんな日々を過ごしていたら、ヒト達の大きな巣に到着した。いや、巣の集合体と言うべきか。
スナネコの巣穴と違って、ヒトのそれは巨大で大変好奇心をそそられる。
大変長く生きているスナネコであったがヒトの巣に入ったことはなかったので、これはもう探検せねばなるまいとじゅうたんを飛び下りると、長旅を連れ添ったヒトには一声挨拶をし悠然とヒトの巣へ足を踏み入れる。
雑踏そこには様々なものが煩雑に存在していた。
目から、耳から、鼻から、たくさんの情報が流れ込んでくる。うっかりすると踏み潰されると思ったスナネコは、素早く雑踏から離れる。
ヒトの少ない落ち着いた雰囲気を求めて歩いていくと、気になる気配が感じられた。
気になる気配というのは正確ではない、気になる魔力だ。自分の住処すみかに満ち溢れていた砂の魔力だ。
住処では周囲に薄く感じられたものが、今ここでは濃くはっきりしたものが感じられる。
どっちだ?
神経を集中させると、細かくひげが震え、尻尾が二重に見えたかと思うと二本に分裂するではないか。
いや、一本はちゃんと身体と繋がっているがもう一本は根元がぼやけている、と言うか実体がない。
そのくせ色や模様、黒い先端まで二本とも瓜二つなのだ。
”……大体の方向は分かった、後は行ってみれば分かるだろう”とスナネコは思った。
行きついた先は心地よい雰囲気の巣であった。しかし出入り口にはヒトの門番が立っている。
門番があからさまに姿を現していることに警戒心を覚え、気付かれぬように壁沿いに歩く。
一つ目の穴は向こう側にヒトの気配が濃厚だったので通り過ぎ、二つ目はネズミの穴なのか小さかったのでこれもスルー。
”そういえば小腹が空いてきた。獲物がいたら一狩りしようか”
ようやく丁度良い穴が見つかったので、まずは気配を窺う……問題ないようだ。
怪しい臭いもないので素早く入ると、丁度良く身を隠せるくらいの茂みの中だった。
壁の中に入ると多くの種類の力が漂っているのが分かる。お目当ての魔力の方向は、ひげがビンビンに感じている。
方向は分かってもその進路は入り組んでいて、真っ直ぐには進めない。うろうろ彷徨っていると、ネズミが二匹陰に潜んでいるのが分かった。
行き掛けの駄賃とばかりに忍び寄り、左右の爪を一閃。二匹とも仕留められた。
用心深さが足りなく、のこのこ出てくるあたりは、ここいらに天敵の類たぐいがいないのだろうか。
そう思っていると更にもう一匹のこのこと現れた。まだ出てきた巣穴から近いので、近寄ると中に逃げられそうなのでじっと待つ。
身動ぎひとつせずにひたすら待つと、ネズミもソロソロと動き始め……もう少し、もう少しで巣穴に逃げ込めない距離だ……
じりじりと接近すると……身体をばねの様に縮め……低く遠くへ跳躍した……が、爪に先がかするに留まる。
着地した瞬間、間を置かず追撃する。当然のように退路は防ぎつつ追い込んでゆく。
すると壁と思っていた所が突如開いた。ネズミが一瞬固まった隙をついて捕獲、とどめを刺した。
上を見上げると驚いた顔でヒトのメスが見下ろしていた。
”にゃーん”と一声鳴いて、たった今獲ったネズミを足元に置く。すぐさま取って返し、先程の二匹も持ってくる。
合計三匹足元に並べ見上げると、ヒトは視線の高さを合わせるようにしゃがんで、何やら声をかけてくる。
「****!***********?」そう言って扉を(壁と思っていた)開けて、閉じない様に支えてくれている。
当然のように中に入ると、ここにもチョロチョロとネズミが一匹。物陰に隠れるのが見えた。
ここのヒト達はネズミに舐められているのではなかろうか。ネズミにちょいと思い知らせてやろうとスナネコは思う。
姿勢を低くして這うように接近する。後ろでヒトの足音が小さくした。すると何を思ったのか飛び出してくるネズミ。
我慢して隠れていればよいものを……この好機を逃すはずもなく溜めた力を解放して追いつくと、爪を素早く振り下ろす。
砂漠の獲物たちはもっと必死に抵抗するのに……比較すると全然物足りない。
獲った獲物を咥え、さっきのヒトに渡そうとするとヒトが一人増えていた。
こちらはオスの様だ。お互いの匂いが中途半端にしか混ざってない所からすると、どうもちゃんと番いになってなさそうである。
ここはオスからメスにアピールさせないとちゃんと番いになれないと思ったスナネコは、仕方ないから獲物をオスにやってアピールのチャンスを提供する。
オスの足元に獲物を置き、”にゃーん”と一声鳴く。
その声に反応してヒト達が、ネズミをまとめて尻尾で摘まみつつ何やら会話を始めた。
何を言っているかわからないが、オスもメスも耳がピコピコと動いている所からスナネコは、獲物は好評でアピールは好感触であったと理解した。
そのあと嬉しいことに(感謝の印であろう)肉を分けて貰えた。
砂漠の旅で食べた肉とは違う熱々の肉であり、これはこれでまた大変うまく腹一杯になるまで堪能したのであった。
水も少し分けてもらい十分寛がせてもらったので、そろそろ目的のものを探しに行こうかと歩き出す。
”にゃーぉぅ”と挨拶して歩き出すとヒト達も返答してくる。意味は分からないが挨拶だろうと推測する。
扉に向かって歩いていくと丁度良く開けて入ってくる人がいた。偶然にも旅を一緒にしていた人だったので、尻尾で軽く挨拶をして通り過ぎるが、ヒトは尻尾を持っておらず尻尾の挨拶を知らないことをスナネコは失念していた。
少し彷徨って到着したのは、少しひらけた空き地である。
背の低い雑草が生えているのだが、奥に行くにつれ砂地が多くなり、一番奥は草木が一本も生えてない。
代わりに小さな祠がひっそりとあった。
スナネコのひげはビンビンに気配を感じていた。目指すのはあそこだ、と。
雑草に隠れるように姿勢を低くして進むが、進むにつれて植物は少なくなっていく。
どうやら祠を中心に半円状に砂地が広がっている様だが、それでもスナネコは諦めない。
あえて植物と砂の境界線に姿を現し、少し侵入した辺りで身体をたわめて静止する。
暫く待つと祠に異変が生じる。どうもここいらの者どもは呑気と言うか警戒心が足りないというか、よく今まで無事だったと言わざるを得ない。
それは祠からじわじわと染み出てくる。
とび出した目、柳の葉のような姿、殻をなくしたカタツムリか……いや、干潟に棲むトビハゼと言った方が正確か。しかしここは干潟ではなく砂地。
全身を現したそいつは、目だけを残して砂地に沈んでいく。きょろきょろ辺りを見渡すと、そのまま前進していく。
どういう理屈で進んでいるか見当もつかないが、よく見ると半透明になっているのが秘密の一つのようだ。
すると砂を飛び散らして全身を露わにすると、砂地に着地する。姿は半透明ではなくなり、砂色のまだら模様である。
一応保護色になっている……が、そこは同じく保護色を纏っているスナネコの射程に入るか入らないかの位置に着地したのであった。
半眼で身動ぎ一つしないしないスナネコを、そいつは認識できているのであろうか?
ずりずりぴょん、ずーりずりぴょん、ずーりずりぴょーん。
スナネコの射程範囲外ではあるものの、明らかに調子に乗った行動。
その証拠に、じりじりと祠から距離が空いている。
……一足飛びに祠へ戻れない位置に来ようかとしたとき、”じり”っとスナネコが力を溜める。
それが飛ぼうと力を籠め終わった瞬間、スナネコはタタンと助走しそれに向かって飛びかかり爪を振り下ろした。
狙い違わず爪はど真ん中に命中した……が、トビハゼが如き躰は半分の大きさの二体に分裂した。
一体は祠に向かい、もう一体は逆の砂地と雑草地帯の境界を飛び跳ねていく。
スナネコは迷いもせず、確実な方を狙い無双乱舞……いや無爪乱舞と言ったところか。
爪を振るう度にそれは小さくなっていき、引っかけしなに宙に舞ったモノを次々と口に納め飲み込んでいく。
砂に潜り込もうものならば、二重になった尻尾で近辺を叩き伏せると、押し出されるようにこれまた空中に飛び出していく。
漏れなく空中でぱくっとキャッチするとすぐさま嚥下していく。嚥下するたび、力が増していくのが分かる。
その隙に、トビハゼ(仮)は半身を犠牲にして祠へ逃げ込んでいった。
結果として成果は半分であったが、獲物の質の良さは十分でありスナネコは大満足であった。
食べた獲物が身体に染み渡っていくのか感じられ、力がみなぎっていくのが分かった。
結構砂地の奥まで侵入していたが、くわっと口を開け元の道へ戻っていく。
……ふと気付く。
意気揚々と真っ直ぐ歩いていたつもりが急カーブを描き、祠の方へ進路を変えていく。
今度は抗うように、よたよたと砂地を出ようと方向転換する。
ふと思う。身体に漲っている力は、本当に自分の物なのか?
四足で歩いていたつもりが、前足を突っ伏して後ろ足で進んでいる。その姿はさながら匍匐前進か、回頭して祠へ向かっていく。
スナネコはままならない自分の身体に喝を入れるべく、一声大きく鳴くのであった。
「………」
「何か聞こえないか?」
旅の話をしていた俺は妙な音を感じ、白衣の二人に尋ねる。
「え?どんな音?」
「いや、確かに聞こえますね。鳴き声でしょうか」
セツガさんが席を立ち、扉を開けて外を窺う。
「ええ、確かに聞こえます、何か迷い込んだのでしょうか。見てきますね」
「いや、気になるから俺も行こう。姉さんはどうする」
「行くに決まってんじゃない。正体を確かめるのよ!」
鳴き声を頼りに建物の間を進む。
「こっち側は来たことないな。何があるんだ?」
「この辺のは倉庫よ。整理済の資料なんかが保管されてるわ。この先は空き地のはずよ」
「空き地と言うか、確か小さな祠があったはずです。まぁ、ヒトが来るのは稀ですね。何もないですから」
建物の間を抜けると、確かに空き地であった。丁度敷地の角のあたりの空き地には雑草が生い茂っており、角に行くほど草が無くなり、その角には小さな祠があった。
怪しげな声の主は砂地をウロウロしている。
「え?野良ちゃん?」
「発情期みたいな声を出してるな……」
這いつくばって祠へ進み、向きを変えると四足で普通に歩いて戻る。しかし行ったり来たりで気合を入れているせいか、妙な声が溢れ出ていく。
祠へ戻ろうと”まーぉ”と鳴き、草地へ戻ろうと”み゛ゃぁーおう”と嫌な鳴き声をしてくる。
繰り返されるその鳴き声は、さながらネコの発情期の様だった。
あっけにとられて、俺たちは何往復か眺めていた。
「えーと何だこれ?」
「何か悪いものでも食べたのかしら?」
「ややや、あげたのは私達用に買ってきた肉ですよ。問題ないですって。それよりどうしたものでしょうか、これは」
あれやこれやと俺たちが騒いでいると動きがあった。
四足で歩いてきたスナネコの歩みが止まる。これまでだと方向転換して匍匐前進だ。
一層気合の入った鳴き声を上げるスナネコ。
”ん゛み゛ゃあ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぉぉぅ”
後ろ足で立ち上がると、走りはじめるではないか。
前足は力なくぶらぶら揺れている。伏せてしまうと匍匐前進で逆戻りになるからだろうか、そのまま一気に走り抜け生い茂る雑草の中に倒れ込んだ。
息をのんで見守るが、動きはない。あの往復運動に終止符が打たれたのか?
恐る恐る近寄る三人。そこには突っ伏したスナネコがいた。
「……死んだの?」
「いや、まだ生きている」呼吸で腹が上下に動いている。
「ど、どうしますか?」
「このままほっとけないだろ。とにかく、ここから離した方がいいんじゃないか?」
そう言って、そっと抱きかかえる。
「わ、見た目も小さいが、抱えるとほんと小さいな」
スナネコを保護した俺たちは、まずは姉ちゃんの研究室へ急いで戻るのであった。




