戦略会議
「まったく!ドワーフにっ!やじりをっ!つくらせるとかっ!」
炉の横に設置された金床で、金属片を叩くバルボーザ。文句を言いながらの作業であるにもかかわらず、叩くごとに金属片は矢尻の形へ整っていく。
「こんな数打ちみたいな真似をさせおってからに」
成形された矢尻を眼前に持ってくると、くるりと回転させてバランスを確認する。
「くそっ」
出来は及第点だったと見え、傍らの箱へ放り込むと“カチャッ”と音がして床へ落ちた。
「おい!箱を変えてくれ。満タンの箱は───」
「はい、バルボーザさん!すぐに研ぎへ回します!」
鍛冶屋の見習いが箱を手に走り去る。
「ドワーフ、パネェ」
「鋳物の矢尻十個と同ペースで作るとか」
「お前ら手ぇ止まってるぞ!」
「「すんません!」」
弟子二人がこの鍜治屋の親方にどやされる。
鍜治場ではすでに戦いが始まっていたのであった。
★☆★☆
「森の中は至る所にゴブリンがいやすぜ」
「集団の隙間を縫って奥を探るのは流石にちょっと」
「大回りをしようにも迂回した先にも居やがるんで」
ギルドの会議室では、斥候たちの報告を受けている真っ最中であった。そこではギルド長をはじめ街の顔役たち、それぞれの職の元締めが一堂に会している。
「ゴブリンは若い個体ばかりが見受けられるが、森の中ではホブゴブリンも目撃している。俺が戻ってくるにあたって、森を大回りして街道に出るしかなかったが、街道に出てからは奴らに遭遇していない。つまりはひらけて居る場所に出るほど経験を積んでいないという事だ」
他の斥候と一緒に俺も報告を上げる。
「これは探索者の、ひいてはギルドの怠慢ではないのかね?ゴブリン程度の駆除、サボりでもしない限りここまで増えることはありえんだろう」
大声で非難してくる方を見ると、良い生地で仕立てられた服をまとった恰幅の良い男だった。商人なのか、振り回す右手には指輪を複数付けているが、どれも指に食い込んでいる。あれは太って外れなくなったクチだな。
「それは違います」
すかさず赤髪ショートが否定するが“小娘が何を言っている”と取り付く島もない。
「いえ、彼女の言う通りです。寧ろゴブリンの討伐件数は、ここ最近増えております」
ギルド長が薄くなった頭を汗で光らせ、赤髪ショートを弁護する。
「ギルドでは探索者へ注意を喚起。森への調査を派遣。街道の巡回を増やしております。結果、今現在被害は確認されておりません」
「被害が確認されていない?!被害はあるぞ!仕入れた商品を捌けなくて、今現在うちは商売あがったりだ!」
「あなただけが不利益を被っているとでも?いつも通りの仕事・いつも通りの生活が送れていないのは、この街の住人全てだ。それを解決するために、この場に集まっている。建設的な発言ができないなら退場願えますかね」
いつになく強い口調で反論するギルド長の背後へ“ススス”と赤髪ショートが控えると、商人も鼻を鳴らして椅子の背もたれに身を預ける。
「私は街の住人の不満を代弁したに過ぎん。一刻も早い解決を熱望する」
主張するだけ主張していったが、いったい何をしたかったのだろう。主導権を握りたかっただけとも思えないが。
「若い個体が多いということは、繁殖を促進する何かがあったと考えるのが妥当だろう。“渡り”で他所から来ているとしたら、この程度では済んでいないはずだ」
「しかしヴィリュークさん、ホブゴブリンを目撃しているんですよね。やつらはどこから来たんでしょう」
「順当に考えるならホブこそ“渡って”来たんだろうな。だとしたら今回の襲撃してきた奴らは、全て駆除すべきだ。経験を積んだ個体を逃そうものなら、後々どんな被害が出るかもわからんし、駆除にも手間がかかるぞ」
「おいおい、まだ始まってもいないのに、気ぃ早すぎだろ」
参加しているベテラン探索者から指摘が入る。
「それくらいの気概をもって、てことだ。それとも取り逃がした後、安全になるまで何日も森を徘徊したいか?徘徊するのはアンタたちを含めたベテランだし、森に入れなくなって割を食うのは若い奴らだぞ」
「まあまあ、皆さんのことですから面倒くさいことは御免ですよね。面倒なことにならないようするには、どうしたらいいか……ご存じでしょう?」
険悪になりそうなところのギルド長の取り成しに、場は熱くなる前に落ち着きを取り戻した。
★☆★☆
「ふあああ、あふ」
馭者台で一緒に座っているエステルが盛大なあくびをする。
「馬車の中で休んでいたら?」
「馬車はさ、微睡むばかりで寝れないんだよねぇ」
隊商は昨晩も襲撃を受けたが、今回はゴブリンではなく狼の小さな群れだった。
痩せ狼ではなかったが、それなりに空腹だったようで群れの三分の一を倒してやっと逃げていった。
「あれは何だったんですかねぇ」
並んで座っている隊商リーダーがつぶやいた。
「んー、ゴブリンの大量発生は間違いないとして、ゴブリンを避ける方向を間違えたンじゃないかな」
「といいますと?」
「さすがの狼もゴブリンを餌として襲わないでしょ。身を守る時ならやり合うだろうけれども、余計な争いは避けるはず───それが行けども行けども避けた結果、街道そばまで出る羽目になってしまった。鹿とかといつもの獲物たちも見つからず、そこで見つけたのが私たち」
「あー、馬が目当てですが」
「そゆこと」
「村だとゴブリン被害だけでなく、肉食獣による家畜被害も用心しないといけないってことですな」
村ではニワトリくらいならまだしも、山羊を襲われたら大損害になる。
「まぁ野生動物が村を襲うのは、余程の時だねぇ」
「……それが今だとしたら?」
「「えっ」」
隊商リーダーとエステルが声を上げる。
「森に棲む動物と魔物のバランスが崩れると、ヒトの生活にも影響が出るってこと。……次の村まで急いだほうがいいと思うわ」
「───理屈は分かるが、この規模の隊商で急がせるのには無理だ。それに急がせてもたかが知れてるって」
結局のところ、現状維持のペースで進むしかなかった。
じゅうたんで一っ飛びも考えたけれども、護衛としてエステルが売り込んで契約した以上、放棄するわけにもいかないわ。
まったくもう。
「えっ、やはり大量発生してるんですか?!」
次の村に到着すると、オルターボットから巡回に来ていた探索者たちと鉢合わせた。
「オルターボットの西の大森林じゃ、若いゴブリンがうじゃうじゃいるらしい。そいつらが街道沿いに流れるかもしれないってんで、俺たちは依頼で知らせに回ってるとこなんだ」
「もう遭遇してるわよ。おまけに狼とかも森からあふれているわ」
「マジかよ」
彼らはこのまま街道をギルギット方面へ知らせに回るとのこと。
「さぁて、どうしたものか」
「事態が終息するまでこの村で待つか、オルターボットの中へ駈け込むか。隊商のリーダーとしては、安全を取ってここで待機だ」
「しかしこの隊商の物資があれば、オルターボット防衛に役立つだろう」
「お前は高値で売れるのを期待してるだけだろうが」
何故かリーダー二人の話し合いに、私たち二人も同席させられている。ま、主戦力でもあるしねぇ。
「ヴィリュークに連絡とってみよっか。向こうにいるんだから、うちらより情報もってるよね」
「ヴィリュークって、エルフのヴィリュークさんかい?」
なんと彼らの一人がヴィリュークを知っていた。何でも向こうのギルドであれこれと世話を焼いているらしい。
「若い奴らの教導してたり、今回なんかは一人で森の奥まで調査に行ってきてさ、あのヒトの情報で被害が出てないようなもんだぜ」
ん?やらかして……はいないようね。思わずホッとしてしまう。
「連絡ってどうやって?」
「これよ!」
ふふんと自慢げなエステル。詳しい事情は説明せずに魔導書簡伝達器に書き込んでいく。
「夜には返事が返って来るでしょ」
周りのうろんげな視線をものともせずに胸を張るエステルであった。
★☆★☆
会議は開いて閉じては迷走し、今のところ攻勢に出る案は劣勢になっている。森の中ではゴブリン達に地の利がある、という守勢派の主張が優勢である。
それでも攻勢派たちは声高に主張を続ける。
では攻勢派がどのような面々かというと、西の麦畑の関係者だ。それは実際農地で働いている者だけではない。
辺境最前線の開拓は国家事業でもある。少なくない資金が投入され、貴族だけではなく民間からの投資もなされている。そして投資にはリスクがつきものと説明されていても、いざこれからリスクが迫りくるともなると、投資家たちが見過せるわけもない。
「我々がオルターボットにどれだけの投資をしているか、知らないギルド長でもあるまい」
「ええ、分かってますよ。ですが、それが街の者たちを危険にさらしてよいという事ではありません。麦もあとひと月もすれば収穫時期なのは承知していますが、前倒しで刈ろうにも危険ですし無理がある」
俺は何故、この場に同席しているのだろうか。
ギルドの会議室には、ギルド長・赤髪ショートの受付嬢、指輪が食い込んでいる商人、そしてどこぞの貴族の、貴族の……えーとなんだ、“使い走り”が偉そうな物言いをしている。
そして末席に俺だ。関わりたくないのに関わらざるを得ないので、隅で気配を消している。
「他に何か手段はないのか!ありきたりな防衛戦なら、ある程度聞きかじったものなら誰でも出来よう!君にここのギルドを任せているのは、このような時の為なのだがね」
嘘である。
ギルド長の任命権をいち貴族が握っているなど聞いたこともないし、できたとしても推薦する程度で、余程影響力のある人物の推薦でない限りねじ込むことは出来ない。それ程のギルドに影響力のある貴族がいれば間違いなく耳に入ってくるはずだ。
「なにかと言われましてもねぇ……」
だからギルド長であるあんたが、こちらを見てくるんじゃない。気配を消していたのに、ほら!パシリどころか全員俺を見てくるじゃないか。
指輪の商人なんて、ここに俺が座っているのに驚いているじゃないか。あれは俺に気付いていなかったぞ。
諦め仕方なく俺は口を開く。
「───ゴブリンどもは早くとも三日後、遅くとも五日後には堪え切れなくなるだろう。堪えられなくなれば餌を求めて森を飛び出してくる。森に潜んでいるのがゴブリンだけなのか、他にも魔物が混在しているのか、ああホブゴブリンは確認している。それ以上の上位種の可能性は低いが、オーク辺りが数体混在していても驚かないね。奴らはお互いに利用し合う傾向がある」
「そそそ、そんな奴らが出てきたら、麦畑どころではな、あだっ」
指輪商人が貴族パシリに、テーブルの下で何かされたようだ。確かに今の言葉は守勢派寄りの発言と捉えられてしまうからなぁ。
「ゴブリン程度に引きこもると?」
ゴブリンであろうと物量には敵わんから引きこもるんだろうに。このパシリもしつこいなぁ。
「じゃぁどうします?砦を作ろうにも時間も材料も足りないですし、なら簡易陣地でも構築しますか?」
「簡易陣地?」
「逆茂木とか柵とかを張り巡らせ、ゴブリンを誘導する。柵越しに槍で突いてもいいし、足場を作ってその上から射るなり魔法を打つなりしてもいい。集団戦で避けたいのは、囲まれて袋叩きに合う事だからな」
「いい案があるじゃないか、キミ。それでいこうじゃないか!」
「あっ、バカ」
二つ返事の指輪商人を止める貴族パシリ。だがもう遅い。
「それでは金と人員の手配、よろしくお願いしますよ。陣地計画はこちらで練ります。時間も差し迫っていますし、あれこれケチるとショボい陣地にしかなりませんからねぇ。場合によってはせっかくの陣地を迂回され孤立って線もありますから、あっ、ギルドから出せる金はこれくらいと……緊急依頼の手配くらいですかね。事情が事情ですから報酬ははずんだ方が参加者のモチベもあがりますよ」
ギルド長は隙を逃さない。
「全くもう、街には壁があるんですから、わざわざ陣地構築せずとも、そちらのほうが経費も最小限で安全に待ち構えられるっていうのに」
赤髪ショートが小声でつぶやく。
ふと、手元のポーチから魔力反応が漏れたのに気付いた。
何かと引っ張りだしてみれば、エステルの交換日記だ。そういえば彼女らはどの辺りまで来ているのだろう。
ペラペラとページをめくると、なんとここから三日ほどの村まで来ていると書いてある。いろいろ書いてはあるが、とどのつまり世話になった隊商と事態収拾まで村に留まるか、一攫千金オルターボットへ突き進むかで悩んでいるとのこと。
悩むのはエステルじゃなくて隊商のリーダーだろう。
……じゅうたんで飛んでくりゃいいのに、なんで乗客から護衛に立場が変わっているんだ。訳が分からない。
ギルド長は……貴族パシリとやり合っているので、赤髪ショートをちょいちょいと手招きする。
「何でしょう」
「知り合いが隊商の護衛として、ここから三日ほどの村にいるらしい。状況を聞いてきているのだが、知らせてもいいか」
「お知り合いと言いますと、実力もそれ相応でいらっしゃる」
「まあ。修めているものは違うがそれなりには」
「(このヒトの“それなり”は“それなり”以上のはず。戦力としては十分期待できる)お知らせして構いません。お越しになるのなら早めの到着、お待ちしておりますと」
一瞬の間があったが快諾してくれたので、発言通りに返信してやる。
「(どうやって返信するかと思ったら、あれは……ひょっとして魔導書簡伝達器?うちのギルドにも導入されていないものを何故?彼が持っているという事は、そのお知り合いも対となるものを持っているという事……え?まさか思った以上の大物ってこと?!)」
赤髪ショートがあれこれ思考を巡らせていることも知らずに、その後もやり合う二人を見てるとエステルから返信が来ているのに気付いた。
“ありがと、参考にするね”
「しゃーぁっ!これで決定だ、金用意しとけよ」
「うるせぇ!金出させといて、失敗したらただじゃ置かねぇからな!」
おいおい、大丈夫なんだろうな。
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お読みいただきありがとうございました。