G、大量発生
月刊砂えるふ、更新です。
柳の精からは、対価(俺の魔力)と恫喝(サミィの爪)を駆使して情報を得た。
なんとか方向は聞き出せたが、ここからの距離と時間は分からなかった。そもそもドライアドではヒトの時間と距離の概念を理解させたうえで、説明をさせるのは無理筋というものだ。
魔物の大量発生はここ最近の出来事であるのは間違いないだろう。方向はよいとして、問題はここからどれくらい離れているかだ。
「あっちにある川の向こう岸をしばらく行った先らしいわ」
ざっくりとしたウィローの情報だが、あちらに川があるならば探知はしやすいが、思い通りに探知範囲にひっかかるかは別の話だ。
ともあれ行ってみるしかないだろう。
★☆★☆
オルターボットの探索者は、どちらかというと狩人の色が強い。隊商の護衛で生計を立てている者もいるが、それは相応の実力が必要で、駆け出し探索者が雇われるとしたら雑用係としてである。
街の西にある大森林へ、彼らは日々の糧を得に入っていく。
通常であれば狩られ過ぎて獲物が枯渇してしまうものだが、この大森林では少し待つだけで回復してしまうのだ。
例えば狩猟対象の動物を狩ったとしても、少し日をおけば新たにそこを縄張りとするものが現れる。
魔物の類でもそうだ。多産な魔物は成長すると餌を求めて巣を離れる。余程巣の周りが餌で豊富でない限り、彼らは餌を求めて巣を離れる。
「結構な量を討伐してきましたね。けれども討伐系依頼を主にするには、まだ実力が足りていませんね」
赤髪ショートの受付嬢が、ルイシーナとラモナのパーティに告げる。
カウンターの上には、彼女らの今回の稼ぎが並べられていた。
薬草類にはじまり、森の珍味と呼ばれる木の実や茸、いつもだったら自分たちで消費してしまう兎の肉、そして十以上のゴブリンの討伐証明である右の耳。
「動物は向こうが逃げてくからね」
「今回もゴブリンが六匹きたけど、教習受けてたお陰で慌てなくて済んだし」
「「ゴブリンくらい屁でもねぇぜ!あっっ痛っ!!」」
調子に乗るそれぞれの弟の脛を、姉二人がそろって蹴飛ばした。頭を叩くには二人の弟の背は高かったからである。
「さいしょにゴブリンにきづいたの、わたしだよ」
ルイシーナ妹が唇を尖らせる。
彼女ら以外にも数十組の探索者が森に入り、さまざまな獲物を持ち帰っているにもかかわらず、この西の森の回復力は尋常ではない。
森の恵みだけだったら良かったのだが、動物や魔物の類の回復力も凄まじい。果たして森にヒトの手が入っていなかったら、どのような事態になっていたのだろう。
「そいやヴィリューク先生はまた教習ですか?」
「暇してる時は座ってお茶飲んでるイメージあるよね」
「しかもぬるいおちゃ」
少女三人酷い言いぐさである。
「森の奥まで調査に行ってるわ。一週間くらいかかるだろうから、戻るとしてもあと三・四日はかかりそうね。何か用事でもあった?」
「んーん。居たら挨拶でも、って」
「あーっ、ねぇちゃんヴィリュークさんのこと好きなんだろ!っっ痛ってぇぇ!」
ルイシーナ弟のデリカシーのない発言に、姉からの報いが降りかかる。
「おおおお世話になったヒトに挨拶する、なななナニがいけないのよ、くだらない事いうんじゃないわよ!」
そう、頼りになる先輩に憧れる。どこがいけないというのか!
「はいはい姉弟喧嘩は余所でやってねぇ」
茶髪三つ編みが横からのほほんと声をかけた。
★☆★☆
さらに二日、森の奥に入った。
当然だが平坦な森が続く事はなく、森は起伏に富み気付いたらちょっとした崖の上に出た。
余裕を持たせた手前でゴーレム馬を降り、崖の下を覗き込んだが素早く飛び退り、素早く地面に伏せると、匍匐前進で崖のふちまで進み下を覗き込んだ。
“ゴアアアアア!!”
大声で威嚇をしているのは、後ろ脚で立ち上がった熊だ。
二メートル半、三メートルはないだろうか。魔物化はしていないようだが、相対するには覚悟が必要な相手である。
その熊が崖を背にして相対しているのは、魔物の群れである。
結構な数のゴブリンがいるのだが、本来ならば熊に蹴散らされる奴らが勢いづいている理由は、熊とやり合える魔物がいるからだ。
ホブゴブリンである。しかも二頭。大きさも俺に近しいサイズだ。しかし身体が分厚い。
そして手にしているのはゴブリンと同じ棍棒だが、長さも太さも違う。
熊もその気になれば四つ脚で逃げられるだろうに……熊は結構速いのだ。
そのゴブリン達はホブゴブリンを頼りにして熊相手に挑発を繰り返している。熊はといえば右前脚を振り回して相手をけん制するばかり。
ああ、なるほど。手負いになっている。
熊はすでに左の肩をやられているのだ。
どちらかのホブゴブリンの棍棒を食らったのだろう。左前脚が動いていない。これでは四つ脚で逃走を試みても追いつかれるだろうし、追いつかれた結果が今現在なのかもしれない。
結末はもう定まっている。ホブゴブリンが左右に分かれて接近するが、熊も最後まで抵抗するだろう。
それを尻目に素早く戻り、ゴーレム馬を走らせる。その間も熊の威嚇音が断続的に聞こえたが、大きな唸り声を最後に森は静かになった。
「潮時か」
散見されるゴブリン。ホブゴブと群れ成すゴブリン。このまま来た道を辿れるだろうか。一抹の不安を抱えながら、俺はクレティエンヌに合図を送った。
「くそっ」
案の定というか、来た道を辿ることは出来なかった。
そこいらで群れとも言えないゴブリンの小集団に落ち合うのだ。見つかろうものなら律儀に襲い掛かって来る若いゴブリン。もう少し経験を積んだゴブリンなら逃げていくのだろうが、若い奴らは敵う相手かも理解できず、馬鹿の一つ覚えで襲ってくる。
始めはその都度倒していたが、面倒になりつい避けた先に別の集団がいたせいで、ちょっとした乱戦になってしまうことがあった。
後れを取ることはないのだが、なんにせよ面倒くさい状況である。一刻も早くオルターボットに戻り、この状況を報告しないといけない。
結局大回りをしてゴブリンを避けたら、ギルギット方面への正規街道まで出る羽目になり、それを逆走してオルターボットに辿り着くまで合計四日も費やす羽目になった。
森でのスローペースの四日と、街道で速足移動の四日。どれだけ大回りだったか察せられるだろう。
「はあ?よく逃げて来れましたね」
ギルド長が残った側頭部の髪をかきむしる。
「若いゴブリンだったから上手くあしらえたに過ぎん。経験を積んだ個体が多かったら、こうは行かなかっただろう。森の浅層に戻る道だったからよかったが、奥からホブゴブリンが出てくるようになったらこうはいかないぞ」
「ギルド長、街道の巡回を増やしませんと」
赤髪ショートが意見を述べる。
「そうだった。ヒトがいる最短を目指すとオルターボットだが、街道に出るゴブリンがいないとは限らない。注意喚起も含め、足の速い探索者に依頼を要請」
“はぁい”と茶髪三つ編みがギルド長室を飛び出していく。
「それで、討伐隊は編成するのか?」
「当然だ。オルターボット初の襲撃だが、ここまで開拓したんだ。魔物に荒らされてたまるか!」
「その前に斥候部隊を編成しましょう。ゴブリン達の動向次第では、森の中で迎え撃つのではなく、敢えて街の外壁付近での迎撃戦、もしくは引きこもっての防衛戦まで視野に入れるべきです」
すかさず赤髪ショートから提案が飛んでくる。
「防衛戦ともなると、外壁から魔法か矢玉での攻撃となるな。投石用の石集めもそうだし、弓の手配はすぐに出来ないだろうが、矢の製作……矢尻の製作も鍛冶屋に手配しておいた方が───」
「念には念を、だ。すぐn───」
「手配してまいります」
俺の意見に対し、ギルド長が承認の言葉を言い終える前に、赤髪ショートが飛び出した。
その後ろ姿を見送りながら、口をパクパクさせるギルド長。
「うん、フットワークが軽いのは良いことなんだけどね……」
何処か寂しそうなギルド長であった。
★☆★☆
「■■ ■■■ 魔法の矢」
詠唱を完了すると杖の先から魔法が発動し、二本の魔法の矢はそれぞれ逃走中のゴブリンの頭に命中した。
くらったゴブリン二匹はそのまま吹き飛び、痙攣して地面から起き上がってこない。
よく確認すると、頭がそっぽを向いている。致命の一撃になったらしい。
「ナスリーン……問題ないようね」
エステルの格好は、珍しく革鎧と脛まで防御されたブーツといった装いである。腰に剣を佩いてはいるが抜いた様子はなく、手にした棍とブーツが汚れている。
「おう、エルフのねぇちゃんたちも問題ないな」
隊商護衛のリーダーが声をかけてくる。
「最後の二匹もナスリーンがやってくれたわ!」
「よし、今度こそ本当の宴会だぜ!」
その宣言に護衛と村人たちは歓声を上げた。
事の起こりは、最近街道での移動中にゴブリンの姿を目撃していたので警戒していたところ、滞在先の村の村長から村周辺で複数の目撃があるとの情報がもたらされた。
回りくどい言い回しを繰り返してきた村長であったが、とどのつまりゴブリン退治に手を貸してほしいと言ってきたのだ。
当然隊商のリーダーや護衛リーダーが、良い反応をするはずもない。街道沿いの村が荒らされれば、今後の商売にもかかわってくるのは確かだ。今回の積み荷に急ぎは無いが、留まってゴブリン退治をするほど暇でもない。
だが街道沿いにあるこの村だ。薄い関係であるどころか、商売上濃い関係でもあるせいで、無下に断ることもできない。
「んじゃ、誘き寄せてみる?」
エステルが軽い口調で問いかけた。
「「「は?」」」
エステルの提案は単純なものであった。
ゴブリンの目撃があってから、女子供の不要な外出は控えられていたが、隊商の来訪を機にそれを解禁。さらに宴会をひらいて警戒を解いたと見せかけるものである。
「簡単に引っかかるかねぇ」
「単純な方が意外と効果があったりするものよ」
肉串を齧りながらぼやく護衛リーダーに、同じく串を片手に答えるエステル。
「まぁ村によっては、隊商が来るとお祭り騒ぎになりますから───」
隊商リーダーも苦笑しながら手にした杯をあおる。しかしその中身は酒ではない。
宴会の参加者は酒も入っていないのに結構な盛り上がりだ。
「素面でよくやるわ……」
「ナスリーンさん」
呆れながらも丸椅子に座っていると、斥候に出ていた護衛の一人から声がかかる。
「来てます。具体的な数を確認できるほど接近は無理でしたが、20匹は下らないと思います」
「あらま、ほんとに来たのね。じゃ打ち合わせ通りに、ゆるゆると油断したふりで」
「「ほんとに寝落ちしないように」」
斥候のヒトと目が合うと、彼はニヤリと笑った。
………
……
…
宴会の為に掲げていた松明も、燃え尽きるのを待つばかりになっている。
騒いでいた子供たちは、それぞれの母親に連れられて家に帰っていく───ところを、村の集会所に集められ、息をひそめている。
男たちは『酔って』騒いでいる者もいれば、『酔いつぶれて』家の壁に寄りかかっている者もいる。
“本当にこんなので大丈夫なのか?”
聞こえた気がした言葉は、自分のものだったのかもしれないし、誰かの思いだったかもしれない。
“光よ!”
一つの光の玉が空へ打ち上げられた。
エステルだ、エステルの光の精霊だ!
すかさず予め詠唱を済ませていた呪文の最後の言葉を紡ぐ。
「■ 灯りよ!」
“パパパパパパパ”
それを合図に設置しておいた複数の灯りの呪文が、次々と連鎖発動をして村を明るく照らしていく。
酔ったふりをして寝ていた男たちの瞼を呪文の灯りが貫通し、ゴブリンどもの襲撃を知らせる。
「うおっ、来やがった!」
「逃がすな!」
「退路を塞げ!」
血の気に逸る男たちが思い思いの武器を手にし、侵入してきたゴブリンを迎え撃つ。
“グギャギャギャ”
“ギュワ!”
“ギャワ”
もう乱戦である。
立ち向かってくるゴブリンがいれば、逃げ惑うもゴブリンもいる。
それが村の中あちこちから聞こえてくる。
私の役割は援護だ。戦いの音を頼りに呪文で援護をするのだ。
───いっているそばから対象者を発見……エステルが孤軍奮闘している。まったくもう他の人と連携しなさいよ。
しかも敵の援軍が駆け付けてきた。それに彼女は気付いているのか、手にしている棍でゴブリンの攻撃を逸らし、カウンターで奴らを蹴り飛ばしている。
彼女の足は普段の軽装ではなく、分厚い革のブーツに脛当てまで装備する念の入れようだ。
蹴り飛ばされたゴブリンが痙攣している。あと一撃で止めをさせるだろう。
っとと……「■■■ 眠りの雲」
ゴブリンのおかわりを眠りの雲で包んでやると、次々と眠気で膝をつき始める。
白い雲が無色に変化すれば安全になる……ってエステル!まだダメ!なに突っ込んでるの!
私の心配をよそに、エステルは雲の中の無防備なゴブリンに素早く止めを刺し、雲が無色になると同時に飛び出してきた。
「ふううううう」
あ、息止めてやってたのね。理屈では大丈夫だけどさ。真似されるといけないからやめてよね……
その後、やはりというか、真似した村人がゴブリンと寝落ちした。
「魔法の矢!」
これで襲撃してきたゴブリンは全て始末できたはずだ。村の男たちが組となって、端から中心目掛け虱潰しで残党がいないか確認をしている。
事実、何事もなく男衆は村の中心に集まることが出来た。
「これ、この村だけの話で済むのかしら?」
エステルがポツリとつぶやいた。
「どういうことだ?」
その呟きを護衛リーダーは聞き逃さなかった。
「道中もちょくちょく退治してたでしょ?この村でこの規模の襲撃ってことは、街道を進んだ先にもっと奴らがいる可能性、あるんじゃない?」
「ゴブリンの大量発生ってことか?」
「しかも発生しているのはオルターボット方面だとしたら?」
だとすると進めば進むほど、ゴブリンとの遭遇が多くなってくるということだ。
「どうする?」
「どうするったって……」
隊商リーダーが方針を委ねられるが、なかなか定められない。
商売上街道を進まない限り売り上げは得られない。しかし安全をとるのであれば村での滞在はありだ。
命か金か。
「何とかなるんじゃない?街道の巡回までやっている街なんでしょ。普通そこまで気を配らないわよ。そこまでやる街なら、異常があったとき早馬でも出して知らせてくるわよ。場合によっちゃ進んだ先で遭遇するかもしれないじゃない。それから決めたら?」
「あんたねぇ……」
行き当たりばったりも甚だしい。
「行こうぜ。この一件でエルフのねぇちゃん二人も頼りになるって分かったしな」
「ちょっと!当てにされても何かあったとき責任取れないわ。しかも私たちは客よ!」
にもかかわらず、リーダー二人が頷いた。
「「よし、護衛契約、結ぼうぜ」」
「ふふ、私たちは安くないわよ」
こらーっ、エステルーっ!
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