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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
砂エルフ、旅情篇
192/196

西の辺境の海

月刊砂えるふ






「今回はまたお早い呼び出しじゃのう」


一人の老人がぼやきながらギルドカウンターへやってきた。


「あーっ、おじいちゃん待っていましたよぅ」


「老師をおじいちゃん呼ばわりするんじゃないっ」


茶髪三つ編みを赤髪ショートがすかさず窘める。


「まぁまぁ」


孫娘ほどの茶髪三つ編みに歓迎され、老人はまんざらでもない様子。


その姿は物語に出てくる魔法使いよろしく、毛織物のローブにつばの広い魔法使いの帽子、その手には呪文使い(スペルキャスター)が手にするような、身長よりも高い使い込まれた杖をついている。




「はぁ~また溜め込んだのう」


茶髪三つ編みに先導され、案内されたのはギルド裏手の焼却炉だ。


討伐された獲物はギルドに持ち込まれ換金されるが、解体されて全ての部位が活用されるわけではない。


当然使用用途のない部分は出るわけで……簡単に言ってしまえばゴミが出る。


さらに例を挙げるなら、討伐証明で持ち込まれるゴブリンの耳は、確認が済んだ時点で廃棄対象となり下がる。


森に打ち捨てられた死体(モノ)は森に還るが、町に持ち込まれたものをわざわざ森に捨てに行こうにも、現実的な量ではない。それほどの量がギルドに持ち込まれるのだ。


「じいさん待ってたぜ。今日も頼むよ」


解体担当の職員が労ってくる。


「今日はあんまり臭わんのう」


「ああ、腐る前に焼却炉が一杯になったからな。いつものペースでここまで溜め込んだら苦情モンの臭いにならぁ」


「ふむ……見ていても仕方ない。始めるとするかの」


「おう」


大人二人が楽々寝転べる広さの焼却炉の内部には、様々な廃棄物が一緒くたに詰め込まれている。


「■ ■ ■ ■ ■ 点火」


老魔法使いはぐるりと焼却炉を一周、下部にある五つの吸気口へ呪文を放つ。


火はまだ大きくはない。


「■■■ (フレイム)


継いだ呪文で火は炎へと成長した。


それを合図に解体職員は焼却炉の扉を閉じていくが完全には締め切らない。


呪文はまだ老魔法使いの制御の手から離れていないのだ。


「■■ ■ つむじ風」


老魔法使いは地面についた杖を漸く構える。


風は吸気口と扉に吸い込まれ、風にあおられた炎は渦巻き、更に火勢を強くする。


「■■」


老魔法使いは杖を下段に構え、最後の言霊を紡ぐ。


「■■■ 炎柱(フレイムピラー)


構えた杖を高く掲げ、最後の言霊を合図に炎が高く渦巻くのと同時に、解体職員は素早く焼却炉の扉を封印した。


「いつもながら見事だわぁ」


「じいさんの呪文は高火力だから、生焼けの臭いの苦情も無くて助かってるよ」


「疲れた疲れた」


焼却炉は吸気口から空気を吸い上げ、扉の向こうでは豪々と炎が上がる音が聞こえる。


それどころか高い煙突の先からは、白い煙と炎の先がチロチロと見えている。


「次回も頼んだぜ、じいさん」


「やれやれ、年寄りをコキ使うでない」


老魔法使いはそうボヤキながらも、根拠のない予感を感じていた。




★☆★☆




「はぁ~、ずっと砂漠が続いているねぇ」


「ヴィリュークが好きそうね」


気付くと船の右舷は、一面の砂の海が見えるようになっていた。


「この砂漠は目的港のギルギットまで続いているんだ」


バラク船長が教えてくれる。


「しかも遠浅になっていて、うっかりすると砂地に乗り上げちまうから注意が必要でなぁ。さらには砂がどこからか流れてきていて、少しずつ砂浜が拡大しているんだ。どこだったか、砂地に船が乗り上げて、脱出できないまま放置されているのもあるぞ」


砂地に乗り上げ、放置された船の周囲に砂が堆積し、月日が経った結果水のない砂漠のど真ん中に船が残されている。


想像するだけで異様な光景だ。


「ヴィリュークに教えたら、見に行こうとか言いそうね」


「それ以前に何かしら冒険しているかも」


「「……」」


「「まさかねぇ」」


数瞬の間の後、二人は苦笑しながら否定したのであった。




「ほんと砂漠の(きわ)に街があるのね」


「街を境に向こう側には緑が見えるわ」


船は座礁防止の目印であるブイから距離を空けて航行しており、街の全景が見えるほど岸から距離を取っている。


「遠浅が続くな」


進行方向を見ると停泊している船が見えるが、何れの船も岸から大きく距離を空けて錨を下ろしている。


(はしけ)に荷を下ろそうにも、積載制限がありそうだなぁ」


「あっ、艀の舟底が海底についちゃうから?」


「そんなこった……って桟橋も長げぇなぁ」


バラク船長とエステルの遣り取りを耳にしながら、私たちはギルギットの港に到着した。しかし彼の元にはまだ遠い。




「疫病で閉鎖されていた!?」


砂漠熱(デザートフィーバー)ってやつでね。けど特効薬が届いたお陰で心配ないよ」


バラク船長の船は半舷交代で上陸だそうだが、私たちはヴィリュークの元へ向かうのでここでお別れだ。


お世話になった上陸できない(留守番)船員さんたちとは挨拶を済ませ、その晩は上陸組と揺れない地面で一泊である。


身綺麗にした後、宿で宴会が始まったのだが、給仕のおねえさんからいきなり一発かまされた。


「おいおい大丈夫なのかよ」


「終息宣言が出されてから、もう二か月以上経ってるから大丈夫よぅ」


おねえさんは口が達者で、一連の事件を話しながらも料理の皿を空けさせ、中途半端に残っているグラスを乾させてお代わりの注文を受ける。


「男たちが魔物蔓延る砂漠を踏破できたか、私たちにゃ知る術もないのさ。砂漠で野垂れ死んでいても待つしかなかったんだ。たとえ踏破できたとしても、薬が届くのは確実な正規ルートでの一か月後。ところが───」


食事の手も、呷るグラスも動きが止まる。


「二週間後そいつは砂漠から現れた」


「「「おおおお!!?!」」」


私たちの席だけでなく、周囲の席の客たちからも歓声が上がった。


隣に座るエステルまで目をキラキラさせている。


何度も繰り返されている話であろうに、盛り上がり方が尋常ではない。しかも往復二週間は短すぎだろう。


“そいつ”の凄さを“盛っている”と考えると、実際かかった日数は三週間から四週間が妥当な線か。


「褐色の肌にとがった耳」


ん?


「その長い耳のイヤリングを揺らし、スナネコを引き連れ」


んんん?


「傷一つなく砂漠を踏破した男の名は、ヴィリューク!人呼んで砂エルフのヴィリューク!」


えええ……


“ヴィリュークに!”

“砂エルフに乾杯!”


周囲の席からは乾杯の音頭が連続する。


「ナスリーン……」


声のする方向を見ると、エステルも苦笑いを浮かべている。


「あははは……」


いや、行いは立派なんだけど。立派なんだけどさ、砂エルフって言われちゃってるわよ、ヴィリューク。


「そいつは俺の命の恩人だ!」


あ、バラク船長がグラスを手に立ち上がっちゃった。


「船旅で嵐は珍しくもない。あれは───」


ああ、彼が海に落ちて遭難した話ね。んん?なんかヒトが集まり始めていない?これ、宿の部屋に避難した方がよさそうね。


愚図るエステルを引っ張って部屋に避難したが、その晩は遅くまで騒ぐ声が途絶えなかった。久しぶりの揺れない寝床だったのに、うるさくて寝入るまで何度も寝返りを打つ羽目になった。




二日ほどの休息ののち、私たちはオルターボット行きの乗合馬車でギルギットを出発した。


バラク船長や甲板長や航海士など、結構な船員さんたちが見送りに来てくれたのには驚いた。


尤も二日酔いの船員が多かったのではあるが、ありがたいことである。


街の滞在中も、私たちの長い耳は好意的に見られており、これはヴィリューク効果ではないかと思っている。


エルフのじゅうたんを使えば早いのだろうが、初めての土地で地理にも明るくはない。こんな辺境の治安もよく知れない場所で、女二人旅となると何が起こるかも分からない。


今回は乗合馬車を利用するが当然一台だけではなく、隊商(キャラバン)の一角を担っており、隊商全体で雇った護衛付きだ。


「わぁ!街道が石畳で整備されてるわ!」


エステルが歓声を上げる。彼女の言う通りに整備された石畳は、馬車の走行を安定したものにしており、上下の振動が少なく快適だ。


街向こうが砂漠なので、所々風に流された砂が堆積しているけれどこれしき許容範囲内だろうし、この先砂漠から離れれば砂が積もることもない。


これから一か月かけて隊商は、道中の村々を安全な街道を通って巡り、目的地のオルターボットまで目指すのだ。




★☆★☆




最近魔導書簡伝達器が二人の近況を書き記し始めた。イグライツ帝国に赴いていたナスリーンとエステルからのものだ。


帝国からは伝達器の範囲外らしく、送受信は範囲内に入ってから行われるとのこと。


つまり彼女らは帰国の途にあり、ラスタハール王国の領海にいるのだろう。


しかしエステルとナスリーンの温度差が激しい。


エステルは向こうの技術者と一緒に、義肢の開発をすすめているらしい。(いや、済ませて帰ってきているのだが)開発状況に一喜一憂しているさまが文面からも読み解ける。


それに対してナスリーンは、エステルの手綱を握ろうと苦心している。


驚いたのはお茶会に招かれたことのある王女殿下の愛猫が、羽の生えた猫を生んだことだ。これは実家に預けてきたバドリナート(グリフォン)の仕業に違いない。


数か月分を順番に読み進めているが、ひょっとするとここ数日内に書かれた重要な記述があるかもしれないので、最近の日付のページを開いてみると案の定であった。


なんとバラク船長の船でラスタハール王国を東から西に横断を決行。先日ギルギットに到着したらしい。


相当無茶を言ったようだ。思わず詫びの言葉が漏れ出てしまう。


彼女らはじゅうたんを使わず、乗合馬車でオルターボットへ向かっているらしい。となると到着は一ヶ月後くらいか。


ならばゆっくりと待つことにしよう。




オルターボットの東は既に開拓が済み、一面の麦畑となっているが、西側はまだ開拓がはかどっていない。


麦畑が広がり始めているが、視界の先には鬱蒼とした森がさらに広がっている。


その森へ道は拓かれてはいるが、お世辞にも整っているとは言えない。それでも探索者たちが日々通行しているせいもあり、道らしき体は保たれてはいる。


自ずとヒトが踏み込んでいる範囲も相場が決まっており、その範囲を超えた状況を知るには、依頼を出して確認させるよりほかはない。


範囲を超える物好きなどそうそう居ないのだから。




そしてその依頼を受けた俺がいる。


バルボーザも誘ったのだが断られてしまった。


街にいる時は稽古の相手を頼んだりしているが、なんとバルボーザ、普段何をして過ごしているかと聞くと、鍛冶の助っ人に呼ばれているとのこと。


するりと同業者の懐に入れるとは、なんとも意外な一面だ。今回も何かは知らないが大量注文の手伝いに入るらしい。


てことで愛馬(ゴーレム馬)の鞍上にサミィをのせて、森の奥深くへ調査に入っている。


馬で二日も分け入ると、獣道くらいしかない。鞍上の高さは周囲を伺うには見やすいが、道を選ばないと顔に枝葉が当たる。


動物の類、鹿などは毛皮が保護色となって、じっとされると発見が遅れてしまうが、今回は狩りが目的ではないので見逃している。


しかしゴブリンは別だ。


発見時に近寄って切り伏せるのも面倒なので、遠間から水槍を投げて退治する。討伐証明の耳を切るのも面倒だし小銭しかならないので、カウントだけして放置だ。


そこ、エルフなら弓を使えとか言うんじゃない。弓はちょっと苦手なんだ。




しばらく進むと水の流れる音が聞こえてくるので、誘われるがまま馬首をそちらへ向ける。


これはエルフならではの耳の良さと、水使いならではの探知能力である。


辿り着いたのはちょっとした小川だ。しかしその流れは尽きることはない。水源にはしっかりした水量があるに違いない。


下流を見ると鹿が一心不乱に水を飲んでいる。せせらぎの音でこちらに気付いていないな。


邪魔をしては悪いので、水源を確かめに行こう。




地形や木々に邪魔されたりと、大回りをする羽目に陥ったが、小一時間も辿った先にはちょっとしたサイズの泉を発見できた。


「雰囲気ある泉だな」


その泉は森の拓けた場所に水を湛え、その周囲にある木々は泉にせり出すように枝葉を伸ばしている。


中央には小島があり、ヒト二人が並んで座れるくらいのスペースを空け、一本の木が生えている。


「珍しいな、柳の木か」


この森に入って柳の木を見るのは初めてだ。


辿ってきた小川のそばにも泉の周囲にすら一本もなく、この小島でのみサラサラと葉を揺らす柳。取り敢えず一周してみたが、穏やかで雰囲気も申し分ない。景色を眺めながら食事をしたいものだ。


葉音に誘われる(・・・・)ように下馬をし、泉へ足を延ばすとサミィが肩に飛び乗って来る。


ん?お前も一緒に行きたいか。


水術を施し、靴を濡らすことなく、水上を歩いて小島を目指す。


肩ではサミィが前脚で頭を叩いてくる。


やめろよ、ちょっと痛いぞ。


気付くと小島の柳の木の横に、くすんだ黄緑色の髪をした女性が立ち、俺に手を振っている。


あれ?あんなところにヒトがいたか?


おかしい…いかねば…ちょっとまて…けどよんでいるし───


小島に上陸した。


“ガリッ”


「あっ、いったぁっっ!」


肩の上のサミィが俺の耳を噛みやがった。


噛んだ場所を“ギュッ”と指で押さえて止血すると、自ずと耳を塞ぐ形となる。すると───


ハッと気づいた。


柳の横の女は誰だ。いつ現れた。


「あっ、余計な事しないでよね。ちょっと吸わせて欲しいだけなんだから。痛くしないから、こっちに来て(・・・・・・)


誘いは塞いでいない反対の耳から聞こえた。


ふらり


足が…止まらない。


“バリバリバリ”


「キャッ、アタシで爪を研がないでよ!」


女の悲鳴で我に返った。見やるとサミィが柳の幹で爪を研いでいる。


「こんの小動物め!」


くすんだ黄緑色の髪を振り乱し、女はサミィを蹴飛ばそうとするが、サミィは素早く爪を立てて幹を駆け上ると、木の上方で爪とぎを再開する。


「いたいたいいたい、やめて、誘惑しないからやめて頂戴!」


その言葉と同時に頭の中の靄がすっきりと晴れ、耳の痛みがぶり返してくる。


「「いたたたた……」」


「あんた、その様子から察するにドライアドか?」


「そうよ。そこの柳の木の精霊(ドライアド)よ。んもう、私で爪を研ぐとか失礼しちゃうわ。あー、痛かった」


実家のドライアドは巨木で幼女なのに、こちらは樹齢も重ねてなさそうなのに若い女性の姿である。


「その小動物はなに?この森で見たことないわ」


「ネコを知らないのか。厳密にはスナネコなんだが」


再び肩によじ登ったサミィは、非常時とは言え噛んだことの詫びなのか、耳の傷を舐めてくれる。だが、ザラザラしてちょっと痛い。


「あなたはエルフね。わたしは(ウィロー)よ。そのネコ?を私に近寄らせないでね。いつもだったら襲ってくる奴らは〆ちゃうんだけど、ネコは素早すぎるわ」


名乗りが種族名なのか。名前の概念は無いらしい。


「襲ってくる輩がいるのか?ここらだと何が来るんだ?」


「ん~教えてあげてもいいけれど、ね?ほら?ね?」


軽く誘惑してきたが、今回は身構えていたので引っかかることはなかった。しかし───


“シャー”


だがサミィは許さなかった。


「サミィ落ち着け。魔力でいいんだよな?」


「ええ、魔力でも(・・)いいし、アッチ(・・・)のほうでもいいわよ」


下世話な話題になりそうなのを敢えて無視し、サミィの爪痕のある樹皮に手を当て魔力を流す。


「あっ、んんん……いいわ~、あン」


艶めかしい声を出し始めたので、魔力を止めてやる。


「もう十分だろう。それで───」


「んもう、せっかちね。鹿とか狼とか熊とか、おとなしく水を飲みに来るのは構わないのだけれども───」


熊とか縄張り主張が激しそうなのだが。


「私の縄張りで“おいた”するのは……ね?」


つまり熊はそのあたりを理解している、と。


「最近は泉の周りのお友達のためにも、汚い緑の奴を結構処分しているわ」


処分……討伐と同義なのだろうが……


「その割には臭わないな」


「いろんなお友達にお願い(・・・)しているからね」


このドライアド、草木以外にもお友達が多そうだ。


「けどねぇ、お友達によると余所では被害が大きいみたい。たいへんねぇ」


ひょっとしたらゴブリンを始め、さらに奥の森では魔物の大繁殖が進んでいるのかもしれない。


彼女から情報を引き出したいが、あれこれと対価を要求されそうだ。






お読みいただきありがとうございました。



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